第62話 レギの回想
それは奴隷として捕縛される少し前。
モーア大森林より北、長大なトロス山脈の西端にあるスプルア山を挟んで反対側にドワーフ地底王国は存在する。
スプルア山の硬い岩盤を蟻の巣のように掘り進み、鉱脈から大地の恵みを授かり、それを工房にて製錬するのが、ドワーフ族の伝統的な生業だ。
ドワーフ王国第三王女レギもまた、王国の優秀な鍛冶師の一人であった。
「ん、良い出来」
その日も工房に籠もって熱い鉄を打ち、レギは見事な鋼の剣を打ってみせた。
顔さえ映し出す美しい刀身、両刃の剣にレギも満足し頷く。
だがしかし、レギの後ろから厳つい相貌の男がそれを見ていた。
「なんだソレは? その程度で満足しておるのかレギよ」
レギは驚く。直ぐに振り返ると、レギの良く知るドワーフが首を横に振って溜息を吐いていた。
ドワーフ王レギン・レビ・レグ。レギの父親だ。
「父……っ」
レギン王はドシドシ足音を鳴らせて工房に入ると、レギの打った剣を認めた。
そして即座にその剣の質を理解する。
「こんな合金、そこらの鍛冶師でも打てよう。お前は何に満足した、それでもワシの娘か?」
「うー……」
レギは鍛冶は大好きだ、けれどこの父親には苦手意識があった。
何万人もいるドワーフの鍛冶職人の頂点に立つレギン王の技は、レギをして神秘であり、レギン王の打った魔剣といえば、巨万の富が動くほどだ。
それに比べれば、レギの剣は良質ではあるが、特別ではない。
一番それを理解していたのは皮肉にもレギであり、だからこそなにも言い返さなかった。
「レギ、お前には鍛治神のなにが理解る?」
「わかりません……レギには、まるでわかりません」
そう、鍛治神の声など産まれて一度も聞いたことがない。
王室に仕える呪い師は、レギを千年に一度の鍛治神の才を持つ者と預言した。
レギン王はだからこそ、レギに鍛治の技を教え、レギの成長に期待したのだが……。
「情けない、期待しておるからこそ、ここで満足しようとは」
がっかりした諦念がレギを突き刺す。
レギは顔面を真っ青にして震えた。
父に失望されるのが、怖い、怖い、コワイ。
「ぁ、ぁ……」
「レギ、近くモリブデン公国に商談に向かう。その仕事レギ、そなたに任せるぞ」
「……は、い」
ドワーフ王国は鉄鋼業で栄えている反面、土地の農業生産力は低い。
スプルア山脈北部は、寒冷な北風が常に吹き、海外線まで銀世界の常冬世界であった。
ドワーフ王国より北東部には人族の小さな国があるが、そちらは漁業によって成り立っている。
王国の生存戦略はドワーフ製の武具を輸出して外貨を稼ぐことだ。
モリブデン公国は小国なれど、モリブデンの背後には神聖マルエード皇国もあり、重要な取引相手だ。
なにせモリブデンはマルエードと事実上の属国といえど、マルエードの完全な子分ではないのだから。
情報通のイーリス族から得た情報では、モリブデン人の反マルエード感情は強いという。
いつマルエードがモリブデンを実効支配に動き出すか戦々恐々なのだ。
「うー……レギ、この程度しか」
レギは何もかも嫌になっていた。
鍛治は大好きだ、けれど父の失望を買っては、なにを打てばいいかわからなくなる。
父から鍛治職人としての技は数多く叩き込まれた。
でも真髄は教えられていない、それを教えるドワーフはいないが。
ドワーフ族は皆優れた鍛冶職人と言われるが、ドワーフの中にも優劣はある。
レギは劣の側だ、決して優秀じゃない。
優れた鍛冶職人は必ず惹きつけるなにかを持っている。
レギにはそれがない……そう自分を追い詰めてしまっている。
「ん、ゴーレムよ」
レギは俯きながら、得意な土魔法を唱える。
地面から土塊のゴーレムが産まれると、レギを優しく抱きしめた。
そして、レギは蹲り静かに泣き出す。
「あぁぁ……! レギ、レギは、なんなの? レギはなにも出来ない……」
ゴーレムに慰められながら、レギはただ泣き崩れる。
レギは王女故に頼れる人は誰もいなかった。
父は厳格であり近寄り難く、兄弟たちは決して信用出来る者ばかりではない。
レギははっきり言えば引きこもりに近い。
普段から鍛治をしているか、坑道に籠もって鉱石採掘してばかり。
次第に彼女は偏執的に、誰とも関わらなくなっていった。
そして運命の日、モリブデン公国に向けて大量の製品を荷馬車に積載し、レギは出発した。
護衛は全てレギのゴーレムで賄っている。
父は任せると言った以上、レギも好きにやった結果だ。
だからこそしくじった……モリブデン公国に拠点を持つ奴隷商マフィアに襲撃され、奮戦虚しくもレギはマフィアに捕まってしまった。
そしてハイエルフのフレイアと出会い、二人は意気投合し、魔物街へと辿り着いたのだ。
「レギは出来損ない、帰ったところで居場所なんて、ない……から」
そして現在へ、レギの祖国への想いを聞いた白蛇はぷるぷる震えると、叫んだ。
「うおおおお! くああああああ! ざっけんなー!!」
白蛇の怒れる咆哮にレギは驚き、ユズも面食らう。
オストは尻尾を逆立て、オロオロ戸惑った。
「レギ! それが本音か!」
「う!? レギはそう……」
「ならはっきり言うぞ! 娘が心配じゃない父親はいねー!」
白蛇リュウイチが怒ったのは、レギがこれっぽっちも父親を信じれていない部分であった。
リュウイチとて独身、父親になったことはないが、自分が父親だとしたらレギを愛していた筈だ。
父としての厳格さはあっただろう、しかしそれが王としての側面だとしても、父の情愛はあった筈だ。
だからこそ怒りが収まらない、父も父なら、娘も娘だ。
「お前ら脳みそ石で出来てんのかー!! ちゃんと会話しろー!!」
レギは子供だ、それもちょっと拗らせた子供である。
魔物街に亡命してから、ちょっと偏屈だが良い子だと思った。
でもそれは逆にドワーフ王国を忘れたいと本人に思わせていること、それが残念でならない。
「レギ、ドワーフ王国に帰るぞ、嫌だと言っても無理矢理連れて行くからな!」
「ッ!? 白蛇様が……くるの?」
一度こうと決めたら白蛇というのは頑固なものだ。
それが優しさで出来ているからこそ、オストも、ユズも白蛇を信頼するのだが。
「で、あるならばその道案内、このユズにお任せあれ」
何やら思惑もあるのか、ユズは妖しく微笑した。




