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第57話 それぞれの星聖祭

 魔物街中央官庁前の大広場には今、数多くの魔物が集まっていた。

 櫓の上にはゴブリンの聖女アイの姿がある。


 「えーこほん、それでは星聖祭本番、星々の神々へと祈りを送りましょう」


 随分と畏まった雰囲気、それに当てられた観衆は静謐(せいひつ)に包まれていた。

 荘厳な雰囲気と言おうか……ただ。


 「ハァァァ、ヨッ」


 アイは鉢巻を額に巻く。

 直後、太鼓の音がドドンッと鳴り響く。


 「踊りゃんせ踊りゃんせ、はい」


 それは日本では非常に見慣れた光景であった。

 さながら夏祭りの盆踊り。

 特徴的な太鼓や笛のビートに乗せて、観衆も一斉に踊りだす。


 「おーどりゃんせ踊りゃんせ!」

 「音頭を取りましょう、さぁしましょう」


 アイの踊りに合わせ、ゆっくりステップを踏みながら集団が踊る姿は、見ようによっては儀式だ。

 少なくともダンスには参加せず、見守っていたフレイアは胡乱(うろん)げであった。


 「なにこれ知らん」

 「ん、でも楽しげ、祭りは楽しまないといけない」

 「私もお祭りは好きですよ、ウフフ♪」


 集団で音頭に合わせて踊る姿は奇怪(きかい)だが、レギとテティスは好感を持っていた。

 ダンスの内容も簡単であり、中にはお面を被って踊る者もいて、レギも踊りたそうにうずうず。


 「レギ、踊りたいなら輪に入ってくれば? 私はここでテティスさんと見ているから」

 「うー、でも……」

 「あの、私は体格的に踊れないので、どうぞ」


 魚のような下半身のテティスにはステップが踏めない。

 残念ながら踊りが好きでも参加するのは無理だからこそ、レギに参加してほしい。


 「ほら、遠慮するな、命短しでしょ?」

 「それエルフが言うと皮肉に聞こえる!」


 レギは言い返すと、ダンスの輪の中に混じった。

 ドワーフ族は祭りと宴が大好きというが、レギも例外ではない。

 二人はそんなレギを優しく見守るのだった。




          §




 冒険者の三人組は新市街へと入ると、さらなる驚きを迎える。

 真新しい街並みはコンクリートと漆喰を用いており、統一感がある。

 更に至るところで屋台が活況を迎えていた。


 「あっちから音楽が聞こえるぞ……」


 丁度夜の舞踏祭が開始し、その音楽は新市街中に響いている。

 人族の国では聞き慣れない、ゴブリン族の楽器の音は新鮮であった。


 「ねぇねぇ! これ見てよこれ!」


 一方ハーフエルフのリテリルは頬を()()にして、リンゴ飴と骨付きフライドチキンを両手で持ち、目を輝かせた。

 戦士はその素直な反応に呆れ返った。


 「お前、魔物の街だってのに警戒心ってもんは無いのかよ……」

 「えっ、でもオークのおばちゃんもコボルトのお姉さんも優しかったよ?」


 エルフの長耳は魔物街では神聖視されている節がある。

 エルフは皆ハイエルフだと思われている正式にだが、ありがたやとリテリルに食べ物を奉納しだしたのだ。

 実際はハーフエルフで、エルフ目線では紛い物、劣等種なんて蔑まれているのに、エルフをよく知らない魔物にはハイエルフもハーフエルフも変わらないのだ。

 おかげで冒険者組で特別優しくされたリテリルはすっかり虜といったところ。

 一方獣人も、さっきから逞しいコボルトだなとひっきりなしに注目を浴びている。


 「オレは獣人だ、コボルトじゃない」

 「うーん? さっぱりわかんねぇだ」


 コボルトはともかくオークやゴブリンにはまるで違いが分らない。

 だが子供となるとコボルトでも難しいのか。


 「ねぇお兄さんは、なんのコボルトなの?」

 「だからオレは……ぅ」


 小さなコボルトの少女モモは不思議そうに目を丸くしていた。

 コボルト族は基本的に臭いでコボルトとそうじゃないを識別する、だが子供のモモではまだその嗅覚は不完全なのだ。

 獣人もモモが相手ではタジタジだ。容姿に置いては本当に似ており、明確な違いといえば肉球の有無である。

