第74話 ベヒーモスの挑戦 後編
「そーいや、師匠ってベヒーモスの師匠でもあるんですよねー」
魔物と戦い着実に経験値を貯めているリュウイチは、リッチクイーンにある質問をした。
「一体どうしてベヒーモスを弟子にしたんです?」
「ふむ、そのことか、アレはまだ掌に載るほど小さい頃じゃった」
そうやってジャスチャーする師匠、ベヒーモスが居れば「そんなに小さくなかったニャ」と猛反論していたろうが、ここにベヒーモスはいない。
「天涯孤独でな、ただ気まぐれで生きる術を授けてやったら懐かれてのう、それで師匠より強くなるとかほざいての」
「ベヒーモスって今でもメッチャ強いけど、まだ強くなれるの?」
「ベヒーモスには様々な神話が付きまとう、白き聖獣の伝説や、大陸を動かす巨神の伝説、全てを喰らう伝説、龍王神話などな」
兎に角ベヒーモスとは強大な力を持つ存在だと言うのはリュウイチにも分かった。
興味深いのは龍王神話だった。
「ベヒーモスってどっちかーつうと猫だけど、ドラゴン要素もあるのか」
「ベヒーモスの進化先には、バハムートがある、おそらく龍王とはこのバハムートからなる神話であろうな」
千年生きるリッチクイーンたる師匠でも神話の時代は生きていない。
故に「神話には誇張もあるだろうがな」と付け加えたが。
「代表的なのは【キングベヒーモス】、ベヒーモスの上位個体、こっちも世界的に見てあまり数は多くない」
「多くないってことは、いるにはいるのか」
未だベヒーモス種はあの三毛猫しか見たことないが、世の中にはもっと強いキングベヒーモスもいるのだな。
「いったい進化したらどんな姿になるんだろうなー」
「さて、それはリュウイチお前もじゃろう、修行を続けるぞ」
リュウイチは疲れた顔で「へーい」と気の抜けた返事を返した。
イマイチ熱意がない、この点はベヒーモスもそうだが。
リッチクイーンはベヒーモスに想いを向ける。
あの仔猫は強くなりたいとは言うが、すぐにヘタれてしまう情けない仔猫だ。
故に中々進化へと至らない、所詮ベヒーモスの落ちこぼれなのだから。
(聖獣伝説もそうじゃったか……一匹の親知らずの弱っちいベヒーモスが、聖女と出逢い、聖女を艱難辛苦から護るため、白き聖獣へと至る物語)
§
強くなりたい、その思いは本物。
ではあるのだが、ベヒーモスは雷龍に挑み、現在大苦戦を強いられていた。
雷龍の放つ強力なサンダーブレスは防ぐので精一杯で、反撃に転ずる暇がない。
「ニャア……クソ、どうすれば」
「逃ゲ惑ウダケ、ソノ程度デ良ク生キ残ッタモノダナ」
雷龍とて、森の過酷な摂理に生き抗ったことだろう。
常に周りには強大な魔物ばかり、ベヒーモスよりも過酷な環境で生き残ったのだ。
それは推して知るべし、実力も覚悟さえも雷龍には敵わない。
(やっぱり無謀、だったかニャア)
ベヒーモスは逃げ出そうかと、思案する。
雷龍も尻尾を巻いて逃げる姿を追ってくるとは思えない。
あくまでテリトリーを守る為に戦っているだけなのだ、なら逃げ得じゃないか?
