第51話 三人娘と車椅子
魔物街でも星聖祭は始まっていた。
街の至る広場に檜台が設置され、白衣を纏った星聖教のゴブリン司祭たちが祝詞を詠いながら、街を練り歩いていく。
馴染みあるゴブリン族の住民は両手を合わせ、ありがたがるように祈りを捧げた。
一方作法を知らないオーク族やコボルト族はなんとなしに雰囲気を合わせて、両手を合わせる。
「不思議なもんだなぁ、ゴブリンの伝統的祭りに、我らオーク族が参加しようとは」
「ふむ、ゴブリン族の奇祭、とはもはや言えまいな、これからは魔物街の祭りとなるのだろう」
大柄なオークの男は司祭たちを見つめ、猪犬族の男性はしみじみと論じる。
「あっ、聖女さまだー」
子供たちが元気な声をあげた。
大人たちは子供たちを視線で追う。
オーク族もゴブリン族もコボルト族まで、子供たちが向かうのはゴブリン族の聖女アイの下だ。
アイは錫杖を持ち、ゆっくりと歩いていく。
祈りを捧げる魔物たちの頭に錫杖を載せると、その年の安寧を祝詞に紡ぐ。
子供たちは種族の隔てもなく、アイに駆け寄っていく。
アイはそんな子供たちも邪険にせず、星の神の加護を子供達へと捧げた。
「信じられねぇよな、子供達が皆一緒にいるんだから」
大人たちにとって、本来他種族と共存するなどあり得なかった。
コボルト族は敵愾心が強く家族意識の強い種族で、オーク族は大柄で警戒されやすい。
ゴブリン族はひ弱だが、狩猟民族としての性質が強く、数々の侵略で周囲と敵対してきた。
それが今やこの三種族………だけでなく、ハイエルフやハイドワーフ、最近新たに入植したネレイド族まで混じっている。
「どう、テティス乗り心地は?」
「ん、自信作、多少のデコボコもサスペンションが受け止めてくれる」
丁度祭りを観賞する美人三種族が広場にやってきた。
ハイエルフのフレイアは小さな車を手押している。
車にはネレイド族のテティスが乗っていた。
ハイドワーフのレギが開発したネレイド族用の車椅子の試作機の試験運用中のようだ。
「う、うん……なんだか不思議、陸上をこんなにスイスイ進めるなんて」
車椅子はテティス個人でも動かせるように出来ている。
だが初めてということもあり、フレイアとレギも同伴しているのだ。
レギはテティスにレクチャーしながら、車椅子の動作に注目する。
ゴツゴツした石畳で車輪が跳ねても、バネが衝撃を受け止めて、テティスに揺れを与えない。
下半身が魚のような体型のネレイド族になるべく負担を掛けない設計はレギの職人魂の証である。
「ブレーキはレバーを引けばいい」
「ううん、えっとこう?」
「いいじゃない、これ量産出来たらウケるんじゃない?」
「んー、まだどんな不備があるか判明しないウチに量産は出来ない」
テティスに限らず、陸上を歩くのに適さない種族や、なんらかの理由で下半身不随の者には重宝しそうだが。
レギは慎重に慎重を重ねる主義だ、自分が納得できないものは絶対に出せない。
この試作機とて、レギはあくまで問題の洗い出しを目的としている。
「うんっ、ここ坂道だからちょっと」
ネレイド族の腕力はさほど無い。
僅かな坂道にテティスの腕は震えていた。
「ん、車体重量がネレイド族に合わせないといけない?」
「あるいはこうして後ろから押してあげるのが前提かしらね?」
車輪構造は平地では抜群の走破性能を持つ反面、悪路……とくに斜面は苦手とする。
レギはその対策を思考する。
いくつか案は出てくるが。
「まず車体の軽量化は却下、安全性には変えられない」
下手に軽量化すれば車体がちょっとした衝撃で壊れるリスクがある。
そうなればネレイド族ではどうにもならないだろう。
下手すれば命に関わる、だから慎重に検討しなければならない。
「車輪構造そのものを変更する?」
「例えば……どうするの?」
「多脚に変更すれば、支えは利く」
多脚? フレイアはなんとなく想像したのは、ニンゲンの脚が何本も生えた車椅子だった。
想像するだけでキモいわね、フレイアはすぐに考えるのを辞めた。
「注目するべきは芋虫の足」
「芋虫って、あの憎き青虫かっ!」
野菜を好んで食べる青虫に、フレイアは激しい怒りを覚える。
