6. せふぃねえさまとの冒険 3
雑貨屋が持って来た荷物は、エルたちが選んだもの以外にもたくさんあった。
どうやら、予め父ヒューバートと母ソフィアが、侍女たちに手紙を言づけていたらしい。
そして、サプライズのプレゼントをたくさん用意していた──ということのようだった。
雑貨屋の二人が一つずつ、丁寧な手つきで大小様々な箱を袋から出していく。
アルマは、目録が書かれた紙を片手に、並べられた箱を確認していた。
エルとセラフィーナはソファーから立ち上がって、少しテーブルから離れた場所で成り行きを見守っている。
『子供大好きな両親だとは思っていたが、ずいぶんと甘すぎやしないか?』
(あまいの? おかーさま、なめたら、あまいの?)
カートン卿の独り言を聞き咎めて、エルはソファーに取り残されたくまのぬいぐるみを振り返る。
あくまでもカートン卿の発言は比喩だったが、彼はそちらの説明を潔く放棄して、真面目に答えた。
『いや、甘くないぞ』
はて、とエルは目を瞬かせる。
(なめたの?)
エルでさえ、ソフィアを舐めたことはない。
飴なら良いが、人間は舐めたらだめなのだ。エルはお兄さんになりつつあるから、ちゃんと知っていた。
だから、カートン卿がソフィアを舐めたのかと思って、エルはとてもびっくりする。
だが、カートン卿は生真面目に首を振った。
『舐めてない。良いか、エル坊。人間って言うのは舐めても甘くないものなんだ』
なるほど、とエルは頷く。
確かに、人間は甘くない。一度気になって、エルはカートン卿の耳を齧ってみたことがある。カートン卿には怒られたが──甘くなかった。むしろ、毛で口の中がもしゃもしゃした。
(えるも、あまくないよ。でも、ろーりーねえさま、えるのこと、あまいっていうの。へんなの)
事あるごとにエルを抱きしめるロレッタは、エルの匂いを嗅いでそんなことを言っていた。
正確には、良い匂いだとか赤ちゃんみたいな匂いとか、そういう言葉だったのだが、とても嬉しそうだったので、エルの頭には「甘い」とインプットされたのだ。
少しばかり唇を尖らせて文句を言ったエルは、改めてローテーブルの上を見た。
そこには、来たばかりの雑貨屋の二人が次々と荷物を置いている。
エルは、そわそわしていた。
どれも綺麗にラッピングされていて、中身が何なのか見当もつかない。
昨日、エルが一目惚れした人形はどの箱に入っているのか。
一等大きな箱は、一体何なのだろう。
目を輝かせて、じっくりと眺める。本当はすぐにでも片っ端から箱を開けたいが、事前に、エルは良いと言われるまで箱に手をつけないとアルマと約束をしていた。
セラフィーナも、エルほど態度には出していないが、どことなくふわふわとした表情だ。少し落ち着かない様子で、胸の前で手を握ったり腰のあたりに動かしてみたりしている。
そんなエルとセラフィーナを見て、アルマやセラフィーナの侍女はもちろん、雑貨屋の店員たちも微笑ましそうに目尻を緩めていた。
一通り荷物をテーブルに置いて、雑貨屋の二人は手を止める。
目録を片手に一つずつ確認していたアルマは、小さく口角をあげて紙を折り畳んだ。
「ありがとうございます。これで全て、間違いなく確認いたしましたわ」
「お買い上げいただきありがとうございます。ハートフォード公爵家のお子さまに遊んでいただけるとは、私たちにとってもこの上のない栄誉ですから」
如才なく答えたのは、昨日エルたちの相手をしてくれた女性の店員だった。
そして、アルマは「いえいえ」と首を振る。
「昔から、アウルムは良いものを売っていると言われて来ましたから。旦那さまと奥さまも、お坊ちゃまとお嬢さまに質の良い玩具をとお考えなのですよ」
「そう仰っていただけると光栄ですわ」
エルは目を瞬かせる。初めて耳にする単語が、アルマの言葉に出てきた。
隣に立つセラフィーナを見上げて、エルはセラフィーナのワンピースの裾を引っ張った。
「せふぃねえさま」
「あらぁ。どうしたのぉ?」
すぐに気がついて、セラフィーナは優しくエルに答えてくれる。
だから、エルはすぐに不思議に思ったことを尋ねられた。
「あうるむ?」
「ああ、雑貨屋さんのお名前よぉ。お店にもねぇ、ちゃんとお名前があるのぉ」
なるほど、とエルは真面目な顔で頷く。
名前は、人と人だったり、物を区別するために付けるものだ。
