第75話 温かい食事を
リッチクイーンに指導され、レベルアップに勤しむリュウイチ。
既に三匹の魔物の討伐に成功していた。
とはいえ楽な戦いはひとつとてない。
リッチクイーンに連行された古代遺跡は白蛇よりも格上の魔物がうじゃうじゃいるような魔境なのだ。
言ってみればテレビゲームでようやく序盤を抜けたところで、いきなり終盤のダンジョンに行かされた気分と言えよう。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」
「ふむ……頃合いか」
既に日は傾きつつある。
時期遺跡は夜の帳が下りるであろう。
リッチクイーンは白蛇の状況を分析し、小さく頷いた。
「今日はここまでじゃ」
「もう疲れた……はふぅ」
体力のない蛇だ、とはリッチクイーンは思わない。
そもそも白蛇の動きには無駄が多い、だから疲れるのだ。
その原因は攻撃力不足、白蛇の性格も相まって、中々踏み込めないのも原因か。
白蛇は可能な限り安全な位置から攻撃する、それ自体は正しいのだ、だが哀しいかなそれで解決した試しもない。
「リュウイチよ、もっと踏み込まねばいたずらに体力を失うだけだぞ」
「そんな事言ったって、怖いものは怖いし」
これである。
臆病者のリュウイチに、切った張ったは極限まで追い込まねばやるにやれない。
むしろ途中で逃げ出さなかった点を評価してやるべきか。
「逃げずに立ち向かったことは評価してやろう」
「エッへへ、俺も強くなりたいし」
褒められば満更でもない、チョロ蛇である。
強くなりたい、その真剣さだけは本物のようだ。
すぐにメッキが剥がれるかと思ったが、やはり芯は誰よりも強いのだろう。
(弱いのに強い、矛盾じゃな……だからこそ危険じゃ)
白蛇は弱い、でも彼を挫くのはリッチクイーンでも難しい。
破滅は意外なほど直ぐ側にあるもの、白蛇リュウイチの破滅は火を見るより明らかだ。
だからこそ、破滅の運命を覆せるだけの力が必要となる。
リュウイチには、リッチクイーンよりも強くなってほしいのだから。
「それじゃ魔物街に帰るかの」
「えっ? 修行っつたらこのままこっちでキャンプするんじゃないのか?」
「このたわけ、それは移動時間を無駄にするからじゃろう、日帰りなら問題あるまい」
どうも白蛇は修行をちょっと勘違いしているらしい。
なんだかんだリッチクイーンを信頼し、そのままこの危険な古代遺跡に留まるつもりだったようだが。
「第一政務はどうする? お主魔物街の領主であろう?」
「あー、たしかに」
一応、リュウイチの身分上では領主ではない。
だが実質王様のようなものであり、政務はリュウイチを圧迫する。
うー、修行もメチャキツいけど、政務もやだなー。等とぼやいたり。
「今日のところは飯を食ってさっさと寝ろ」
そう言うと、パチンと指を鳴らす。
時空間が歪み、一瞬で魔物街へと転移したのだ。
「何度味わってもすげー、反則的な魔法だよなー」
「これも今では失伝したおそらく妾しか知らぬ転移魔法よ」
古代魔法の知識を有するリッチクイーンは誰も知らない魔法を数多く収めている。
時空連続体に干渉すれば、世界の果てさえも一瞬なのだ。
「えーとここは新市街の入口か」
白蛇は直ぐに今いる場所を特定する。
旧オーク村を基礎とする旧市街と白蛇が新たに建設させた新市街、ここはその境だ。
「何度訪れてもやはり魔物街は驚かされるな」
「え? どの辺りが?」
「たった数ヶ月だぞ、もう鉄とコンクリートを使っておる、これほどの技術を用いた都市は他にあるまい」
あー、と白蛇は納得する。
新市街を埋め尽くす白亜の建物は、いずれも鉄筋コンクリート製である。
同じ異世界転生者のアイと意見交換しあい、建物は内装含めて日本寄りである。
とはいえ拡張工事はまだまだ終わっておらず、建設現場は至るところに見られた。
「それだけの石材……改めて大森林の恵みじゃな」
「実際幸運にも助けられたよ、以前の教訓で耐火製の高い街を目指したからさ」
もしレギがいなければ、鉄はおろか採石すらも覚束なかっただろう。
そしてゴブリン族の襲撃がなければ、今でも建物はほぼ木造だった筈だ。
コンクリートや漆喰が建材のスタンダードに至ったのは、様々な経験があったからだ。
