第70話 魔物街の工業
新市街工業区、新市街建設に際して初期に造成されたこの区画は、責任者であるレギの要望を強く反映された街だと言えた。
頑丈な耐熱レンガ構造、ドワーフらしい質実剛健な工場街。
連日鉄を叩く音が喧しく響くその場所に訪れた冒険者たちは驚いてしまう。
「すごい規模だよね、モリブデンではこんな規模の工場はないよ」
そう言ったのはハーフエルフの魔法使いリテリルだ。
それには寡黙な獣人武道家のグリードも頷いた。
「鉱山の開発も進んでいると聞く、規模だけならドワーフ王国とも負けていないのでは?」
「アッハッハ、ニッチが違うよ、ドワーフ王国とは」
白蛇はドワーフ王国と比べられて軽く笑った。
ニッチと聞かされて、リテリルは首を傾げる。
「なにが違うの?」
「ドワーフ王国では武具が中心だろ? けどうちは民間用が中心だからさ」
舐めた態度のリテリルをラインは軽く咎めた。
白蛇の説明だけでは三人はまだ良くわかっていないようだ。
その時丁度工場から箱詰めされた木箱を車輪付きの押し台に乗せたオーク男性が出てきた。
これは好都合、白蛇は早速声をかけた。
「おーい、ちょっと中身見せて貰ってもいいかい?」
「こ、これはリュウイチ様! ぜ、是非見ていってくださいませ!」
改めて王のように敬われる白蛇を見て、どうして王ではないのかラインには分からない。
ただ人懐っこく、あまり物怖じしない、それでいて得体の知れない存在感が漂う。
木箱の蓋を取ると、中に入っていたのはフライパンであった。
「ほーら、これがウチの製品、結構評判良いんだぜ」
白ラミア姿でフライパンは右手に持つと、冒険者に見せた。
まじまじ興味深そうにリテリルはフライパンを観察する。
「これってモリブデンでも売っているの?」
「少しだけどね、ウチの商会が頑張って、色んな町や村に販路を拡大しているのさ」
柴犬族のコボルト、オストを大君長として魔物街の経済はコボルト族に一任してある。
今やコボルト族のおかげで北部を中心に、魔物街の製品は流通しつつあった。
驚くべきことに、イーリス族を介してドワーフ王国や、果ては大陸の果てである北部氷海の人間の国にまで流通していると言うのだ。
宝石類に至ってはモリブデン公国よりさらに西にある諸王国にまで出荷されていた。
「持ってみる?」
「いいの? それじゃ……あっ、これ軽い」
リテリルはフライパンを渡されて、持ってみると軽さに驚いた。
白蛇はフッフッフと怪しく笑い、人差し指を振って違いを説明した。
「鉄の成分配合が違うのさ、そのおかげで軽くて熱伝導率も良いフライパンになったんだぜ」
と、言っているが、これはレギの受け売りである。
実際のところ、鉄の成分などと言われても白蛇はなんにも理解していない。
レギはクロムやコバルトなど色々説明してくれたのだが、鉄鋼業はさっぱりなのだ。
とにかく良いものである、それだけが現実である。
「リテリルちゃんは、料理するの?」
「うんっ、普段私が担当だから」
「それじゃいくつかプレゼントしよう」
リテリルは満面の笑みで喜ぶ、が慌ててラインがその腕を引いた。
「お、お前ちょっと図々しくないか!? なんで魔物の王とそんなに仲良くなってんだ!」
「俺は王様じゃないよー」
と白蛇の否定もかくや、ちょっと馴れ馴れしいリテリルはシュンと肩を落とす。
元々図太い性格だが、エルフの血のせいか好奇心が強いのだ。
白蛇からすれば、リテリルはもう友達な訳で、別に失礼がなければ構わないのだが。
「えープレゼント欲しいー」
「す、すみませんウチの者が迷惑かけて……」
ラインは平謝り、白蛇は苦笑いした。
フライパンはとりあえずオークに返して、「もういいよ」と言って、仕事に戻した。
彼らの目的はレギである、その為レギの工房を目指すのだ。
グリードだけはただ寡黙に、後ろから見守るのだった。
「えと、それでレギだけど……あそこ」
工場街では、小さな工房が見えた。
この街で一番最初に建てられたレギ工房、そこでレギは黙々と鉄を打っていた。
耐熱窓ガラスから工房の中を覗くと、無心で仕事するレギが確認出来る。
「あの子がレギ、列記としたドワーフ王国の王女」
「……まじか、なんで魔物街に住み着いているんだ?」
ラインはとんでもなく近い場所に目当ての相手がいるという盲点に愕然。
レギはというと、園芸鋏を打っているのか、何度も確認しているが、その出来に、彼女は失意のまま首を横に振った。
「レギはさー、奴隷商からなんとか逃げてさ、魔物街に亡命を希望したんだ」
「亡命? そのまま王国に帰れば良かったんじゃ」
リテリルの疑問、だが事実として、レギは王国への帰還を望んでいない。
その原因は、今の彼女の姿にある。
「レギは王様と仲良くないんだってさ、あんなに優れた技術があるのに王様から軽んじられて、怖いって」
実際レギの怯えようは異様であった。
強大な魔物、恐ろしい奴隷商マフィアが相手でも、悠然で物怖じしなかったレギが取り乱すほど。
だからこそ彼女は亡命し、魔物街で骨を埋める覚悟なのだ。
それでも……白蛇はやっぱり生きているなら親子再会してほしい。
子供を嫌う親などいない、そう信じたいのだ。
「しかし、なんだか調子が悪そうだが」
寡黙なグリードが珍しく喋り、レギの様子を指摘する。
一行はレギを見守る、工房でただ一人、ひたすらに鉄を打つ姿に。
「……申し訳ないけど、暫く魔物街に滞在してもらいたい、レギにはまだ時間がいるから」
レギは今追い込まれている。
父との再会、その為に彼女は渾身の一作を打つ為に励んだ。
フレイアの言った通り、レギが納得する渾身の出来の鋏さえ打てれば。
冒険者たちは静かに頷いた。
レギさえ帰国すれば、モリブデンの問題は解決する。
そしてその先に、白蛇の思惑も絡んでいく。




