第59話 ネレイドの都
今日も平和な魔物街の空、時折大型の鳥型魔物が上空を飛んでいくが、魔物が街に降りてくることはない。
森の魔物も、この急速発展する魔物街に潜在的な畏怖があるのだろう。
大抵は素通り、時折降りてくると一騒動だ。
まるで怪獣映画さながらになることもあるが、魔物街の住民はさらに逞しく、ごはんが自らやってきたーと、女も子供も参加して大捕物――なんてことも。
今じゃ魔物街の上を飛ぶ魔物も少なくなった。これを悪い側面で見れば、急激な森林開発という負もある。
白蛇はいずれこの責任と向き合わねばならないだろう、その覚悟もある。
新市街を中心に今も建設ラッシュ真っ最中、そこで消費される大量の材木と石材。
資源の豊富な大森林だからこそ、それだけを僅かな期間に用意出来た。
開発のノウハウを持つハイドワーフのレギや、商業に貢献するコボルトのオストは特に不可欠であった。
新市街から旧市街に目を向けると、そちらも拡張工事は進んでいた。
巨大な溜池が中央に聳え、八方に水路が巡らされている。
ネレイド族入植地、便宜的にそこをネレイド街としている。
白蛇はすぐにネレイド街へ降り立った。
「よっと」
ネレイド街では数名ネレイド族が水浴びしながら休んでいた。
白蛇が着陸すると、慌ててネレイドたちは姿勢を正す。
まさかの重役登場への慌てっぷり、逆説的に言えばそれだけリラックス出来る場所を用意出来た証でもある。
「こ、これは白蛇様! ご機嫌麗しゅう!」
「いやいや、リラックスしててよ皆」
そう言って光の翼を手のように振った。
ネレイドたちは皆一様に気不味そうだ、やはり白蛇がカジュアルに挨拶するのは無理があろうのだろうか。
出来ればもっと気軽に接すられる神様を目指しているのだが、威光が強すぎるのかもしれない。
「……まぁところで、ネレイドの皆さん、街の住心地はどう?」
見た限りネレイドたちの様子は明るく思える。
街に来たのは殆どが若い男女たち、名目は人質のようなものだが、実際は魔物街で保護してほしい子供らを優先で送っていると言える。
白蛇としてはもっとネレイド族を街へと招致したいところだが、現実ネレイド族に快適な街づくりは難航している。
「は、はいっ! 勿論最高です! まさに神の国のよう!」
「……忌憚ない意見をどうぞ」
明らかにヨイショしている少女に、呆れながらもう一度促す。
少女は顔を真っ赤にして、右往左往してしまう。
やはりまだまだ心の距離は離れているようだ。
「あ、あぅぅ……その、安全な場所、です」
少女は顔を真っ赤にして、明後日を向きながら正直な意見を答えた。
うんうん、白蛇は何度も頷く。
「魔物街にいる限り、ネレイド族に手は出させない、それは安心してね」
「は、はいっ!」
けれど……白蛇にはやはり明確な問題があるように思えた。
噴水の前で休むネレイド族、そのいずれも下半身の淡い赤系の鱗が傷んでいる。
原因は明白だ、彼ら本来の住処は海なのだ、ここは海とは程遠い。
せめて汽水域ならネレイド族も住みやすいだろうが、彼らは元々逃亡した身、淡水に嫌でも順応するしかなかった。
やっぱり満点は与えられないよなー。魔物街に様々な種族が住み着くようになり、やはり行政の課題は山積みのようだ。
「住めば都なんて言うけど……ネレイドの本当の都はやっぱり海水あってこそだよなぁ」
思わず溜息を吐くと、ネレイドたちは大慌て、白蛇様を失望させたと気が気でない。
そんな時、白蛇の後ろからある純白の翼を持った女性がゆっくり近づいてきた。
「フフッ、白蛇様が問いても萎縮しましょう?」
白蛇は振り返る、イーリスのユズだった。
ユズは一人なのか、楽しげに街を練り歩いている。
至るところで工事が行われており、これほど活況な街は見たこともない。
新造される噴水、夜を照らす魔晶灯、三階建てや四階建ての頑丈な建物。
ちょっと質素だけど、どこか真新しい街は眺めているだけで楽しい。
白蛇のアイデアとハイドワーフのレギの技術が上手くミックスしたのだろう。
そんな新しい街並みとは対照的に旧市街の建物は最小限。
ポツポツと小さな家が並び、昔の姿を残している。
この噴水広場は新たにネレイド族が暮らせるように用意されたようだ。
「ネレイドさんたち、こんにちわ」
ユズは温和な笑みで挨拶する。
ネレイドたちは最初困惑したが、すぐに挨拶を返した。
「こ、こんにちわ」
「うーんぎこちない」
ネレイド族からすればイーリスとて、得体の知れない相手に違いはない。
白蛇よりもマシとしても、魔物街に対等な交渉に来ただけで、ネレイドとは格が違うといえる。
しかもこのユズという女性、かなりの敏腕と交渉力があると、噂はここまで届いていた。
「……あまり歓迎されていないかしら?」
「お互いなー」
ユズは普段から温和に振る舞っているつもりだが、結局ネレイドを萎縮させてしまったようだ。
無自覚天然守護神と一緒にされるのは不服であったが、すぐに印象を変えるつもりはない。
「つーかユズは何してんだ?」
「ただの散歩ですわ、別に大した意味はありません」
別に疑っているつもりもないのだが、ユズの余計な一言に白蛇は首を傾げる。
どこか胡散臭さが若干覗かせるユズ、実は腹黒なのは同行したイーリス族には周知の事実である。
とりあえず目で見て耳で聞いて、諜報活動は日課のようなものであった。
「白蛇様こそ、どこへ行くつもりで?」
「おっとそうだった」
白蛇は思い出すと鎌首を持ち上げた。




