第50話 色んなお酒
星聖祭翌日もバルボら狩人たちは祭りで振る舞われる料理の食材集めに勤しんでいた。
その中には今日も白蛇リュウイチの姿もある。
白蛇一行は今回、ネレイド族の住む湖へと訪れた。
まずはネレイド族への挨拶からだ。
「やー改めてこんにちわ、ネレイドの諸君よ」
ネレイドたちは白蛇の姿を確認すると、一斉に湖面から姿を現し、ネレイド式の作法で頭を下げた。
「白蛇さま、このような地まで足を運んで貰えるとは光栄ですぞ」
テティスの祖父ディケオスは白蛇へと敬意を示す。
もう老齢だが、その眼光は鋭い老人、その姿にはゴブリンやオークも思わず息を呑んだ。
それほどの風格、恐ろしささえ感じるくらいなのだ。
だがもっと恐怖の存在はネレイド族の後ろから次々とその巨体を持ち上げた。
ミズチだ、水中では透明な水の大蛇の群れには、屈強な狩人たちでさえ震えが止まらない。
「み、ミズチの群れだ……!」
「で、デカい、こんな恐ろしい魔物がこんなにも」
そんな様子だが、肝心の白蛇はというと。
「よぉー! ミズチども、大人しくしているかー!」
いかにも気軽にミズチに話しかける白蛇、事情を知らねば白蛇がキチガイにも思えるだろう。
だが事実、ミズチたちは皆平伏している。
主こそこの白蛇であると、恭順を示しているのだ。
ヘビである限り蛇神の威光には敵わないということであろう。
「おーし、そんなネレイド族やミズチに、今日はご褒美をあげちゃいます」
ご褒美? ネレイドたちは困惑する。
いったいなにを贈るつもりなのか、まだ心からネレイド族は白蛇を信用はしきっていない。
ミズチを平定し、ネレイド族を襲わせないようにしたのは偉大だが、いつミズチが裏切るかも分からないのだから。
白蛇は後ろに合図すると、オークたちが大八車を牽引してくる。
その荷台には山積みの酒樽が載っていた。
「ネレイド族の皆さん、そしてミズチたちも、今日はおめでたい日、ともにこの酒で祝おうじゃないか!」
白蛇は朗らかに笑い、光の翼を両手のように広げてみせた。
ネレイドたちは驚きあるいは歓喜した。
オークたちが運ぶ特大の酒樽、それがネレイド族の前でズシンと大地を揺らす。
「こいつは?」
「フッフーン、まずはオーク族のお酒、赤ワインをご賞味頂こう!」
こちらもオーク族製木製の盃に赤ワインを注いでいく。
並々注がれた酒精、ネレイドの若い者たちはゴクリと喉を鳴らした。
白蛇はまずディケオスへと差し出す。
「これをワシが?」
「安心して、毒なんか入っちゃいないから」
「………」
ここで白蛇は毒という単語を用いてきた。
ディケオスは忠誠を誓う立場、ここで拒否は不忠を示す。
と、ディケオスは勝手に勘違いしているが、いつもどおり白蛇は考えなしなのでご安心である。
意を決するとディケオスは盃を口につけ、傾ける。
だが……! その時ディケオスの全身に電撃が走る。
「美味い、これはかつて飲んだ赤ワイン以上だ!」
その評価に、後ろにいたネレイド族が歓声をあげる。
「赤ワインなんて高級酒、本当に頂いていいんですか!」
「ハッハッハ、遠慮することはない!」
ネレイド族にとって、内陸で作られる赤ワインは高嶺の花であった。
人族が特に珍重しており、何度か政治の関係でディケオスはワインをいただいたことがある。
だがそんな人族のワインよりもこれは美味い。
こんなものが存在していたとは、ディケオスが受けた衝撃は計り知れない。
「さて、お次はこちら、これはゴブリン族の伝統的なお酒だよ」
