第117話 アンデット軍団襲来
パイソーより北東部、岩山の連なる鉱山地帯に前線部隊が陣を築いていた。
白蛇から敵はオーガに非ずという宣言により、真の敵は不死の軍団であるという。
不死の軍団……オーガさえ逃げ出すほどの相手とは、高所から要警戒中のゴブリンは恐れ慄いた。
偉大なる白蛇様に命を捧げるのは不満じゃないが、やっぱり死にたくなんてない。
幸い、アンデットも鉱山地帯までは来ないだろう。
彼の任務は、アンデットが現れたら直ぐに後方に報告すること。
決してアンデットの侵攻を食い止めることじゃない。
「よぉ、交代だ」
マグカップを両手に持った同じ部隊に所属するゴブリンが交代を告げる。
そのままマグカップを渡すと、これ幸いと口に付けた。
アイスコーヒー、軍にはコーヒーが支給されており、彼はお茶の方が好みであったが、アイスコーヒーは良い眠気覚ましになる。
とはいえ、ゴブリンには些か多いの難点といえば難点だ。
「量がオーク基準だとなぁ」
パイソーでは軍は種族をある程度混合して運用するようになっている。
彼の部隊にはゴブリンの他にもオークやコボルトも所属していた。
このように異なる種族で部隊運用となると、支給糧食はどうしてもオーク基準となる。
彼の部隊には金毛犬種のコボルトも在席しており、どうしても体格でゴブリンは劣ってしまう。
ゴブリンは小柄だが、連携力が売り、なのだが、現実はなんとも。
「それにしてもよぉ、アンデットか? 一体どこから湧きやがったんだか」
見張り台に立つゴブリンはそう愚痴る。
その答えは誰も掴んでいない。
モーアの大森林は未だ未開拓のダンジョンも数多く、そこからアンデットが湧き出したんじゃないかって、都市伝説めいた噂まであったが。
「大森林東部はなにがあるか分からないからな」
彼は呟くように返した。
大森林はあまりに広大ゆえに、そう簡単に東部へと渡る方法はない。
事実上危険な魔物も数多い大森林では、各種族がバラバラに暮らしていた程だ。
パイソーという街はそう考えると奇跡的とさえ言える。
「つーか、大体の動きはイーリスが航空偵察しているはずだろ?」
「とは言うが、イーリスでは大森林の隅々を確認は出来ないだろう」
平野部や山間部ならいざ知らず、高空から安全に偵察出来るイーリスといえど、密林が邪魔して地上の偵察はままならない。
今も頻繁にイーリスが飛び回っているが、決定的な報告はまだない状態だ。
このままジリジリ消耗戦のように時間だけが経つのではないか、ゴブリンの彼は被害妄想めいて最悪の予感を考えてしまう。
もしアンデットが現れなかったら? それは平和だけど、ずっと緊張感を持ったまま監視を続けなければならないのは気が滅入る。
彼の士気はお世辞に高いとは言えない。
それでも部隊長に突撃を命令されたら嫌とは言えないし、軍に志願したことを今では少しだけ後悔している。
「やっぱり軍を辞めようかなぁ」
「あら、軍を辞めたら貴方どうするの?」
物資の補完と会計責任を担うコボルトは愛くるしい顔で聞いてきた。
コボルトの犬顔には未だ慣れないところがある、彼は気不味い顔で苦笑いだった。
「街で働くんですよ、軍より安全ですし」
「そうね……でも過酷さは同じじゃない?」
過酷、軍より過酷な環境なんてあるんだろうか?