「よし、ここは逃げて――」
逃げ、その言葉をベヒーモスは必死に飲み込んだ。
逃げちゃ駄目ニャ、逃げたら臆病者のまま。
アニキが歯を食いしばって雷龍よりも強大なリッチクイーンに挑んだんだ。
今もきっと師匠の鬼のような扱きにも挫けずレベルアップしているだろう。
アニキはベビーモスとは正反対だ、アニキは逃げ腰で、危険を嫌う。
だけど本当は挫けず、絶対に自分を曲げない。
ベヒーモスは強くなりたいのに、いつも遠回り、結局は弱い物イジメしているだけ。
これでよく師匠より強くなると言えたものだ、皮肉が効いている。
「アニキなら逃げない、そうやってアニキは急速にランクアップしていったニャア」
実際リュウイチの成長速度はちょっと異常だ。
その原因は常に格上と戦ってきたからだ。
ゴブリンの聖女、ワイバーン、ゴライアス、いずれも白蛇より強い相手だった。
でもリュウイチは勝ったんだ、だから強くなるのも速い。
このままじゃ必ずアニキはベヒーモスより強くなってしまう。
そうなったらベビーモスに居場所はない、アニキの頼れる舎弟でなくなった瞬間、ベビーモスのアイデンティティは崩壊するのだ。
「逃げちゃだめニャ逃げちゃだめニャ逃げちゃだめニャ!」
自分に必死に言い聞かせ鼓舞する。
リュウイチを守護できる存在でい続けなければならない、その脅迫観念はベヒーモスを留まらせた。
雷龍は恐ろしい、今のままじゃ敵わない。
それでも活路を見い出す、でなければ永遠にみっともないままだ。
「ニャオオオン! アタシは強くなるんだニャー!」
ベヒーモスは咆える、まるで竜のように。
師匠が教えてくれたベヒーモスの伝承、その中でベヒーモスは特に龍王神話に憧れた。
ベヒーモスはドラゴンじゃないのに、龍王へと至れるチャンスがある、それだけで子供の頃夢を馳せた。
けれどもいつまで経っても龍には至れない、きっとベヒーモスが龍になるなど、傲慢の極みだったのだろう。
いつしかそれは諦念に変わり、進化への意欲は失せていった。
でも……今ベヒーモスには護りたいものが出来た。
リュウイチアニキ、リュウイチアニキが龍王へと至るなら、ベヒーモスはその傍を守護する聖獣へと至る。
「やってやる、やってやるニャア!!」
雷龍はベヒーモスの気配に苛立つ。
圧倒的な力の差を見せたにも関わらず、ベヒーモスは蛮勇を奮うのだ。
逃げれば追わない、にも関わらず愚かしくも咆える。
であるならば。
「ガオオオオ!」
雷龍は《サンダーブレス》を放つ。
白い稲妻はベヒーモスを焼き払うだろう。
だがベヒーモスは電撃に耐えた、そのまま正面から突っ込んでくる。
「ニャオオオン!」
ベヒーモスの爪が竜鱗に突き立てられる。
しかし鱗は硬い、切り裂けない。
雷龍は鬱陶しげに、長い首を払いベヒーモスを跳ね飛ばす。
だがベヒーモスは離れない、意地で爪を食い込ませたのだ。
「馬鹿ナ!?」
「馬鹿はお前ニャー!」
ベヒーモスは爪が駄目なら、牙を雷龍に首に突き立てた。
鋼鉄よりも硬く、竜鱗さえも砕く硬度に牙を変質させ、頸動脈さえ噛み砕く。
「グアアアアアア!?」
初めて雷龍に致命打を与えた。
猫神に愛されしベヒーモス最大の力は、やはり噛みつき。
竜でさえ、組み付いた猫を振り払うのは容易ではないのだ。
そのままベヒーモスは窒息させるように雷龍の首にしがみついた。
雷龍は全身から電撃を放つ、当然ベヒーモスは直撃、だが牙は離さない。
それでも駄目なら翼を広げ、翼まで雷龍へと突き立てた。
我慢比べだ、どっちが先に倒れるか、ベヒーモスは必死に食いしばった。
アニキに笑っていて貰うため、師匠を見返すため。
「ガ、オオオ……」
やがて、先に根負けしたのは雷龍の方であった。
大量失血に加え、頸動脈を閉められ脳溢血。
ズシィィィンと二十メートル超えの巨体が横たわった。
ベヒーモスは耐え抜き、全身の毛を焦げ付かせながら、勝利に吼えた。
「ニャオオオオン! アタシの勝ちニャアアアッ!」
その時だ、ベヒーモスの全身が光り輝いた。




