第58話 とある珍妙な面談
星聖祭も終了して数日、魔物街はいつもの日常へと戻っていく。
だが白蛇リュウイチの前には、ある珍客が訪れていた。
「つまり、西のモリブデン公国の冒険者さんなんだね」
そこは市議館二階会議室、白蛇の横にはスーツ姿のオーク、そして同じくスーツ姿のゴブリンが並んでいた。
冒険者はこの冒険者ギルドでも見たことないような、近代的な建物に恐縮し、厳ついオークに悲鳴を心にあげてしまった。
「は、はいっ、けど別に迷惑掛けようってんじゃないんです! 本当です信じてください!」
戦士はもう涙目だ。さながら魔王の前で陳情するような気分だろうか。
戦士の横に立つ獣人、そしてハーフエルフはやや呆れた。
「……あー、いいかね? 諸君らは我が魔物街を欲望のまま侵略した奴隷商人を追っていた、で合っているね?」
厳ついも理知的なオークは極めて穏やかに事の内容を再確認した。
戦士は冷や汗を流しながら、何度も頷く。
オークは頷くと、白蛇へと目配せした。
「うん、なるほどねぇ。それが事実ならこっちの問題でもある、協力出来ることなら、こちらからも協力しようじゃないか」
白蛇も奴隷商人がまだ森に残っているなら、容赦するつもりはない。
善人ならウェルカムだが、悪人はとっとと森から退去していただきたい。
「ありがとうございます白き魔物の王」
ハーフエルフは恭しく頭を下げると、謝辞を述べた。
だが王という言葉に白蛇は首を傾げる。
「なーんか勘違いされてるけど、俺王じゃないよ」
「失礼なく述べさせていただきますれば、この方は白き翼の守り神、リュウイチ様であられます」
ゴブリンの市議は両手を合わせてきっちりと述べた。
星聖教式の祈り方、白蛇はそこまで凄くないと、軽く突っ込んだ。
とはいえ蛇神の眷属たる半神である以上、神に違いは無いのだが。
ハーフエルフは物怖じしないのか、ポカンとするが、白蛇はニコニコ笑顔。
戦士は「こら」と軽くハーフエルフの横っ面を小突いた。
「痛い、打たないでよぉ」
「相手は下手すりゃ俺たちの首を簡単に落とせるような相手だぞ……」
「聞こえているよー、俺そんなことしないもーん」
戦士が今にも死にそうな顔で怯えている理由がよく分かった。
そもそも魔物の街にいて人族の彼が恐れてない筈がないのだ。
最初ハイエルフのフレイアもギャーギャー喚いていたことが思い出されると、白蛇は苦笑した。
「あーこほん、ともかく、魔物街も君たちの活動を支援しよう、これでいいよね?」
白蛇は念の為後ろを振り返る。
オークは無言で敬礼、白蛇の令は絶対である。
「あ、あのありがとうございます!」
「うんうん、それじゃもういい?」
残念ながら白蛇が今日相手をしないといけないのは、冒険者一行だけではない。
戦士は改めて大きく頭を下げると、そそくさ退出した。
三人が退席すると、オーク市議が呟く。
「はたして冒険者は、災いとなるかそれとも」
「さてね、次の人どうぞー」
白蛇からすれば、巡り巡る時の運に身を任せるしかない。
ただ災いの芽となるならば、容赦するつもりもないが。
冒険者と入れ替わるように会議室に入ってきたのは、見目麗わしい翼人族の一団であった。
先頭を歩く若い男はビリス、マルファの民を代表する美男子だ。
その脇には一際美しい、まるで女神と見紛う美女ユズが並んでいる。
「白蛇様、改めてマルファの民を受け入れて貰えて感謝します」
ビリスについて白蛇はあまり知らない。
というよりどうも苦手意識を持たれているのか、ちゃんと会話したことが無いのだ。
隣のユズはまだ分かる、白蛇は多少言葉を探しながら答えた。
「こっちこそ、出来るならイーリスの力を借りたいところだよ」
「ハッ、可能な限りこちらも協力させていただきましょう」
ビリスは頭を下げ、平伏を示す。
実質イーリスは魔物街の傘下に加わるという事実、隣のユズは満足げであった。
「すぐにこっちの住処も用意するから遠慮しないでってね!」
「勿体なきお言葉、マルファの民を代表して感謝します」
うーん、やっぱりお硬いなぁ、と白蛇は存在しない眉を顰める。
どうもビリスと距離があり、勿体ないなぁと思った。
白蛇からすれば、もっとイーリス族とは親密になりたいところ。
それほどイーリス族は魅力的であるし、なにより腹の中を明かして会話すると楽しそうなんだよなぁ。
「ねぇビリス君、良かったら今夜一緒に晩ごはんどう? あっお昼ごはんでもいいんだけど!」
「そ、それはこちらのユズに」
やっぱり、歓迎されていないらしい。
ユズは顔色一つ変えないまま、小さく会釈した。
「では、このユズがお受け致しましょう」
ビリスはホッとした。
白蛇との距離感、ビリスにはイマイチ掴めず困惑するだけだった。
イーリスとして交渉事は一通り熟せるつもりだったが、白蛇はどんな商人とも王とも違った。
こんなに思惑の読めない相手はユズ以外知らない。
ユズだけは、マルファの民から産まれた希代の大天才。
実質マルファ氏族の代表はこのユズであり、ビリスはユズに任せきりであった。
「それでは、我々はもう」
「あーうん、いつか一緒にお酌しようねー」
そそくさ逃げるように退出するビリスに、白蛇は光の翼を手のように振る。
ユズは申し訳ないと、無言の謝罪をし、連れだったイーリスと一緒に出て行った。
「オスト殿の話ではあのビリスという男、現族長の長男とのことですが」
居なくなったところでオークはビリスの様子に溜息を吐いた。
冒険者と違い、仮にも一族を代表して来た使者に無礼は働けないからこそ、あの姿に辟易とした思いが出てしまったのだろう。
「胆力が足りませんな、あるいは舐められたか」
「言葉にしちゃ駄目だよ、まぁ悪い子じゃない、きっと人見知りなんだよ」
白蛇はあくまでニコニコ笑顔だ。
恐らく面と向かって侮辱されても同じ顔するんじゃないだろうか。
まだ思惑の知れない相手を良い子と評する姿こそ神たる証か。
「さってと、それじゃネレイド族にも挨拶してくるからー」
午前の会談はこれで終わり、白蛇は机の上をニョロニョロ這って会議場を出ていく。
二人は礼をして見送った。
「さーてさて、今日はどうするかなー」
白蛇は首からネックレスにして吊す蒼い三日月の振り子を揺らしながら、窓を開けて青空へと飛翔した。




