第45話 エルフの国のお遊戯会とは?
魔物街郊外に広がる農園。
様々な品種が育てられ、それらは小作人たちによって刈り入れされている。
ここまでシステム化した張本人ハイエルフのフレイアは、農業試験場にいた。
「うーん……」
フレイアの前には、赤い大粒の苺が実っていた。
彼女は苺に触れると、それだけで品質を正確に理解した。
彼女の持つ【植物の大知識】と【森人神の加護】が掛け合わされて結果、あらゆる植物を触れただけで分かるのだ。
「フレイア様、どうですかな?」
「大きさは合格だけど、まだ甘さがね?」
フレイアの隣に座り、優しく苺を撫でたのはコボルトのオストであった。
今やリュウイチの右腕として、魔物街の経済を一手に担う大物となった。
魔物街の大金庫などと揶揄される大物の登場にフレイアは驚く。
「て、オストじゃない、どうしてここに?」
「ははは、実は娘が苺を食べたいと言って来ましてね?」
「娘って、あぁモモちゃん?」
オスト家の末女モモは、まだ三歳の幼い子供だ。
オストに連れられ、各地を周った結果、三歳ながらグルメさんだとフレイアも聞いている。
「なんでも人族はスポンジケーキに苺を乗せるそうですよ?」
オストの言っているのは、苺のショートケーキだろう。
大層甘いらしいことは知っているが、生憎ショートケーキはオストも食べたことはない。
「あの、一粒いただいても?」
「別にいいけど」
オストは「それでは」と赤い苺を肉球のついた手でちぎり、半分齧る。
「ほぉ肉厚で甘く、酸味もありますなぁ」
「オストって結構舌が肥えているわよね」
「いやはや、フレイア様ほどには」
オストからすると、ハイエルフのフレイアは立派な文化人だ。
きっと魔物街でも有数のグルメであろう。
だが、フレイアはそれを鼻で笑う。
オストには不思議であった。
「オストにとって私はグルメってか」
「違うのでしょうか? ハイエルフといえば上流の文化人かと」
「生憎私はリンゴ農家の長女よ」
オストは驚く。エルフ族はハイエルフを首長とし、国家を建国していると聞く。
今でも西方に伝統あるエルフ族の共和国がある筈だ。
そこでハイエルフは評議会に入る為に学園に通うと聞いたが。
「ティーパーティーって言ってね、ハイエルフを一箇所に集める学園があるのよ」
「ティーパーティー、お茶会ですか?」
フレイアは更に自虐的に笑う。
「お遊戯会、所詮は張子の虎よ」
「……随分とお詳しいようですが、フレイア様もそのティーパーティーに?」
フレイアは小さく頷く。
随分と思い出したくない気持ちだった。
「エルフ共和国はね、国民に学園への編入義務があるの」
「なんと! 流石エルフ、全ての国民が教育を受けられるのですか!?」
「そりゃまぁコボルトからしたら驚愕よね」
エルフの教育制度は進んでいる。
国民全てに戸籍登録があり、義務教育が存在する。
だが、それがフレイアには気分が悪くなる理由になっていたら?
「ハイエルフはね、強制的に生徒会っていう、いわゆる幹部養成所に配属されちゃうの」
「普通のエルフは入れないのですか?」
「笑っちゃうでしょ、エルフって、ハイエルフが偉くて、エルフは普通、ハーフエルフはゴミって教えるのよ?」
ゾクリ、オストはそのエルフの価値観におぞましさを覚えてしまった。
オストはそこまで歪んだ価値観を知らない。
人族には、少なくなく他族を見下すのは知っているが、フレイアの言うエルフはなにかが違う気がする。
「その、フレイア様のご両親は?」
「言ったでしょ、農家の子供って、両親は普通のエルフよ、当たり障りもないね」
ハイエルフが尊いと言われる理由に一つに、出生の不可思議がある。
エルフの両親から突然ハイエルフが誕生したり、ハイエルフの両親から普通のエルフが誕生したり。
この性でエルフには血統主義は薄い、重要なのはハイエルフだ。
「生徒会、周りからは皮肉を込めてティーパーティーって言ってね、私はそこで書記をやっていたわ」
「書記、なるほど道理でフレイア様は物書きなど全て取得しているわけです」
フレイアは日本人でいう高等教育を受けている程度の知識を持つ。
この時代自分の名前さえ書けない者が殆どの中、数学知識まで有するフレイアがどれだけ一握りの存在か分かるものだ。
だとすると、オストには疑問が浮かぶ。
フレイアならば、そのまま共和国の議員になれたのではないか?