次に注がれたのは小麦を醸造し、発酵させたお酒エールである。
黄金色の酒精は泡立ち白い泡を立てる。
それはネレイド族も初めて見るものだった。
「なんだこれは、まるで海底火山のように泡立っておるが?」
「まぁまぁ百聞は一見にしかず」
これまた並々注ぎ、ディケオスに差し出された。
ディケオスはこちらにも口を付ける。
流石に今度はちょっと慎重だったが。
「むっ、苦味が強いがキリッとした喉越しはワインを遥かに凌駕しておる!」
エールはまだホップの入っていない原始的なビールだ。
それでもビールの良さは人類の歴史が証明している。
転生者アイの未成年故に不完全なエールしか生み出せなかったが、そこにリュウイチとフレイアの知識が混ざり合い現在のエールは完成した。
「さぁお次は変わり種、なんと遠路はるばるエルフの国で酒造されるお酒、リンゴ酒だ!」
お次はフレイアの地元酒リンゴのお酒である。
甘みはワイン以上、ジュースのような喉越しはエールが苦手な人もオススメだ。
「そして俺のオススメはこいつ、ドワーフ族の秘蔵ウイスキーだ!」
火酒、ドワーフ王国と交易するコボルト族が街にもたらしてくれた貴重な一品だ。
癖は強いが白蛇はこのウイスキーを気に入っている。
かなり人を選ぶのは事実だが、是非ネレイド族にも味わって欲しいと用意したのだ。
早速盃に注ぐと、それをディケオスへと差し出す。
「む、むぅこんな矢継ぎ早に……」
「無理強いはしないさ、誰か興味ある人はいるー?」
既に少量とはいえ二杯、ディケオスの表情も仄かに赤らんでいる。
とはいえ、ディケオスにも意地がある、差し出された酒を飲まねば男の恥というやつだろう。
ディケオスは盃を奪い取ると、一気に呷った。
「おおっ」
「グフッ、中々良いですな」
とは言うものの、無理しているのは明白、ウイスキーは度数も高く悪酔いしやすい。
少し無理させたこと白蛇は後悔する。
「今日はお祭りの日だからさ、皆無礼講! さぁさ楽しんでくれ!」
だがしかし、酒の席とは笑って歌え。
まして祭りなら踊らなきゃ損とも言うだろう。
これを眺める蛇神と猫神も『いいなぁいいなぁ』とか『ウチにお神酒を奉納するとかあるんやでー』など羨んでいる始末。
白蛇はあえて無視して、酒に食事をネレイド族やミズチに振る舞った。
ミズチたちは、白蛇を見て改めて考えを正す。
当初ミズチは白蛇の持つ蛇神の威光にこそ平伏したが、ネレイド族の保護を不満に思っていた。
ミズチからすれば、この湖は元々ミズチたちの生息地、後からネレイド族が入ってきたのであって、それを捕食するのは森の摂理の筈だ。
だからひっそりと白蛇に叛意を持つミズチも少なからずいた。
しかし、しかしだ。
こうやって白蛇はミズチにまで食事と酒を用意してくれた。
これには反感を持っていたミズチといえど、こうまでしてくれるならば、やはり白蛇様に従おうと、改まる。
突如降臨した蛇族の半神、ミズチの浅はかな思惑などお見通しで当然なのだと、懸命なミズチもそう断ずる。
実際の白蛇はというと、やっぱり考えなしとは、思い浮かばないものである。
「アッハッハ! 皆楽しめ! 俺達は皆兄弟だっ!」
白蛇も上機嫌に笑う。
ネレイド族は皆拳を挙げ、白蛇を讃える。
ミズチもまた、白蛇に捧げる歌を奏でる。
白蛇の意識せずして、湖の勢力はあっという間に平定してしまった。
これは幸運なのか必然なのか。
ただ白蛇リュウイチには、皆笑顔で協力しあえるなら、それが平和で良い。
ただそう満足気に頷くのであった。




