第111話 オーガの願い
鬼人、狩猟した魔物の毛皮や鱗を被る赤肌の男たちは、酷く渇いた顔で森を進軍していた。
恐らく部隊長、赤い鱗鎧のオーガは汗を拭いながら、意識を朦朧とさせていた。
「ぐ……全員、付いてきて、いるか?」
赤鎧のオーガは背後の様子を確認する。
後ろには緑鎧、青鎧のオーガが行軍に付き従っていた。
更にその後方には幼い子供に、腰の曲がった老人までいる始末。
「な、なんとか、脱落者は、おりません」
緑鎧のオーガは冷静に答える。
念の為最後尾には一番体躯の良いオーガも配置されている。
しかし……彼等の進軍を一番苦しめていたのは、圧倒的渇きだった。
その年オーガの住む東部は酷い酷暑にやられ、各地の水源が枯渇する事態になった。
それだけなら、水源を求めて住む場所を変えれば良い。
大抵の難事はオーガなら解決出来る。
だがオーガの居留地にそれ以上の問題が起きた。
彼、長男オウカは家族を連れて危険な東部への移転に挑んでいた。
その果てが、魔物に喰われるでもなく、脱水症状でくたばるとは、夢にも思わなかったろう。
「ククク……オーガよ、そのままでは死だけが待つぞ」
奇妙な女の声。
オウカの前に闇が浮かぶ、彼の部下は反りの入った刀を構えた。
「な、なにものだ……我らオーガと知って現れたか!」
オウカは全身から気を放ち、構える。
ククク……闇の中にはアンデットめいた魔女が笑っていた。
「家族や友を死に巻き込みたくなければ、このまま真っ直ぐ進め、そこに河がある。そしてパイソーという街がな」
「……? 何故教える?」
「面白くないからだ……いいか、そこにいる白蛇とは争うな、いいな?」
言うだけ言った魔女はその場から消え去った。
失伝した転移魔法、オウカには当然理解できず、まるで泡のように消えたように見えたろう。
「オウカ様、いかが致します? 多分に怪しい魔女でしたが」
「同感です、怪しげな妖術まで用いるなど」
二人の部下は警戒感を顕わにしているが、現実として彼等の窮状は凄まじい。
水や食料は子供や老人に優先し、戦えるオウカらは飢えと渇きに狂いそうな状態なのだ。
「賭けるしかない、進むぞ!」
オウカは唇を噛んで歩む。
唇は乾き、赤い血が流れ落ちた。
赤い血、そうニンゲンと変わらない血が流れている。
オウカは意識を朦朧とさせながら兎に角歩みを止めない。
やがて彼の成端な鼻が水の臭いを感じた。
「み、水だ……水だっ!」
緑鎧のオーガは、河に向かって走り出す。
青鎧のオーガは制止するが、オウカはもう限界寸前。
「はぁ、はぁ!」
流れの早い河に顔を突っ込もうとした刹那、水面から巨大な大鰐があぎとを広げ、オーガに襲いかかる。
緑鎧は退避が間に合わない。
如何に強靭なオーガといえど、水上ではアリゲーターに敵う筈もなく、そのままでは無惨に《デスロール》という技で食い千切られるだろう。
もはや悲鳴さえ上げる間もない、だが彼は幸運だった。
突如水面から飛び出す人魚たちが、銛を構え、アリゲーターに投げ放ったのだ。
アリゲーターは銛で串刺しにされ、緑鎧は間一髪後ろに退けた。
人魚はアリゲーターを引き摺ると、対岸に卸し、その後オウカ達を睨みつけた。
「ワシはネレイドのディケオス、偉大なる白き翼の守り神に仕える者だ。勇猛果敢と喩えられるオーガよ、この河の先へと渡ることはまかりならんぞ!」
壮健なディケオスというネレイド、オウカはフラフラになりながら、彼の前に向かう。
「水……水だけでも、俺たちは、軍じゃ、ない」
そのままオウカは前のめりに倒れた。
その後オウカが目を覚ました時には――。
§
オウカが目を覚ました時、最初に見たのは真っ白い天井だった。
気がつくと随分肌触りの良い羽毛布団に包まれており、意味が分からなかった。
吹き抜け窓を視線を向けると、更に信じられない光景が広がっているではないか。
「なんだこれは……街、だというのか?」
「目覚めたな」
オウカは咄嗟に背後に振り返る。
白衣を纏った老齢のオークが、オウカを見つめていた。
いつから居た? いやいつの間にオウカはこんな場所に?
