第44話 セブンターキー養鶏計画
濃霧に包まれるセブンターキーの番。
しかし番は気付くこともなく、給水に夢中であった。
湖にはミズチという危険な魔物が棲息しているが、よほど大型でもなければセブンターキーを捕食出来る個体は少ない。
それにミズチが近づけば、セブンターキーの鋭敏な直感が直ぐに退避を促すのだ。
セブンターキーが幻と言われる所以は個体数の少なさよりも、むしろ鋭敏な気配察知能力で、中々姿を表さないからだという。
だからこそ、濃霧など気にしない……だが。
「こっちを見ろー、鶏どもー」
「コケッ?」
セブンターキーは濃霧の中、赤い眼を輝かせる小さな気配に振り返った。
いざとなればセブンターキーには強力な風魔法がある。
この個体ならば小さな竜巻を生み出すくらい容易なのだ。
「ほーら、ぷるぷるボクは悪い魔物じゃないよー」
二匹は魔法を放つ瞬間だった。
邪眼に魅了されたセブンターキーは、敵意を捨て去り、白蛇に嬉しそうに向かって行く。
「コッコケー」
「ククククク」
二匹は白蛇にメロメロにされた。
濃霧が晴れると、テティスはそれを見て呆れた。
「リュウイチ様、セブンターキーを手懐けたの?」
「あぁ、ちょっと試したいことがあってな」
リュウイチはセブンターキーの背中に乗った。
普通なら嫌がる筈だが、リュウイチの魅了に取り憑かれ、奴隷と成り果てた証であった。
「テティス、後で魔物街までおいで、おーし、セブンターキーたち、魔物街まで行くぞー!」
「コッコケー!」
白蛇を載せたセブンターキーはドタドタと走り出す。
快速で時速四〇キロも出すのだから、驚きだ。
馬力もあるし、白蛇は「ヒャッホー」と楽しそうに声を上げた。
そのまま湖を去る白蛇とセブンターキー、テティスは少し不安げに胸を押さえた。
そんなテティスに長老は優しく肩を叩く。
「テティスや、あの白蛇は恐らくとんでもないお方じゃろう、じゃがきっとお主を守ってくださる」
「……ほんとうに、また裏切られないか、私不安だわ」
元々ネレイド族は南の暖かい珊瑚礁の海に棲息していた。
そこで地元の漁師たちと協力して、永い時を生きてきた。
しかし、突然マーメイド族が人族と結託し、ネレイド族を迫害しだしたのだ。
マーメイド族の女が人族の領主と婚姻し、領主にネレイド族を追い出すようお願いしたからだ。
人族からすれば、ネレイドとマーメイドの違いなんて殆どわからないだろう。
実際は文化も習性もまるで違うというのに。
マーメイドからすれば、ネレイドはなんだか気持ち悪かったのだろう。
マーメイドの青い鱗、ネレイドの珊瑚礁のような赤い鱗は、対照的であり、元々の生息域の違いを現す。
時に協力していた筈なのに、ネレイドは為す術もなく、人族とマーメイドの迫害運動に晒され、一族は散り散りとなった。
テティスは絶対にマーメイドがやりたがらない汽水域への侵入を果たし、やがてモーアの大森林までやってきた。
最初は三千人はいた、けれどもう三百しか残っていない。
それでも長老はネレイドの存続を望んでいた。
「テティス、マーメイドが憎いか?」
「憎いに、決まっています……でも」
敵う筈がない。
実際のところネレイドとマーメイドにそれほど違いはない。
亜種であり、同じ人魚神を祖に持つ民族でしかない。
それでも人族と結託したマーメイドは恐るべき力を発揮した。
投網を……自分たちさえ危険に晒す網をネレイドに向かって投げ、水中銃を向けるのだ。
ネレイドの水魔法もマーメイドとは五分で、決定打にはならなかった。
鉄の銛は、ネレイドの魚鱗さえもいとも容易く砕き、命を奪った。
今でもマーメイドの笑い声を思い出すと、吐き気がする。
嘲笑、マーメイドの凛とした美しい声が、テティスを嘲る。
三匹狩ったぞ、俺は四匹だと、テティスは親も兄弟も、皆マーメイドに殺された。
マーメイドにとってネレイド狩りはハンティングでしかない。
どうして、人族はネレイドを守ってくれないのか。
呪っても憎んでも、誰も守ってくれない。
いっそクラーケンがマーメイドを滅ぼしてくれないか、リヴァイアサンよ、マーメイドと人族に裁きを。
そんな呪詛が虚しく水の中に散っていった。
「ならば学べ、魔物街にはきっと来たるべきマーメイドとの決戦に利するものがあろう」
「そのために泥を啜えと?」
長老は皮肉げに笑う。
白髭に覆われた口元、長老こそ最も憎悪を滾らせているのだ。
「汚泥などとうに啜っただろう? 十万のネレイドの栄光を取り戻せ、珊瑚礁を取り戻せ」
「……はい、ネレイドの為に」
世界のどこかにこんな確執が様々ある。
オークとゴブリンが争い、ある国ではエルフとオークが争う。
人族と人族が何かに理由をつけて戦争する……そんな醜い世界だ。
いつの日か、この日焚べられた憎悪という種火が、誰にも止められないほど燃え滾るかも知れない。
それは百年後か千年後か、ネレイド族の逆襲がどうなるのか。
歴史は動く、ただそれだけのこと。




