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第52話 モモのワンダーランド

 星聖祭の本番は夜からである。

 この昼頃は聖女アイら修道士たちが街を練り歩き、祝詞を詠う。

 それを初めて見た柴犬族の少女モモは瞳をキラキラ輝かせていた。


 「キレイ〜、ねぇママ、まるでお星さまみたいでキレイだねっ!」


 そんなモモの手を優しく握る母親のククルは優しい笑顔で頷いた。


 「そうね、綺麗ねモモ」

 「モモもあんなキレイな服着たい!」


 三歳のモモは人間年齢で言えばおおよそ六歳ほどとなるが、この年頃になると、ワガママも増えてくる。

 修道士の服を着たいと言い出すモモにククルは苦笑した。


 「あれは特別な物なのよ?」

 「うーやだやだー! モモ着たい!」


 困った困った、ククルは頬に手を当てると、このワガママ愛娘をどうやって説得させるべきだろうか。


 「ねぇモモ、それより甘い物を食べたくない?」

 「甘い物っ! 食べたいっ!」


 モモはあっさり興味を服から食べ物に移される。

 食い意地張ったグルメ気取りの三歳児、甘い物は特に大好物である。

 ククルはゆっくりモモを連れて歩き出す。

 今中央街は魔物たちの往来でとても賑わっている。

 至るところに屋台が並び、オークやゴブリンたちが試行錯誤した創作料理が売られていた。


 「アレなんてどうかしらモモ?」


 ククルはモモを抱きかかえると、棒に刺したリンゴを並べる屋台を指差した。

 リンゴは透明な蜜で塗り固められ、光を浴びるとキラキラ宝石みたいに輝いている。

 モモはその美しさに息を呑む。まるで絵本に出てくるようなお菓子だ。


 「モモ、アレ食べたい!」

 「うふふ、それじゃあ行きましょうね」


 ククルはその屋台の前に向かう。

 店番していたのは厳ついオーク男性だった。


 「おや、ククルさんですかい」

 「このリンゴ、いただけます?」


 オストの妻たるククルも、この魔物街では顔の通った魔物である。

 店番するオークは普段南部農業区で働く農夫であった。


 「こいつはリンゴ飴って言うんですわ」

 「飴? おっきな飴なのー?」


 モモには不思議でならない。

 甘いアメは大好きだ、でもアメは皆モモの掌よりも小さい。

 こんな大きなアメが存在するんだ、そう思うとヨダレがこぼれ落ちる。


 「リュウ様が街の特産品にしようって、発案されましてね、あぁどうぞ一本」


 ククルは受け取ると、モモに渡した。

 モモはもう周りの音は聞こえていない。

 気分は夢の世界のお姫様(プリンセス)、世界はワンダーランド。

 もう夢中でモモはリンゴ飴に齧り付く。


 「フフッ、もしも特産品となるのでしたら是非商会の輸出品目として考慮させていただきたいですわ」


 ククルは商人目線でリンゴ飴を見る。

 リンゴはフレイアが品種改良したフィデガルド二号種、飴に使われているのは森に自生するサトウキビか。

 地産地消ならば合理的である、しかし輸出するには数の確保が問題か。


 「ハハハ、オラは商売はよくわかんねぇ、金勘定はコボルト族にお任せだ」


 オークは暢気に笑う。

 大人は特に経済に明るくない。

 聖女アイが主導して塾学校を経営し、子供たちは無料で学ぶ機会を得たものの、大人は旧態依然……いや。


 (白蛇様がいなければ、きっとこのおじさんも文化に触れる機会は無かった……か)


 ククルの魔物街の分析、実際はククルも含めて、きっと奇跡的に噛み合った結果なのだろう。

 何かが欠ければ、今のこの平和な星聖祭はあり得なかった。

 全ては白蛇様を中心にして、集まり、そして回りだしたのだろう。


 「ママ、リンゴアメ美味しいよっ!」

 「あらあらうふふ、そう、それではお仕事頑張ってくださいね」


 ククルは会釈すると、モモと一緒に再び雑踏へと向かってゆく。

 モモはリンゴ飴を舐めながら、周囲を見渡した。


 「とっても賑やかだね」

 「ええ、本当に」


 正直言えばククルとて、この規模の祭りは初体験だ。

 人族やドワーフ族は祝祭を開くとは聞いているが、コボルト族はそもそも大森林北部の乾燥地帯に生息するだけ。

 祭りとは国力である。とてもコボルト族には祭りを開催するような力はなかった。

 聞けばオークも、宴はあれど祭りは無いという。

 この星聖祭を持ち込んだのはゴブリン族だ。

 そう言えば、ネレイド族が新たに入植していたっけ。ネレイド族にはお祭りはあるのかしら?


