第48話 バルボの優しさ
星聖祭に振舞う鶏料理の為に必要なフレイムコーチンの狩猟を行っていくバルボたち。
時刻はもうすぐ夕刻、バルボは森のいたる所に仕掛けた罠の確認を行っていた。
仕掛けた罠は何れも原始的だが、よく出来ている。
木と枝だけで作られたトラバサミは、いくつか獲物を捕まえていた。
だが、やはりというかセブンターキーはかかっていない。
「むむぅ、やっぱり難しいだな」
「バルボ殿よ、しかたあるまい。元々高望みではあった」
「なに、十分な数のフレイムコーチンも確保出来た。明日も狩猟すれば数は足りるであろうよ」
それぞれフレイムコーチンを狩っていったゴブリンたちは皆絞めたフレイムコーチンを腰からぶら下げている。
バルボもここまで二○羽を狩っている。
個人ではMVPは間違いなくバルボであろう、しかしやはり狩人としては連携の取れたゴブリン族の方が上だと思える。
つくづく自分の時代は終わったのだろう。
「さぁ暗くなる前に街へと戻ろう」
「………」
狩りの成果も上々、ゴブリンたちは帰る準備をする。
しかしバルボだけが無言、ゴブリンは訝しんだ。
少々寡黙ではあるが、基本誠実で、ゴブリンと言えど無視する魔物ではない筈だが。
「いったいどうしたのだバルボ殿――」
その時、ガサガサと茂みが揺れだす。
ゴブリンたちは即座に警戒する、暗がりから現れたのは、漆黒のような毛皮をした大型の猫のような魔物、【ブラッドタイガー】だ。
「ブ、ブラッドタイガーだと!?」
「ガオオオオン!」
ブラッドタイガーの最大の特徴は口から伸びる巨大な犬歯。
まるで片刃の剣、しかもその犬歯は血のように赤いのだ。
ゴブリンたちは皆武器を構えるが、顔面を蒼白にして戦慄いた。
ブラッドタイガーは幾度もゴブリンの開拓村に壊滅的損害を与えられたのだ。
ましてブラッドタイガーはゴブリンを捕食する、ゴブリンたちの潜在的恐怖は瞬く間に伝播してしまう。
「うわぁ! 来るな、こっちに来るなぁ!」
「動いちゃ駄目だ! ブラッドタイガーを刺激するな!」
ブラッドタイガーは気が立っている、原因は飢えか、それとも縄張りでも荒らされたか。
本来なら数もそれほど多くなく、それほど遭遇率も高くはない。
バルボは経験的に対処法を知っている、ブラッドタイガーは相手の状況をよく観察する魔物だ。
相手が怯えたり、怒っていると牙を剥き出しにして咆哮するのだ。
だが全く動かず、悠然と構える魔物にはブラッドタイガーはおとなしい。
「いいか、落ち着け……ブラッドタイガーから目を離さず、ゆっくりと後退するだ」
「う、うぅ……!」
バルボたちはゆっくりブラッドタイガーから距離を離す。
ブラッドタイガーは唸り声を上げ、警戒した。
ゴブリンたちは恐怖で震えが止まらない、大森林は往々にしてこうやって、ゴブリンを殺めてきたのだ。
パキッ、あるゴブリンが足元に落ちていた小枝を踏み潰す。
それだけで神経を張り詰めたゴブリンたちは恐慌状態に陥った。
「うわぁ! 来るなぁ!」
鉄の短剣を振り回し、もう滅茶苦茶だ。
バルボはなんとかなだめる方法を探るが、それよりも早くブラッドタイガーが飛びかかった。
「皆後ろにっ!」
「ガアアア!」
バルボはすかさずブラッドタイガーの前に出る。
ブラッドタイガーは真っ赤な牙を剥き出しにバルボに襲い掛かった。
「あぁバルボ殿ーっ!」
ゴブリンたちの悲鳴、バルボが殺られた。
だが、バルボは筋肉を膨張させ、ブラッドタイガーの口を両手で全力で閉じさせない。
