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第63話 フレイアの信頼

 レギの帰国、それに一番困惑したのはレギ自身だった。

 ドワーフ王国は好きじゃない、あそこに良い思い出もない。

 ずっと父に見られ、あの失望が嫌だった。

 魔物街はいい、誰もレギを否定しない。

 レギが自由にやれる、こんなに楽しいことはない。

 だからこそ、レギの口から出たのは。


 「やだ、帰らない」


 ……だった。

 当然白蛇は口をポカーンとあんぐり開けて呆然(ぼうぜん)

 ユズも「あらら」と(ほお)に手を当てズッコける。


 「帰りたくない! 白蛇様の馬鹿アホおたんこなす!」

 「なにそのボキャブラリー!?」


 レギは暴言をまき散らし、その場から逃げ出した。

 そんなに帰りたくないのか、白蛇は愕然とする……が、直ぐに顔を上げた。


 「レギ……いつまでも子供が親を心配させるべきじゃないんだぞ?」


 白蛇は必ずレギを祖国へと帰す。

 そして必ずレギの気持ちを引き出してみせる。

 レギン王だって、きっとレギを愛している筈だ、だから白蛇はやらないといけない。


 「白蛇様、空からレギ様を探しましょうか?」

 「いいや……それよりモリブデンの冒険者をもう一度呼ばないと」


 白蛇はレギも心配だが、先ずは目下右往左往している冒険者一行を思い出す。

 レギの性でモリブデン公国とドワーフ王国が険悪になっているなんて、流石に放置も出来ないだろう。


 「ユズ、本当に申し訳ないけど、ちょっと仕事頼んでもいい?」

 「かしこまりましたわ、イーリス族の速さをご照覧にいれましょう」


 ユズは大きな純白の翼を広げると、凄い速度で飛翔する。

 あっという間に点となり、オストはあんぐり口を開いた。


 「やはり速い、イーリス族こそ空の支配者ですね」

 「あぁ、やっぱりイーリス族は是非とも欲しい人材だよ」


 もしもイーリス族を正式に魔物街の住民に迎えられれば、出来ることはいくらでも広がるだろう。

 捜索、諜報、宅急便も可能か。

 残念ながらイーリス族はあくまで友好族であって、臣民ではない。

 ユズの好意に後で何を言われるか、ちょっと怖いが頼らせてもらおう。


 「さてと、こっちはこっちで仕事しないとな」

 「ふふふ、私も仕事でいっぱいですから、戻りましょう。白蛇様もなにかあれば是非商館へ」


 そう言うと、オストもコボルト街に向かって戻っていく。

 白蛇は一匹になると、レギを追いかけるのだった。




          §




 レギはがむしゃらに走った。

 どこへ向かうのでもない、ただ息が切れるほど走り、気がつくと農園にいた。


 「はぁ、はぁ……あれ、レギどうして?」

 「あらレギじゃない、遊びにきたの?」


 ハッと我に帰るとレギは声に振り向く。

 リンゴ樹林で真っ赤に実ったリンゴの手入れをしながら、ハイエルフの少女がレギを見ている。

 レギはフレイアに安堵すると、息を整えた。


 「フレイア……リンゴ、美味しそう」

 「美味しいわよ、世界一ね!」


 フレイアはリンゴを一つもぎ取ると、レギへと投げつけた。

 レギは慌てて受け取る、食べろということか。


 「あむっ、もぐもぐ……ん、甘くて、少し酸っぱい」

 「その酸味がいいのよ、焼くと甘みが増すし、リンゴって本当に素晴らしいわね」


 そう言うと、優しい眼差しでリンゴの幹を撫でる。

 フレイアの故郷ではリンゴ栽培が盛んだって聞いた、彼女は誇りあるハイエルフだ。


 「ねぇフレイアは故郷が恋しい?」


 リンゴを半分食べると、フレイアに質問。

 彼女は少しだけ悲しい顔をすると。


 「そりゃ恋しいわよ、私だってね」


 いかに気丈といえど、フレイアにも愛する家族がいる。

 貧しいリンゴ農家の一人娘であったが、温かい家族の愛は忘れられない。


 「なら帰りたいって思わないの?」

 「帰らないわよ、それは私の誓いだから、あえて戻るんなら私はあのクソッタレの国を必ず見返してからよ!」


 フレイアの故郷への想いは愛しさ半分憎さ半分である。

 ハイエルフとして尊ばれ、ハイエルフだからこそ疎まれ、ただ悪しき慣習に翻弄され落ちるところまで落ちた。

 今更どんな顔で家族の下に帰ろうか。

 奴隷にまで落ちて、家族はきっといっぱい泣いてしまうだろう。

 家族を愛するからこそ、フレイアは悲しませるより喜ばせたいのだ。

 その複雑な想いはレギよりもよほど気難しい。

 レギは食べかけのリンゴを握りしめ、不安げに俯いた。


 「……? なにいーっつも能天気なアンタが暗い顔して、らしくないわよ」

 「……そういうズケズケした遠慮しない物言い、エルフというよりドワーフらしい」

 「アッハッハ! そりゃ結構! 悪しきエルフより賤しきドワーフの方がいくらかマシだわ!」


 魔物街にすっかり染まったハイエルフである、まして親友とも呼べるレギ相手ならば、ズケズケ無遠慮にもなろう。

 深謀遠慮(しんぼうえんりょ)で全てを見通したような澄まし顔より、無神経でも相手の目線に立てる方が今のフレイアにも好ましい。

 ならばフレイアなりに俗物となろう、あくまでフレイアなりに。


