第72話 全てを知ること
リッチクイーンのマーシーに連れ去られた白蛇リュウイチ、彼の視界は一瞬で古ぼけた白亜の古代遺跡のような場所に移っていた。
軽く見渡しても、ヒトの気配もなく、どうやら遺跡の中央付近にでも転移したのだろうか。
「えっ? なにこれ!?」
「騒ぐな、ただの転移魔法よ」
転移魔法、いわゆるテレポートとかワープとか。
ありそうで実際には初めて転移魔法を体験し、白蛇は戸惑うのだった。
マーシーは白蛇を手から離すと、白蛇を強く睨んだ。
「とりあえず先ずは軟弱なお前を根底から鍛え上げてやる」
「う……ご、ゴクリ」
強くなる、そう誓ったが、痛いのも嫌なら、怖いのも辛いのも嫌いな白蛇はやや尻込みした。
だが無理矢理知らない場所まで拐われ、マーシー直々に鍛えようというのだ。
ここで強くなれなければ、なにが白き翼の守り神か。
「ここは大森林から遠く離れた地、言っておくが逃げ出せる等と思うでないぞ」
「に、逃げねーし、絶対逃げねえ!」
リッチクイーンはクスッと笑う。その直後ズシンと地鳴りのような震動が響いた。
白蛇は緊張し、ゆっくり気配に振り返った。
「早速むこうから来てくれたようだぞ」
リッチクイーンは静観、ズシンズシンと重たい身体を進ませたのは、七色に輝く金属の巨軀を持つ巨人。
すなわち【ミスリルゴーレム】である。
「ピギョエー!? い、いきなりあんな強そうなのから!?」
「有無は言わさん、やれ」
極めて冷酷にやれと言うリッチクイーン。
中々の鬼っぷりに早速奇声が出るが、とにかく挑むしかない。
「うおおおおっ! こうなりゃヤケだー!」
白蛇は飛び上がる。
ミスリルゴーレムはゆっくり見上げた刹那、無数の光弾が降り注ぐ。
「《エーテルショット》!」
光の翼から放たれる無数の光子弾。
リッチクイーンは極めて珍しいあの光翼に注視するが、しかし――。
「ゴオオオ!」
ノーダメージ、それどころかミスリルゴーレムを興奮状態にさせるだけであった。
「威力が低過ぎるな、ましてミスリルゴーレムに魔法は効きづらい」
魔法金属は、極めて魔法抵抗の強い金属と知られている。
それ故に魔法使いはミスリル製の装備を嫌い、この手の金属は戦士職に好まれる。
加えてミスリルは殆ど見つからない貴重な金属、軽く高強度で様々な効果付与が加えられるという特徴を持つ。
ミスリルゴーレムはつまり単純なステータスで勝負するしかない相手なのだ。
改めてリッチクイーンは白蛇の魔力を推測する。あの貧弱な魔力での限界だろう。
それは白蛇も承知している、予想以上に効いてないので舌打ちしたが。
「なら無限に落としたらぁ!」
それでも休みなく光の礫が降り注ぐ。
僅かでも削る算段だ。
「なんとコスい……惨めな戦法じゃな」
「なんとでも仰ってください! 安全に勝てば経験値がっぽり獲得じゃー!」
「安全に……ね」
リッチクイーンはほくそ笑む。
届かない空から一方的な攻撃、一見確かに安全そうには見える。
ミスリルゴーレムは事実、手が届かない。
このままではミスリルゴーレムとて、いつか削り倒されるだろう。
だが、リュウイチはゴーレムを知らない。
このミスリルゴーレムに、遠距離攻撃が出来ないと高を括っている、それが間違いだ。
「ゴオオオ!」
ゴーレムは突然粉砕、白蛇は「やったか」と光の翼でガッツポーズするが、それは不自然だった。
直後小さな金属片となったミスリルゴーレムは、無数の礫となり逆に白蛇に襲いかかる。
「なっ!? 嘘でしょう!?」
「ゴーレムに遠距離技がないと思ったお前が悪い」
言い返す言葉もなく、強烈な金属の礫に晒されたリュウイチは、兎に角回避に専念する。
リッチクイーンはそれを可能にしている光翼を事細やかに分析した。
(やはり現世の者の持つ技能とは思えぬ、やはり神の力、なのか?)
