第105話 とある少年の冒険譚
モーアの大森林、その周辺国からは魔の森と知られる危険な世界。
だがしかしその大森林西部でとある革命が起きた。
魔物の国の樹立、その名をパイソーと呼ぶらしい。
信じられないことが、そのパイソーは今や魔物だけではなく、世界中の様々な種族が集まるようになったという。
まだ成立から二年といくつか、歴史にはあまり興味もないけど。
「本当に、馬車でパイソーに行けるの?」
二年前突如スプルア山の麓に広がる草原地帯にル・ファーレ国際商業都市が誕生した。
今やここは世界中の富が集まり、そして取引されるようになった。
けれど冒険者はこっちじゃなく、パイソーに需要がある。
ル・ファーレ南部にはターミナル駅があり、駅馬車の定期便が運行されている。
その日、西方のとある小国からパイソーの噂を聞きやってきた一人の冒険者が駅馬車に乗り込む。
粗末な胸当てに、ボロボロの剣、髪を纏めたヘッドバンド、まだ幼さが残る人族の少年であった。
幌の付いた荷台に乗り込んだ少年は、先客に目を通す。
丁度好々爺そうな人族の商人が少年に気が付いた。
「おや、もしかして冒険者さんでしょうか?」
「はい……こっちに冒険者ギルドがあるって」
信じられないだろうが、魔物の国にも冒険者ギルドがあるという。
まさか魔物の冒険者が? なんて疑うが、商人はうんうんと肯定的に頷いていた。
「私はモリブデンの商人でしてね、もうパイソーには何度も商売をさせてもらっております」
「モリブデンの人……たしか魔物の国と協力関係っていう」
「えぇえぇ、あの国を治めるリュウイチ様は公王様とも懇意だとか」
その仔細はなんとも分からないけれど、ル・ファーレには至るところに半人半蛇の偶像が売られていた。
白き翼の守り神リュウイチ、神とも魔王とも言われるが、その実態は謎だ。
丁度商人もリュウイチの偶像をお守りのように腰へぶら下げていた。
「あの、リュウイチ様って、魔物、なんですか?」
「……私も長く商売やっていますが、魔物ではあるが、とても愛らしいとかお耳にしましたなぁ」
愛らしい、イマイチ少年には想像が出来なかった。
ただ荷台の奥で静かに佇む全身毛に覆われた男がクククと笑っていた。
最初獣人族かと思ったが、よく見ると雰囲気が違う。
「貴方……もしかしてコボルト?」
「アタシか? アタシはパイソーの警備隊だよ、よくコボルトだって分かったね」
これまた驚いた。
コボルトは少年よりも二周りは大きく、筋肉も張って黒毛に覆われた黒警犬種の女性だったのだ。
コボルトが種族差の大きい種族と言うのはル・ファーレでも散々目にしたが。
「ど、どうしてお姉さんはル・ファーレに?」
「休暇と買い出しさ、アハハお姉さんか、嬉しいね!」
コボルトの女性は犬顔を綻ばせ、少年の背中をバシバシ叩いた。
商人はニコニコ笑顔でコボルト女性にも挨拶するのだった。
「コボルトということは、商会のオスト様はご存知でしょうか?」
「オスト? あぁ柴犬種の、アイツはよくやってる、人族やドワーフ族とも臆せず商売しているものな」
商人にはオストという人物は相当の大物なのだろうか。
少年に経済はまるで分からない、ただオストが魔物の国の経済を一身に担っていると聞くと、へーと感心する程度。
やはり少年が気になっているのは、パイソーの冒険者であった。
「あの、パイソーにも冒険者ギルドがあるって本当ですか?」
コボルト女性はあぁと頷いた。
本当にあるんだ、少年は少しだけ顔を赤らめた。
「白蛇様は冒険者ギルド協会の保護もしてるからなー」
今パイソーでは冒険者たちが日々、森で活動しているらしい。
やがて出発時間を迎え、馬車は出発する。
驚かされるのは、よく整備された道、更に定期的に街道を警備するオークやゴブリンの兵士たちだ。
馬車に揺られること五時間、驚くほど快適な旅路であった。
やがて少年はモリブデンで見た城塞よりも遥かに大きな白亜の巨壁を見上げ、感嘆した。
魔物の国パイソー、少年の初めての入国であった。
§
大きな門を抜け、少年は馬車から降りると周囲を見渡した。
相乗りしていた商人は別れの挨拶をして早速市場へ。
コボルトの女性は、仲間と思われる兵士たちと笑顔で抱き合い、街の中央へと向かっていた。
改めてここは異国、ル・ファーレもかなり変わった街だったけれど、このパイソーはそれ以上だ。
駅馬車のターミナル付近だけでも、オークにゴブリン、コボルト、ドワーフ……兎に角様々。
ただ茫然と立ち止まっていると。
「おいガキ邪魔だ! 道を開けろ!」
ビクリッ、少年は背筋を凍らせて後ろを振り返る。
巨大な影が少年を見下ろしていた。
巨狼族だ、少年は初めて見るその巨体にただ怯えてしまった。
「コラそのガサツな態度は治せって言っているだろう!」
少年を威圧した巨狼を咎めたのもまた巨狼であった。
咎めた方の赤茶の毛並みの巨狼は少年を見下ろすと。
「すまないねニンゲン、まだウチら巨狼族は街の生活に慣れてなくってねぇ」
「チィ族長があの方に首ったけにならなきゃ、今でも俺たちは……」
「お黙り! こうやって仕事にありつけるのもあのお方のお陰だろうが!」
よく見ると巨狼はその体躯を活かして、駅で貨物の運搬を行っているらしい。
少年は顔を真っ赤にすると、直ぐに道の端に移動した。
荷物運びする巨狼は「チッ」と舌打ちしながら荷台を引っ張った。
従来ならオーク三人がかりの作業を巨狼なら一人で熟せる、巨狼だから成せる怪力に、少年も絶句であった。
「そこのニンゲン、えーと人族……で、合ってるんだよね?」
巨狼は深い森の中で生活する種族、まだニンゲンの区別は判然としていないのだろう。
赤茶の巨狼は遠慮気味というか、少年を見定めているようだ。
「人族で、合ってます」
少年は答える。
どうも慣れていないのか赤茶の巨狼は面倒そうに頭を掻くと。
「パイソーへようこそ! 歓迎するよニンゲン!」
少年は乾いた笑いを浮かべながら、その場を離れた。
やっぱり来るんじゃなかった?
後悔してももう遅い、ここは魔物の国、今世界で一番熱い未開拓地なのだ。




