第64話 魔物街の品物は意外なところにも
白蛇がレギを探している頃、レギは迷わず工房へと帰ってきた。
途中ですれ違った白蛇は、レギが珍しく真剣な顔をしていたのを見て、声を掛け損じた。
レギは工房に籠もると、直ぐに鍛治に取り掛かる。
白蛇は窓から工房の中を覗き込んだ。
「どうしたんだいきなり……?」
白蛇はなにも知らない、レギがかつてないほど真剣に今鍛冶に取り組んでいること。
レギは直ぐに鉄には触れなかった。
ただ鉄火場で彼女は拝むように両手を合わせて天井を仰ぐ。
(鍛冶の神、鉱人神よ……どうかレギを見守りたまえ、震える手をどうか鎮めたまえ、レギのちっぽけな自尊心を赦したまえ!)
神頼み、元より信仰心は厚かったが、今回ほど本気で神へと祈ったのは初めてであった。
それを天上より見守る鉱人神は、腕を組みレギを見守るだろう。
レギに神の声は聞こえぬ、白蛇のようには聞けない。
これを見た蛇神は『青春だねぇー』と白蛇に語りかけ、猫神は『男なら黙って見守るニャ!』と謎の後方腕組顔。
白蛇は何故あのロクデナシ神どもが、そんなにレギに入れ込むのか分からないが、黙って見守ることにした。
「……まぁいっか、レギを信じてやらんとな、俺って守り神だし」
そう言うと白蛇は工房から離れる。
直ぐに白蛇に影が差す。
ゆっくり鎌首を上げると、イーリス族の女性が降りてきた。
「白蛇様、冒険者一行直ぐに戻って来ますわ」
冒険者を探して貰っていたユズは、仕事を果たし戻ってきた。
冒険者にはレギのことを説明し、レギも無事であるとドワーフ王国とモリブデン公国に伝える必要がある。
白蛇としては、近隣の国が険悪というのもどうして具合が悪い。
出来るなら仲裁の仲人をするつもりだ。
「白蛇様、レギ様は?」
「それがなぁ、急に帰ってきたと思ったら、工房にさぁ」
ユズは工房を覗く。
中ではレギが、黙々と鉄を打っていた。
「何度かドワーフ王国の鍛冶場を拝見致しましたが……彼女武器は作らないのですか?」
「武器? そういやレギって殆ど日用品ばっかりだな」
ユズはそれを聞くと、「ふむ」となにか納得する。
天才型のユズの考えを推し量るのは難しい、白蛇はなにが気になったのか聞いてみた。
「なにか気になるのか?」
「……ドワーフ王国の主要な輸出品は武器に鎧です。実際多くが輸出に回され、それが主な外貨獲得手段なのです」
「へー、いわゆる兵器産業か」
ユズはこっくり頷く。
ドワーフ製の武具となれば、どこでも引っ張りだこ。
ドワーフ王国は良質な鉱石を大量に産出する土地にあり、そうやって日々の糧を得ているのだ。
一方でレギは違う、レギは日常で使う製品ばかりだ。
それをオストらコボルト商団に輸出品として扱ってもらっている。
魔物街製の包丁やフライパンは大変好評だとも聞いていた。
兵器は当たればデカい稼ぎだが、日用品の需要は絶対に衰えない。
だからドワーフこそ、そっちを手がけないのは意外だった。
「なんでドワーフはレギみたいに日用品を作らないんだ?」
「それはドワーフの慣例でしょう」
ドワーフの慣例、ドワーフ族の多くが鍛冶師であり、レギの父レギンは鍛冶王と呼ばれるほど。
そんな鍛冶師集団となると、技術を磨きあい、素晴らしい物を製作しようとやっきになる。
「つまり、作品の値段こそ評価価値、だから高い値段で売れるものばかり作ってしまうんです」
それこそがドワーフ族のジレンマともいえる慣例。
日用品の需要は高い、だが単価が安いということは、ドワーフにとって価値が低い。
ドワーフ族は自尊心の強い種族だからこそ、評価額をそのままブランドにしてしまう。
「だからこそ魔物街の鉄器産業はニッチに強いのでしょう」
「ユズからするとそういう評価なんだ」
「……これ、実は魔物街産なんですよ」
そう言ってユズは服のボタンを白蛇にみせた。
貝を丸く加工したボタン、今洋服需要もあって、大量生産している物の一つだ。
「あーレギが試作品作ってから、それを結構な工場で生産してんだよな」
「うふふ、目に見えないところで、気づかない部分にこそ需要ってあるんですよね」
洋服用のボタンは確かに誰も気にしないかも知れない。
ユズの着る背中が開いた民族衣装のドレスだが、そのドレスに使われている糸もボタンも実は魔物街産である。
糸は元々オーク村で栽培されていた木綿を糸にして、ボタンも水源の多い魔物街では食用でポピュラーな貝の魔物【マッドシェル】のものである。
白蛇は意外なところで使われているのを知って、改めて驚く。
オストたちが外の世界へ外商に向かい、知らない間にイーリス族やドワーフ王国、もしかすればモリブデン公国などにも出回っているのかも知れない。
「俺の把握してないところで、この街の物が出回っているんだな」
「そうそう、白蛇様、これご存知?」
思い出したようにユズは懐から小さな金属のネジを取り出す。
白蛇は目を細める、僅か一センチメートルあるかないかの小さな螺旋ネジだ。
「ネジじゃん、へぇこの世界ネジが存在するんだ」
「まだ一般的ではありませんわ、そう……やっぱり白蛇様は知っているのね」
「え……?」
それはユズがドワーフ王国と交流を通して、無理を言ってドワーフ族の鍛冶師に製作してもらった標本だ。
作ったドワーフはなにに使うかも理解していなかった。
ただこんな小さな物を作らせるのに、最上級の酒を提供したのだ。
これには気難しいドワーフでも、仕事を受けざるを得なかった。
もっともユズからすれば、ネジ標本の存在は一国の価値にも劣らぬが。
「白蛇様、イーリス族の住まいまで来てもらえますか?」
「……まぁいいけど」
冒険者たちは到着したら直ぐに迎えに行けばいいか。
なんだか、ちょっと嫌な予感もするが、白蛇はユズについていくのだった。




