第65話 ユズ秘密兵器
イーリス族の領事館は魔物街南部の一等地にある。
柵に囲まれた広い庭に、四階建てのアパート。
ここにイーリス族は住んでいるわけだが。
「改めて聞くけど、住心地はどう?」
「それはもうまるで天国ですわ、ここに住んだら私もう国に帰れません」
それは色々アレだな、白蛇はなんとなくイーリス族の過酷な生活に染み入る。
ユズからすると、外敵もおらず、寒さも無縁で、おまけに上質のベッド、シャワー付きで、コンロまでついている神物件であった。
恐ろしいことにこれでも、魔物街ではとりあえずポンと渡せる建物でしかないのだ。
領事館ということで借りているが、白蛇はいつでも居てもいいということで、家賃すら発生していない。
住んでみればわかるが、この街は今バブル期みたいなのだ。
「それで何を見ればいいの?」
白蛇はユズに見せたいものがあると、領事館へと連れて来られた。
彼女は直ぐに建物に入ると、直ぐに中にいたイーリス族も連れて現れた。
ただ皆、奇妙な棒を肩に担いで。
「それってまさか……?」
白蛇はまさかと驚く。
ユズは広場に整列すると。
「全員構え」
ユズの号令に棒のような筒を一斉に構えた。
白蛇はそれをどこかで知っている。
現代的な物と比べると旧式ではあるが。
「魔力装填、撃て!」
ズドン! と音を立てて筒から風の弾丸が発射された。
風の弾丸は庭に建てられた木偶人形に直撃すると、風穴を開けた。
「え? まさかそれって……銃、か?」
放ったものこそ鉛玉ではなく、風の弾丸だったが、イーリス族が持っていたのは紛れもなく【ライフル】であった。
スプリングフィールドM1903にも似た少し古臭い小銃には鉄の銃身を加工するのにネジが必要であった。
ネジ……つまりだ、ユズがネジを見せたのは、この小銃を見せるためだったのだ。
「これがイーリス族の秘密兵器ですわ」
「ライフルか……まさかと思うが、それって空から撃てるの?」
ユズは微笑を浮かべ、手を上げる。
するとイーリスたちは一斉に飛び上がり。
「全員構え、目標一斉射、てぇ!」
ユズの号令に再び銃声が鳴り響く。
木偶人形は無数の風穴を開けられ、崩れ落ちた。
その光景に白蛇はあんぐり呆然、とんでもない秘密兵器が剣と魔法のファンタジー世界に出てきたぞ。
(神様ー、銃ってアリなんですか?)
『君の愛する蛇神だよー、えっとねー別に問題ないんじゃない?』
(そんなあっさりと、あんなの反則じゃない?)
『でもさー、あれでベヒーモス倒せると思う?』
ベヒーモスを倒せるか、まるで倒せる気がしないな。
それこそベヒーモスを倒すなら、対戦車ライフルでもなきゃ無理な気がする。
要するに蛇神からすると、銃自体が異世界の常識を覆すほどではないという評価だ。
確かに象さえ上回るような強大な魔物や、聖女アイの強烈な魔法と比べたら、大したことはないのかも知れない。
『ちゅうかさー、そいつ露骨に異世界チートしやがるニャー、まぁおもろいからええけどニャ』
(異世界チート……?)
まさか……と思い、ユズに【能力鑑定】を使用する。
すると開示された情報には。
【 名前 】 ユズ・アカホシ
【 種族 】 イーリス(転生)
【 レベル 】 49/255
【 ランク 】 ☆☆☆☆☆☆☆
【 攻撃力 】 90
【 防御力 】 82
【 魔法力 】 421
【 魔防力 】 437
【 敏捷力 】 685
【 スキル 】 翼神の加護 魔法の才 風魔法の大知識 銃の知識 カリスマ 状態異常完全耐性 嘘の才
「ぶっ!」
思わず吹いてしまう。
このイーリスさん、思いっきり異世界転生者じゃねーか!
道理でなんか他のイーリスらと比べて、ちょっと変だなーと思ったよ、と心の中で突っ込む。
スキル構成もアイととても似ている、そりゃゴブリンに転生者がいるなら、イーリスにいても不思議じゃないが。
なんで見慣れた銃に似ているかって、そもそもユズさん銃の知識持ち込んでますがな。
道理でまずネジを重要視したかよーく分かった。
「えと……ちょっと刺激が強かったでしょうか?」
「まぁその色々と……それでどうして俺にこんな秘密兵器を見せたんだい?」
ユズが転生者なのは理解した。
問題はその転生者が何を考えて虎の子を見せるのかが分からない。
ユズは胸に手を当てると笑顔で。
「勿論、この街でこれを、量産してほしいと」
「……いいのか? 製法を教えたら、優位性が失われるんじゃ」
「問題ありません、銃は重要ではなく、重要なのは弾丸ですわ」
……たしかに、いくら精巧な小銃を製作出来ても、風の弾丸はお手上げだ。
イーリス族そのものが風の魔法を得意とする種族だからこその武器だろう。
こんなもの上空から構えられ、一方的に射撃されたら魔物街なんてひとたまりもない。
ん……ひとたまりもない?
「なぁまさかと思うけど、こいつの量産の暁には、この街を襲ったりとかー」
その時、ユズは真顔で白蛇の顔を覗き込む。
白蛇は恐ろしくてダラダラ蛇肌から出ないはずの汗を垂れ流す。
「……まさか、であればこんなの教えませんよ」
と言って穏やかに微笑む……が。
白蛇は安直に信じることなんて出来なかった。
何故なら彼女、【嘘の才】とか、持ってるし。
(やべぇ、なにが嘘かなんて全然わかんねぇー!)
白蛇は心の中で大慌て、ユズもまさか自身のステータスを確認出来る存在がいるとは思わなかったのか、白蛇の慌てように不思議そうに首を傾げた。
だが……白蛇の懸念、それは間違いでもない。
ユズはもし可能ならある人物を暗殺した後、街を焼き払うつもりだったのだから。
だがしかしだ、ユズは微笑する、その必要がないからだ。
「白蛇様、私は白蛇様に本気でお仕えしてもいいと思っていますわ」
それさえも嘘かも知れない、疑心に包まれた白蛇の顔色は悪い。
ユズは白蛇の大きさ、偉大さ、そして寛容さに完敗している。
戦わずして白蛇はユズが敵わないと認めさせたのだ。
だからこそユズの秘めたる想いとは。
(イーリス族を魔物街に組み込み、マルファの民を護ってみせる)
白蛇という強大な盾さえ得られれば、もう並大抵を恐れる必要はない筈だ。
だからこそ、侵略ではなく融和に切り替えユズは恭順を示したのだから。
とはいえ、白蛇はこれで小物、ちょっと付き合うのは大変かも知れない。
そして……魔物街を包もうとしているある暗雲はもう目の前なことを、彼女も白蛇も知らない。




