第61話 レギ王女
レギの工房では、レギの弟子含めその日も鉄を叩く音が鳴り響いていた。
レギは無心で鉄を打つ、ドワーフ族の多くは鍛冶師であり、彼女も産まれた時から鍛治神に愛される存在だったろう。
鉄を叩いている時は、最も幸福感を感じる時だ。
楽しいことは大好き、フレイアやテティスと一緒に遊ぶのは大好き。
美味しいものを食べて、皆で踊るのも大好き。
でもやっぱり一番大好きなのは、こうやって鉄を叩くことなんだろう。
「ん、良い出来」
レギは満足げに自身の作品を確認した。
レギが主に打つのは、家庭で使うものが中心、今回も会心の包丁が出来上がった。
これはコボルト族が外に外貨獲得の為に輸出されるらしい。
オストはレギの作品が売れ行き好評と言っていた。
「んー、私、父に追いついたかな?」
レギの父、ドワーフ王レギンは王国一の鍛冶師であった。
その娘として鍛冶に関わるのは当然であり、そして追い越すべき相手である。
レギは不安であった、己の未熟さは誰よりもはっきり理解る。
周りはチヤホヤしてくれるが、それはドワーフの平均水準を知らないから。
ドワーフ王国の主産業である鉄鋼業は周辺国への輸出で栄えていると言える。
人族の国ではドワーフ王国産というだけで飛びつくそうだ、レギにはよく分からない。
「違う……これじゃ父に敵わない、もっと独創性を出さないと」
鍛冶師とは芸術家のようなものか、レギは必死に革新的なアイデアを模索していた。
純粋な技術で父には敵わない、父とて何十年も磨いてきた腕前、小娘が簡単に追いつける筈もない。
「レギさんいらっしゃいますか?」
ふと、工房の扉が開く。
レギは振り返ると、柴犬族の男性が立っていた。
「オスト、どうしたの?」
「あぁレギさん、いらっしゃいましたか、実はちょっとご相談がありましてね」
オストは工房の熱気にふらつきながら、それでも微笑みを絶やさない。
慌ててレギはオストに駆け寄ると、工房を出た。
コボルト族は汗腺があまりないから、暑さが苦手らしい。
逆に全身の毛のおかげで寒さには強いらしいが。
「それで相談って?」
「えと、まずはこれを」
オストはある鉱石をレギに見せた。
銀ピカ、水銀のように美しい金属……これは。
「錫?」
銀白色で輝く錫鉱石、銀より安価で大量に手に入るがこれがどうしたのだろう?
「錫箔って知っていますか?」
「箔……薄くするの?」
レギは首を横に振る。
銀箔なら知っているが、錫箔は初めて聞く。
「人族の国では家の内装に壁紙を使うそうです、そこで銀箔が用いられるそうですが」
荘厳な装飾を施された壁紙があるという。
魔物街にはまだ無い概念、レギもそういう華美装飾はピンと来ない。
「しかし銀箔はやはり高い、そこで錫箔を作れないでしょうか?」
「壁紙にするの?」
オストはにこやかに「はい」と頷く。
錫は毒性も低く加工も用意だ、だが透けるほど薄くするのは容易ではない。
「もし可能であれば、強力な輸出品になれるでしょう、どうでしょう?」
「んー、オストの願い、聞き入れねばドワーフの名が廃る」
本意ではなくとも、ドワーフとは礼に礼で返すことを生き様とする種族だ。
オストには恩もある、恩に報いるのは当然であった……が。
(でも錫かー、面白くない)
錫は簡単に加工できる、ドワーフでも子供が学ぶのに最適な素材だ。
どうせなら銀が叩きたい、でもコストを言われると敵わない。
錫箔を壁紙にする言っていた、錫は曲げやすいからなんらか装飾を施すのか。
やってみるだけやってみようか、レギとて今はアイデアが不足しているのだ。
「おーいレギー!」
ふと、錫の塊を握りしめていると、遠くの空から声がする。
聞き慣れた声、光の翼を広げて飛翔する白蛇様だった。
「白蛇様」
「おや白蛇様……とあれはユズ様?」
白蛇と一緒に飛行するのはイーリスのユズであった。
オストは軽く挨拶した程度であるが、彼女が神童だと聞いたことがある。
確か年齢はアイ殿と同じくらいだった筈。
「おーい白蛇様ー! レギはこっちー!」
レギは両手を振って白蛇に叫ぶと、白蛇はすぐにレギの前に降り立った。
少し遅れてユズも降り立つと、彼女は優雅に挨拶した。
「こんにちわですわ、レギ様、それにオスト様」
「ん、おっぱいのお姉さん、レギを知っているの?」
おっぱいのお姉さんという言葉に白蛇は吹いてしまった。
低身長のレギの視線はちょうどユズの胸が覆っており、大分見上げないと顔が見えない。
少なくとも色気の無いレギやフレイアと比べたら、大人の色気ムンムンだとレギは思うのだ。
「ふふ、レギ様は冗談もお上手で」
しかしこっちは大人の余裕で受け流す。
無論冗談ではなかったが、レギからすればどうでもいいことだ。
すぐに白蛇に振り返ると、なにかあるのか目を輝かせた。
「それで白蛇様、レギになにか用?」
「おうそれそれ! ユズがレギを紹介してほしいってな」
すかさずユズは前に出てくると、レギの前で跪く。
何事かオストは驚くが、ユズの言葉に更に驚くことに。
「先ずはレギ王女への謁見感謝しますわ」
「えっ? 王女……え?」
オストは目をパチクリさせて、白蛇を見た。
やっぱりなと、白蛇は諦めたように割れた舌をチロチロ出す。
レギは無表情、ただいつもの調子で。
「ん、魔物街ではただのレギ、畏まる必要はない」
「ですがレギン王の娘でしょう?」
父の名前に初めてレギは表情を崩した。
それに気付いた白蛇はすぐにレギに駆け寄った。
「大丈夫かレギ?」
「ん……父は心配、していた?」
「直接謁見はしていません、ですが今も捜索隊に捜させていますわ」
ユズは忌憚ない意見を述べると、レギは胸を押さえる。
なにか辛い思い出でもあるのか。
ただ白蛇は心配してあげることしかできない。
「……レギは戻りたく、ない」
「戻りたくないだって……それはどうして?」
レギは戻りたくないと言う。
白蛇には分からない感覚だった。
もし今からでもあの猥雑で退廃とした現代社会に帰れるなら、白蛇リュウイチは戻りたいと思うだろう。
それくらい故郷とは大切な筈だ、だがレギにとっては違うのか?
「レギ様、理由をお聞かせ願っても?」
苦しい顔、それでもユズはあえて理由を質問する。
白蛇も同様にその理由は知りたかった。
レギは全身を震えさせ、そして彼女は静かに語りだす――。




