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第110話 オーガの行進

 モーアの大森林、パンデア大陸を分断するほど巨大な大森林。

 ここまで巨大だと地域差は大きく、パイソー周辺は温暖、北部ル・ファーレは寒冷、ダークエルフも住んでいた南部は亜熱帯。

 そして大森林東部、暗黒竜の封印された大樹に阻まれるように東部と西部は交わらない。

 パイソーよりもやや湿度が高い温暖湿潤気候に属する東部には、西部には見られない独自の生態系が築かれている。

 この東部で最も力を持つのは鬼人(オーガ)という種族だ。

 オークやゴブリンのように言語を用い、独自の文化を持つ東部一の文明種族、更にオーガはオークよりも逞しく、勇ましいと言われる。

 一方排他的で、ゴブリンは彼等を蛮族と言い切るほど。

 しかし実際には封建的ではあるが、決して排他的ではない。

 東部より先、サバンナを越えて砂漠からやってくる東方商人はほんの一部だが、オーガと交流を持ち、貴重な大森林の恵みと交換しているという。

 本来なら決して西部とは交わらない運命、千年もの間、その存在は知っていても、オークもゴブリンでさえ不可侵であったオーガが、突如大挙とし西部へと侵攻を開始した。


 オーガの不穏な動き、それは直ぐにパイソーにも察知されるが、その処理はただ防備を固める……それだけだった。




 「そもそもオーガってのは、千年東部から動かなかった種族なんだろ!?」


 軍司令部、白蛇リュウイチは悲鳴めいて声を上げる。

 緊急事態として集められた司令部には、軍略に経験のあるオーク、ゴブリン、コボルト、そして巨狼とダークエルフも加わっている。


 「しかし考えらません……オーガでさえ踏み込まない大樹周辺にまで侵攻しているようなのです」


 そう答えたのは、オーク軍最高司令官ベイルゼンであった。

 パイソー周辺の治安維持を担ってきたベイルゼンは無論大樹周辺まで網は掛けていた。

 とはいえ常識的に考えて、あの天然の難所を突破する理由が分からない。


 「ダークエルフの旧居留地は!? まだ老人が残っているだろう!」

 「心配なされるなリュウイチ殿、もとよりダークエルフは覚悟の上」


 今戦場の最前線に晒されていると思われる街に合流していないダークエルフたち、族長ビスマルクは拳から血を滴らせてこの事態を受け止めていた。


 兎に角異常事態、オーガは宣戦布告もせず、大森林を四方八方に侵攻、多数の被害が出ている。


 「誰かオーガに詳しい奴は!?」


 白蛇はオーガをよく知らない、それに恭しく手を上げたのは巨狼族族長バルガスであった。


 「我が王(ボス)、俺はオーガと直接やりあった事もありやす、奴らは単体なら俺ら巨狼で充分渡り合える、だがオーガキング、奴は別格だ。マジモンの魔王って奴だ」


 巨狼がオーガと既に交戦していたのは、それだけで驚きだが、オーガが如何に強大かは推し量れる。

 単体で巨狼と戦えたのはオーク族のバルボのみ、対応するだけならゴブリンの聖女アイでも可能だろうが。


 「オーガキング、オーガの上位個体?」


 そう質問したのはアイだった。

 本来なら軍に直接関わる人物ではないが、彼女は今回の騒動に何か直感があるらしく、軍議の場に現れたのだ。


 「そう思ってもいい、もうかなり高齢の筈だが、俺でも勝てる気はしねぇ」


 あのバルガスが勝てない、という程の個体。

 アイは細い顎に指を触れると、俯(うつむ)き思案する。

 そして彼女が口にしたのは。


 「定石なら大将首さえ取れば黙るわよね」


 星の神々に日々祈りを捧げる聖女様とは思えない外連味のある言葉だ。

 白蛇はただ飽きれるが、一方でその言動をカッカと喜んだのはバルガスだ。


 「ですがオーガキング、一体どこに布陣しているのでしょう?」


 ゴブリン族の軍司令官もアイについて行き暴れたい所存であるが、肝心の大将の居場所は分からない。

 そもそもオーガの動きは非常に散発的で予測がつかないところがある。

 何故予測不能なのか?


 「そもそもさー、東部つってもそりゃーもう遠い訳でしょ? オーガの兵站どうなってんの?」


 それはパイソーからオーガの居留地までの距離は三〇〇キロメートルも離れているのだ。

 同じモーアの大森林といえど、水も土も空気でさえ異なる。

 それを現代的な軍隊ならいざ知らず、どうやって戦線を大森林全体まで拡げているのか。


 「恐らくその場次第略奪しているのでしょうけれど」


 アイはオーガの戦略に呆れたように首を横に振った。

 実際オーガは単体で最強の種族だからこそ、手当り次第襲って喰らうのだろうが。


 「オーガの正確な数は分かる?」


 軍議には一切(いっさい)口を出さないイーリス族の女性ユズは無言で挙手。

 彼女は既にある程度の諜報を終えていた。


 「数にして大凡一万程度かと」

 「多いな……けど、それじゃ戦線を賄えるのか?」

 「上空からの偵察によると、オーガ軍には女や年端も行かない子供も混じっていたと」

 「はい……ど、どういうこと?」


 ユズは部下達にオーガの居留地まで飛んでもらい確認してもらったところ、居留地はもぬけの殻だったようだ。


 「白蛇様には無料で提供致しますが、確認定かではありませんのでそこはご了承を。オーガ居留地にて未確認の魔物も見られたそうですわ」


 情報は価値だ。無論戦線の最新情報は、周辺各国には有料で通達している。

 北方の連合やドワーフ王国などは、飛び火するのではないかと警戒している状態だ。

 ここにネレイドがいれば、南方にまで飛び火すれば良いのにと、呪怨を呟くだろうが。


 「うーん、不自然だな」

 「不自然であろうと既に行商するコボルトに被害が出ています、一刻も早く対処しなければ」


 ベイルゼンは逞しい腕を組んで、状況の悪化を危惧する。

 オーガは家族単位で行動する、大体四~五匹が徒党を組んでいるのだ。

 もしかして……白蛇はオーガたちの目的が分かったかも知れない。


 「アイツら居留地を放棄して、こっちに居留地を移すつもりか?」


 そのまさか、なんの皮肉か運命か、今大森林は動乱に包まれていく。

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