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第106話 とある少年の冒険譚 序

 少年にとって最初、世界はとても小さかった。

 どこにでもあるような村落で細々と農地を耕し、大地のお恵みに感謝する毎日。

 それが少しだけ変わったのは、村に魔物が現れた時だった。

 村の大人たちは魔物にほとほと困り果て、どうするか夜通し議論した。

 騎士団に直訴するべきか、馬鹿な、騎士がこんな小さな村を助けてくれるものか。

 ああだこうだ、結局大人たちが出した結論は、冒険者を呼ぶ事となった。

 村の蓄えは領主に搾取され殆ど干乾びたような状態では冒険者に出せるのは本当に僅か。

 本当に来てくれるだろうか、誰もが見えもしない神に祈る始末。

 

 それでも冒険者はやってきてくれた、そして村を荒らす魔物を討伐してくれた。

 なんて格好良いんだ、少年にとってその冒険者は正にヒーロー。

 村は大変冒険者に感謝し、細やかながら祭りも開いた。

 それから五年、数えて十四になる頃、少年は冒険者として村を飛び出してしまう。

 けれど冒険者というのは、とても命知らずで危険なものだとは知らなかった。

 村に保管されていたボロボロの剣に胸当て、危険な魔物と戦うにはあまりに心許ない。


 そんな少年にこの転機が訪れたのは運命だったのだろうか。

 その日少年は偶然モリブデンから来た冒険者と出逢った。

 その冒険者は身なりの良い装備をしており、依頼で少年の住む国に来たという。

 冒険者は数日掛けて依頼を熟し、少年はモリブデンの冒険者に色んなことを教えてもらった。

 魔物との戦い方、初心者はまず何に気をつけるべきか。

 冒険者としての手解きも僅かばかり受け、やがて彼が国を離れる時、彼は。


 「次は魔物の国へ向かう」


 と残していった。

 少年には意味がわからなかった、魔物はニンゲンを襲う危険な生き物だと教えられてきたからだ。

 そして実際何度も危険な魔物と遭遇してきた。

 なのに彼は魔物の国へ向かうと言ったのだ。

 それも討伐するぞ、みたいな気概じゃなく、まるで療養にでも向かうかのような顔でだ。

 俄然(がぜん)、興味が沸かない筈もなく、少年はなんとかしてモリブデン公国へと向かった。

 商業で栄えるモリブデン公国、そこで少年はさらなる衝撃を受ける。


 「パイソー産の砂糖、今ならお求め安いお値段でー」


 露天市場で、人族の群れともいう場所で、犬顔の小さなコボルトが精一杯声を上げて商売していたのだ。

 コボルトを知らない少年には信じられなかった。

 彼はコボルト商会の商人で、正式に販売権を持ち、公国で商いをしていたのだ。

 それとなく聞き込みすると、コボルト商会はここだけじゃなく、モリブデン公国内の至るところで商売しているという。

 彼等がどこから来るのか、モーアの大森林北部にある最近出来た街、ル・ファーレを知ったのは、ここからである。

 そして彼は……遂に魔物の国パイソーへと辿り着いてしまった。


 「わ……ぁ」


 カルチャーショックだった。

 危険な筈の魔物が街で生活を営んでいる。

 ゴブリンが姦しく商いし、綺麗な身なりのオークたちが談笑していた。

 少年は困惑、これほど多くの魔物を見たのは生まれて始めてだ。

 だが彼等彼女等は少年の知る魔物とは、かなり違うとも気付かされている。

 あのコボルトの女性も、ターミナルで働く巨狼も、皆ニンゲンと同じように理性を持つ。


 少年の世界はちっぽけな価値観の世界だった。

 でもこうして少年は、世界はとても広大で、そこに様々な文化があるのだと強く実感できた。

 それは掛け替えのない経験、きっとこれこそどんな巨万の富にも変えられない『冒険』なんだろう。


 「今日はまずまずだったな」

 「無事収穫クエストも終えれて良かったよー」


 少年は雰囲気の異なる二人組を目撃する。

 厳つい灰色狼の獣人に、ハーフエルフの少女。

 察するに武道家と魔法使いだろう。

 少年はゴクリと喉を鳴らすと、その冒険者の下へと向かった。


 「あ、あのっ、冒険者ギルドってどこに!?」


 ひっくり返るような奇声、その獣人グリードとハーフエルフのリテリルは振り返る。




          §




 冒険者ギルド、パイソー支部。

 全国で様々な小事に対応する為組織された互助組織、それが冒険者ギルドの成り立ちだという。

 各国は冒険者制度を統一化し、今日多くの国にギルド支部が成立と相成った訳だ。

 パイソー支部は新市街南部、旧市街との境に館を持つ。

 三階建の洋館で、見た目はモリブデン様式だが、構造は新ドワーフ式の堅牢な館である。

 一階はエントランス、清潔感を売りにして、小さいながらカフェ店も併設してある。

 二階は重要な取り引きなどが行われる応接室が主で、実際はあまり使われていないため倉庫と化しているのはナイショだ。

 そして三階、ギルドマスターの普段住まう執務室に、その日は奇妙な客が訪れていた。


 「ほんとーにすんませんでしたっ!」


 その日ギルドマスターのラインは目の前の相手に土下座していた。

 一体何故か? その相手は一見愛らしい白蛇、竜の鱗を持ち光の翼を持ったもの、即ち魔物の国の王リュウイチそのヒトである。


 「いや別に巨狼闇森人襲撃事件(前回)の件は気にしちゃいないから」

 「いやいやいや! 冒険者には街を守る義務があるのに、俺はこういう時ああもう!」

 「ライン、まだギルドマスターになって経験も足りてないんだって、気にすんな!」


 パイソーに支部を建てるに当たって当然と言おうか、誰が責任者を務めるかという問題。

 モリブデン冒険者ギルドでは揉めに揉め、まさかのラインにお鉢が回ったのだ。

 当初ラインは「いやいやいや、俺には無理ですって!」とゴネたが、ただでさえ危険な魔の森の冒険者ギルドなど行きたくないと、誰も手を挙げなかったのだ。

 結局最も魔物街を知る冒険者でかつ、位階が高いのはラインということで、なし崩し的にギルドマスター就任したわけだが。


 「や、やっぱり俺には無理なんですって……つか、実力だって全然無いし……」

 「うーん困った、別に詰問しに来た訳じゃないのに」


 その日白蛇は本当に気紛れで冒険者ギルドに訪れていた。

 その理由もライン、元気にやってるかなー、とそれくらいの軽い気分で。

 んで、受付でラインとの面会を希望すると、三階の執務室に案内されて、この様だ。

 ラインは、前回の事件の不始末を付けに来たと完全に怯えており、さっきから土下座のまま動こうとしない。

 つーか、冒険者ギルドに所属する街の防衛義務とか初耳なんですけどーという状況だ。


 「あのねライン、ああいう襲撃はこの街じゃ定期イベントみたいなもんだからさーそんなに気にするこちは……」

 「気にするわっ! やっぱり治安悪すぎるって! 挙げ句初動にミスするって……ぁぁぁ!」


 ……こりゃ駄目だ、今日のラインはネガティブラインだ。

 白蛇は諦めて窓を見た。

 執務室に採光用に設置された大きな窓、白蛇は光の翼をポンと叩くと。


 「おっし、それじゃあ今日は俺と一緒に冒険するかライン!」


 なんて無茶苦茶爽やかに、「へっ?」なんて間抜け顔を上げるラインの明日はどっちだ?

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