対策に対策を施しても、どこからか青虫は侵入して、食害を起こすのだ。
農家の天敵なぞ想像しても憎さ百倍であった。
「ん、芋虫は多脚で平面の壁さえ登れる、あの構造を模倣出来れば斜面も楽ちん」
「けどさー、それって速度も芋虫にならない?」
「あっ」とレギはその盲点に顔面を押さえた。
芋虫の模倣は当たり前だが速度も芋虫になるだろう。
「あのっ、張り付くといえばイモリとかは?」
湖畔に住むテティスならではの発想にレギは顔を上げる。
水生の爬虫類は、しばしば張り付くことが得意だ。
レギも知りはしないが、ヤモリの手は細かい毛に覆われ、接着面を増やして壁に貼り付けるのだが。
「後はさー、これに動力与えるってのは?」
「んー、使い方を誤ると危険」
車輪を自動で回るようにすれば、確かに斜面も楽ちんである。
しかし反面、平面や逆に降りではその補助が思わぬ事故を生みかねない。
例えばであるが、車体二〇キログラム、積載五〇キログラムの車椅子が時速四〇キロメートルで走っていると想像して欲しい。
万が一そんなものにぶつかれば間違いなく大惨事だ。
ここが日本なら交通事故であり、罪に問われるであろう。
ましてレギがイメージするのは、鉱山から運ぶトロッコの動力だ。
余裕でテティスを時速六〇キロで爆走させるものが、果たして安全といえるか?
答えはノーである、しかし完全否定ではない。
「補助動力でしょ、例えば水の魔法で車輪を回転させるとか」
フレイアは軽く魔法陣を片手で描く。
古代魔法、車輪に意味あるルーンが描かれると、車輪をゆっくり水が回転させてゆく。
「あっ、これなら進みやすいし、スピードも調整出来そう」
「問題はイチイチこんな微調整私はやらないわよ」
「んー、個人の魔法力に依存するのは欠陥品」
どんな最底辺の凡人でも同じパフォーマンスを発揮できてこそ、傑作機と言える。
馬鹿は思いもよらない行動に出るのだ、レギはそれを恐れている。
「賢い馬鹿はいい、けど救いのない馬鹿には乗せられない」
「賢い馬鹿ってなに? 馬鹿は馬鹿じゃないの?」
レギの表現にフレイアは「ぷっ」と吹き出す。
エルフでも馬鹿は馬鹿なので、思いっきり共感はしているが、賢い馬鹿とは矛盾ではないのか。
「ん、白蛇様は賢い馬鹿」
「あー、確かにアイツ頭良いんだか馬鹿なんだか分らないわよねー」
平然と君主をディスる二人にテティスは啞然とした。
むしろ畏れ多く二人を諌める。
「あのっ、流石にそれは不敬なのでは?」
テティスからすれば、白蛇は君主、王そのものである。
最もこの街の住民には神として崇められているのだが。
しかし二人は異なる反応を示す。
「いいのよアイツ実際馬鹿だもん、いーっつも変なこと思いついて無茶振りしてくるし!」
「ん、敬うと慕うは違う。レギはちゃんと慕っている」
フレイアもレギも白蛇のことは気に入っているのだ。
同時に白蛇の行動を見てきたのだから、アレのとんでもはもう見慣れた。
どうせこれからも二人に泣きつく白蛇が待っているのだろう。
「だからテティスさん、アイツに変な期待をするのは止めておきなさい、どうせ考えなしなんだから」
「そ、それは言い過ぎですよ……多分!」
「ん、テティスは良い子、白蛇様もきっと喜ぶ」
白蛇が聞けば耳が痛いだろうか。
テティスはまだ街のノリに慣れていない。
白蛇が慕われているのは間違いないのだ、ただそれは身近過ぎる神の姿だ。
「あっ、聖女様が行っちゃったわ」
気がつけば聖女アイが広場から居なくなった。
見物客も居なくなり、あっという間に広場は閑散となる。
「まっしゃーない、このまま祭りを楽しみましょう」
「ん、フライドチキン食べたい」
「そんじゃレッツゴー」
フレイアは車椅子を押して出店通りを歩いていく。
三人娘はやいのやいの騒ぎながらも、笑顔が溢れていた。
リンゴ飴を見て、フレイアが偉そうに薀蓄を話し、辟易とレギに呆れられ、喧嘩すればテティスが困惑しながらも仲裁する。
三人娘は早くも良き友人になれたらしい。
街の住民たちには、また騒々しいのが増えたと微笑ましく見られているだろう。
その後も三人娘は姦しく街を練り歩くのだった。