彼は日々訓練に励み、職業軍人として鍛えられてきた。
その過酷さは思い出すだけでも嫌だ、これは気性の問題でもある。
訓練はなんとか耐え抜けたが、実戦となると緊張が上回るのだ。
少なくとも後一ヶ月このままなら、発狂しそうだ。
「パイソーは今競争社会でしょ、軍を辞めて社会復帰しても、競争の波は襲ってくるわよ」
「そう……かもしれませんね」
ゴブリンは性質として、頭脳職に就くものも多い。
いっそ教会に帰依するか、それはそれで大変そうだが。
なんて考えれば考えるほど悲観的になる。
駄目だ駄目だ、首を横に振るが、異常な環境に晒され続けると正常さを失ってしまうのだろう。
「……ん? おい、今なにか!」
ふと、見張り台のゴブリンが声を張り上げた。
見張り台には双眼鏡が備えてある。
ドタドタドタ、部隊長のオークが大きな足音を立てて、見張り台に入った。
途端緊張が走る、コボルトの彼女も押し黙る。
「なんだ、何を見つけた!?」
「見たことない魔物だ! あれがアンデットか!?」
部隊長は直ぐにゴブリンを退かすと、双眼鏡を覗き込んだ。
鉱山の麓に複数のアンデットが確認出来た。
「司令部に通達! 敵を捕捉した繰り返す敵を捕捉した!」
その日直様伝令が発つ。
パイソー司令部はこの報告を受け、軍を動かした。
そして全ての報告を受けたリュウイチは。
「遂にアンデットが領内に迫ってきたか……避難状況は?」
司令部では白蛇リュウイチも厳かに鎮座していた。
彼が一番気にしていたのは避難状況だ。
「一部をル・ファーレへと避難させていますが、それもまだまだです」
彼の傍には今も政務を任せるオークのファルケという男がいた。
ファルケは制服を着て、書類の束を手に抱えている。
この二年、ファルケは着々と政治に実力を示し、頭角を確かとした。
白蛇がこのパイソーの市長を任せるならこの男と思っている程だ。
「ダークエルフは? 森林の南部の集落も危険だろう?」
「ビスマルク族長が、直接指示し、避難を開始させたようです」
ダークエルフは動くに動けない老人が多数集落に取り残されている。
常々危険だと思っていたが、遂にビスマルク自身が動いたか。
「リュウイチ様っ! どうかオーガを戦列に加えて下さいませ!」
突然司令部にオーガの一団が踏み込んできた。
先頭はオウカ、その他に各家の戦える者たちが嘆願に集まっている。
「我々は誇りを踏み躙られた、このまま黙っているなど沽券に関わる!」
「……オーガの皆さんのお気持ちは充分理解出来ます、ですがこの戦いはオーガだけの物ではないよ」
リュウイチはなるべく温和にオーガたちと話す。
この異様な白蛇の威、オーガの一部はなんとなく気付き畏怖するが、それでもオーガの矜持を守りたかった。
「だとしても、奴らに奪われた地を取り戻したい!」
「……じゃあ約束して、命を投げ捨てるなよ」
少しだけ怖い顔、思わずオウカでさえ怯む魔王の側面か。
リュウイチは非常に危惧している、オーガは命を平然と投げだすのではないか、と。
少なくとも彼らが命を賭けているのは事実、出来るなら誰一人死んで欲しくない。
「ベイルゼン! オーガの志願兵だ、直ぐに数を計上して前線に配置してやれ!」
オーク軍最高司令官ベイルゼンは、それを聞くと「かっか!」と楽しそうに笑った。
戦を楽しんでいる男だ、オーガは大歓迎なのであろう。
「ワシの指揮下か? ええんのですなリュウ様」
「構わない、俺も前線に向かうから」
「かっかっか! 前線の兵士の士気も高まるでしょうな!」
白蛇は直ぐに光の翼を広げる。
そしてオウカの前まで飛ぶと。
「オウカ、絶対に生き残れ、これは命令じゃない、俺の願いだ」
リュウイチには軍の大将としての権限がある。
それでも大将としてではない、オウカにはなんとしても生きてほしい。
オウカは神妙な顔で俯くと、両手を合わせた。
「拝命いたします」
そのままリュウイチは司令部を飛び出した。
今戦端が開かれる。
過酷最悪となるであろう、防衛戦である。




