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第102話 戦いの後は宴

 無事停戦したその夜、新たな種族を魔物の国は迎えたことを、白蛇は宣言した。

 これは行政府の発表として扱われ、巨狼族とダークエルフ族は速やかに住民登録される事になった。

 襲撃された側から、果たして納得してもらえるのか彼等も不安だったが。

 リュウイチの宣言というのは大きかったろう。

 それは神の勅命に他ならない、これに従わぬパイソーの住民などいなかった。


 「と、いう訳で宴じゃー!」


 旧市街広場を貸し切り、白蛇は二つの新たな種族を迎える宴が開かれた。

 巨狼たちは目の前に盛られる大量の肉に興奮し、齧り付いた。

 一方ダークエルフたちは慎ましく、白パンにサラダ、そしてセブンターキーのフライドチキンが提供された。


 「巨狼って身体が大きいだけに良く食べるわねー、こりゃ料理のしがいもあるもんさっ!」


 忙しなく料理を運ぶオークの女性たちも巨狼の食べっぷりには感心していた。

 だからこそオークの魂が震え上がる。

 大食漢と言えばオーク族、巨狼にも負けない山盛りの食べ物に旨そうに齧り付く。

 一方オークにしては寡黙な男バルボは、静かにチビチビ酒を飲んでいた。

 そんな彼を囲んだのは、彼にぶっ飛ばされた巨狼たちだ。


 「バルボのアニキ、お酒を継ぎやす!」

 「ん……いや、オラには必要ねぇ」

 「ならば椅子になりましょう! さぁ!」

 「……巨狼って奇妙だなー」


 強さ尊ぶ種族だが、同時に主(あるじ)と定めた相手には一途になる種族、それが巨狼族。

 バルボは巨狼にモテモテであった。


 「うまぁい……あぁ生きてて良かったぁ」


 一番若いダークエルフの少女リリアンはそれまで食べるのにも必死で、殆ど不味い草ばっかり食べていた今までに涙するほど、美味しそうにフライドチキンを頬張った。

 フレイムコーチンでさえ、ダークエルフにはごちそうで育ち盛りには、タンパク質が求めて来るのだ。


 「ウフン、どお美味しいでしょ」

 「ふえ?」


 頭にリボンを巻いたリリアンと同じくらいの身長の柴犬種のコボルト少女がリリアンに声を掛けてきた。


 「わたくしモモと申します、貴方は?」

 「り、リリアンでっす……」

 「ワフゥ、あのねわたくし貴方とお友達になりたいの」

 「と、友達!? はわわわ……」


 幼かった二年前と比べ、社交性が身につき、商家の一人娘らしさの備わったモモは、ダークエルフに同じくらいの少女がいると聞き、直ぐに駆けつけたのだ。

 彼女は大好きな特製お子様プレートをリリアンの前に置いた。


 「あ、あのアタシコボルトってよくわかんない」

 「安心なさって、別に食べたりしませんわ」


 そう社交的に笑っても、可愛らしいが戸惑ってしまう。


 「恐らく貴方も小学生でしょう? もしかすればわたくしたち同じご学友となれるかもしれませんね」

 「学校……アタシが学校に通える?」


 エルフの国には全寮制の学園があると聞いたことがある。

 だが薄暗い大森林育ちには、夢のような世界だった。

 だが今リリアンの前に育ちの良いコボルトのお嬢様がいる。

 リリアンは無性に恥ずかしかった、自分は芋臭いダークエルフだから。


 「ふふ、よかったらこれも食べてみて」


 モモは自身のプレートから、大好きな苺を一粒、リリアンの皿に載せる。

 リリアンは上目遣いで「いいの?」と返した。


 「よいのです、これは家訓でもあるんですの」

 「家訓って……?」

 「我が家では、友は饗せとのこと、コボルトは弱小種族ですので、横のつながりを大切にしてきました」


 コボルトにはコボルトの悩みがある。

 一方ダークエルフにも、ダークエルフなりの悩みがある。

 それは極度の内弁慶、リリアンも例外ではない。


 「アタシらダークエルフは、ずっと誰とも関わらずひっそり暮らしていたから……き、きっと迷惑を掛けちゃう、から」


 苺はモモに返そう、としたがモモはそれを押し返した。

 モモはモモで強かさが育ち、苺をリリアンの小さな口に押し付ける。


 「ムグ! あ、甘ぁぁぁい!」

 「そうでしょう! わたくしこの街の苺が大好物なのです!」


 大好物と聞くとリリアンは顔を青くする。

 そんな大切なものを食べちゃうなんて、これはもう一生逆らえないやつでは?

