第115話 夢の向かう先
パイソー周辺では白蛇リュウイチの号令の下、オーガの受け入れを開始していた。
とはいえオーガというのは独特の文化や価値観を持つ異邦人、その作業は難航している。
「我らオーガ、施しなど受けぬ! せめて誇り高い死で、先祖に悔いようぞ!」
なんて、時代錯誤なんだか、手に持った小刀で腹を切ろうとする始末。
そんな自害寸前のオーガを止めたのも、またオーガであった。
「馬鹿な真似は止めろ! それでは思考停止と変わらんと気づけ!」
オーガ族のオウカは、率先してオーガの受け入れに参加していた。
オーガの頑固さを誰よりも知っているからこそ、救える命を一人でも多く救いたい。
「オーガの繁栄には一人でも多くのオーガがいる! 家の再興をここで諦めるのか!」
「ぅ……くぅぅ、しかし他家の軍門に降るなど……」
「古来戦場にて、三杯の礼にて、他家の軍門に降り名家となった事例もあろう」
オウカは武芸に限らず、軍記や学問にも精通する俊才であった。
そのオーガは全身から汗を吹き出し、何度も考え、やがて震える手から小刀を落とした。
そしてオウカの前で恭しく土下座、それはもう後には無い覚悟である。
「……わかった、我がサザンカ家は、そちらの軍門に降ろう」
オウカは「うむ」と頷くと、男を立ち上がらせる。
この男の覚悟、しかと受け取った。
「あぁ必ずやオーガの栄光を取り戻してみせる、先ずはパイソーに来るんだ、いいな?」
サザンカ家は、オウカ家よりも小さい家柄だが、家族……取り分け子供の数が多い。
きっと一人でも多く救うため、家長としての責任を必死に果たそうとしたのだろう。
だからこそ、後ろに控える子供達に向かってオウカは笑顔を浮かべた。
「安心すると良い、もう大丈夫だぞ」
§
パイソーでは白蛇竜姿のリュウイチが忙しそうに飛び回っていた。
「旧市街の一部を開放して、オーガ族を受け入れるぞ、ここにくる避難者は飢餓状態にあることも忘れるなっ!」
オーガ族向けの難民キャンプ地は旧市街に設定されると、大忙しでキャンプ地の整備が行われる。
だが、整地作業を行うハイドワーフのレギは苦悶の表情であった。
「もしオーガ族一万人全てを受け入れるつもりなら、先ず土地が足りない」
旧市街を開放して受け入れるにしても、レギの試算ではその半分が良いところである。
無論白蛇が考えなしに行っているとは考えられないが。
「だーもう、食料あるだけ出せって、大丈夫なのかしらこれ……」
一方畑で忙しそうに小作人に指示を出すハイエルフのフレイアも不安げだ。
こっちはだだでさえダークエルフを大量に受け入れて、神経使うってのに、その上オーガときた。
幸いというか、古代魔法の掛けられたパイソーの畑は一週間で米を、三日で小麦の収穫が可能である。
フレイアを凌ぐほどの古代魔法の知識を持つダークエルフの力添えもあり、パイソーの食糧生産能力は限界寸前まで引き上げられている。
「つーか、収穫の方が面倒で仕方ないわ、明らかにキャパオーバーでしょ、こんなの」
「フレイアも大変そう」
「あらレギ大使様、そっちこそ相変わらず働かされてるわね」
「ん……問題ない、好きでやっている」
ドワーフ地底王国から派遣された扱いのレギだが、今でも心持ちは一住民のつもりである。
レギは土の魔法も得意だから尚更であろう。
「つーか、白蛇、アイツなに考えていると思う?」
「んー、多分、いっぱいどうすればもっと良くなるかーって考えているんじゃない?」
「だとしたら馬鹿ね、善意で国は回らないわよ」
「馬鹿には無理、でも大馬鹿は別」
馬鹿な王様の国は必ず滅び去る。
長命なハイエルフだからこそ、そういう愚かな顛末をいくらでも知っている。
だがレギは大馬鹿なら違うという。
エルフにはない、ドワーフだからこその論法、その意味とは?