 獣人は大きな掌を見せると、優しく違いを説明した。


 「ほら、オレはこの通り肉球がないだろ?」

 「あっホントーだぁ、モモにはあるー!」


 モモは自分の掌を見て違いに驚く。

 この関係で、コボルトは手に物を持つのが実は苦手だ。

 だが逆に足に肉球を持つコボルト族は靴を必要としない。

 靴が必要な獣人と、ここも違いと言えよう。


 「すみませんね、獣人のかた……モモがご迷惑を」

 「いえオレは――」


 その時獣人の脳に電撃が走る。

 獣人の前に現れたのは美しい毛並みのコボルト女性であった。

 女性は明確に獣人ではない、しかし穏やかな笑み、女性らしい立ち振舞い。

 脳を焼かれた、そう言う言葉がある、今がその時だった。


 「あ、あのあの、お、お名前教えていただいても?」

 「あらククルと申します、街で塾の講師をしております」

 「お、オオオ、オレ冒険者やっているグリードと言います!」


 獣人グリードは背筋をビシッと伸ばした。

 一目惚れ、戦士は「うわぁ」と(うめ)いた。

 グリード自身、まさかコボルトに恋するなんて思いもしなかったろう。

 冒険者になって寡黙に生きて、恋などに(うつつ)を抜かすことなく、クレバーに技術を磨いていった。

 中堅冒険者と呼ばれるようになっても満足せず、ただ高みを目指す求道者……で、あったのに。


 「あ、あのっ! も、もしよろしければオレとこれから……!」

 「はいはーい、どうもウチのがご迷惑おかけましたー、ほら行くぞ!」

 「ぐっ! 許せオレは! オレはぁ!」

 「もぐもぐ、グリードさんって、もっと孤狼なヒトかと思ってました、もぐもぐごっくん」


 戦士は強引に腕を引っ張り、リテリルはフライドチキンを咥えながら、手を振った。

 グリードは最後まで足掻くが、その最後は尻尾を垂れさせていた。


 「ママー、パパだよー」

 「あら、貴方お仕事はもう?」


 反対から彼らの家長オストが駆けてくる。

 丁度仕事終わりのようで、急いでいたのだろう。


 「いやはや、やっと仕事が片付いたよ」

 「パパー、あっち行こう! お祭りお祭りー」


 モモはオストに抱きつくと、檜台の方を指差した。

 そのお祭りの調整をしていたオストはにこやかに笑う。

 そんなオストを優しく労うのはククルの役割だ。


 「お疲れ様です貴方」

 「ハハハ、まぁ明日も仕事でいっぱいだろうが……それよりさっき誰かと会話していたようだけど?」

 「あのねー、獣人さんだったのー」

 「獣人……臭いでなんとなく分かったけれど」

 「ふふっ、まだ若いオス、でしたの、ウフフ」


 グリードは明らかにククルに気があった。

 けれどククルは微笑を浮かべるだけ、ただモモとオストと共に街の奥へと向かった。




          §




 祭りから少し離れた場所、ある三階建ての建物の屋根の上で白蛇は祭りの本番に胸を踊らせていた。

 その隣にはイーリスのユズが腰掛けていた。


 「白蛇様、お祭りは成功でしょうか?」

 「んー、お祭りはまだ終わった訳じゃないからねー」


 とは言いつつもニコニコだ。

 白蛇はしっかり領主として、的確に手腕を奮い、父祖のように子らを見守る。

 守護神として必要以上に目立とうとはせず、とても不思議な方だ。


 「どうして王になろうと思わなかったのですか? 白蛇様が望むなら専制君主制も望めた筈では?」

 「王様とか別に興味ないね。オレは面白おかしく生きたいだけだもーん」


 そう、リュウイチはこの蛇生(へびせい)こそ自由に生きたいのだ。

 その自由とは、リュウイチが大切だと思う者たちと、一緒に笑って生きられる世界。

 祭りはきっと成功だろう。

 だって皆楽しんでいる、オークも、ゴブリンも、コボルトもだ。

 ネレイドの仮住まいでは、コボルトやゴブリンの女性たちが、一緒に食事を楽しみ、踊っている。

 正直ネレイド族の受け入れは不安だった。

 ネレイドが住まうには十分な水場が必要になる、今は急造の貯水池に住んでもらっているが。