「ここはパイソーの小さな治療院だよ、大病院だと騒ぎになるからな」
「パイソー……だと?」
あの怪しげな魔女が言っていた街だ。
まさか本当に森にこんな大きな街があるのか?
「ディケオス殿に感謝しておくのだな、お主らを穏便にパイソーにまで避難させたのだから」
「ど、どういうことだ? 俺は途中で倒れて」
「医者から言わせると、無理しすぎだな、体調はどうかな?」
医者はゆっくりオウカに近寄ると、彼の赤肌に触れる。
気がつくと服も着替えさせられており、サラサラとした木綿の入院服であった。
鎧も武器も見当たらない。
「鎧はどうした?」
「念の為没収させてもらっておる、ふむ意識は問題なし、念の為数日通院をオススメするよ」
医者はそう言うと部屋を出ていく。
オウカは戸惑うしかなかった、やがてゆっくり起き上がると先ず窓辺に向かう。
「……二階、か、降りられなくはないな」
どうする、まだ自分がどうなったのか分からない。
彼は家族も連れていた、その家族の行方も分からないのでは、動きようもない状況だ。
オウカは一先ず情報収集を優先する。やや入り組んだ治療院二階からでも子供の声が聞こえていた。
それは恐るべきことに、オークやゴブリン、コボルトや、果ては人族まで混じった子供たちの遊ぶ姿だ。
彼等は鬼ごっこという遊びをしていた、無論オーガの事ではないが。
白蛇が広めた日本の昔ながらの遊びは、子供たちの間で瞬く間に広がっていた。
「……信じられん、あれだけ特徴も異なる多種族が同じように遊ぶなど」
「そんなに不思議? 子供なんて先入観なく過ごせるものだよ」
オウカはもう一度驚く、目の前に奇妙な白蛇ば浮かんでいたのだ。
その白蛇は光の翼を広げていた。
「な、なんだこの魔物!?」
「魔物って君も魔物でしょ、えーとオウカ君、桜族のオウカ君ね」
「な、何故俺の氏族を知っている!?」
「なんでってそりゃあ」
「お兄ちゃん! オウカお兄ちゃん!」
背後、病室に駆け込んできたのは年の離れた妹のチエリだった。
チエリはオウカに抱きつくと、甘えるように顔を埋めた。
白蛇はそんなチエリを示して。
「その子に教えて貰ったよ、詳しい話は大体把握している」
「まさかアンタが白き翼の守り神って奴か?」
白蛇はニンマリ、ちょっと照れくさそう。
あのディケオスの主がこの怪しげな白蛇か。
魔女は白蛇と争うなと言っていた。
「俺と同行した者たちは?」
「全員保護している、けど気を付けてくれよ、こっちはオーガの大移動の性で滅茶苦茶なんだ」
保護と聞くと安心するが、同時に申し訳なく思う。
オーガは今、種族として生存を賭けて大移動をしていた。
民族大移動は反発もあり、各地のオーガが問題を起こしているのだ。
オウカはなるべく穏健に進んだが、その性で酷い目にあった。
「すみません、どうかこんな我らですが御慈悲を……」
オウカはどんな目にあってもいい。
けれど妹や祖母、ここまで付いてきてくれた部下たちを守ってやりたい。
そんな益荒男を白蛇は赤い瞳で睨みつける。
とうに忘れた日本男児、嫌いになれる訳がない。




