第69話 リッチクイーンは空気読めない?
色々訳がわからなかった。
少なくとも街の玄関口にいた戦士ラインにはさっぱり理解出来ない。
変な魔女が突然暴れるわ、街が闇に覆われ、白蛇はズタボロにされるわ。
あまりに場違いな恐ろしさに、冒険者一行は玄関口で立ち止まっていたが、闇が払われると、魔物街へと入ってくる。
しかし入っても、まだ安心とは言えないかもしれない。
闇を纏った恐ろしい魔女がまだいたのだ。
ラインたちは、圧倒的存在感に恐怖したのは言うまでもない。
一方で突然暗闇が襲い、大狂乱に陥っていたイーリス族の領事館。
ユズは怯えきったイーリス族を宥めながら、なんとか秩序を守りぬき、白蛇の様子を屋根の上から密かに観察していた。
「……まさか、あんな化け物までいるなんて」
想定外もいいところ、突然襲撃してきた闇の魔女の圧倒的実力は、正に魔王という言葉が相応しい。
実際、白蛇はズタボロにされ、ユズには手助けさえも出来はしなかった。
白蛇が殺されたら、速やかに魔物街を放棄することも視野に入ったが。
「リッチクイーンですか、未確認の大物、本当にモーアの大森林は恐ろしい」
豊かな資源に恵まれるモーアの大森林であるが、その実誰も大森林を実効支配出来なかったのは、こういう化け物が存在するからに他ならない。
ゴブリンは何度もベヒーモスのような強大な魔物に開拓村が滅ぼされたそうだし、リッチクイーンの気に食わない街は、一夜で滅ぼされるだろう。
そういう理不尽を、ユズは忘れていた。
魔物街も薄氷の上なのだ、と。
「それにしても、リッチクイーンの目的はいったい……?」
『そこのお前、視えているぞ』
ユズはすぐに息を殺すと、姿を隠した。
だが脳内に響く声は、それを嘲笑う。
『だから視えているというに、妾の前で小賢しい真似はよせ』
恐るべしリッチクイーン、世界一の大魔女は、ユズの監視など筒抜けであった。
このテレパシーも、ユズの知らない古代魔法か。
(これは失礼を、わたくしユズと申します。決して貴方を誑かそうなど――)
『黙れ、貴様の言葉は薄っぺらい』
「……っ」
ユズは嘘の才能には自信あるが、それを察知されたのは初めてだった。
自分のスキルに【嘘の才】まであるほど顔色変えず相手を騙せる彼女が沈黙するとは、ユズ自身思わなかった。
リッチクイーンからは、ただ直感に過ぎなかったが、なまじ千年生きた経験が直感を起こしたのだろう。
ユズは改めてリッチクイーンの前に姿を表すと、優雅の会釈した。
あくまでも友好的に、八方美人はイーリス族の政策でもある。
「……ふん」
リッチクイーンは鼻を鳴らした。
ユズからは何やら強大な運命の力を感じるが、詮無きこと。
今は目の前の白蛇リュウイチのほうが大事である。
「でだ、リュウイチよ、返事は?」
いい加減起き上がった白ラミア、ヘトヘト顔だが返事は決まっていた。
「それで強くなれんなら、弟子だってなってやる」
弱いままでは何も護れない。
ちょっと強くなっただけでは駄目、もっもっと上を目指さねばならない。
痛いのは嫌、苦労するのも嫌、だけど白蛇はかつてなく強くなりたいと思えたのだ。
リッチクイーンは真の強者だ。
ベビーモスでさえ遠く及ばない大森林の頂点足り得る存在。
リッチクイーンはにんまり笑う、白蛇の覚悟を嬉しく思った。
「言っておくが、妾は生易しくはないぞ」
「う……そ、それでも俺はもっと強くなりてぇ!」
やっぱり基本楽したがりのリュウイチは尻ごむ。
よくあるアニメやマンガみたいな熱血修行はおそらく半日も保つまい。
そんなヘタレっぽい姿だが、リッチクイーンはそれさえどこか愛おしい。
ベビーモスも口では「最強になるニャ」と師匠の前でのたまるが、現実はちっとも進歩していない。
