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第56話 とある冒険者の見聞録

 大森林も夕闇に包まれる時刻、一組の冒険者と思われる人々が森を彷徨っていた。


 「あーくっそー本当にあるのかよ?」


 先頭を歩く軽装の鎧を纏った赤毛の戦士は愚痴を溢す。

 一行は三人組、一番後方には灰色狼の獣人が鼻を鳴らしている。


 「ある奴隷商マフィアが大森林で活動していたのは確かだろう」


 獣人の厳粛な言葉に、真ん中を任されたハーフエルフの魔法使いは呟く。


 「けどその実態調査をしてこい、なんてボスは厳しいっす」


 以前偶然にもハイエルフとハイドワーフの奴隷二人がモーア大森林に逃げ込む事件があった。

 大森林に隣接する小国モリブデン公国からやってきた彼らは、自分たちの領土内で起きた事件をさっさと解決するべく、冒険者に依頼を出したのだ。

 こうして彼らは危険な大森林へと足を踏み込んだのだが……。


 「つーか、どんだけ広いんだよ! マフィアの足取りなんてぜってー掴める筈ねぇーって!」

 「愚痴るな、なんでもいいから掴めばいい」


 マフィアが大森林に隠し(とりで)を築いているという噂もある。

 モリブデン公国内でマフィアが力をつけることを、公国は恐れている。

 奴隷商売は大陸中で横行しているが、それが治安を悪化させるのは問題視もされている。


 「む……なんだこの臭いは?」


 ふと、一番後ろの獣人が森ではあり得ない臭気を嗅ぎつけた。

 一行は足を止める、獣人の鼻は人族と比べて一万倍も優れていると言われることがある。

 実際には全ての獣人がそうではないが、少なくとも狼獣人の嗅覚はそれほどだということだ。


 「向こうだ、行くぞ」


 獣人が指差す方、一行は向かうと突然視界が晴れた。

 森の中に突然整備された道が現れたのだ。

 それは魔物街とゴブリン族の集落を繋ぐ街道だ。

 不自然に固められた道に戦士はただ困惑する。


 「どうなってんだ? 自然とこうなった……訳じゃねぇよな?」

 「むしろこれこそ、マフィアのいる証じゃないっすか?」


 大森林に隠し砦を持つと噂されるマフィアならば、周辺を整備している可能性はある。

 となれば自然と三人は警戒を強めた。

 そしてそれは間が悪く、彼らの前にある魔物が現れる。


 「お、おいアレって……!」


 ズンズンと、地鳴りを上げまるで巨大な樹木のような【()】が目の前に聳える。

 一行は見上げる、髑髏(ドクロ)の模様を持つ巨大な蜘蛛の魔物。


 「【デススパイダー】だぁ!」


 デススパイダーは大きな脚を振り下ろす。

 三人は一斉に散開、デススパイダーの足は地面を砕く。

 恐るべき一撃、この魔物でさえこの大森林では大した魔物でもないが、彼らにとっては驚異そのもの。

 ハーフエルフの魔法使いは素早く魔法を練り上げる。


 「燃え上がれ《ファイアーボール》!」


 ハーフエルフは杖から炎の玉を生み出し、それをデススパイダーに放つ。

 直撃、爆炎が飛び散る。


 「やったか!?」


 一瞬、彼らはデススパイダーを見失った。

 しかし直後大きな脚がハーフエルフを弾き飛ばす。


 「グハッ!?」


 ピンボールめいて飛び出すハーフエルフ、大ダメージに喀血し、無様に蹲る。

 爆炎が晴れるとデススパイダーは健在であった。

 ダメージはある、事実全身を火傷していたのだ。

 だが打倒するには足りなかった、それだけだ。


 「く、クソッ、しっかりしろリテリル!」


 戦士はハーフエルフに駆け寄ると、すぐに抱き上げた。

 ハーフエルフのリテリルは意識が朦朧(もうろう)していた、放っておけば死ぬだけだ。


 「どうする、戦うか、撤退するか!」


 獣人は鉄の爪を構えながらデススパイダーを威嚇(いかく)する。

 デススパイダーは手負いだ、今なら倒せる可能性はある。

 だが不安もある、どうするべきか?


