第116話 若き者らの価値観
オーガ族の受け入れを始めて半月ほど過ぎようとしていた。
だが用意された難民キャンプは早々に収容限界に達し、いざこざも起きつつある。
特に喧嘩っぱやい巨狼族とオーガ族が問題を起こしているのだという。
その日、難民キャンプの前で巨狼の集団がオーガに文句を言っていたようだ。
それぞれの責任者、オウカとバルガスが急行すると。
「おいオーガ、俺と戦えっ! テメェらに下に見られるのは我慢ならねぇんだよ!」
どうやら若い巨狼の集団がオーガに喧嘩を仕掛けたらしい。
チンピラじみているが、今問題を起こされるのは不味い。
オウカとバルガスは直ぐに仲裁に入った。
「やめろやめろ! 状況を考えろ!」
「お前達もいい加減せい! 王の顔に泥を塗る気か!?」
二人の気迫に、睨み合うオーガと巨狼は竦む。
オーガの立場は今は弱い、横暴者のレッテルを貼られれば住民感情を逆撫でするだろう。
巨狼とて同様だ、ただでさえ粗雑者も多くいる巨狼は強さへの憧れが強く、最強の種族と呼ばれるオーガが目障りなのだろう。
「族長……しかし、我らは巨狼、魔物の国にこそ忠誠を誓いますが、力への信望こそ巨狼ではありませんか!」
「黙れい! 巨狼の生き方は既に変わってきておる、時代に乗り遅れておるだけだろうが!」
巨狼の生き方、街では今、巨狼は荷馬車の牽引や、物資運搬など力仕事で活躍している。
なんと言っても二足歩行の知性体としては最大級の巨体を誇る、彼らの優れた膂力は誇れる物であり、既に新たな道を見つけた巨狼もいるのだ。
そしてそれは、オウカにも痛み入った。
今までずっとオーガの価値観で生きてきて、異なる価値観についてあまり考えたことがなかった。
白蛇に仕えるようになって、まだ半月だがパイソーには数多の価値観が根付いている。
つくづくなんて矮小なのだろうと、オウカは自分を恥じた。
オーガもまた、新たな道を見つける時なのかも知れない、オーガの文化は残して、その上で価値観を更新する必要性。
「バルガス殿、彼らは若い、今は理解されずともいずれ道を見つけましょう」
「オウカ殿……はぁぁ、いいか解散だ解散! 散れ散れぃ!」
バルガスが怒声を上げると、若い巨狼達は一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
生きている限り、魔物もその数だけいろんな考えがある。
巨狼は群れこそするが、最も強い巨狼が秩序を形成する実力社会だ。
もう既に初老を迎えているバルガスからすると、後継者には頭が痛いと言えよう。
「しかしどうして我が一族は、チンピラが多いことか」
バルガスは頭を抱え、首を横に振る。
「それはこちらこそ、オーガは頑固者も多く、粗雑とも受け取られよう」
「カッカッカ! 俺の知るオーガは、武を極めんとする求道者であったがな!」
そう言われれば、オウカも照れざるをえない。
オーガなら誰もが、武を極めんと志す。
より強く、より高みへと、オウカもまた武の頂点を目指す求道者なのだ。
「巨狼もまた、優れた武道家集団でしょう」
「ククク、まぁ我々は武具を纏うことさえ邪道と考える種族であるからな」
巨狼は体躯の大きな種族、巨狼とオーガであれば、身の丈二倍以上もの差がある。
それ故に大きな者が小さき者へ策を弄す等あってはならないという価値観が生まれた。
それが巡り巡って、己の肉体のみで闘う巨狼族の文化へと発展したのだ。
「とはいえ、その性で巨狼は馬鹿が多いのも事実だ」
族長ともなれば頭を悩ますことも多いのだろう。
オウカにはまだ実感はない、とはいえいずれバルガスと同じように悩むのか。
「オーガキングは、無事であろうか」
「む……なに、心配するな。俺は過去奴と闘ったことがあるが、なんとまぁ強き男よ。殺しても死ぬ存在ではあるまい」
二〇年も過去のこと、まだ血気盛んな若造は無謀にもオーガキングへと挑んだことがある。
その圧倒的な強さは、バルガスを完膚なきまでに叩きのめし、これこそ魔王だと畏怖させた。
強いだけなら彼のボス、リュウイチよりも上であろう。
王しての性質は大きく違うが、オーガキングもまた覇王だといえる。
オウカは少しだけ安堵する、気休めだがあの強壮なるオーガキングの一族が敗れたなどとは思えない。
きっと森に潜伏し、反抗の機会を窺っているのだろう。
「俺は……あの化け物どもに勝てるだろうか」
オウカは己の掌を見る。
今パイソーは謎のアンデット軍団を水際で止めるため、軍を展開していた。
オウカはいずれ決戦が来れば、前線に志願するつもりだ。
バルガスも同じくしている。相手が強大なほど巨狼という生き物の性はどうしようもなく高まってしまうのだ。
「なに……弱気になるなオウカ殿よ、己が強き者だと自負するならば胸を張れ」
「胸をか……ふっ」
思わず微笑してしまう。
バルガスの巨大な胸筋が張られると、オウカの倍はありそうだ。
オウカとて鍛えているが、バルガスには敵うまい。
つい、自分はバルガス殿に勝てるだろうか、考えてはならないことを考えてしまう。
(いかんいかん、私闘は御法度だぞ、自重しろ俺)
これではあの血気盛んな若い巨狼と変わらないではないか。
せめて示しを見せねばなるまい。
「さて、俺は政庁に向かう。ボスは政務中だろう、オウカ殿はどうする?」
あくまでバルガスはリュウイチの忠犬を務める。
惚れた男に一途になるのは巨狼の性だ。
オウカは「そうだな」と呟くと。
「念の為街の外を巡回しよう、なにがあるか分からないからな」
今確かに時代が動いている。
それは全てを巻き込む災禍。
一歩、一歩と無限に思えるアンデット軍団はパイソーにまで着実に迫って来ている。
オーガを壊滅させ、大森林に未曾有の戦乱を呼び込んだのはいったい誰なのか。




