第108話 とある少年の冒険譚 災
パイソー南門を抜けても街道は広がっている。
周囲は殆ど森、街道を一歩でも逸れれば樹海なんだとトスカ少年にも理解できただろう。
「この道はどこに繋がっているんですか?」
「ゴブリンたちの旧居留地だよ、今は開発鉱山と化しているけど」
当初大森林南部に最も多く生息していたゴブリン族も、徐々にだがパイソーやル・ファーレに住み着き、旧居留地に住むゴブリンは僅かとなった。
それでも洞窟生活を捨てられないゴブリンもおり、完全に無人という訳でもない。
「盲点だったのは、街道を巨狼族の侵攻ルートに使われたことだよなぁ」
トスカは知らないが、数日前までパイソーは戦争状態にあった。
大森林で散り散りに暮らす巨狼族をリュウイチの師匠リッチクイーンは力技で結集し、南部で隠れ潜んでいたダークエルフともども街道を堂々利用されてしまった訳だ。
「古来戦争で街道や橋っつーのは、最も利用されたもんですからね」
多少戦史に詳しいのかラインはそう返す。
白蛇はへーと関心しながら、周囲を細やかに索敵した。
「周囲に敵影無しでありますライン曹長!」
「意味分かんない小芝居止めてくれません? さっさと胡椒の実を集めますよー」
全然ボケに乗ってくれない真面目君にチェッと舌打ち。
これ以上は白蛇の格に関わるので、彼も真面目に胡椒を捜索した。
えっ? 元々こんなもの? ニンゲンもまだまだニャとは猫神の言葉。
「森に入るぞ、二人とも頭上も注意しろよ?」
「ご、ゴクリ……はい」
トスカは緊張に顔を強張らせながら、剣を握る。
その身体は震えており、あまり冒険者には見えない。
原石級などそんなものとも言えるが、ラインからすれば。
「トスカ君、緊張は適度にな、身体が動かない状態が一番不味い」
へーと白蛇はラインの的確な指導に感心する。
なんだかんだラインは中堅冒険者として功績を上げ、ギルドマスターにまで昇った男、ちゃんと先輩している。
まぁそれでも万が一は白蛇がどうにかするつもりだ。
《熱源探知》も《魔力探知》も怠らず、周囲の魔物は筒抜けだ。
やがてトスカ少年の緊張感も程々に、白蛇は胡椒の群生地帯を発見した。
「あったぞあった」
「おー、めっちゃ生えてるじゃないですか」
「あの……この胡椒って、なんなんですか?」
ん? 一人と一匹は胡椒を知らない少年に振り返った。
トスカ少年はキョトンとしており、本当に初耳らしい。
「スパイスの一種だよ、肉の保存料なんかにも使うんだ」
白蛇はなるべく優しく説明すると、器用に口で胡椒の実を採取する。
そのままラインに投げると、小袋に収穫した実がすっぽり入った。
「うぅぅ、信じられるか? この小袋一杯に胡椒を貯めると、金貨一枚になるんだぜ?」
ラインはうっとりするように、胡椒の実を眺めた。
因みに、魔物の国産の胡椒が安定流通する前までは、胡椒と金は同価値であった程である。
今では安定的に流通するようになり、価格は大きく下落したものの、依然として主要生産国は魔物の国しかないので、高止まりしている状態だ。
「おっし、これで目標達成! まだ早いけど帰るか」
「えっもう? 終わり?」
トスカ少年は呆気ないほど簡単に終わった採取依頼に茫然。
だが直ぐにラインは、そんな少年に忠告した。
「いいかトスカ君、今回は運が良かっただけだ、知識のない冒険者なら無駄に森を歩き、魔物と遭遇するリスクを引き上げる! 簡単に見えて全然簡単じゃねーんだ!」
「まっ、そこは土地勘ある俺の功績ってことでねー」
