第104話 イーリスとダークエルフ
あれから数日、無事兵士たちも十分な療養を摂った後、ユズらイーリス族はキリコの経営するセブンターキー牧場に訪れていた。
相も変わらず喧しい牧場でなにが待つのか、ユズはそっと周りを見渡すと。
「こら! 暴れんなってああもう!」
聞き馴染みのない甲高い声。
ユズは声に振り返ると絶句する。
褐色肌のエルフの女性がセブンターキーを取り押さえようと悪戦苦闘していたのだ。
一瞬家畜泥棒かと疑ったが、直ぐに冷静さを取り戻す。
あんな体長一メートル超えな鶏を一人で抱えられる訳がない。
「ディオーネさん、健康チェックはもういいので……あっユズ様!」
牧舎から顔を出すイーリスの女性キリコは、ユズに気付くと笑顔で駆け寄ってきた。
ユズはなるべく笑顔でキリコを迎えると、直ぐにあのダークエルフについて質問した。
「ねぇキリコ、あの方はどうして牧場に?」
「あっディオーネさんは従業員です! ディオーネさんこっちー!」
ディオーネはイーリス族の一団を見ると、少し気不味そうに汚れた頬を腕で拭う。
キリコはオーナーだ、彼女は直ぐ言われた通りキリコ下へと向かった。
その一団の中にユズを確認しながら。
「改めて紹介します、ディオーネさんです」
「……ダークエルフのディオーネっす、虹色鶏が大好きで住み込みで働いているっす!」
本当はディオーネなりの詫びであった。
キリコには生ハムの試食をさせて貰ったのに、虹色鶏の一匹を宣戦布告の犠牲にしてしまった。
それが誰よりも申し訳なかったディオーネは、白蛇に嘆願し、牧場で働かせてもらったのだ。
「えと、ユズですわ、ディオーネさん」
「……あの時はすみませんでしたっ!」
ディオーネは律儀に頭を下げた。
それはイーリスたちも戸惑うほど。
「根っから真面目なんですよ、ディオーネさんって」
一方キリコはそんなディオーネに苦笑する。
ディオーネって、黙っているととても美人で、エルフって凄いなーって思えるのに、実際は真面目で実直、男の子なら惚れちゃいそう。
「ユズ様、どうぞ建物に、白蛇様からは事情も聞いていますんで」
「キリコ……分かりました、皆さん行きましょう」
ディオーネさんもね、キリコはウインクすると、ディオーネは直ぐについていく。
ユズはディオーネを観察した。優秀な古代魔法の使い手……なのに。
「ねぇキリコ、ダークエルフは……」
出来ればあまり聞きたいとは思わない。
今イーリス族はダークエルフと気不味い状態であった。
無理もないが、直接交戦し、こっちは犠牲者多数だ。
キリコはディオーネを、ダークエルフをどう思っているのだろうか。
ただ、それを聞く前に事務所のある建物から一人のダークエルフ少女が外を気にして出て来ていた。
たしか名前はリリアン、まだ幼い少女だ。
「あっ、キリコさん! こっち準備出来ましたー!」
「うん! ありがとねリリアンちゃん!」
言葉を逃したユズは、キリコがダークエルフと非常に親しいと気付く。
彼女は既にユズより先へと進んでいるのだ。
案外自分だけが、凝りのように気にしているだけなんじゃ。
「それでは中にお入りください」
キリコに案内され、中に通されるとそこはまるでパーティ会場であった。
長いテーブルには純白のクロスが敷かれ、壁や天井は彩られ、まるで別世界だ。
でも一番異様に感じたのは、厨房から現れた長身のダークエルフ男性であった。
ユズの記憶では族長ビスマルク、だが今は鶏のワッペンの張られた青いエプロンを纏い料理を運んでいる。
「これはようこそおいでくださいました、イーリス族の皆様」
なんだこれは? ビスマルクは料理を並べ終えると、ユズらに席に着くよう促した。
仕方なくユズは皆に指示し、着席すると、対面にダークエルフたちも着席する。
「それでは親睦会を始めます、皆さん盃を手に」
キリコはそう言うと、赤ワインの入ったワイングラスを手に持つ。