悠久の時を見てきたリッチクイーンにとってみれば、その牛歩のごとく遅い成長も愛せるのだろう。
「クククッ、なら直ぐにでも……」
リッチクイーンは白蛇を連れて行くつもりだった。
だが、転移の魔法を使おうとした直前、ある冒険者一行が白蛇の前に現れた。
冒険者はリッチクイーンに警戒しているが、白蛇と敵対しているようにも見えないからこそ姿を現したのだろう。
その代表、戦士ラインはおずおずと白蛇に声をかけた。
「白蛇様、俺たちをお呼びと聞いたんですが?」
「あっ、忘れてたっ」
ユズに呼びに行かせて、その間にマーシーが襲撃してきてからの怒涛の展開、すっかり本来の目的を忘れていた。
「すまんリッチクイーン、修行の前にちょっとやることがある!」
「ショボーン……まぁよい」
早速修行をつけるつもりが、彼は為政者だ。
普段の忙しさは、基本暇人のマーシーとは随分と異なる様だった。
「いやごめんごめん! えとさ……いくつか確認したいことがあるんだけど」
白蛇はなるべく笑顔で、ラインたちに問う。
冒険者たちは皆緊張した面持ちであった。
「な、なんでしょうか?」
「君の所属するモリブデン公国と、ドワーフ王国が、現在国交断絶状態ってのは確かかい?」
それを聞かれてラインは、一瞬ドキリとした。
けれど直ぐにその意図がわからなくなる。
現状魔物街はモリブデン公国とは関わりがないし、それはドワーフ王国とて同様の筈だが。
ただ白蛇は冒険者たちの表情から事実を確認して、次に言った。
「もしレギン王の娘、王女レギをモリブデン公国からドワーフ王国へと護送出来れば、国交回復も可能じゃないかな?」
「な……!? ど、どうして白蛇様がモリブデンの為に塩を贈ろうと?」
そう、それこそリュウイチの狙いだった。
リュウイチはにんまりヘビ顔で笑うと、ようやく核心を突いた。
「君たちマフィア残党の捜索より、レギ王女の確認が目的なんじゃないの?」
然り、冒険者たちがモリブデンから受けた密命には、ハイドワーフの少女の捜索も含まれていた。
王女レギはドワーフ王国とモリブデン公国の商談の責任者として、モリブデンに向かう最中、事故が発生した。
周辺地域で猛威を奮う奴隷商マフィアにレギ王女が捕まったと考えられたのだ。
レギン王は、問題をモリブデン側にあると激怒し、モリブデンはドワーフ王国との国交を失ってしまった。
このままではドワーフと商売することもかなわず、これは小国であるモリブデンには実に頭が痛い問題だった。
そこで危険を伴うが、大森林に冒険者一行が派遣されたのだ。
「俺としてはレギを一度実家に帰らせたいんだよねー」
「ちょちょ、ちょっと待ってくれ! レギ王女の行方を知っているのか!?」
驚愕するライン、ハイドワーフの少女一人を探すのは不可能に近かった。
だから幸運だった、身嗜みを整えたハイエルフの少女がそれに答えた。
「この街で工業の総責任者をやっているわよ」
「は……総責任者、だって?」
魔物街唯一のハイドワーフのレギ、世の中には奇妙な話は存在する。
まさか一国の王女が、こんな辺鄙な街に滞在しているのだから。
もっともレギは、ちゃんと王女と初対面で言っていたのだが。
「紹介してやるからついてきてー」
リュウイチはそう言うと這って工房へと進んでいく。
冒険者たちはその背後を追っていった。
一部始終見ていたマーシーはしょんぼり肩を竦めた。
「なんじゃなんじゃ、これじゃ妾ただのお邪魔虫じゃー」
「師匠ー、やることなすこと空気読めないから、こうなるんだニャー」
なにをっ、とベヒーモスの頭を髑髏の杖でぶっ叩くマーシー。
ベヒーモスは瞬時に硬化して衝撃を無効化、ただ喪女めいた師匠に呆れるのだった。