「エルフ共和国の議員はハイエルフで構成されるのでしたよね?」
「その通りよ、学園を卒業したら、今度は議員の教習生となるの」
「教習生、あぁ議員の活動を見て学べと、なるほど合理性がありますな」
現状魔物街には、幹部養成所のようなものはない。
乱暴に言ってしまえば、白蛇様の発言次第で人事まで決まってしまうのだ。
オストは取り立てて優秀な男ではないと自負している。
優秀なだけならオストは猪犬の家長デンケンを推す。
オストにあるのは人脈だけだと思っている。
実際はそれ以上に白蛇からオストの交渉力を買われているのだが。
「であるならば、正に栄光の路でありましょう? フレイア様ほど聡明であれば、必ずエルフ共和国の利にもなったでしょうに」
「だからこそよ」
「えっ?」
オストには想像も出来ない答えをフレイアは持つ。
何故彼女がティーパーティーを憎らしげに思うのか。
どうして彼女は魔物街に亡命を希望したのか。
「蹴落とされたのよ、生徒会からね。そこからはまぁ大変、生徒会に強制退学させられて、実家に帰る途中で盗賊に襲われて、奴隷商に買われてねー」
「馬鹿な……貴重なハイエルフをどうして?」
「おかしな空間にずっと晒されるとね、気がつくと自分までおかしくなるの、自覚症状も無くね」
はっきりフレイアはエルフ共和国が嫌いだ。
魔物街はフレイアを色眼鏡で見ないし、ずっと大好きな植物と触れていられるなんて天国だ。
エルフが最もハイエルフを神秘的で尊いと色眼鏡で見てしまったこと、それがフレイアにとって皮肉となる。
生徒会の中に生まれた権力という小さな縮図。
皮肉にもその年、生徒会で農民の出はフレイアだけであった。
表面上エルフ共和国に貴族は存在しない。
だが成金貴族とでもいうべき、エルフがエルフを見下すという、摩訶不思議な文化がある。
フレイアはハイエルフといえど農民、当然というように侮蔑された。
それでも負けん気の強いフレイアは猛勉強して、周囲を見返したという。
魔法も同年では一抜けていた、古代魔法の使い手としてなら、敵はいない。
だからこそ妬まれた、生徒会という巨大な権力が、全力でフレイアに牙を剥いたのだ。
「私の答案用紙が、不正であるとイチャモンつけられてねー」
「イチャモン? その程度で?」
「誠実を重んじるのがエルフよ。私を妬んだ誰かさんが私の答案結果が、事前にテスト内容を把握していたって虚偽を報告したのよ」
「そんなもの調査すれば直ぐに解るのでは?」
「だーかーら、私は農家の子供なの」
「まさか……ハイエルフが、貴重なハイエルフが最も妬むのは、同じハイエルフ?」
フレイアは顔を手で覆うと、面白可笑しく笑ってしまう。
そうなのだ、エルフとは見下さずにはいられない悲しい種族。
フレイアは見下して己の自尊心を満たせる便利な器であった。
その器に優劣を付けられたらどうか、まだ未熟なハイエルフにとって、最も危険な存在、それがフレイアだった。
生徒会はフレイアを強制除籍、そして退学処分まで通されてしまった。
学園が何故それを許したのか、信じられない国益の損失である筈なのに。
「やはりわからない、ハイエルフが貴重なのは事実でしょう? どうして排斥できるのか?」
「やーっぱり魔物街は居心地良いわー。ほら言ったでしょ、狂ってんのよ、国益より、権益の確保、私は農家の出だからパトロンが居なかったの、いったい誰が敵になると驚異的な女を議員に育てたい?」
「敵……? いま敵と?」
「そうでしょ、共和国って議員可決で国政を決めるんだけど、右派と左派って言われる派閥があってね、そのどっちにもウチの家庭って所属してないのよ」
オストからすれば本当に馬鹿げていると思える。
フレイアという自由票を、右派も左派も敵に周ると厄介だと思った。
何故国益の為に育てようとなれない、どうして権益を優先させる。
生きることにさえ精一杯だったコボルト族には絶対に理解できない権謀術数が存在するのだ。
「だからお遊戯会。ティーパーティーなんてね、所詮ハイエルフのガキを頭でっかちの無能議員に洗脳する組織なんだから」
「……事実は小説より奇なり、ですな」
「あらオストってば、もしかして小説読めるの?」
今度はオストの番だろうか。
この天真爛漫なハイエルフの興味は俄然オストへと向く。
フレイアは過去にはこれっぽっちも未練がない。
両親は気掛かりだけど、きっと今も元気にリンゴを育てているでしょう。
フレイアの住む村は皆リンゴ農家だ、村はユニコーンがペガサスを産んだと喜んだ。
今更帰郷するのは、色々気が重たい。
どの面下げて帰ってきたと、石を投げられるんじゃないか。
エルフとはとても難儀な種族である。




