第103話 二人の神の駒
宴が開始される頃、負傷兵が運び込まれた病院にイーリス族のユズはいた。
彼女は清潔なベッドで眠るイーリスの民を見て、ただ呆然と掌を握りこんでいる。
灯りも今はなく、窓から射す僅かな月明かりを受け、ただどうしてと、彼女は困惑を滲ませずっと自問する。
「……そこにいても今日は目覚めないわよ」
病室の入口、ゴブリンの聖女がそっとユズに声を掛けた。
ユズは死人のような顔でアイに振り返る。
「聖女、様……っ」
「全員無事、だから安心しなさい」
アイは本来病院勤務でもないにも関わらず、負傷した者の治療に走り回ってくれた。
イーリスも多くが、彼女の神聖なる治癒魔法で治療され、今は穏やかに寝息を立てている。
「正直……もっと気丈だと思っていたけれど、意外と脆いのね?」
「っ! これが私です、同胞が傷付いて平然となど!」
「その傷付けた張本人たち、今は宴の主賓ね」
アイはしゃなりしゃなりと、病室の窓辺に向かうと、夜の街を眺めた。
ユズは唇を噛む、そうあのダークエルフ共がだ。
「アンタ、怨みを基準にするのは止めた方が身の為よ」
「聖女様ったら、仰る意味が分かりませんわ」
「あら、貴方ほど聡明なら十分理解できると思ったのだけれど」
アイはユズの心に黒い物があると見抜いた。
ユズは大人で、誰より周りが見えて、余裕がある……そんな印象だったけれど。
「ユズさんって、意外と子供っぽいのね」
「っ! さっきから何なんですか図々しい! ここで始末してやりましょうか!」
ユズは感情を発露、だが対照的にアイの表情は冷めていた。
「神々の遊戯……やっぱりアンタも神の駒なの?」
ユズは口を紡ぐと、迷わず風の魔力を集めた。
ビリビリ、アイも雷の魔力を集め、全身を帯電させた。
その対応こそ答えである、アイにとっては半信半疑だったが。
「千年に一度、神々が世界を崩壊させ、新生させる神々の遊戯……正直私は興味ないけれどね」
アイにとって、目の前の転生者が、相容れない天敵だったとしてもどうでもいいことだ。
神々の遊戯? それがなに? アイにとってゴブリンの繁栄は既に約束されている。
白蛇が約束したのだ、ゴブリンにも。
だからもう神々の遊戯に真面目に勝つつもりもない。
「ユズさんはどうなの? ここでゲームを始める?」
「……ここには守るべき者がいます、止めておきましょう」
「賢明な判断、やっぱり地頭は良いわね」
二人は魔力を霧散させた。
アイはもうユズには興味もないように夜空を眺めた。
「私たちは神にはなれないわ、戦略、戦術、失敗だって山程ある」
「……だから私に怨むなと?」
「少なくとも白蛇様は哀しむわね、と言ってもそろそろ――」
その時窓から光の翼が瞬いた。
高速で何かが迫る、それは白い蛇、リュウイチであった。
「やっほー、お見舞い……だけど、あれ? アイにユズ?」
ユズは顔を真っ赤にすると、両手で覆った。
白蛇はなにかタイミングが悪かったか首を傾げるが。
「も、もう白蛇様ったら! 宴はまだ続いているのでしょう? 速くお戻りになったら!?」
「なぁーユズ、もしかして泣いてるの?」
ユズは動揺、泣いている――然り一筋の零落にユズは気付いた。
天才的超人に見えて、泣いて笑って俗っぽい、アイは呆れながら病室を出て行く。
「あっ、アイも宴来いよー!」
「それが命令なら行くけど、私は静かな場所で読みかけの本を読みたいの」
「……っ、あら? もし宜しければオススメがあれば私、調達しますが?」
ユズは咄嗟に涙を拭い、表情を決めるとビジネススマイルで伺う。
アイはガバッとユズに振り返ると至って真剣な顔で。
「冥探偵シリーズ、魔列車殺人事件下巻って手に入る!?」
さっきまで凛とした聖女様が一変した。
因みに冥探偵シリーズとは、謎のミステリー作家ゴルデンエスト・コナンの作品で、西方諸国で既に絶版になり久しいレア物である。
アイの書庫には古今東西の書物が高く積もっているが、この魔列車殺人事件下巻だけが、未だ手に入っていないのだ。
この二年、モリブデンと正式な交易を行うようになって、色んな古本が輸入されるようになった。
それでも! 絶版になり早二〇年……もう初版はおろか再販版でさえ見当たらない。
凄まじい読書欲を持つアイの鬼気迫る顔、ユズは軽く退いてしまうほどであった。
「は、ハハッ……見つけてみせますわ、マルファの名に掛けて」
「本当に、本当にお願いね! それじゃ怪我したら私を呼ぶのよー!」
そう言うとアイは上機嫌に「ルンルン♪」と鼻歌を歌いながら病院を出ていった。
なんだったんだ一体、白蛇は舌を出しながら呆れていた。
「あー、ユズ、えーとすまん」
「? なにがでしょうか?」
「助力してもらって今更だが、今回の被害、その責任は俺にある!」
なんと、白蛇は今回の事件、傷ついた一兵士にまで頭を下げるつもりなのか?
ユズは慌てて、両手を振り白蛇に待ったをかける。
「お、お待ちを! それは白蛇様がすべきではありません!」
「だが事実、今回は怪我人まで出ている、全部俺のミスだ」
「であるならば! 迂闊にも敵の戦力を把握していなかった私にも責任があります!」
傷ついたイーリスを巡って、二人の意見はぶつかり合う。
イーリス族はあくまでも客人である、であれば客人を傷付けた以上、これは国際問題だとしたのが白蛇で、イーリス族はユズの命令で動いただけ、だから責任は自身にあるとしたのがユズ。
二人はしばし折れず「あーだこーだ」とどっちが悪いか言葉をぶつけ合うが、やがて白蛇の方が笑った。
「ハハッ、ともかくさ、ちゃんと今回の功労者には褒美が出される、ここで眠っている英雄たちにも、起きたら説明してくれ」
「白蛇様……あの、ダークエルフについてなのですが」
「ん? やっぱり気不味い?」
当然真正面から見れるかと問われればユズ自身答えられない。
憎いかと問われれば憎くもある。
けれどダークエルフは本日付けで魔物の国の臣民となったのだ。
イーリス族はあくまで外様、ここでダークエルフを追い出せなど、外圧になってしまおう。
それだけは駄目だ、ユズの最終的な目標はイーリスも魔物の国に巻き込むことなのだから。
「一度さ、ダークエルフと話してほしい、場所はそうだな……牧場で!」
はい? 牧場?
その時ほどユズが間抜け顔を見せたのは、きっと生涯で唯一だったであろう。