 「ほらお姉さんに言ってみ、白蛇にパワハラされたか?」

 「個人的にフレイアを姉と認めた覚えはない……んー、レギね、帰郷させられそう」

 「……はい?」


 レギは白蛇が無理矢理でもドワーフ王国へ帰そうとしていることを、フレイアに説明する。

 と同時にレギは頭を抱えて、帰りたくない理由を吐露した。


 「ああん! 父に会いたくない! もう失望はいや! 皆大っ嫌い!」


 みっともなく子供っぽく癇癪(かんしゃく)起こすレギ。

 普段の悠然としたこれぞドワーフという体裁もかなぐり捨てている。

 フレイアは「うわぁ」と呆れ、顔を背けた。

 見てはいけないものを見た気分だが、放ってもおけまい。


 「アンタさ、お父さんが嫌いなの?」

 「嫌いじゃない……でもとっても怖い」


 そう決して父王を嫌っている訳ではないのだ。

 だが父から感じる期待という名の重圧、そしてそれを裏切ってしまう失望、あらゆる視線が嫌になり鬱になる。


 「憂鬱(ノイローゼ)は厄介よね……たく」

 「うー……」


 レギは時々意見が合わないが、本気で大切な姉妹のような娘だ。

 フレイアは面倒そうに頭を掻くと、決断的にレギに迫り、両肩を掴む。


 「いいレギ、だったら見返してやれ! 怯えるなっ! アンタは凄い!」


 レギは目を見開くと、ビクンと震えてしまう。

 フレイアの剣幕に驚き、けれど彼女のぶっきらぼうな応援は、ちっぽけなレギの心を少しだけ揺さぶった。


 「レギ、全然すごくない……ドワーフなら誰でもやれることをやっているだけ」

 「……はぁぁぁぁ。アンタ誰と比べてんの? 誰でもない、アンタだけのオンリーワンってあるでしょ」


 オンリーワン、それは欲して欲してたまらない言葉。

 レギは思わず泣いた、わんわんと大洪水で泣いた。


 「うわあああん! なにも知らない癖に! レギはなんの取り柄もないただの凡骨ドワーフなんだからー!」

 「(うっさ)い! 何が知らないだって? 知ってるわよ! これ見てみ!」


 フレイアは腰に差していた園芸用の鉄鋏(てつばさみ)をレギの前で見せつける。

 涙目のレギは、それを見て泣き止んだ。

 何故ならそれは。


 「それ、フレイアが欲しいって言ってたハサミ?」

 「そう、やっぱりハサミって神の与えてくれた素晴らしい工芸品よね〜」


 フレイアはそう言うとハサミを天へと掲げる。

 しかしそのハサミ、レギからすれば、なんてことのないただ丈夫で切れ味の良い園芸用でしかない。

 制作時間もたった一時間ほど、本当に片手間で制作したものだ。

 レギ自身全然満足していない、もっと素晴らしいハサミだって存在するはずだから。

 でもフレイアは違った。


 「リンゴ農家にはね、ハサミって必需品なんだけど、殆どが輸入品なのよね。だから理解るこのハサミは素晴らしいって」

 「そんなことない! そんなのレギは全然」

 「いいえ、レギの仕事は使う人への気配りでしょ、私も色んなハサミに触れたことがあるけれど、こいつが一番しっくりきたのよね」


 そう言うとフレイアは丁寧にリンゴの樹を剪定(せんてい)する。

 パチンと音を立て、切り落とされる枝、その切れ味にフレイアは満足する。


 「ふふっ、見たでしょ、非力な私でもこんなに簡単に切れたわ」

 「……やっぱり納得いかない、本気のレギならもっと軽く切れるように出来る!」

 「ならさ、アンタの渾身の逸品を作ってよ、そんでさソイツをアンタの父親に見せろ」


 ブルッ、父の名にレギは震えた。

 渾身の逸品、それを父に見せろ?

 父の失望顔が忘れられない、これ以上恥を上塗りしろと?

 顔を青くしたレギは、身震いして首を横に振る。

 だけどフレイアは許さない、そんな弱気なレギを蹴っ飛ばすように。


 「無理、レギはもう……」

 「やる前から諦めるな! アンタ鍛治は好きでしょ! その鍛治まで裏切るの!?」

 「ううう! 裏切りたくない! レギ鍛冶だけは裏切りたくない!」

 「だったら、頭空っぽにして、いつもどおり作ってみなさいな」


 頭空っぽにして……?

 レギはまだ不安、しかしふと魔物街の日常を思い出す。

 大好きな鍛治の没頭して、皆に喜んで貰える仕事に悦に浸り、有頂天になっていた。

 いつから自分を信じられなくなった?

 いやそもそも、どうして今までこんなに楽しく鍛治が出来た?

 そうだ、レギは喜んで貰えるのがたまらなく嬉しい。

 自分を信頼してもらえるから、もっと頑張れた。


 「フレイア、お願いがある」

 「なに? 言ってみ」

 「もっと凄いハサミを作ってみせる、それを最初に使ってほしい」


 フレイアはにんまり笑顔で頷いた。

 それでこそレギだ、レギは可能性の原石、エルフは石も磨き方で宝石にも屑石にもすると格言がある。

 同様にドワーフにも原石の格言はあった。


 【汝、原石の声を聞け、原石は汝に語りかける】


 ドワーフは鉱石と共に生きる種族。

 大地の声を、石の声を聞く種族。

 レギはパチンと顔を叩いた。

 大一番、レギは頭を空っぽにする覚悟を決める。

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