第109話 とある少年の冒険譚 結
「ほい、少年の取り分」
胡椒の実の採取依頼を達成した白蛇一行、無事日が暮れる前に冒険者ギルドまで帰って来られた。
ラインと白蛇は受付で依頼の達成を報告、それと突発的に遭遇したワイバーンの亡骸を渡した。
中々見ない大物に、パイソーのギルドでも、解体職人が歓声を上げていたのが、トスカには新鮮であった。
ワイバーンは肉も美味しく、鱗や骨は鎧の材料になる。
そうやってトスカ少年に手渡されたのは金貨十枚であった。
「……え?」
当然トスカ少年は報酬に目を疑った。
胡椒の実の収穫の報酬は銀貨三枚、これでも破格の報酬である。
無論危険度に合わせた報酬であるが、問題はそれがなんで金貨十枚になったのか。
「ワイバーンの引き取り価格、結構レア物だからなー」
「そう、なんですか?」
白蛇は「うむり」と頷く。
大森林は危険度の高い魔物が多く、その利用価値も同様に高い。
二年前の雷龍なんて、ル・ファーレ国際都市の建設資金を賄うほどだったからな。
「俺は別に冒険者じゃないから取り分はいらないし、ラインもいいってさ」
というわけで、ワイバーン分の取り分は全部少年に渡った訳だ。
恐るべしアメリカンドリームならぬ魔物の国の夢か。
とはいえ、少年は初めて触るキラッキラの金貨に顔を青くしてしまった。
「あの、う、受け取れません! そもそもワイバーンになにも出来なかったですし……」
「まぁそれ言ったら、俺も特になにかしてませんけどね」
「じゃあ俺の取り分ってことで、将来有望なトスカ少年に」
結局、白蛇に金の意味はさほどない。
ラインからしても、それを白蛇が望むなら、自分如きが口を出せる筈ないという訳だ。
それでも納得いっていないトスカに、白蛇は。
「それじゃさ、ステーキでも奢ってもらおうか、トスカ少年打ち上げ行くぞーっ!」
「え? あ……は、はいっ!」
「まさかそれって俺もっすか?」
「当然! ラインも付き合え!」
正直ギルドの管理業務はまだ終わっていないのだが、すっかりギルドマスターが板に付いたラインは、頭を掻くと苦笑しながら白蛇に付いていった。
「皆悪い、帰ったら必ず仕事するから!」
ギルド職員からすれば、なにもライン一人が休んでも仕事は回るものだ。
あの白蛇様がラインを連れて行くならば、受付嬢にも笑顔を浮かべよう。
そのまま三人は夕焼けの中、新市街へと向かう。
「つか、ステーキって、アテはあるんですか?」
普段白蛇といえば、オークの大食堂を利用していたはず。
貨幣に疎いオークの為の食堂であったが、二年もありオークにも徐々に貨幣経済が浸透してきて、昔ながらの大衆食堂に変化していたが、今回白蛇が向かうのは。
「ふっふっふ、君たち人族も瞠目させてやるぜ」
トスカとラインは頭に?を浮かべる。
パイソーの飯は美味いが、これほど白蛇が悪い顔する店とはいったい。
そんな白蛇が案内したのは、小さいながら煙突から白い煙をもうもうと吐き出す店だった。
「オクマル焼肉店?」
「三名入るよー!」
「いらっしゃっせー! あっ、リュウ様じゃねぇーですか!」
凄まじい熱気と白煙の舞う店、ねじり鉢巻を頭に巻いたオークはリュウイチが入店すると笑顔で出迎えた。
「オメェらリュウ様だ! 奥に案内して差し上げろ!」
店内には小柄なコボルトも働いており、パグ種のコボルトはエプロンを付けて一行に会釈した。
「VIP席へと案内します、どうぞこちらへ」
「……あの、リュウイチさんって何者?」
案内されながらそんな疑問を口にしたトスカに、店内は騒然。
まぁそうなるよなと、ラインは頭を抱える。
「いいか人族の少年! このお方は我らの白き翼の守り神にして、魔物の国を統べる魔王様なのだぞ!」
店主のオークは血管が浮かぶほど興奮し、リュウイチについて熱弁する。