エルの名前はオスニエルで、みんなはエルと呼ぶが、その名前があるからこそエルは自分が呼ばれたと気づくことができる。カートン卿も、他のくまのぬいぐるみと似ている──らしい。エルから見れば全く違うのだが。
カートン卿という名前のお陰で、エルと違ってカートン卿と他のくまのぬいぐるみを区別できない人たちが、ちゃんとカートン卿を認識できるようになるのだ。
もっとも、アルマ曰くカートン卿はスペロ王国で最も高価なくまのぬいぐるみらしいので、他のくまのぬいぐるみと区別が付かなくなる、などということはないのだが──つまり、アルマなりの物の喩えであった。
「おみせ、あうるむ? える、おぼえたよ」
「エルくん、お利口さんねぇ」
セラフィーナは、優しくエルの頭を撫でる。姉のロレッタほどではないが、セラフィーナも十分、エルには甘かった。
そこに、これまでアルマと細々とした話をしていた雑貨屋アウルムの女性の声が響く。
「それから、こちらはお子さまたちへのプレゼントです」
「まあ、そんな、わざわざご用意くださったのですか」
女性が手にしていたのは、色とりどりの封筒だった。表には、エルはもちろん、ロレッタやセラフィーナ、フェリクスの名前が書かれてる。
長男ライオネルの分がないのは、ライオネルがすでに成人しているからだろう。
恐縮するアルマに笑みを向けて、女性はセラフィーナとエルの方に歩み寄って来る。
「こちらは普通のお手紙ではないのですよ。仕掛け絵本ならぬ、仕掛けお手紙なのです。普通の便せんやカードは平面ですが、こちらは二つ折りになっていて、開くと絵が飛び出すようになっています」
そう説明しながら、女性はセラフィーナには桃色の、エルには水色の封筒を差し出してくれた。
エルはこれ以上なく目を輝かせて元気に、セラフィーナはおずおずと受け取る。
そして、女性は残りの二通をアルマに託けた。
「もちろん、一言、二言ほど文章は書いておりますが、一番の見所は絵が飛び出すところですから。オスニエルさまには文章が少し難しいかもしれませんので、よろしければどなたか読んで差し上げてくださいませ」
「色々とお気遣いいただき大変感謝いたしますわ」
アルマがお礼を言う。
続けて、セラフィーナとエルも声を揃えた。
「あ、ありがとうございますぅ」
「ありがとごじゃましゅ!」
普段はしっかりと話せるエルだが、さすがに知らない人を前に緊張していた。思わず言葉を噛んでしまったが、自覚はない。むしろ、誇らしげに胸を張っていた。
そして、そわそわと、そっくりな姉弟二人はそれぞれの侍女を見た。開けて良い? というわけである。
アルマは楽しげに、セラフィーナの侍女は厳かに頷いた。
エルとセラフィーナは、いそいそとソファーに戻って腰掛ける。エルもセラフィーナも、ゆっくりと丁寧に封筒の糊を剥がした。
少しお姉さんなだけあってセラフィーナの封筒は綺麗に開くが、エルの封筒は破れてしまう。
エルは気にせず、中から二つ折りにされたカードを取り出した。
カードの表紙は、可愛らしい絵が描かれていた。きらきらと金の星が光る夜空の下で、くまやうさぎなどの可愛らしいタッチの動物と、小さな男の子と女の子が遊んでいる。
触ると少しでこぼこしていた。
エルがなんだろうと触っていると、横に座っていたカートン卿が言った。
『へえ、箔押しか。かなり凝ってるな』
(はくおし?)
『ああ。昔からあるんだ。教会の本とかで、よく使われていたな。挿絵写本って言ってな、金箔やら鮮やかな顔料やらで、派手に作るんだ』
(ふうん。える、みたことあるかな?)
あまり記憶になく、エルは首を傾げる。
でも、それ以上にカードに興味津々で、エルは慎重にカードを広げた。
その瞬間に、エルの顔が今日一番輝く。
「わあっ!」
思わず、声が漏れた。
ほとんど同じタイミングでカードを広げたセラフィーナも頬を薄桃色に上気させ、小さく「わあ」と漏らしている。
セラフィーナとエルのカードは描かれている絵も何もかもが違うが、カードを広げた時に、可愛らしいイラストが立体的に飛び出てくるのは同じだった。
エルのカードでは、表紙に描かれた形が楽しげにはしゃぎながらピクニックをしている。
セラフィーナのカードでは、りすやおおかみ、ロバを連れて、少年と少女がフルートを片手に、冒険に旅立ったシーンが描かれていた。




