第124話 小さな勇者達と守護聖獣
アンデット軍団との戦いは膠着状態であった。
城門を守る兵士達には疲労も見て取れ、徐々にだが負傷する兵士が増えている。
だがアンデット軍団も徐々に攻勢が弱まっているようだ。
とりわけ東門前は敵の姿もなく、しばし小休止といった状況であった。
「ハァ……たく、楽にはならんな」
門の前で腰掛けるゴブリンがぼやいた。
アンデット軍団との戦いは既に三日が経過、アンデットには昼夜もなく、既に一昼夜を越え疲労は限界であった。
今は飯時だが、そのゴブリンの食い気は落ちているか。
「ご飯食べないと、身体の底から活力も沸かないよー」
ゴブリンの隣に座るのんびり顔のオークがそう言った。
人型魔物族で最も恰幅が良く大柄であるオーク族は普遍的によく食べる。
あらゆる種族で最も食を尊ぶ種族とも謂われる程であり、実際そのオークはこんな状況にも関わらずよく戦場飯を食べている。
「わかっちゃいるんだがよー、いつになったら奴ら諦めんだ?」
ゴブリンは缶詰――試作品だ――の中から熟成されたハムを取り出し齧り付く。
幸いまだ食糧事情は崩壊していないのが幸いか、缶詰食は美味である。
これで出来るなら、街で酒でも呷って宴でも始めたい気分であるが。
「一体何が目的なんだアンデット共は……?」
常識では考えられないだろう。
アンデット軍団は宣戦布告した訳でもなく、突然森に降って沸いて東方のオーガ族を追いやり、ここ西方のパイソーにまで進軍してきた。
彼らに声明もなく、ただ理不尽な戦争にゴブリンは辟易だった。
もっと明白な目的さえあれば、ゴブリンらしく勤勉にやってられるが、今回は不明瞭で、アンデットを全て駆逐するしか手立てはないのかも知れないが、それも広大な大森林では現実的ではない。
唯一分かっているのは、アンデットはパイソーに押し寄せているということ。
おそらく仲間を増やすのが目的だろうと予測される……実に奇妙なことに。
「ん……? なにか空を」
ある兵士が空を指差した。
直ぐにゴブリンも空を見上げる、だがそれでは遅かった。
巨大なドラゴン……のゾンビが城壁を無視して市街に降りてしまう。
ズドォォォン!
一瞬遅れ、カンカンカンと警報が鳴った。
兵士達は慌ただしくなる、だが!
「くそったれ空中から強襲かよ!」
現場指揮官は急ぎ城門を開けるか逡巡する。
これは陽動の可能性もあり得るからだ。
「貴様ら狼狽えるな! 街の中の仲間たちを信じて城門を死守するのだ!」
指揮官の声に辛うじて兵士達は動揺から脱した。
だがその選択が果たして正しかったのかは……彼らにも分かるものではない。
「へぇ? もっと慌ててくれると思ったのになぁ?」
聞き慣れぬ声、森の奥からフードで表情を隠した死霊使いの青年が門に迫る。
兵士達は武器を構える、だが巨大なオーガゾンビが兵士達を棍棒で薙ぎ払った!
一瞬で城門前は壊滅、死霊使いは僅かなアンデットを従え門を前にした。
「ぶち壊せ」
死霊使いに操られたオーガゾンビは、リミッターの外れた馬鹿力で頑丈な城門に棍棒を叩きつける。
街そのものが揺れるような一撃、生き残った兵士たちは慄く。
まだ勇気を持って立ち向かえるだろうか、今街の命運が決まろうとしている。
§
新市街に降り立ったドラゴンゾンビ、街の住民は半数がパイソーから脱出しているが、まだ半分が街に残っており、それは充分な脅威であった。
「うわぁ! ドラゴンだー!」
「ギャオオオーン!」
ドラゴンゾンビは《瘴気のブレス》を周囲に放った。
周囲には呪われた瘴気が漂い、住民たちは次々と気を失い倒れてゆく。
ドラゴンゾンビはそのまま街を蹂躪し破壊の限りを尽くす……――つもりだったが。
「ニャオオオン!」
上空から瘴気を輝く爪で切り裂く白い猫ベヒーモスがドラゴンゾンビの前に立ち塞がった。
「ドラゴンのゾンビニャね……こんなものまで」
ベヒーモスは警戒感を顕にし唸り声をあげる。
超重量級のビッグファイトが始まった。
「ギャオン!」
まず先制攻撃を仕掛けたのはドラゴンゾンビだ、呪われた爪が襲いかかる。
ベヒーモスは全身を鋼鉄化させ防御、爪はいとも容易く弾かれた。
「お返しニャ!」
逆にベヒーモスは光り輝く爪でドラゴンゾンビの腐った顔面を切り裂いた。
《光輝く爪》は聖なる力を帯びており、アンデット系には特攻だ!
「ギャオオオ!?」
ドラゴンゾンビは強過ぎる光に苦しむような絶叫を上げた。
体格こそベヒーモスよりも大きいが、やはり今のベヒーモスの敵ではない。
「トドメニャ!」
意気揚々と前足を振り上げる。
止めの一撃を放とうとした瞬間、ドラゴンゾンビの窪んだ眼孔の奥で何かが妖しく輝く。
それは《冥伏光線》、死の力そのものを光線として眼孔から解き放ったのだ!
不意を突かれたベヒーモスは「ギニャア!?」と悲鳴を上げ、後ろに転んでしまう。
大ダメージか、いやそれだけではない!
見ればベヒーモスの黄色い瞳に暗黒の靄が掛かっているではないか!