 「シュゥゥゥ!」


 デススパイダーは待たない、今度は獣人に襲いかかる。

 獣人は素早くステップし、鉄の爪で丸太のような脚を切り裂く。

 デススパイダーは態勢を崩した、だがまだ倒れない。

 戦士は剣を強く握った。

 怖い、魔物は恐ろしくて仕方ない。

 ただ、彼は顔を上げると獣のように吼えた。


 「うおおおおおおおおっ!!! テメェなんざ怖くねぇええぞおっ!!」


 リテリルを寝かせると、戦士は剣を両手で握り吶喊(とっかん)する。

 デススパイダーの顔目掛け大きく飛び上がり、剣を打ち込む。

 デススパイダーは暴れる、戦士は獰猛に笑みながら、剣を押し込んだ。


 「死ね、死ね、くたばれ化け物ぉ!」


 やがてデススパイダーは崩れ落ちる。

 そのままデススパイダーは震えた後、動かなくなった。


 「ハァ、ハァ! ざまぁみやがれクソったれめ!」


 戦士はデススパイダーを仕留めると、悪態を吐いて己を鼓舞した。

 己の恐怖に打ち勝ちなんとか勝利を得たのだ。

 だがしかし大森林の掟は……。


 「ハッハッハ……は?」


 ガサガサ、森が震える。

 それは前方から、そして後方からもデススパイダーが出現したのだ。


 「あ、ぁ……嘘だろ?」

 「クッ、このままじゃ全滅だ!」


 デススパイダーはジリジリと冒険者を挟み込んで、接近する。

 このままでは全滅、無残にも魔物に(はらわた)を喰われるのみ。

 戦士はガチガチと震えた、無慈悲な大森林の掟は弱者を許さないのか。

 魔物はただ無慈悲に――カツン。


 「えっ?」

 「取り囲め、もう一匹はバルボ殿がやる!」


 それはゴブリンの群れだった。

 皆一応に鉄の胸当てや兜を被ったゴブリンが、弓を構えデススパイダーを射抜く。

 デススパイダーは暴れるが、ゴブリンは無慈悲にデススパイダーをハリネズミにしてしまった。

 一方、前方からはオークが手斧を片手に飛び上がった。

 戦士の優に二倍の跳躍力を持って、オークは手斧を頭上から打ち下ろした。

 デススパイダーは一撃で真っ二つになり絶命する。


 「ふぅ……お前らニンゲンか?」


 オークは手斧を腰に掛けると、戦士たちを見た。

 戦士は萎縮すると顔を青くした。

 間違いないオークの戦士、先程のデススパイダーよりも格上の魔物だ。

 終わった、戦士は剣を落とすと、力なく膝から倒れた。


 「お、お願いだ! リテリルだけは、リテリルだけは見逃してくれ!」


 リテリル、が誰かは分らないが、オークは重症のハーフエルフを見た。

 オークは無言でハーフエルフに駆け寄ると、腰に吊るしていたガラス瓶を手に取る。

 中には緑色の液体が入っており、栓を抜くとハーフエルフの全身に緑の液体を振りかけた。


 「これで一先ず大丈夫だ」


 オークが使ったのは、ハイエルフ謹製の治癒の水薬(ヒールポーション)であった。

 エルフ族秘伝の製法であり、高い治癒力があるのが特徴だが、製造数が少なく貴重な緊急用であった。

 勿論戦士も獣人もそれが何かは分かっていない。

 ポーションは貴重であり、中々お目に掛からないからだ。


 「お前達、怪我はないか!」

 「け、怪我?」

 「バルボ殿! 周辺問題なし、そろそろ帰還致しましょう」


 信じられない。

 ゴブリンがオークの前で敬礼したのだ。

 オークはしばし沈黙するが、すぐにリテリルを抱きかかえると。


 「夜になると森は危険だ、ニンゲンついてこい!」

 「……すぐに襲ってくるつもりはないのか?」

 