 「あっ、お魚さーん!」


 モモが叫ぶ、ククルも視線を向けた。

 車椅子に腰掛けた美しいネレイド族の少女だ。

 その脇にはハイエルフとハイドワーフの少女もいた。


 「フレイア様にレギ様、それと確かテティスさん?」


 車椅子試験運転中の三人娘はあれこれ試行錯誤しながら論議しているようだ。

 なんとなく耳を傾けると。


 「やっぱりさー、人混みが大敵でしょ、車椅子は」

 「んー、横幅は仕方がない、けれど大柄なオークとそれほど変わらない」

 「でも、大柄な方ですと、目線がかなり違うので、ぶつかられる恐れも……」


 どうやら車椅子走行の是非について論議しているらしい。

 モモは無邪気にククルの手を引っ張り、その三人の前へと向かう。

 やがて三人はモモとククルに気づくのだった。


 「あらモモちゃん、それにククルじゃない」


 ハイエルフのフレイアは高貴な雰囲気もどこ吹く風、気作に微笑み、手を振った。

 モモはそんなフレイアが大好きだ、同じように満面の笑顔で手を振った。


 「あーい! フレイア様ごきげんよう!」

 「ふふっ、お祭り楽しんでいる?」


 フレイアはモモの頭を優しく撫でる。

 短い毛並みが波打つと、モモは目を細めた。


 「ワフッ、モモフレイア様大好き〜」

 「ありがとう、うふふ」


 モモに優しくしてくれるフレイアにククルは感謝した。

 丁寧に頭を下げ、このハイエルフに敬意を示す。


 「フレイア様、ありがとうございます。モモをこんなに」

 「いいのよいいのよ、この魔物街に住んでりゃ種族の差なんて些細でしょ」


 確かに魔物街はオークとゴブリンの街とも言える。

 けれど、街の要職にはコボルトもいるし、ハイエルフもハイドワーフも、そしてネレイドもだ。

 白蛇がそうであるように、この街に明確な差別や偏見は無用だ。

 これはあらゆる多民族を受け入れ、繁栄を目指していく魔物街の思想そのもの。

 希少で才覚も優秀なフレイアが、決して驕れずこうして接すれるのは、良い兆候である。


 「お魚のお姉さんはだぁれ?」

 「あっ、私はテティス、ネレイドのテティスよ」


 車椅子に座るテティスは少しだけ緊張した面持ちで硬い笑顔を浮かべた。

 幼いなれど、あからさまな犬面(いぬづら)に引き()ったのだ、犬の口が怖いと思ったのだろう。

 陸の生き物の知識の疎いテティスは産まれて初めて見たコボルトに否が応にも緊張しよう。

 犬に限らず猫も蛇も恐れているのだ、海の者には無理からぬ恐怖でもある。


 「ワウー? どうちたのテティス様?」


 しかしこの幼い犬娘には、そんな些細な機微は読み解けない。

 ただあどけない顔で首を(かし)げた。


 「別にコボルトは噛み付いてこないわよ、怒らせなきゃね」

 「ん、フレイアもお(しり)噛まれた」


 以前のことだ、ある警黒犬(ドーベルマン)種の女性と喧嘩(けんか)になったフレイアがお尻に噛みつかれる事件があった。

 アレはフレイアが相手の事情も知らずにナチュラルにからかった為に、向こうのやり方で対応されたのだ。


 「うぐっ、アレは浅はかだった私の責任よ、だから勉強代」


 そう言ってフレイアはお尻を擦る。

 今は傷も無いが、あの時の悶絶するほどの激痛を思い出せば、フレイアも涙を(こら)えるばかりだ。

 ただまぁ、安心させようとしたのにレギの余計な一言に、果たしてテティスはなにを思ったか。

 やっぱりコボルトって怖い、無知な人魚姫を更に怯えさせるのだった。


 「モモの母ククルと申します、この町では塾の講師をさせて頂いております」


 ククルは社交的にテティスに挨拶する。

 その所作はとても良く出来ており、テティスは驚いた。

 一見野蛮にも見えるコボルト種だが、見た目に反して利口なのだ。


 「先生なんですか、頭が良いんですね」

 「そんな私など」

 「ん、ククルはすごい、暗算も得意」


 レギもククルの頭の良さは絶賛だ。

 ドワーフでもククルより知能が低い者は珍しくない。

 奇しくも犬面の性で知能も犬並みと誤解されがちだが、利口なコボルトは多いのだ。


 「凄いですね……あれ?」


 ふと、テティスが空を見上げる。

 続けてククルも見上げた。


 「鳥……じゃない、あれはイーリス?」

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