ダークエルフは一斉に、イーリスには若干戸惑いがあったが。
「乾杯っ」
全員盃を手に持つと、乾杯と放ち、それぞれは盃に口をつけた。
ユズは赤ワインを一口飲むと、その芳醇な香りに驚いた。
ワインはたしか南方の特産品だったはず、となるとモリブデン経由で入った輸入ワインかと推測するが。
「これは我がダークエルフ族が晴の日の為に熟成させました秘蔵のぶどう酒になります」
そう解説してくれたのは、偉丈夫ビスマルクである。
まさかのダークエルフ産、通りでユズでさえ味馴染みない筈である。
正確な所在する判明しないダークエルフ族の秘蔵だ、これには国宝にも劣らぬ価値があるだろう。
「どうぞ料理も、男の料理に過ぎませんが」
ビスマルクに従い、ユズはテーブルに視線を移すと、スープが目に入った。
いやスープじゃない、これはシチューだ。
これもダークエルフ特有の? いや違うこれは北方諸国の調理法じゃ。
「イーリスの皆さんには食べやすい鶏と北方野菜のホワイトシチューになります」
「美味しい……まさかこれをビスマルク様が?」
ユズは一口シチューを口に運ぶと、上品な味がした。
シチューはイーリス族にとって非常に意味がある。
寒い冬を乗り越える為、冷えた身体をシチューで温める。
この温暖なパイソーでは凍えることはないけれど、イーリス族なら嫌でも故郷を思い出す味だ。
事実何人か、シチューに感動し泣いてしまった。
ユズでさえ泣いてしまいそうになるが、それでもこの会食の意図を知りたかった。
「イーリス族にシチューとは痛み入りますが、何故でしょう?」
「……白蛇様が仰ったのですが、話をする時は、食事をしながらが一番だと」
会食の重要性、ユズなら理解は出来る。
やはりセッティングしたのは白蛇か、肝心の白蛇はいないが。
白蛇なりにイーリスとダークエルフが険悪なるのを警戒したのだろう。
そこでダークエルフにパーティの準備が命じられたのだ。
「我らダークエルフは、軋轢を越え、イーリス族の皆様とも一緒に歩めることを願います」
ビスマルクの視線は穏やかであり、そして力強い。
これが族長たるもの、思えばアイも同じ力強さがあった。
ユズにはない、ユズには狡猾さだけだ。
この男と果たして付き合えるか?
自問自答を繰り返すが、やはり悶々と鬱屈した思いもある。
だが、それを止めてみせたのは、ユズの隣に座る青年ピニーからであった。
「ユズ様、ダークエルフの誠意は見事ですね、ならばマルファの民として感謝しましょう」
誠意、ユズはイーリスたちを見た。
ユズに心酔する子飼いの親衛隊、そんな彼等はもうダークエルフを恨んでなどいなかった。
いや違う、彼等は初めからダークエルフを恨んではいない。
一方的に拗らせていたのはユズだけであったのか。
「くっウフフ……まさかね」
「ユズ様……?」
ユズは自嘲気味に肩を揺すって笑った。
ふとアイの言葉が思い出される。
――アンタ、怨みを基準にするのは止めた方が身の為よ。
全くその通りだとユズは思う。
あの時はやってしまった苛立ちや焦燥で自分らしくなかった。
けれど本来の彼女はもっと聡明で少し遠くから物事を見られる筈だ。
ならば……もう答えは確定した。
「ダークエルフの皆さん、改めまして、イーリスとダークエルフの友好を築きましょう」
ユズは朗らかに笑った。
そう、これで良いのだ。
白蛇もきっと望んでいたのは和解、ならマルファの民の将来こそユズの望みであるなら。
道化でもなんでも演じてみせましょう。
ユズのダークエルフ対する視線が変わると、彼女の部下たちも表情を柔らかくしていく。
やがて食事会は良好に進み、貴重な異文化交流の機会ともなり得た。
(族長ビスマルク……彼等は良い族長を得たわね)
けれど、利用出来るものは利用する。
ユズは既にその聡明な頭脳であらゆる打算的な計算を始めていた。




