第112話 死生観
白蛇と睨み合うオウカ、オウカは既に死を予感している。
オウカと違う家族か集落かが、白蛇の統率する街や仲間を傷つけている。
恐らくオーガは歓迎されない、それどころか石を投げられてもおかしくないだろう。
ならばケジメがいる、オウカは自ら首を差し出す事で許しを請うた。後は煮るなり焼くなり自由だ。
後はこの……白蛇を信じるしかない。
「オウカ、お前がお守りたいものはなんだ? 言ってみろ」
「家族と仲間だ」
「……合格、と言ってやりたいが、不合格だな」
オウカは目を細める。
腰に抱きつくチエリは不安そうに両者を見比べた。
「何故……と聞きたいだろうが簡単だ、お前にケジメして、残された家族はどうなる?」
「なっ……まさか家族も!?」
「お前の命なんて、紙切れ一枚にも劣るってんだ、だから教えてやる、命を粗末にするなぁ!!」
白蛇は大きく後ろに力を貯めると、オウカに頭突きとして解き放つ。
オウカは目眩がし、たたらを踏んだ。
額から血が滴る、チエリは怯えて泣き出してしまった。
「チエリちゃん、お兄ちゃんをゴメンな、でもこのお兄ちゃんには、ちょーっとお説教が必要なの」
「ヒグッ、お説教?」
「そう、チエリちゃんはお外でお友達と遊んでくるといい」
チエリは額を手で押さえる兄を見た。
兄の目は怯えた兎のようだ、白蛇は決して悪者じゃないけれど。
「チエリ、行け……俺も言うことがある」
「……う、うん! 遊んでくる!」
チエリは早足で病室を出ていく。
最後までニコニコ笑顔で白蛇は見送り、改めてオウカを見た。
「オウカ、パイソーとその住民に危害を加えないと誓約書に書けば俺はオーガであろうと受け入れる。でも死にたがりは迷惑だ、お前の気概は買う、けれど家族と仲間をお前が見捨てんな!」
「俺が……見捨てた、だと? 言わせておけば! 俺はオーガだ、命など惜しくない、死しても名を残す、それがオーガだ!」
死生観の相違、オウカは死を恐れていない。
だからこそオウカは知らないといけない、残された者の哀しみを。
「なら俺がお前を殺したとして、あのチエリちゃんのような子供にまで恨みを継承させるのか?」
「なに……?」
「お前達オーガの死生観、それも文化の一つだろう、文化は否定できない。けれど死者は名にどんな価値がある? 残された者の重石になるのか?」
パイソーには異なる価値観、異なる文化が混在し、混ざり合っている。
オークの生き方、ゴブリンの生き方、コボルトの、ネレイドの、イーリスの、ドワーフやエルフ、ダークエルフ、巨狼に人族と。
価値観のぶつかり合いなんて幾らでもあった、未だに巨狼を受け入れきれない住民だっている。
ダークエルフだって、ハイエルフに崇拝と恐怖が混在している。
ネレイドは自分たちを最も下層の民族と思っているし、人族は魔物と完全に同じ距離にはいない。
皆時に妥協し、困った時こそ力を合わせてきた。
だからこそ提案したい。
「オウカ、俺の配下になれ、そしたら俺がお前の家族も仲間も守ってやる」
オウカは震えた、ここまでの二三年間、オーガの文化の中でだけ生きて、異なる価値観なんて知らなかった。
武芸を磨き、一族で一番のオーガとなるため研鑽する毎日。
十年前愛する弟を流行り病で失った時、オウカは泣いてしまった。
父親と母親は、弟を父祖たる鬼神に捧げ、弟は英霊として祭り上げられた。
祖父からは、オーガは死んでも名が残る、名が忘れられた時にオーガは死ぬと教えられた。
それから死への価値観は変わり、死を誉れと思うに至った。
「三千大千世界を渡り父祖や亡くなった弟も、いつか輪廻転生の時がくると教わった、死は始まりの筈だ」
「仏教? いやまさか……ともかく、誰かが死ねば誰かが悲しむ、その悲しみを嗤うな」
「俺が嗤った? ハハハ……そんな、まさか」
オウカは顔を手で覆い蹲る。
オーガは強い、オーガこそ最強の種族だ、その誇りさえ、今は霧散しようとしていた。
彼には今は酷かも知れないが、理解してほしい。
「もう一度言うぞ、俺の下にこい、オーガを悪意に変えるな」
オウカは自身の鍛えられた傷だらけの手を見た。
ずっと剣を握り、研鑽に励み続けたその証、今はあまりにも惨めで仕方がない。
「っ、俺こそ……お願いしますっ! どうか配下に加えてください!」
白蛇は優しく光の翼をオウカの真っ赤な頭に置いた。
オウカは目を丸くする、白蛇は無言で頭を撫でる。
不思議だ、両親にもされた経験がないのに、どこか心が温かくなる。
白蛇に畏怖以外にも、こんな父性があったのか。
「あぁ、オウカ、俺が必ず皆守ってやるから」
オーガとはまるで違う、なのに白蛇が優しく神々しく思えた。
神や仏とは、こういう存在なのだろうか?
産まれながらにして修羅として生きる事を宿命付けられたオウカに、仏の慈悲がもたらされたのか。
彼はただ泣いた、男泣きだった。
どんな痛みにも屈しなかった男の産まれて三度目の涙。
一つ目は赤ん坊の頃、二つ目は幼い弟を流行り病で失った頃、そして三つ目は今。
「先ずは事態の収拾だな」