 獣人は唸る、だがゴブリンがケラケラ笑うと。


 「バルボ殿に従っておけ、この辺りでバルボ殿に敵う魔物などおらぬわ!」

 「それ言い過ぎだ、オラでも敵わねぇ魔物は沢山いるだ」


 バルボというオークは微笑する。

 巨大な豚人間という姿だが、ハーフエルフの華奢(きゃしゃ)な身体を優しくて抱きかかえている。

 戦士は素直に従うしかなかった、少なくともリテリルの命はあのバルボというオークに握られている。


 「し、従おう……」

 「それでいいだ、急ぐだ!」

 「「「おおーっ!」」」


 やがて一行はまるで護送されるように道を進んでいく。

 獣人はそれとなくゴブリンたちの装備を見た。

 皆一様に急所を保護する鉄の胸当て、頭部を覆う兜、矢筒には鉄の矢が収まっている。

 狩人……というより兵士だ。

 しかしその腰には見慣れない赤い鶏が吊るされている。

 恐らく森の固有種だろう、噂レベルだがゴブリンが狩猟採集で生活していると聞いたことがあった。


 「グルルル……」

 「なぁお前さんもしかしてコボルトか?」


 あるゴブリンが獣人に首を傾げた。

 コボルト、概ね犬顔の二足歩行した獣人と良く似た種族。

 だがしかし獣人とコボルトはルーツが違う。

 それに獣人は少しだけ怒気を強めた。


 「違う、獣人(ビーステッド)だ……!」

 「そりゃすまない、見分けがつかんのだ」


 時折コボルトを飼う貴族がいる。

 コボルトは獣人と知性も肉体も異なる。

 人族に近い祖を持つ獣人、獣に近い祖を持つコボルトは、同じ犬面でも収斂(しゅうれん)進化であろう。


 「こっちも聞きたい、いつからゴブリンはそのような武装をするようになった?」


 少し前までゴブリンは危険度の低い最低級の魔物であった。

 森で万が一遭遇しても、蹴散らすのは容易い。

 だが彼らの練度や装備は、一国の軍隊とそう変わらない。

 もしも彼らが周辺国と同レベルの装備をしているのなら、ゴブリンの評価は大きく上げねばならないだろう。


 「なぁに、我らに星の神々が授けてくださったのだ、もう一ヶ月になる」


 ゴブリンは無軽快に語ってしまった。

 獣人は無言でその言葉を類推する。

 一ヶ月前、マフィアが森に消えた時期と一致する。

 ならばまさか、ゴブリンに武装を供与したのはマフィアか?


 「人身売買マフィアを知っているか?」


 獣人は険しい顔で核心に迫った。

 もしそうならば、なんとしてもここから脱出し、報告する義務がある。

 だがゴブリンは予想外に憤怒し、地面を蹴った。


 「マフィアだと! 奴ら卑劣にも我らが聖女様をかどわかし、白蛇様の助けなくば我らはなかった!」


 激しい怒りだ、ゴブリンたちは「そうだそうだ!」と怒り出す。

 それほどあのマフィアが憎い、だが一番先頭を歩くオークは静かに首を振った。


 「終わったことだ、そう今は」


 終わった?

 オークは物静かなのかそれ以上はなにも言わなかった。

 やがて、一行の前にある光りが目に映った。

 戦士はそれを見て驚愕する、今日一番の驚きと言ってもいい。


 「嘘、だろ……なんで街が」

 「ここがオラたちの街、【魔物街】だ」


 オークは足を止めると優しい顔で振り返る。

 白亜の防壁、その奥に篝火(かがりび)のように輝く街灯、オークにゴブリンが行き交う。


 「魔物街……だと?」

 「この娘っこの手当が先だ、遠慮せずこいだ」


 オークはそう言うと門を潜っていく。

 入り口にはまるで絶叫するような恐怖を貼り付けた石像が建てられていた。

 思わず戦士も息を呑むリアリティ、だが何故入り口に?