「白蛇は孤独な王様じゃない、今もレギやフレイアが力を貸している……違う?」
「……つまりアイツは神話に出てくる偉大にして無力な神王リューホーか」
現存するエルフの誰一人さえ実在を知らぬ神話の王。
リューホーは、特別な才もなく、ただ人柄とカリスマによって、偉大なる国を築いたという。
リュウイチはリューホーなのか、ハイエルフの慧眼を以てしてもあの白蛇からは読み取れない。
「まっ、でも馬鹿の方が可愛いわよね、いざとなれば簡単に傀儡にしちゃえるし」
「……エルフのそういう腹黒さ、信じられない」
レギは心底軽蔑した視線を送ると、フレイアは「おほほ」と誤魔化すようの笑う。
流石にエルフジョークが効きすぎたらしいと、内心反省したようだ。
「んー、兎に角急がないと、オーガがいっぱい来たら大変」
「オーガ……エルフの国では人食い鬼って伝えられる凶暴な種族、か」
エルフの国にはオーガはいないが、そう伝えられるほど、過去エルフはオーガとなんらか敵対したのだろう。
一方ドワーフにとってオーガとは?
「オーガは強靭の象徴、ドワーフと同じ、身長だけは羨ましい」
プッとフレイアは吹いてしまった。
つまりドワーフは膂力ならオーガに負けないけど、身長差だけは勝てない、と。
「アンタハイドワーフなのに、ちっちゃいものねー」
なんてからかうと、レギは両手を振り上げて猛抗議。
「これからレギは成長期! ファ姉みたいにおっきくなるんだからーっ!」
通常ドワーフの平均身長は140センチメートル程度だが、ハイドワーフのレギン王は身長187センチメートル、同じくハイドワーフのファは身長175センチメートルと、ドワーフとしても小柄なレギを圧倒している。
ドワーフ共通の悩みといえば身長というのはあるあるネタなのだろう。
「はいはい、にしても本当のオーガは意外と礼儀正しいなんて、世の中分かんないわねー」
「……オークだってそう、エルフはオークと敵対しているでしょ」
その通り、エルフの国は常にオークの侵略に怯えている。
共和国軍は何度もオークの根絶を目指しているが、永久に成功せず、オークはエルフの国を脅かし続けるのだ。
フレイアが最初オークを見て、錯乱していた様を思い出せば、あれがエルフのオークアレルギーなのだ。
最も流石に二年もオークと共に暮らし、常識がアップデートされれば、オークへの差別意識などどっかに行ってしまったが。
というよりもエルフの国の選民思想とか差別風習が、オークを勝手に天敵に変えただけなんじゃないか。
オークに怯えるエルフを形作ったのはきっと、根底にエルフ自身の文化があるのだろう。
「あーぁ、むしろオークがエルフの国を地図から消し去ればいいのに」
なんて他のエルフには絶体聞かせられない言葉、レギ相手だから言える……が。
偶然近くで収穫の手伝いをしていたダークエルフの女性は、顔を真っ青にして。
「は、ハイエルフ様が共和国の滅びを望んでいる……な、なんて恐ろしい……」
「……ぁ、やべ」
「はぁぁ……フレイア、迂闊すぎ」
ダークエルフでも祖国の滅びなど望んでいないのに、神にも等しいハイエルフがそれを望むなど、きっと天地がひっくり返る思いだろう。
事実そのダークエルフ女性は、そのまま卒倒してしまう。
慌ててフレイアは看護に向かうが、つくづく口は災いの元、今日は運も悪そうだ。
良いオーガ、悪いオーガ、ダークエルフは悪で、ハイエルフは神、どこかで誰かがそんな勝手なレッテルを貼り続けている。
実態を知ることさえなく、ただ誤解がどこまでも広がる。
リュウイチは、だからこそ偏見のない世界を目指してどこまでも突き進もうとしている。
あの大馬鹿の夢、フレイアもレギも乗ってしまった。
兎に角出来ることをやるしかない。
パイソーは今、総動員で事態の対処に務めている。