「さってと、メッチャ疲れたけど飯に行くかー、師匠も来ます?」
「っ! 妾部外者じゃぞ、いいのか?」
「いいよいいよ、皆で食べる方が楽しいじゃん」
白蛇はそう言うと笑った。
改めてこの男、享楽的であり敵を作らないのだな。
リッチクイーンは意外そうにネクロな目を細め、そして小さく頷く。
「ではご相伴を授かろう」
白蛇はニョロニョロ這って街を進む。
すっかり大森林は日が落ち、出歩く者の姿は少なくなっている。
とはいえ街から光りが無くなった訳ではない。
街灯代わりに魔晶灯が穏やかな暖色の光を放ち、夜でも巡回警備するゴブリンやコボルト警備兵もいる。
途中すれ違えば、白蛇は気軽に挨拶し、警備兵も仰々しく返す。
後ろから眺めれば、ちゃんと領主している。
やがて白蛇は大きな食堂に入った。
「おーい、余り物はあるー?」
百人は余裕で入れる巨大な食堂では、オークの料理人たちがまだ残っていた。
「あらあら、リュウ様今日は遅かったじゃない」
「あーちょっと時間に余裕なくてねー」
ふくよかな女性オークは、白蛇の遅すぎる来訪でも嫌な顔さえしなかった。
むしろこれだけ愛されているのだから、カリスマが成すものだろう。
「二人分、お願いします」
「あいよ、あら……見たことない魔物だね?」
「リッチクイーンじゃ、こう見えても元はニンゲンなんじゃが」
かつて人族であったマーシーだが、不死者に転生した際、魂魄は魔物へと変化してしまっている。
とはいえ習慣は人族の頃から変わったつもりはない。
「てか師匠って、アンデットだよな、飯美味いの?」
「失礼じゃな、アンデットと言っても、かなり新鮮じゃぞ」
実際舌はほぼ生前のままを維持している。
食事を楽しめなくなったら人間性は崩壊し、確実に植物人間になるとは、リッチクイーンマーシーの持論だ。
千年も耐えられたのは、人間性の喪失を可能な限り減らしたからこそである。
「フフッ、それじゃカウンター席でお待ち下さいね?」
料理人は直ぐに厨房へと入っていった。
すでに食堂内は閑散しており、片付け中だったろうに、無理を言わせて白蛇は申し訳なく思う。
リッチクイーンは白蛇の隣で座席に着くと、いくつか質問を投げかけた。
「この食堂はなんじゃ?」
「あー、オーク族の習慣でさ、食事は皆一緒にする文化があってね、それでおーっきな食堂を作ったの」
元々は野ざらしで皆集まって食事していたオーク族は、今でもその習慣を大切にしている。
今ではゴブリン族もコボルト族も一緒なのだから感慨深いものだ。
「メニューとかはないのか?」
「無いよ、その代わりお金も取らない」
「なんとつまり福祉としてやっておるのか」
「ていうかさ、オーク族って特に貨幣文化が苦手なんだよー」
貨幣経済への順応は進んでいる。
魔物街誕生以前から、貨幣を用いていたコボルト族は当然ながら、元々は物々交換だったゴブリン族も直ぐに貨幣の利便性に気付いて順応した。
だがオーク族だけが、未だ貨幣に順応出来ていない。
その最大の障害が、オーク族の分配する風習にある。
オーク族は家族単位ではなく、集落単位で物事を考える特徴があり、獲物を捕らえたら、皆に振る舞い、全体主義が浸透しているのだ。
この点だけがオーク族の貨幣価値のアップデートを遅らせていると言わざるをえない。
オークは個人が貧乏でも、村が豊かなら貧乏と思わないからなー。
「だからさー、食堂でお金を取るなんてオークからは無理だし、そのオークも飯を選択する必要がない」
「……オークについて詳しいのじゃな」
「まぁもう付き合いもそこそこだしねー」
「はいよリュウ様っ、たーんとお食べ! そっちの別嬪さんもね!」
別嬪と言われると、意外そうにネクロな瞳を丸くした。
年季の入った女性オークからすれば、アンデットでもそんなものか。
細かい事は考えず、感性で動くからこそだろうか。
白蛇は早速配膳された夕食に喜色を見せる。
今日の晩御飯は、焼き魚の切り身に、きのこ汁、そしてキラキラ輝く白米だ。
「ワッフーいたっだきまーす!」
白蛇は器用に蛇の身体でがっつく。
リッチクイーンは想像以上によく出来た料理人に少しだけ朗らかにした。
忙しい毎日、それはこれらも続くのであろう。