 モモは強かに、苺を食べたんだから奴隷(おともだち)ね、と脅迫しているんじゃ、と被害妄想が広がった。


 「あ、あわわわわ……お、お願い許してください、アタシ死にたくない」

 「ワフー、許すもなにもお友達になりたいだけですのに」


 そんなワイワイを、優しく見守るのは族長ビスマルクだ。

 ビスマルクは料理に舌鼓を打ち、酒を静かに啜る。

 その作法はあのフレイアも舌を巻く程だ。


 「ビスマルクさん、もしかして貴族出身なのかしら?」

 「何故今更そのような些事を気にされる……先祖がどうだったかは知らぬが、私は私だ」


 ビスマルクの優しげだが儚い振る舞い、フレイアはそこに真の美、いうなれば本物のハイエルフを見た。

 もしかしたらビスマルクは本当に黒いハイエルフなのかもしれない。

 それほど彼には今のエルフが失った雅さが残っていたのだ。

 袂を別れて千年、本当のエルフはダークエルフにこそ残り続けたのかも知れないわね。

 それに比べれば、今のエルフはなんと浅ましいものか。

 フレイアは十分に恥じる必要を感じた。


 「よっ、ビスマルクちゃんと食べてるかい?」


 巨狼たちと挨拶がてら訪れていた白蛇が今度は、ダークエルフ側の座席へとやってきた。

 ビスマルクは優しく微笑むと、典雅に答えた。


 「さて、月桂樹の香り、水面に映る月のようではないでしょうか」

 「う……ん? フレイア説明お願い」

 「言葉遊びよ、因みに私も解読出来ないから」


 旧いエルフは、会話に詩的な言葉遊びを入れてきた。

 この文化は今でも一部に残っており、学園でも古典会話として現存している。

 とはいえそれは貴族が嗜む程度で、農民のフレイアにはさっぱりわからない。

 昔この言葉遊びで会話して、ついていけない者は侮蔑され、酷いと村八分にされたと伝え聞くが、今二人はその気分であった。


 「うーん、古代人と会話するのがこれ程難しいとは」

 「私はまだ三〇〇歳です、エルフとしては若輩ですが」

 「そういうのタチの悪いエルフジョークって言うのよ」

 「冗句ですか、すみません現代知識にはどうしても疎く」


 ダークエルフがどれだけ閉鎖的な環境で育ったか良く分かった。

 彼等は未だ古代の価値観で生きている、だから齟齬(そご)が生まれてしまう。

 決してダークエルフは浮世離れした存在ではないが、文化があまりに違っているのだ。


 「そういやビスマルクは好きな食べ物あるか?」

 「これといって好き嫌いはありませんが」

 「ならタマゴ試してみる?」


 そう言って白蛇は真っ白いタマゴを割って、ビスマルクの食べかけの白パンに落とした。

 ビスマルクは警戒するが、落とされたのは半熟タマゴであった。


 「鮮度を警戒しているのかもしれないけど、その点はクリアしているから安心だぜ」


 パイソーでは冷蔵庫の普及に伴い、卵を新鮮な状態で手に入れられる。

 卵は採れたて以外食べてはいけないと、衛生管理がしっかりしていたビスマルクは驚いた。


 「それほどこの街は発展しているのですな」

 「てか、千年前のエルフ共和国で価値観止まっているとしたら、そりゃ衝撃よね」


 ビスマルクはおずおずと半熟卵が乗った白パンに齧り付く。

 彼は一口で瞠目した、新鮮な卵とふんわりして甘い白パンの組み合わせは絶品で、固まるほどか。


 「因みに、これビスマルク風って言うんだぜ」

 「あら貴方と同じ名前じゃない」

 「……私の名前ビスマルクには、鉄の誓いという意味が込められています」

 「このビスマルク風と名付けられた方は鉄血宰相で知られてるな」


 あくまで日本人に理解る形で自動翻訳されているとリュウイチは判断しているが、ダークエルフは魔術にドイツ語を用いていたので、なにか関係があるのか気になった。

 結局はそれっぽく自動翻訳されているだけな気もするが、美男子の破顔を見れれば満足と、白蛇はその隣に向かった。


 「んぐっ! し、白蛇様なんか用ですかー?」


 たしかディオーネという少女、食い意地張っているのか、単純に空腹なのかダークエルフの誰よりも食事を摂り、それはもうハムスターのごとく頬を膨らませていた。

 それには白蛇も苦笑する。


 「別に料理は逃げないから、ゆっくり食べてもいいだぜ?」

 「うぐ……い、今まで食べれる時に食べなきゃって癖(くせ)が」


 何分貧しかった時期が長く、それだけに食い意地張ったディオーネの食欲は並ではない。

 ダークエルフそのものがなにせ質素倹約を美徳とするもんだから、食事に楽しみを見い出せた事自体稀なのだ。

 更に宴に出された食事はハイエルフを基準にして運ばれたが、それでも驚嘆するほど美味しかった。


 「うぅぅ昨日食べた虹色鶏の生ハムも超美味しかったなぁ」

 「やっぱり牧場に来てたの君らだったのか」


 んぐ……。ディオーネは顔を真っ青にし、息を止めてしまう。

 慌ててリュウイチはディオーネの背中を叩いた。


 「げほげほ、て、偵察に気づかれてた?」

 「気づくも何も、そりゃ一切素肌を晒さない集団だよ、怪しいなんてもんじゃない」


 ディオーネはぷるぷる震えたまま明後日の方を向いた。

 今更咎(とが)めるつもりもないが、目的は知りたかった。


 「本当にすみません! どうしても虹色鶏が気になって気になって!」

 「別にもういいよ、やっぱり巨狼族を手引するため?」


 ディオーネは小さく頷く、もパクリとレタスを頬張った。

 今朝セブンターキーが一匹やられていたのは、ダークエルフが偵察を担当し、あれは宣戦布告だったんだ。

 生憎(あいにく)意図が全くパイソー側に伝わらなかった訳だが、彼女はセブンターキーを一匹犠牲にしたことを、誰よりも悔いていた。


 「あんな美味しい鶏を育てたキリコさんに申し訳が立ちませんよぉ、モグモグ!」

 「食べるか喋るか、どっちかにしなって」


 白蛇は光の翼で手を振ると、笑顔で次に向かう。

 一見顔を覚えてもらうためのようにも見えるが、その本質リュウイチが見ていたのは、人となりだ。

 巨狼バルガスは男気溢れる好漢である。

 ビスマルクは寡黙で詩を愛する貴人だ。

 リリアンは幼く引っ込み思案。

 ディオーネは溌剌で食い意地が張っているが、優しさもある。

 こうやってヒトを知り、白蛇は彼等を導くのだ。

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