 「其奴が大罪人奴隷商のボスよ! ガッハッハ!」

 「なに? どういうことだ?」

 「説明が欲しいなら、それもしてやるだ、とりあえずついて来い」


 オークが急かす。

 戦士は強張った顔のまま、門を潜った。

 最初に見えたのは農地だ、畑と果樹園が広がっている。


 「信じられん……防壁内に畑を有しているのか?」


 公国にも無くはないが、魔物街の農地は広大だ。

 公国、いいや外の国ではそれほど防壁内に広大な土地を有していない。

 危険でも農村を散らばせているのが普通なのだ。

 しかし魔物街はその危険のレベルが桁違いに違う。

 可能な限り畑も防壁の内に納める必要があるのだ。


 「水はあんまり困らねぇだものな、オラはまだ農業っつーのはよくわかんねーが」


 そもそもオークやゴブリンが農業を営むなど聞いたことがない。

 戦士と獣人はまさにカルチャーショックを浴びていた。

 そんな一向に農地の管理人が姿を現した。

 美しい金髪に細長い耳を持つ麗人、ハイエルフのフレイアであった。


 「あらバルボお帰りなさいませ、て……その子は?」

 「丁度良かっただ、怪我しているだ、この娘っこ」


 どうしてエルフが魔物の街にいるのか、戦士にはなにも分からなかったが、ただフレイアはリテリルの額に触れると。


 「ポーションを使用したのね? だったら問題ないわ、雑種だろうがエルフはエルフよ、その内目を覚ますでしょ」


 フレイアは症状からポーションによる治療済みと判断した。

 だがそれよりも雑種という言葉にバルボは首を傾げた。


 「雑種? どういう意味だ?」

 「ハーフエルフ、エルフ族が一番嫌う劣等種ってやつよ」


 その言葉に優しいバルボが僅かに表情を険しくする。

 リテリルを抱く手を震わせて、ただ冷静にフレイアに質問した。


 「フレイア様も、命に価値があるって、本気で思っているだか?」

 「……そう、ね。私は自分で思っている以上に醜いエルフよ、大っ嫌いなエルフ、分かっているわよ、命を数えちゃいけないって、それくらいさ」


 フレイアは時々差別的な発言はある。

 無自覚、あるいはそれがエルフの定めか、エルフの悪しき習慣もまた引き継いでいるのだ。

 現在もなお続くエルフの血統主義は、ハーフエルフをニンゲン扱いなどしてくれない。

 フレイアのようにその血の在り方に疑問を持つエルフもまた多いが、現実は時に厳しいものだ。


 「仕方ない、同じ神の子供を差別しちゃ、神様が許しちゃくれないってか」


 そう言うと、フレイアはリテリルの前で指を切りルーンを(きざ)む。

 せめて祝福を、リテリルに幸運の古代魔法を授ける。


 「う、ううん……?」

 「おっ、目覚めただ」


 バルボは真摯的に、リテリルを下ろした。

 薄っすら目を開くリテリルは呆然と周囲を見渡す。

 真っ先に目に入ったのは、戦士と獣人だった。


 「あれ、アタシ死んじゃったの?」

 「馬鹿お前っ! 勝手に俺らまで殺すな!」

 「無事で何よりだリテリル」


 戦士は軽くリテリルの額を小突くと、リテリルは痛がった。

 獣人は優しくその大きな手でリテリルの頭を()でる。

 非常に仲の良い三人組にバルボは微笑ましくなった。


 「見たところ悪いニンゲンじゃないだ」

 「みたいね、腹の中はわかんないけど」

 「フレイア様、いつも斜めに構えているだな」

 「私はニンゲンの悪い部分たーっぷり見てきたからね、簡単に信じやしないわよ」


 そう言うとフレイアはプイッと不機嫌そうにそっぽを向く。

 あえて悪人ぶるのがフレイアなのだ。


 「ん、フレイアそろそろお祭り本番始まる!」

 「フレイアさーん、早く早くー!」


 街に方からけたたましい声が聞こえる。

 ハイドワーフのレギとネレイドのテティス。

 三人娘は車椅子の試運転をテストしながら、祭りを練り歩いていた。

 だがフレイアがちょっと畑を見てくると言ってきて別れたのだ。

 そろそろ日が落ちる時間になり、街は夜の部へと移行しつつある。

 最初はどこか遠慮ぎみだったテティスだが、気が付けば童心に帰り、誰よりも楽しんでいた。


 「分かってるってば! すぐ行くわー!」


 フレイアは「んじゃ」とバルボに敬礼すると、すると二人の下へと向かっていった。

 すっかり仲良し三姉妹、辛い過去も今は忘れてしまえる。


 「祭り……ですかい?」


 一部始終見ていた戦士はバルボに聞く。

 そう、今魔物街は星聖祭を開催中だ。

 星聖教の巡礼が終わり、ここからは――。

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