第60話 因果は巡りて
ネレイド族は現在十名が魔物街に移住している。
これは当初の五名よりも増えた形だ、しかしネレイド族の移住希望は更に増えている。
原因はやはり星聖祭の時の酒盛りだろう。
あの酒盛りで一気にネレイド族との距離を縮めた結果、魔物街にも興味を持ってもらえたのだ。
とはいえ水棲のネレイド族を内地で受け入れるには問題がある。
白蛇はそれを目下最大の問題と考えていた。
「うーん……」
ネレイド族の仮住まいは旧市街農業地区と隣接する形となっている。
フレイアが管轄する農業地区とセブンターキー養殖試験場は隣接しており、その養殖場とネレイド族の住まいは隣り合っているのだ。
歪……白蛇でもはっきり理解る大問題だ。
「……なにをお考えで?」
空から俯瞰する白蛇の隣り、イーリスのユズが優しく問い掛けた。
ユズからして、目の前の状況はやはり奇妙に思えるのだろう。
本来は部外者だが、白蛇は思い切って聞いてみることにした。
「なぁユズ、ネレイド族居留地って、どうするべきだと思う?」
ユズは目を細めると、顎に手を当て思案する。
聡明怜悧な彼女はすぐに答えた。
「広さが圧倒的に足りていませんし……一番の問題は淡水域ということ」
「だよなー、とはいえどうしたもんか」
大森林を南に抜けて更にずっと先にネレイド族が故郷とするネーヴェ海がある。
そこまで支配地域を伸ばせればネレイド族は安泰だが、そう問屋は卸してくれない。
ネーヴェ海に進出するということは、現地に住む人族やマーメイド族との軋轢は免れないだろう。
ましてこっちは魔物だ、やっぱり簡単には受け入れて貰えないだろうな。
「一つ提案するとすれば」
ユズはある結論を出そうとしていた。
白蛇は顔を上げ、ユズの顔を見た。
「土地から開発しましょう」
「土地から?」
それはすでにやっている。
だがいかに大森林が広大といえど、街の拡大は簡単じゃない。
魔物の巣窟である大森林の多様性の面で見ても、あまりみだりに森を切り開きたくはないが。
しかしユズの考えは少し異なる。
彼女はもっと先を見据えていた。
「確かこの森には汽水域が存在するのですね?」
「汽水域……そういやテティスも言っていたっけ」
ふと思い出したのは、地下水が海まで繋がっているという話だ。
淡水と海水が混ざり合う河川を汽水域という、つまり大森林近くでもネレイド族に適した場所はあるということ。
「白蛇様、どうか私にお手伝いさせていただけませんか?」
「お手伝いって、いいのか? ユズはお客様みたいなものなのに」
ユズはニコリと微笑む。
何を今更、ユズにはユズの思惑がある。
ここで白蛇に貢献して、白蛇の信頼を勝ち得たい。
それがユズの目的にとって最短の道となろう。
「んじゃどうする? まずは汽水湖でも探すのか?」
「レギというハイドワーフを紹介して貰えますか?」
レギ、という名前に白蛇は驚く。
ハイドワーフのレギ、魔物街の鉄器産業の大親方を任せる少女をどうしてユズが知っているのだろう?
不審な目で白蛇はユズを睨むと、彼女は肩を竦めて。
「こう見えて情報収集には暇をかけませんので」
イーリス族は情報を価値として重要視するという。
イーリス族の諜報活動は大陸全土にも渡るというが、驚くのも無理はない。
「レギをどうするの?」
「彼女、地脈が理解るそうで」
そこまで知られているのかと、白蛇は驚愕する。
レギは地脈を探り、鉱脈を幾つも見つけてくれたことで、産業を助けてくれた。
今じゃ魔物街で欠かせない人物だ、それだけにどこから情報漏洩しているのか、疑問だった。
「ユズ、どこでレギのことを知ったー?」
不信、一気にユズが胡散臭くなると、胡乱げに問う。
ユズは苦笑する、騙しても印象は良くならないだろう、ならば正直に答えるべきか。
「レギン王の愛娘がモリブデン公国へと向かう途中、消息を絶つ事件があったそうですわ」
「……? それって」
「レギン王は激怒、取引相手だったモリブデン公国はドワーフ王国との交易を断絶され、事件の真相を血なまこになって探しています」
間違いない、今魔物街にそのモリブデン公国からやってきた冒険者がいる。
奴隷商マフィアを探していたのは、ドワーフ王女の消息を知るためだったのか。
「……つーかアイツ自分で王女って言ってたわ、アレってマジだったのか……」
白蛇は呆れて光の翼で顔を覆う。
初めて遭った頃、レギは自身を地底王国のお姫様と言っていた。
まさかまさか、因果は巡るのか、げに恐ろしいのはイーリス族の調査力かも知れない。
「ユズ……お前すごいな」
「それが生き方ですので」
あくまで情報は外貨獲得の手段に過ぎない。
世界のスキャンダルが金になる、そうやって貧しい土地に住むイーリスはなんとか生活しているのだ。
「ともあれレギか、この時間なら工房にいると思うけど」
運命とは捻れたより糸である。
ネレイド族の安寧にまさかレギが関わり、そのレギを探して冒険者が魔物街まで辿り着いた。
巡り巡って、モリブデン公国とドワーフ王国の国交断絶の鍵を握っているのは、よもやよもや白蛇となろうとは。




