第114話 リュウイチの演説
オウカ等の意志を受け取り、真なる脅威を認識する白蛇リュウイチ。
彼は関係各所に連絡を取りながら、住民への報告を急務とした。
パイソーの住民はまだオーガの真実を知らされておらず、非常に危険な状況にある。
それはオーガにも、そしてパイソーの住民にも――だから。
パイソー中央政務庁舎前広場には、演説台と、白蛇の緊急会見の様子を見守る住民たちで会場は埋め尽くされている。
一部報道目的としたイーリス族の記者は上空や、近隣建物から白蛇を注視している。
今オーガ族の大移動は一国だけの問題ではなくなってきている。
ル・ファーレ国際都市まで飛び火するのではないか、モリブデンは大丈夫か。
国際情勢が徐々に悪化する兆しの中、白蛇は拡声器に向かって。
「えー皆さんにご報告があります」
特殊調整された拡声器からの声は、ここ中央政務庁舎前以外にも、新市街、旧市街双方に中継されていた。
ドワーフ王国から齎された【音響石】という新技術。
それは音を集積するという特徴を持ち、特殊な魔力の波動を流し込むと、溜め込んだ音を放出する事が出来る。
この蓄音機のような性質を利用して、放送システムとしてダークエルフ等の協力もあり、白蛇の声はパイソー全体にまで届けられた。
そしてそれは外にも向けられており、パイソーの外にいるある者達も今聞いていたのだ。
「オーガ族の突然の西進、不安などもあるでしょうが、オーガ族そのものに侵略的意図はありません」
侵略ではない、あの偉大なる白き翼の守り神の言葉は、困惑として受け取られた。
特にコボルト族には、苦い顔をする者も多い。
彼らは隊商を組んで森を行き来する都合、オーガ族の襲撃で直接被害を被っているのだ。
幸い死者はないものの、商品は略奪され、半殺しにあった同胞もいる。
不満は他にも、人族の大半はオーガを嫌悪していたし、ゴブリン族も渋い顔が目立つ。
白蛇はある程度想定済みの反応に、まぁそうだよなぁと。
王として住民を従わせるなら多少厳しいやり方もいるかも知れない。
だが王ではない、あくまで民を導くことこそ、守り神の役割だと思う。
「諸君、勘違いしないでほしいが、俺だってオーガ族の蛮行を許すつもりはない、だがパイソーはこれまで何度も同じような問題に直面してきたのではないか?」
その言葉に、旧市街で結集するネレイド族は皆、感慨深そうに頷いた。
ゴブリンは神妙な顔を、ダークエルフは俯く。
パイソーの情勢は未だ不安定だ、だからこそ守り神として。
「今大森林東部で未知の魔物が出没している、オーガはその結果として、西進を余儀なくされた! 俺は魔物の国に恭順するオーガは受け入れる! どうかオーガ達よ、そして俺の愛する国民よ! 今一度俺の為に力を貸してくれ! さすれば必ずや大森林の秩序を守ると約束しよう!」
これはリュウイチが、地上を見守る神として、考えて、必死に頭を巡らせて、ようやく出た言葉だった。
どうすれば住民を纏められるか、まるでミックスボウルように多彩な種族の暮らすパイソーという街。
軋轢さえ乗り越えられると信じて、敵であろうと先ずは手を差し出したい。
パチ、パチパチパチ……どこからか拍手が鳴った。
ある恰幅良いオークが拍手すると、その場は一斉に拍手の音に包まれた。
「リュウイチ様ー! 俺はリュウイチ様を信じるぞー!」
「白き翼守り神よ、貴方の優しさ、どうして我々が否定出来ましょうか!」
「リュウイチ様万歳! パイソー万歳!」
白蛇は目頭が熱くなる。
誰もが、白蛇を信じると言うのだ。
義務ではない、それでも彼らは従ってくれる。
どうして……なぜこんなにも愛おしいのか。
ならば愛しき者の為にも働こう、白蛇はやるべきことを明確に捉える。
「オウカ、台に上がってくれ」
演説台の後ろ、フードを被ったオウカが控えていた。
オーガがどのように受け取られるか、分からない内はなるべく秘匿するつもりだった。
でも大丈夫そうだ、なら彼の出番である。
「……分かりました、俺も男です、覚悟はあります」