もしも土地勘の無い冒険者三人だったら、運が悪ければ半日掛けても見つからない可能性もある。
出来ればオークかゴブリンを仲間に加える方が無難なのだ。
「つーか採取品目に対するマニュアルガイドの作成もいるかーはぁ、胡椒の実を知らない冒険者とかそりゃいるよな」
森に住むある程度文明的な魔物たちならば、自然と天然の胡椒は利用してきた。
改めて現地の力を借りることは、十万冊の本よりも価値があるといえよう。
そんなある程度雰囲気も和気藹藹の中、白蛇は「少年にはたっぷり胡椒のかかったステーキを振る舞おう」なんて呟いている時、不意に頭上に気配を感じる。
「ライン、トスカ少年の傍を離れるな!」
言われた通りラインは直ぐにトスカ少年に背中を合わせる。
ただ慣れていないトスカだけが、事態をまるで理解していかなかった。
「なんすか!? 敵!?」
「熱源から……ワイバーンだ!」
「マジか! なんでこんな時に!」
数こそ多くないが、大森林全域に分布するワイバーン種、魔力探知の結果から最も下位種のワイバーンである。
だが下位種と言っても侮れる相手ではない、その飛翔速度はベヒーモスよりも速く、小回りはドラゴン種を圧倒する。
「くるっ!」
「キシャーッ!」
緑色の鱗を持つ翼竜は奇声を上げながら、トスカ少年に狙いを定めた。
一瞬、トスカとワイバーンの視線が合う、少年は未だなにも感じられていない。
ただ死が迫る、ワイバーンは大の男さえ持ち上げる筋力も備えるのだ。
万が一鉤爪に捕まれば、肉を貫き骨を砕くほど。
鋼鉄を砕ける攻撃力ではないが、トスカ少年の装備では防御は期待出来ない。
「チィ!」
だがラインはすかさずインターラプト、剣を盾にワイバーンの鉤爪をなんとか受け止める。
反動の衝撃にトスカは初めて死を実感した、これが魔物との戦いだと。
少年は震える、怖い、こんな恐ろしい魔物は初めてだと。
それでも恐怖を上回るのは興奮だった、彼は自ずと腹の中から。
「あああああああああああああっ!!!!」
戦咆、少年は白蛇も驚く咆哮を出して、ボロボロの剣を振り上げた。
ワイバーンは危険を察知して、飛び上がる、トスカ少年のファンブルだ。
「おいトスカ君、君って一体……?」
「こ、怖いです……で、でも興奮して……あぁ」
時々、冒険者には当然奇声を上げたり、無自覚な狂戦士の気質を持つ者がいる。
この大人しい少年にもまさか、狂戦士の魂が眠っているのか。
「キシャーッ!」
ワイバーンは樹上を旋回、次の攻撃を狙う。
だがワイバーンはトスカ少年に気を取られ過ぎた。
ワイバーンの背後、ケートゥの姿に変化した白蛇がワイバーンの身体を掴んだのだ。
「一気にやるぞ! 《流星落》!」
ワイバーンは藻掻く、だが今や白蛇はワイバーンの力を上回っている。
本当はもう少しラインたちの奮闘を見たかったのだが、予想外にトスカ少年が真っ向勝負しそうなので、ここで決着を付けるぞ。
地表が迫る、地面にぶつかる直前、白蛇はワイバーンを離した。
ズガァァン! ワイバーンは地面にぶつかり、小さなクレーターを生んだ。
一撃必殺、ワイバーンは舌を出して動かなくなる。
「トスカ君、もう大丈夫だ」
「はぁ、はぁ……はふぅ」
まだまだ未熟な少年、けれど少年の中には熱き血潮が流れているのだろうか。
ラインはこれまたとんでもない新人がやってきたかも知れないと、恐々してしまう。
頼むから命安しで危険な魔物に特攻仕掛けるなんて止めてほしい。
冒険者ほど命安い職業はないのだから。