盲目の状態異常だ、ベヒーモスは戸惑いながらもなんとか立ち上がるが。
「っく、なんにも見えないニャア……!」
視界はもはや完全に暗転しており、夜目に強い筈のベヒーモスでさえ、なにも見通せない。
その間にもドラゴンゾンビは猛攻を仕掛けた。
爪、尾、そして体当たりが何度もベヒーモスを苦しめる。
「ニャ、こ、鋼鉄化すればこのくらい平気ニャ……!」
と強がるが、実際はそんなことない。
ドラゴンゾンビの爪はそこらの鋼鉄よりも硬く、攻撃力はベヒーモスを圧倒する程だ。
今は全身を鋼鉄化させて耐えているが、いつまでもは保たない!
こんな時どうすればいい?
助けを求めるか、この街にベヒーモスよりも強い味方なんているはずがない!
なら自力でなんとかするしかないのか、でもどうやって?
「ギャオオオン!」
「ニャー!?」
ついにドラゴンゾンビの爪がベヒーモスの胴を切り裂いた!
ベヒーモスは出血、痛みに堪えながらそれでも必死に策を練る。
適当に暴れても駄目、周囲には瘴気で倒れた市民がいて、かえって危険である。
どうにか的確にドラゴンゾンビを圧倒するしかない、でもどうやって!?
絶体絶命の中、ドラゴンゾンビは口元に瘴気を溜め込み、今必殺の一撃を放とうとしている。
堪えられるか……いや! ドラゴンゾンビの顔面に一発の《火の玉》が直撃した!
「な、なんニャ!?」
「街を守れー! 冒険者の意地を見せろお前らー!」
なんとドラゴンゾンビに一気呵成と向かったのは、街の冒険者たちであった。
人族の多くはル・ファーレへと退避した筈だが、そこにいたのは人族もハーフエルフも獣人だっていた。
皆が皆必死に街を守ろうとしている。
ベヒーモスはそんな健気な冒険者達に叫んだ。
「皆退避しろってアニキが命令した筈ニャ!」
リュウイチにとって、今回の問題に他国のニンゲンを巻き込みたくはなかった。
冒険者ギルドとて外国の組織、本来なら魔物の国だけでなんとかしなければならない。
だが冒険者たちは違っていた。
「街が駄目になるかも知れないんだ! なら俺たちに任せろ!」
「無茶ニャ! 相手はドラゴンゾンビニャよ!」
「無茶だろうが無理だろうが、ここで命を賭けねえで何が冒険者だー!」
一斉に大量の冒険者がドラゴンゾンビに群がる。
だが冒険者の装備では大したダメージも与えられず、魔法も威力不足であった。
「クッ!? 武器が腐食しやがる!」
「ギャオオオーン!」
ドラゴンゾンビの身体から出る瘴気は冒険者の装備を腐食し破壊する。
この攻防一体のバケモノがそう簡単に討ち取れる筈もないのだ。
ベヒーモスはなんとかしなくちゃと焦る。
だが焦っても焦っても、事態は悪化するだけ。
冒険者に退避を命令しても、彼等彼女等は聞き入れてくれず、懸命に戦うも、十把一絡げに吹き飛ばされてしまう。
「くっ、視界さえ取り戻せれば……」
その時、背後から優しい魔力がベヒーモスを包み込んだ。
《浄化》の魔法、ベヒーモスの治療を行ったのは、白いローブを纏った人族の少女であった。
ベヒーモスは視界を回復すると、驚いた顔で少女を見る。
「あの、これで大丈夫ですか?」
「お前……怖くないのかニャ?」
見たところ少女はまだ幼い、力も非力、魔力はそこそこといったところ。
冒険者の治癒術士といったところだろうが。
「こ、怖いです……でも」
「……感謝するニャア、お前はもう退避しろニャ」
答えはあえて聞かない事にした。
彼女は勇者だ、恐怖を克服出来る真の勇気ある者。
臆病者のベヒーモスとは違う、だからこそ【守護聖獣】として放っておけない!
「少しでいいから時間を稼いで欲しいニャ!」
ベヒーモスは全身に聖魔法の力を帯びていく。
冒険者達は声を張り上げ、邪悪なる腐死竜へと挑みかかった。
ドラゴンゾンビは鬱陶しそうに、爪で冒険者を弾き、尻尾を叩きつける。
何度やられても冒険者は立ち上がり、ドラゴンゾンビに挑んだ。
その泥臭さ、意地っ張り、なにかを成そうとする貪欲さ、そして恐怖を克服する強さをベヒーモスは称賛する。
人間讃歌――ベヒーモスにはこれっぽっちも響かなかった言葉が、今は強く沁みる。
「魔力充填完了……お前ら全員緊急退避ニャーッ!」
ベヒーモスは叫ぶと同時、光の矢となり上空へと飛び上がる。
ぶっつけ本番、ベヒーモスは更に叫んだ。
「アタシは守護聖獣ベヒーモス! お前なんか怖くないニャーッ!!!」
そのまま小さな太陽はドラゴンゾンビに向かって突撃。
冒険者は既に退避しており、彼等の土壇場での身軽さには感謝した。
「必殺! 《シャイニング・スパーク》!!」
極光たる聖なる力を圧縮し、ベヒーモスはぶつかる直前ドラゴンゾンビにそれをぶつけた。
直後光爆、真昼の太陽よりも明るい光が街を一瞬で包み込んだ。
その光の中からベヒーモスは風を切って飛び出し、ドラゴンゾンビを見る。
あの不死の身体も、この強過ぎる光の中では堪えられず崩壊しているのが見て取れた。
ドラゴンゾンビはまたたく間に分解され、蒸発してしまう。
「完全勝利ニャア!」