「多分、覚悟はいらないんじゃないかな? ほら登って登って」
オウカはフードを脱いで、演説台に登壇する。
その姿に気づいた住民がオウカを指差した。
赤銅色の肌、頭から生える二本の角、本物のオーガである。
「皆彼はオーガ族のオウカ! 今は俺の配下として力を貸してもらっている!」
白蛇は軽くオウカを紹介すると、マイクの前をオウカに譲る。
オウカは緊張の息を静かに吐くと、表情を引き締めた。
「サクラ家の長男、名をオウカと申す。俺はリュウイチ様に家族や仲間の命を救われた……この恩義は必ずやこの国に返そう! それでも俺を不快だと思うなら、誰でもいい、俺を殴れ!」
オウカはオーガ族全ての責任を一身に受けるつもりだ。
その心意気、しかし部下であるブロとサムには堪ったものじゃない。
オウカはリンチされても良いと言っているのだ、そんなのは部下として見ていられない。
だがそんな動揺するオーガ族を、老婆ヨシノが優しく制止する。
全てオウカが決めたこと、オウカと、そして白蛇を信じてあげようじゃないか。
「どうか未だ森を彷徨うオーガ族よ聞いてくれ! 安心していい、パイソーまで集え!」
それは果たして……どの程度効果があったかは定かではない。
街の外に設置されたスピーカーの声を聞くオーガもきっと居るはずだ。
オーガは敵じゃない、新の敵……それは。
§
大森林東部に、かつてオーガキングの住んでいた宮殿があった。
今やオーガキングの宮殿は夜空を煌々と輝かすように燃えている。
オーガ最大の拠点は今や血で穢され、オーガの死体が無数に散乱し、その上をスケルトンの魔物が歩く。
スケルトン、ゾンビ、異形のアンデット達がオーガの国を燃やし尽くした。
最強とも言われるオーガといえど、不死身の軍団の圧倒的な暴力には敵わなかった。
その様子を、とあるイーリスが上空から観察していた。
「なんてこった……一体どこから湧いてきたんだ、あのアンデット達は……!」
アンデット達は生ある者を徹底的に襲い、そればかりが住処さえ破壊し尽くす。
まるで焦土、不死の軍団は次々と西進している。
かつて危険な魔の森を、まるで死臭のする腐海に変えようとしているのか。
「こ、この情報は売れるぞ、直ぐに近隣に知らせなければ……!」
そのイーリスは情報屋であった。
魔物の国に帰属しない、マルファではない氏族のイーリスだったのだろう。
彼らはスキャンダルを求めている、それもショッキングでセンセーショナルな程良い。
これは最高の特ダネだった。
直ぐに記事にして、売りさばくつもり――だったのだが。
「……やれ、デスワイバーン」
「……え?」
突然、ゾンビ化したワイバーンが、イーリスを頭上から襲いかかった。
イーリスは自慢の速度で回避しようと試みるが、間に合わない。
デスワイバーンはイーリスを鋭利な爪で掴むと、ギチギチ肉を食い破る。
「があああああああ!?」
あまりの痛みに絶叫をあげた。
そのままデスワイバーンはイーリスを地面に叩きつける。
哀れ、イーリスは赤い染みとなった。
それをある人影が確認に現れた。
「……翼人か、運がなかったな」
そう言い、その男は興味も早々に失せ、その場を去る。
アンデット軍団は無言で男の後ろに列を成した。
果たして今この世界になにが起きようとしているのか。
「星の神よ……貴様らが望んだ戦争を起こしてやる、精々見ていろ」
夜空は炎で赤く染められている。
それでも七つの星が地上を照らしていた。
(これは……歴史を変動させるやもしれませんね……)
その一部始終、とある小さな蛇が藪の中から息を殺して観察していた。
ヨルムンガンドのリサナ、その分体は世界を見守り続ける。
だが、もしかすればこの世界が滅びる予兆やも知れない。
七柱の神々が千年に一度始める神前試合、遂に始まってしまった。
世界の歴史転換点、神々は地上の勢力図が大きく塗り替わるであろう、この大イベントの注目している。
当事者の雷神や翼神、部外者だが猫神や蛇神も、誰が勝つか賭けあう始末。
その危機は着々と、パイソーにまで迫っている。




