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公爵家のちびっ子愛され令息は、喋るクマさんと無自覚に運命を変えていく 〜ねえねえ、なにか、こまってりゅ?(なお、わるものは勝手に滅びる模様)〜  作者: 由畝 啓
第2部 小公子エルくんのピクニック

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4. 町の雑貨屋さん 2


雑貨屋の奥には、「店員のみ入室可能」と書かれた扉がある。

たいていの店は一階が店舗、二階以上が居室になっているから、扉の向こうには休憩室だったり、店員が暮らしている部屋に繋がる廊下や階段だったりがあるのだろう。


その扉には、鍵がある。ちょうど、一人で立ったエルが少し顔を上げた時に見える高さだ。

たまたま、エルが視線をなんとなく上げた時、その鍵穴から、黄色い目が見えたような気がしたのだ。


「──?」


エルはきょとんとした。

はて、あれは一体なんだろうか。


エルの世界は優しい。怖いものなどほとんどない。

用意された絵本には、怖いお話なんて全く載っていないし、なによりエルにはカートン卿がいる。

今日はカートン卿だけでなく、アルマもいる。

怖いものなど、あるはずもなかった。


『エル坊、どうした?』


頭を抱えていたカートン卿だったが、さすがにエルとは長年一緒に居るだけある。

すぐにエルの様子に気が付いて、首を傾げた。もちろん、ぬいぐるみなので本当に首は傾げられない。気分だけだ。だが、その気分だけでも良いから傾げるというのが大事なのだ──とは以下略。

さて、そんなカートン卿に、エルはこそっと教えてあげた。


(とびらのむこー、きいろいおめめ、あったの)

『黄色の目?』

(うん。だれの、おめめかな?)


エルは、うんうんと唸って考える。

間違いなく、どこかで見た記憶があった。だが、どこで見たか思い出せない。

すぐに思い出せないのに、喉にアーモンドの欠片が引っ掛かったような気分だ。


『エル坊、気のせいじゃないのか?』


カートン卿は半信半疑だ。

黄色の目、なんてそうそうあるものではない。

それに、扉の向こうとエルは言うが、鍵穴を覗き込んだわけでもないのに、そんなに簡単に何かの目が見えるはずがなかった。

しかし、考え込んでいるエルにはカートン卿の言葉など聞こえない。

いや、聞こえているのだろうが、エルはあっさり無視した。

付き合いが長いと、やはり多少は扱いが粗雑になりがちである。もっとも、エルはカートン卿を雑に扱っているつもりなど毛頭ない。

小さい体ではカートン卿の足を引きずることもあるし、ぎゅうぎゅうと抱きしめすぎて綿と毛皮がよれよれになることもあるし、その度にアルマが魔法のような手際の良さでカートン卿を元のフワフワぴかぴかに戻してくれるのだが、エルはあまり認識していなかった。


そして、やがてエルは思い出す。

はっとしたように顔を上げたエルに、カートン卿は少しばかり、嫌な予感がした。


『エル坊?』

(おもいだしたの!)


なんだろう、どこかで似たようなことがあった気がする。

その時はエルが何かを思い出したわけではなかったが、カートン卿は、自分ではどうにも制御できない、エルの暴走が始まる予感がした。


『お、おう? 何を思い出した?』


頼むから何も思い出さないでくれ、という気がしたのだが、あいにくとエルの思考を操る能力はカートン卿にはない。だって普通のぬいぐるみだから。

──普通のぬいぐるみであれば、エルと意思疎通もできなければ、エルに不思議な光景を幻視させることもできないだろうという突っ込みは、ここでは置いておく。


エルは顔を輝かせて、それでもエルなりの理性を働かせて、心の中だけで叫んだ。

カートン卿とお話をする時は声を出さない、そんな小さい時の約束は、エルの心に刻まれているのだ。


(おおかみさん!)

『──お、おお?』


あまりにも驚きすぎると、言葉が出ない。

カートン卿は、彼には珍しく、そんな体験をした。


エルは、カートン卿が自分の言葉を理解できなかったと思ったのか、真剣に繰り返した。


(おおかみさんの、おめめなの。おおかみさん、おめめ、きいろなの!)