神、白蛇リュウイチは神であるか。
リッチクイーンにはリュウイチを神だと思えた瞬間があった。
だがしかし、ミスリルゴーレムに右往左往する姿が神と言えるだろうか。
「神とは、全てを知る者、それは現世の理さえ塗り替える者……だがリュウイチは」
やはり神には思えない。
とはいえあの光の翼だけは、神の御業に思える。
反則的なスキルだ、使い手があのザマでは宝の持ち腐れにも思えるが。
「リュウイチ、お前は目は良い方か?」
「ええ!? 悪くはないけど!」
「その爆裂指弾の最中、ゴーレムはコアを剥き出しにする! 死中に活を求めよ!」
ミスリルゴーレムの弱点は剥き出しの核。
それを聞いたリュウイチはコアを必死に探す。
だが……無理だ、おびただしい金属片の中から小さなコア探すなんて不可能である。
そのまま一発が蛇肌に被弾、リュウイチは痛みに呻く。
「く、くそおおおっ!」
リュウイチは口から硫酸をばら撒く。
金属なら腐食出来るはず、だがそれでも焼け石に水、今度は頭部に被弾する。
「くっ!? 目が……!?」
額やられ、血が瞳に被さった。
視界が赤く染まると、もう目は使い物にならない。
そうなるとピット器官に活路を見い出すしかないか。
蛇の特性として熱量を正確に知覚する、これにより世界は夜でさえ鮮明になる。
だがそれでもゴーレムは熱を持たない、周囲の気温に紛れてしまう。
《熱源探知》でさえ、コアを特定は出来なかった。
『見てられないねー。ゴーレムに熱量はない、でもさーゴーレムはどうやって動いていると思うかい?』
そんな醜態を見ていた蛇神は、堪らず念話を送ってきた。
どうやって動いている、そんなの魔物学者でもないリュウイチにはまるで理解出来ないぞ。
(それがなんになるんだ! ゴーレムの動力源なんて!)
『意味があるさ、ゴーレムは魔力で動いているんだから、見るべきは魔力の流れさ』
(魔力……だって?)
その時、脳に電撃がハジけた。
突如開眼する、魔力の波動の知覚。
新スキル《魔力探知》が発動すると、世界は魔力によって塗り分けられた。
とびきり強い波動を持つのはリッチクイーンのマーシーだ。
恐ろしいほど強い波動を感じる。
それは魔力探知を使わなくても、なんとなく理解るほどだ。
『魔力の波動を認識する、それは神の初歩中の初歩だよ』
『なんたってウチらは、あらゆる物を知覚出来るからニャー、ニンゲンも全てを知る者なのニャ』
全てを知る、改めてリュウイチが神の眷属たる半神であることを忘れていた。
全てを知る者こそ神ならば、この世界のあらゆる命さえ知覚出来るのだろう。
(ミスリルゴーレムのコア、あった! この波動!)
リュウイチはコア波動を探知すると、そこに向かって腐食毒を放った。
どんな金属さえもあっという間に溶かす蛇神の権能、腐食毒を浴びたコアは変色をきたし、地面へと落下した。
「今度こそやったか?」
「いや、まだだ! 浅い!」
再び巨人へと再構築するミスリルゴーレム。
しかしコアを傷つけられ、半身が定まらず、胸のコアが剥き出しであった。
リュウイチはこの機を逃すまいと、《猫神の爪》を発動、光の翼による物理法則を無視した瞬間加速でコアに向けて爪を突き立てる。
赤いコアはピシピシと音を立てると、一気に崩壊、その巨軀を瓦礫の山とした。
「はぁ、はぁ……勝った、のか?」
パチパチパチ。
リッチクイーンは見事な勝利に拍手した。
明確な格上が相手だったが、やはりリュウイチには光るものがある。
「よくぞ己に打ち勝った、途中で動きが良くなったようじゃが、なにがあった?」
「え、えへへ、ゴーレムの魔力を探知したらさ、コアの位置が分かったんだ」
リュウイチは照れながら勝因を解説した。
リッチクイーンは《魔力探知》の話を聞き、推測を深める。
(戦闘中にスキルが突如閃く事例は過去にもある。しかし魔力探知、か……探知系が得意なのか?)
魔力の知覚は、リッチクイーンも収めているが、このスキルの習得には百年は要した。
リュウイチはコアのヒントから一瞬で閃いたのか、その習熟速度は天才的だ。
実際には神の基本技能のようなものだが、神とは知覚できないものである。
「それにしてもあの猫の爪はなんじゃ? お主蛇よな?」
「それはそのー、猫に奇縁もありましてー」
流石に猫神のことは喋る気にはならなかった。
猫神の加護により、猫の基本的な能力を持つ蛇というのは、やはり奇妙と言えようか。
「まぁよい、ならば次々いくぞ」
「うへぇ、まじかー」
「文句を言わず、強くなるんじゃ!」
全くその通り、鬼教官の下、白蛇は一人前になれるのだろうか?




