第113話 未知なる災い
治療院を出た後――怪我人に更に怪我を増やして、医者に白蛇がこっ酷く怒られ――オウカは裏通りを通っていく。
白蛇はなるべく人の目を気にしつつ、暗がりにある曰く付きそうな建物に入った。
オウカは白蛇を信じ、店内に入ると、そこは洒落た酒場であった。
随分と見つけにくい店だが、白蛇は構わず店主に話しかける。
「揃っている?」
「地下に」
ゴブリンの店主は無表情に地下へと繋がる階段を示した。
直ぐにオウカに振り返ると「ついてこい」と促す。
否が応でも緊張する場面だ、本当に白蛇を信じて大丈夫なのか。
だがしかしここで白蛇が裏切るだろうか?
分からない、神か仏のような魔物ではあるが。
「どうしたんだオウカ? 突然立ち止まって」
「白蛇様……俺の家族は無事なんですよね?」
「当たり前だろう、一応信頼出来る部下も置いてんだから」
信じる……しかないか。
白蛇は器用に地下への階段を降りていく。
オウカは一度周囲を見渡した。
店主はオウカを見ようともしない。
店内で酒や軽食を楽しんでいる客も同様だ。
オウカは一瞬、ここに居る全員が、暗殺者なのではないか恐れた。
それほど不気味に映ったのだ。
「おーい、早くしろー」
「あっ、すみません今行きます!」
オウカが階段を降りていくと、ある客が大きく息を吐いた。
「ハァァァ、あれがオーガ、初めて見たぜ」
「リュウ様に客の振りしてろって言われたが、何考えているのか」
「まぁ不要な客を地下に入れなければ任務は完了だ、気楽にいこうや」
オウカの思惑とは少し異なるが、白蛇はすでにある程度手配済みであった。
まだオーガ族が街にいることは、一般公開されていないが、白蛇はこの後街の住民に向けて公開演説を控えている。
ともかく、今はオウカを地下へと連れていくこと、白蛇は重たい金属製の扉を開くと、オウカを中へと促した。
中は明るく、倉庫のようだがそこに見慣れたオーガたちがいた。
「オウカ様、目覚めたのですね!」
オウカの部下、緑鎧を着ていたブロは今は武装解除し、人族用の衣服を着ていた。
特に問題無かったようで、オウカも安心した。
冷静沈着、青鎧のサムも同様で、腕組みしオウカの万全な姿に頷く。
彼等の後ろには、特別身体の大きなオーガがいた。
部隊の最後方を任せていたソメイは見た目に反しておおらかに笑っている。
「オウカ様も、チエリ様も無事で良かっただ」
ソメイの言葉にサムも納得する。
ブロは現状を熱く語った。
「お舘様の無事も確認出来ない中、サクラ家を纏めるのはオウカ様以外ありえないでしょう!」
「こらお前ら、まだヨシノお祖母様が健在だろうが」
そこへ腰を傷めた老婆が肩を揺らす。
サクラ家で最も高齢なヨシノ婆だ。
「ワタシャもう隠居済みよ、家のことはオウカとチエリに任せるね……」
かつては鬼神とさえ言われたヨシノ婆も、愛する夫が天へと還り、息子夫婦を見守り、今は孫を優しく見守った。
その姿、白蛇はオークのシャーマン、マハーラと重なる。
マハーラは二年前、老衰で亡くなった。
元々オークとして最高齢で、人間でいえば百歳のお婆ちゃんだった。
危急を知らされた白蛇は文字通り飛んでマハーラの住むあばら屋に向かったが、マハーラはただリュウイチに微笑み、そして亡くなってしまった。
いつだって老人が先逝くのは定めだが、リュウイチはここに心を決めたのだ。
「オウカ、お婆ちゃんは大切にしろよ」
「え? あ……勿論大切にしますよ!」
いなくなるなんてあっという間、魔物といえど老いには勝てない。
だからこそ師匠のリッチクイーンは不死を望んだのだし、うつろう者は大切にしなければ。
「さてと、チエリちゃんだけこの場にはいないが、パイソーとオーガの為の話をしようか!」
リュウイチは改めて赤肌の一団を見る。
オウカも含め、一人千人なんても言われる、最強の種族。
二足歩行種でオーガに敵う種族はいない、そう恐れられた種族だ。
けれどリュウイチは知る、彼等オーガも同様に知的種族の一つなのだと。
オウカは白蛇に振り返ると、丁寧に会釈し、現状の説明をした。
「まずオーガは種族として戦争は行っていません」
「信じていいんだな?」
「天地神明に誓って! 我々サクラ家が領地を放って西部まで逃げて来たのは、森の外から災いがやってきたのです」
災い、大男のソメイも身震いするほどか。
白蛇は軍議の場で諜報して得た情報を話すユズを思い出す。
――確認定かではありませんが、オーガ居留地にて未確認の魔物も見られたそうですわ。
イーリス族の空中偵察で報告された、未確認の魔物、それが災い、と。
「どんな魔物だ? いや魔物だよな?」
「奴らはこれといって統一されてはいません、ただ共通しているのは」
「俺の剣技で切り裂いても死なねぇ、魔法でバラバラにされても動きやがる!」
今も思い出してブロは恐怖に手が震えていた。
オウカも同様でその時のことを苦渋を噛み締めた。
「まるで不死の軍団、ゾンビにスケルトン、奴らは無敵の軍団でした」
さしも膂力に優れたオーガといえど、死なない相手には打つ手はなかった。
不死者、不死の女王……リッチクイーン……。
「……なぁ一応質問するけど、闇を纏っていて血色の悪い女性はいなかったか、なんか金ピカの冠で目元を隠してさ」
白蛇は冷や汗を垂らしながら、リッチクイーンの特徴を簡潔に説明する。
あの馬鹿師匠はすでに巨狼とダークエルフをけしかけて来たのだ。
今更次は不死の軍団大進撃、なんて言ってきても普通に信じられる。
それくらいリッチクイーンは圧倒的な力を持ち、倫理観の外れたことをしだす突拍子の無さがあるのだ。
師匠の性格は兄弟子のベヒーモスも諦めているほど。
ベヒーモス曰く、タダのコミュ障とか。
「いやそんな特徴的な魔物は……ぁ」
オウカは記憶の中に丁度合致する存在を思い出した。
それはパイソーを目前とした頃、突然河の場所や、白蛇についてアドバイスされたな。
「会いましたね、一応助けられましたが」
その言葉に、一気に白蛇は不貞腐れた。
師匠への疑惑が膨らみ、心証がどん底まで落ちていく。
「これ絶対師匠じゃん、どうすんだよー」
果たして本当に黒幕はまたもやリッチクイーンなのか?
リッチクイーンの居場所は分からない、彼女がなにを考えているのか。
だが着々と森を死の気配が包み込もうとしていた。
大狂乱で今も這々に逃げるオーガ族たち。
その数推定で一万、もし巻き込むにしちゃ規模が跳ね上がり過ぎている。
リッチクイーンなら、もっと段階を踏んでくるんじゃないかと、そう思うが果たして?