『それ、絵本の中の狼さんだな?』

(うん。おおかみさん、おめめ、きいろだよ?)


絵本で見た狼のイラストは、確かに目が黄色く塗られていた。

だから、エルの中で狼の目は黄色である。


『あー……そうだな』


なんで絵本の狼は、目が他の色で塗られていなかったんだろう。

カートン卿は遠い目をした。


実物の狼も、目は黄色や琥珀色、金色と表現される色だ。

だが、実物の狼はもう絶滅している。

遥か北方では今も生息していると言うし、その国から親善の印に送られて来た狼が動物園で飼われているのも事実だ。

だが、本物の狼が街中の雑貨屋に潜んでいるなど、普通に考えてあり得ない。


つまり、エルが見たといっている黄色い目は、多分にエルの気のせいなのだ。

とはいえ、ここでエルを否定すれば、エルは意固地になるに違いない。


そこまで瞬時に考えて、カートン卿は一番無難に済みそうな答えを選択した。


『きっと、ここで大切に保護されているんだろうな』

(ほご?)


一体どういうことかと、エルは首を傾げる。

カートン卿は、したり顔で答えた。


『屋敷で、ロレッタとセラフィーナが、動物園から狼が逃げてきたんじゃないかと話していただろう? もしかしたら、その狼が無事に見つかって、ここの雑貨屋の主人に拾われたのかもしれないということだ』

(まいごさん、みつかったの?)

『きっとそうじゃないかと、俺は思うぞ』


正直なところ、カートン卿は動物園から狼が逃げて来たなどとは信じていない。

もし本当に狼が動物園から逃げ出したのなら、もっと大事になっているはずだからだ。

狼は他国から友好の証として送られた。都で以前、アーテム王国の国宝ともいえるファリーズのガーネットが盗まれた時ほどではないにしろ、大々的に捜索されるに違いない。

それに、狼は肉食動物だ。家畜に被害が出てからでは遅い。

そんな話は聞かないし、街に物々しい雰囲気も流れていないのだから、本物の狼ではないのだろう。


──つまり、狼とは隠語だ。


まだ仔細は調べていないが、大方、罪人が逃げ出したのだろうと、カートン卿は見当をつけていた。

ハートフォード公爵領の辺境には、囚人を収容する監獄がある。


だが、そんなことまでエルに教える必要はない。

いずれ大人になれば知ることになるのだから、まだ幼い今から学ぶこともないだろう。


(まいごのオオカミさん、かえれる!)

『ああ、ちゃんとお家に帰って、美味しいご飯を食べて、気持ちの良いベッドで寝るだろうな。エル坊と一緒だ』

(オオカミさん、よかったねえ)


エルはほのぼのと頬を緩めて嬉しそうだ。

カートン卿は、そんなエルを微笑ましく思いながらも、エルの気を今度こそ逸らすことにした。


『ほら、エル坊。アルマが、エル坊の玩具を買ってくれたぞ。ロレッタとセラフィーナの分も、一緒に屋敷に持って行ってもらうみたいだ』

(わーい! いつ、とどくの?)

『それはアルマに聞かないと、わからないな』


カートン卿に言われて、エルは慌ててアルマに走り寄った。


「あるま!」

「エルお坊っちゃま、どうされましたか?」

「エルのね、おにんぎょう、いつとどくの?」


ワクワクを隠しきれないエルに答えたのは店主だ。

入店した時は少し無愛想だった店主も、口元を綻ばせている。

優しくエルを見下ろし店主は穏やかな口調だった。


「明日にはお届けしますよ、お坊っちゃま。綺麗に包んでお持ちしますから、楽しみにしていてくださいね」

「あい!」


明日。

一晩寝れば、動物が届くのだ。

みんなが来たら、庭にハンカチーフを広げて、ピクニックをしよう。

ロレッタやセラフィーナと野原に出かけてピクニックをするのは、母ソフィアに駄目と言われてしまったから、せめて動物さんたちと楽しみたい。

できれば、ロレッタとセラフィーナもお客さまとして招くのだ。


きっと楽しだろうと、エルはカートン卿を抱きしめて、堪えきれない笑みを溢した。










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