店内でもそーだそーだと、リュウイチを讃える声が木霊した。
この中一番恥ずかしいのは勿論リュウイチである。
「だから俺は王を名乗った覚えはないってのに」
「あっ、思い出したル・ファーレのお土産屋で売ってた」
お土産屋? ようやくトスカはあの駅馬車で同伴した商人が持っていた半人半蛇の偶像を思い出した。
白き翼の守り神リュウイチ、変な名前だなとは思ったけれど、まさかこの白蛇がそうだなんて。
「売られていた半人半蛇の偶像と違う……」
「ていうかなんだよ、俺の偶像が売られているの? そんな報告来てないし……」
都合ル・ファーレの統治者はリュウイチとされているが、実態は異なる。
ル・ファーレは多数の民族の合議によって執政を決める議会制を敷いている。
つまりリュウイチがいなくても、ある程度ル・ファーレの執政は問題ないのだ。
重要な議決に限り、リュウイチに通達されるが、それ以外はほぼ放任なので……。
「こりゃル・ファーレも本格的に調査しないとなー」
何にせよリュウイチは忙しいものだ。
偶像の発売とか、正に寝耳に水、許可を与えた覚えもないのに。
その点ではトスカには申し訳ないことをした。
「可愛いリュウイチちゃんですよー、是非覚えておいてねー」
なんて恍けるが、こんな強烈な魔物、トスカはもう二度と忘れられないだろう。
パイソーではずっと驚きっぱなしだったが、一番とんでもないのは紛れもなくリュウイチだ。
まさか魔王と一緒に冒険するなんて夢にも思わなかった。
これは良い土産話になるだろうか……いや、そもそも信じられまいか。
「リュウイチ様、こちらの席へどうぞ」
やがて一行は個室へと通される。
そこは煙もなく、部屋の中央に机と一体化した鉄板がある。
トスカは見たことない机に目を丸くした。
調理器具の一種みたいだが。
「それでは鉄板に火を入れさせて貰います、鉄板には直接触れないでくださいませ」
店員は机の下に屈み込むとバルブを回す、すると鉄板の下に均等に敷設された炎の魔石が触媒と反応し、鉄板を熱していく。
トスカは白蛇に促されるまま、座席に着いた。
「ご注文の方はもうお決まりでしょうか?」
「三人分、一番良いステーキ肉を!」
白蛇は即決で注文すると、店員は笑顔で立ち上がりキッチンの方へと向かった。
トスカは改めてまじまじ店内を見渡す。
熱気と白煙で凄いことになっているが、不思議と個室はそこまで暑くない。
何故なのか、天井まで見上げると、ある奇妙な装置に気が付いた。
「あの、天井にある網戸みたいなのって」
「吸気口だね、白煙を吸って煙突から出すの、煙突内部には空気を汚染する微粒子をなるべく除染する為に何重もフィルターを張っているのさ」
まるで専門家のように説明する白蛇に、トスカどころかラインまで「へー」と関心した。
それもそう、なにせこの店の基本設計はリュウイチが監修しているのだ。
日本の焼肉店をイメージし、ドワーフ衆に設計から工事まで任せ完成した個人店風焼肉店、それがオクマル焼肉店である。
「エアコンも拘ったのよねー、ユズと何度も話し合ってさー」
エアコン、部屋の隅に白い横長の箱がそれだろう。
仕切りのない飲食スペースでは大きな換気扇が回っている程度だが、個室は涼しい風さえ流れているほどだ。
改めて特別料金取られるんじゃないかってほどのVIP席である。
「パイソーって結構暑いから、冷風機ってマジ助かるっすよねー」
モリブデンに比べやや平均気温の高いパイソーは、ラインには中々酷暑であったろう。
変温動物である白蛇には丁度良いのだが、人族には冷風機はとても喜ばれた。
なんならモリブデン公爵にも、ありがたいことにエアコンを購入していただいた程だ。