「ふ、フンヌゥゥゥ!」
「な、なんとブラッドタイガーと膂力勝負を!?」
ブラッドタイガーは牙を食い込ませようと、顎に力を入れる。
しかしバルボの膂力がそれを阻止した。
【強靭肉体】のスキルによって、この強力な肉食獣とも対等に勝負出来るのだ。
だがしかし、ブラッドタイガーは直ぐに戦い方を切り替え、今度は強靭な前爪でバルボの肉を裂こうと試みる。
バルボは瞬時に身をよじる、しかし僅かに間に合わない。
ブラッドタイガーから身体を離すと、その頬に一筋の赤い血を滴らせていた。
「お、おおおバルボ殿」
「……クッ、皆オラはいい、一目散に街へ逃げろ!」
バルボは携行用の手斧を右手に持つ。
ここでブラッドタイガーを仕留めなければ被害は増える一方だ。
それだけは阻止しなければならない。
「ど、どうする? わ、我々も応戦するべきでは?」
「馬鹿を言うな! ブラッドタイガーは強力だぞ!」
ビクン、とゴブリンたちは震える。
バルボは鉄の意志を持って、彼らを守ろうと奮起する。
願わくばブラッドタイガーには退いてほしい、だが叶わぬだろう。
「来るならこい……だ」
バルボは手斧を構える。
真正面から来るなら、頭をかち割ってやる。
「グルルル……!」
「ぁ、あ」
動けない、ブラッドタイガーも、ゴブリンも。
膠着がしばし続いた時、ブラッドタイガーは意を決して飛び出した。
だが同時、バルボたちの頭上に光が射した。
あるゴブリンが祈るように顔を上げる、そこには光の翼を広げる白蛇が一行を優しい灯りで照らしていた。
「ストップストーップ! 戦闘止め!」
バルボは呆然とする。
白蛇は割って入るようにブラッドタイガーを制止する。
ブラッドタイガーは恐れ慄き、白蛇の前で平伏した。
猫神の加護により、猫族は白蛇には服従なのだ。
「なにがあったか知らないけれど、彼らは俺の大切な仲間なんだ、だからどうか退いてくれないか?」
「ニャ、ニャオオン!」
ブラッドタイガーは速やかに森の奥へと消えていった。
白蛇リュウイチはホッと息を吐くとバルボに振り返る。
「ごめん! 遅くなった!」
光の翼を合わせて「ごめんなさい」すると、ゴブリンたちは膝から崩れ落ち、瞳から大粒の涙を流す。
「ああっ白蛇さま、我らの神よ、白蛇さまの優しさ、私はもう一生奉じましょう!」
「偉大なる白蛇よ、百代先までもその偉大さを伝えましょう!」
ゴブリンたちは皆大仰に感謝した。
白蛇は大袈裟な対応に割れた舌を出しながら苦笑いだった。
「えーと、バルボ、怪我は……ちょっとしているな」
バルボの頬に切り傷が刻まれている。
バルボは大きな腕で拭うと言った。
「こんくらいなら問題はないだ」
「魔物の治癒能力の範囲内だろうけど、怪我は怪我なんだ、本当にすまない」
「リュウイチ様は頭を下げるべきじゃねぇ、それに狩人は危険と隣り合わせだ」
バルボは強い、まさにリュウイチの尊敬できる益荒男だ。
この優しく勇ましき男に怪我を負わせたのは、やっぱり負い目になる。
「さっ、リュウイチ様も一緒に帰るだ」
「ああ、そういやそっちの狩りはどうだ?」
「フレイムコーチンならこの通り」
絞めた赤い鶏の首を持ち上げると、自慢気に微笑む。
白蛇はおおっと驚いた。
流石狩人か、ゴブリンたちでさえ同じ時間で狩れた数は白蛇よりも上だ。
「皆凄いなー」
「リュウイチ様はどうだったか?」
見たところ白蛇は獲物を携えてはいない。
しかし白蛇は「ンッフッフ」と怪しく笑う。
「それは街にたどり着いてからのお楽しみだっ」