 テティスは屋根のある安全な環境なだけでも有り難いと言ってくれたが、それでは不十分だと白蛇は考えている。

 元々ネレイドは海に住む種族だ、淡水というだけで問題はある。

 この問題はテティスは勿論、フレイアやレギとも協議していくつもりだ。

 ネレイドにはこの街に住めて良かったと、心から思える街にしたいのだから。


 「イーリスもこっちに住むなら、どこが良いかなー?」

 「ウフフ、白蛇様、そんなにせっかちにならなくても良いのですよ?」


 ユズはこの白蛇は十分信用出来ると判断した。

 普通なら、いきなりやってきた他種族なんて警戒されて当たり前で、領事館なんて何ヶ月も交渉してやっとなのだ。

 それを白蛇はなにも迷いを見せなかった。

 もう領事館に適した空き家を探しているのだ。

 イーリスが裏切るなんて微塵(みじん)も思っていないのだ。

 恐ろしく短慮(たんりょ)、けれど籠絡(ろうらく)するのはきっと難しい。

 彼を裏切ること、それはとてつもないリスクにも思えてくる。

 もはやイーリスの命運は白蛇が握っているのかもしれない。


 「どうか教えて下さいませ、白蛇様の野望を」

 「野望ねぇ、やっぱり皆が仲良く暮らせる街だなー」

 「……それが野望? もっとありませんの、自分の栄光を世界中に轟かせることだって」


 きっと可能だろう。

 白蛇は己の才覚をきっと過小評価している。

 もし白蛇に独裁者の欲があれば、瞬く間に巨大な帝国を築いていただろう。

 けれど、やっぱり白蛇は――。


 「興味ないよー、銅像建てるくらいなら、明日は何するか考えるほうが楽しいよ」


 この程度の野望、やはり……王ではない。

 王道を()かぬ者、されど俗人に(あら)ず、賢人にも非ず。

 彼は白き翼の神、気まぐれな神、どの神よりも愛らしい神。


 「……かないませんわ」

 「うん? なにか競ってたの?」

 「いいえ、自分の矮小(わいしょう)さを思い知っただけです」


 ユズはマルファの民をいかに護るかを、ずっと考えていた。

 その為に利用出来るものは利用する。

 最悪は常に考えていた、白蛇を籠絡することも。

 けれど、これは御破算だ。

 白蛇に敵はない、ユズなど初めから愛らしい子供でしかないのだ。

 子供は可愛いだろう、ムキになどなるまい。

 だからアイが自由に振る舞えるし、皆笑っていられる。


 「正直ズルいわ」

 「え……?」

 「もっと早く白蛇様を知れれば」


 白蛇は見るものを見ている。

 ユズが何を考えているかは分からない、だが何かがあれば放っておくこともできない。

 白蛇は考えなければならないことが沢山ある。

 街のこと、ネレイドの問題、イーリスの問題。

 他にも沢山ある、きっとキリがない。


 「おっ、ベヒーモス」


 その時夜空を裂いてあの巨大な三毛猫が街に降り立った。

 最近街を離れていたが、どうやら猫の気まぐれだったのか。


 「ちょっとベヒーモスに挨拶してくる」

 「ええ、お構いなく」


 白蛇はすぐに光の翼を広げて飛んでいく。

 物理法則を無視した加速に飛翔性能、その能力はイーリスを圧倒している。

 そんな能力があっても、それを必要以上に悪用しようとしない。

 例えば、あの飛翔性能があれば、人族の国の多くを一方的に攻撃出来るであろう。

 彼はそれをちょっと便利な翼程度にしか思っていないのだ。

 あののんびりさで恐怖のベヒーモスをも従わせるのだ。


 「彼が一言で動かせる戦力は小国を三日もあれば滅ぼせる戦力、やはり危険すぎるわ」


 こうして祭りは終わってゆく。

 アイは終わりを宣言すると、観衆は万雷の拍手を送った。

 あるオークは祭りが終わると「宴だー!」と叫んだ。

 宴が大好きなレギも酒瓶を掲げて「おーっ」と喝采をあげる。

 祭りの後に二次会の気分で宴をする陽気な世界。

 結局この優しい世界で、宴は朝まで続くのだった。

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