工事もパイソーの職人が受け持ち、僅か数時間の工事には大層驚かれたそう。
今は話題も活気もルー・ファーレに持っていかれているが、リュウイチにとってはやはりパイソーこそ故郷なのだろう。
街を愛せる、その想いは誰よりも強いのだから。
やがて大きな赤身肉を持ったオークの店長がやってきた。
トスカは姿勢を正し喉を鳴らす。
「お待たせしやした、この店最高級、秘蔵の黒猛牛のサーロインになります」
「おーっ」
パチパチパチ、リュウイチは光の翼で拍手、トスカは「あれって手……なのかな?」と疑問に思う。
大森林で狩猟されたブラックバイソンの最高級サーロインステーキは店主自らが、目の前で焼いてくれる。
熱された鉄板の上でジュウジュウ音を立てて香ばしい臭いが部屋中に立ち込める。
途中、ステーキに蓋をすると、火加減を落としステーキは蒸し焼きされた。
完成まであと少し、思わずトスカの腹が鳴ってしまう。
「これで完成です。味付けは岩塩、黒胡椒、オクマル店特製ステーキソースでいただいてくだせぇ」
最後に店主はステーキを切り分けると、それぞれに配していく。
トスカは目を輝かせ、思わず何も味付けせず、ステーキを口に運ぶ。
「〜〜〜!」
熱い、けれどそれ以上に肉汁たっぷりで旨味が溢れてきた。
こんなに美味しいものがあったなんて、今天国が見えた気がした。
「ガチ美味ぇ、やっぱり白蛇様の紹介する飯屋は外れ無しっすねー」
「だろ? この店は薄切りカルビとかも鉄板なのよ、店主! 白ご飯も人数分!」
店主は「あいよ!」と活気良く返事すると、店内へと戻った。
お腹ペコペコだったトスカは早くも半分ほど食べ切りそうだが。
「よく食べるねぇ少年、いい食いっぷりだ」
トスカの食べっぷりに、白蛇もニコニコ笑顔だ。
だが明らかに高額なステーキにがっつき過ぎたと思ったのか、トスカは申し訳ないと。
「うぐ……ご、ごめんなさい……」
「なに謝っているんだい! おじさんになるとねー若い子が一杯食べている姿を見れたら、それでもう幸せなのよ」
「あー爺さんが、なんでもかんでも食えって勧めるアレっすねー」
白蛇は人間だった頃よりも、むしろ今は健啖家であるが、それと同時に若い子供たちが愛おしい。
すっかり心地はおじさん化しているのだ。
「リュウイチ様、白ご飯をお持ちしました」
コボルトの店員は丁寧に頭を下げ、黒い茶碗に乗ったほかほか白ご飯を配していく。
見たことない穀(?)にトスカが固まった。
「なんですこれ……小麦……じゃない?」
「これは俺が血と涙を流して必死に探したイネ科植物からフレイアと共同でジャポニカ米に匹敵するお米を開発した、いわばパイソーのソウルフード!」
白蛇は万感の思いで解説、ラインは器用に箸を使い米をかっ食らう。
「二年も味わえば、意外と慣れるんですよねー、まぁ俺はパンのほうが好きだけど」
「ラインオメー、子供が出来たら絶対お米好きにしてやるからな!」
「へーへー、そもそもそんな良い相手そうそう見つかりませんって」
トスカは初めて見た箸なんて当然使えないので、スプーンで白米をいただく。
初めての食感、仄かに甘いことには驚いた。
それにしてもリュウイチ様とライン、この一人と一匹はとても仲が良さそうだ。
ヒトと魔物がだ、ずっと魔物とは相容れない、それが常識だったのに。
もしかしたらトスカ自身、この方々のような屈託の無い無二の親友が、魔物だったりするのだろうか。
「トスカー、焼き肉ソース米に掛けてみ、飛ぶぜ?」
「???」
言われた通り特製ソースをアツアツのご飯にかける。
すると一口目、本当に飛ぶような味変にトスカは一瞬で魅了されるのだった。
そのまま白蛇に勧められるまま、トスカは楽しく満腹になるまで満喫。
次は日本式焼き肉で魅了してやろう、なんて白蛇は呟くのだった。




