4. 町の雑貨屋さん 1
雑貨屋さんは、エルにとっては宝箱だった。
そこかしこに、面白そうなものがいっぱいだ。
雑貨とはいっても、取り扱っている品は様々で、エルが面白いと思えるような玩具も山ほどあった。
スターリングシルバー製のシンプルな球体に、把手がついているものを見て、エルはアルマを振り返った。
「あるま、こえなに?」
「赤ちゃんのガラガラですね」
「あかちゃんの」
アルマやロレッタ、セラフィーナから見ればエルも十分に赤ちゃんなのだが、エルは自分がお兄さんだと思ってる。
えるのじゃない、と判断して、エルはガラガラから離れた。
ガラガラの隣には木馬がある。エルはそっと手を触れてみた。すべすべしていて、肌触りが良い。
でも、エルが小さいころから暮らしていた屋敷にある木馬より、少し小さいようだった。
「もくばさん」
「エルお坊ちゃまは、木馬が好きでいらっしゃいましたね」
「ゆらゆら、たのしいの」
小さいときは怖かったのだが、大きくなると楽しさの方が勝るようになった。
木馬に乗って、アルマに軽く揺らして貰うのが一等好きだ。
一つずつ、エルは棚を見て回る。そして、店の奥の方に来た時、エルは一際大きな箱に目を止めた。
「あるま」
残念ながら、箱はテーブルの上に置いてあって、エルの背丈では届かない。
カートン卿を片手に抱えたままエルがアルマの裾を引っ張る。アルマは心得たもので、テーブルの近くに来ると、エルをひょいっと抱っこしてくれた。
途端に視線が高くなって、これまでは見えて居なかったテーブルの上がはっきりと見える。
その箱の中には、小さな農場が広がっていた。
馬や羊、牛、鶏だけでなく、象やキリン、猫、犬、狼、山羊など盛りだくさんだ。
湖や舟、農家、家畜小屋も揃っているし、農具まであった。色とりどりで、眺めているだけでも楽しい。
エルの顔が輝いた。
「これ、ほしい!」
「まあ」
アルマは目を瞠る。
エルがはっきりと「欲しい」と言うことは滅多にない。ほとんど初めての事態だ。
俄然、アルマは張り切った。
なにぶん、ハートフォード公爵家には金がある。
雑貨屋の商品はどれも庶民にとっても手ごろ価格だ。エルが欲しいと言った農場は全て買うとなると多少、値が張るものの、公爵家にしてみれば微々たるものである。
間違いなく、エルやロレッタ、セラフィーナが今着ている服の方が高級品だ。
ロレッタとセラフィーナはエルから少し離れたところで、各々好きな雑貨を見ていたが、エルの声にすぐ振り返った。
少し小走りで、二人ともエルの近くにやって来る。
「エルくん、欲しいもの見つかった?」
「動物さんたちが、いっぱいいるわねぇ。可愛いわねぇ、これぇ」
二人とも、にこにこと嬉しそうだ。
エルは、こくんと一つ頷いた。その目は、箱の中に釘付けである。
『エル坊、好きそうだなぁ……』
カートン卿は小さく呟いた。
エルは絵本が大好きだが、中でも動物が出て来る物語がお気に入りである。
(うん。える、あれほしいの)
『そうか、欲しいのか』
(うん)
一行の様子に気が付いたのか、それまでカウンターで内職をしていた店主の女性が立ち上がった。穏やかな雰囲気を纏ったまま、エルたちに近付いて来る。
「何かお気に入りのものがありましたか」
アルマが振り向く。そして、礼儀正しく答えた。
「こちらの動物の人形が気になっておりまして」
エルはアルマに抱っこされ、カートン卿を抱きしめたまま、きりっとした表情を作る。
大人同士の会話に口を挟んではいけないと、エルは教えられていた。
店員はエルに視線を向け、微笑ましそうに目を細める。そして、一歩箱に近付いた。
「こちらですね。一点一点、職人が丹精込めて作り上げている品ですよ。彩色も他にはない組み合わせで、お子さんは皆さま気に入られるようです」
「そうなのですね。購入したものは屋敷に届けて貰えますか?」
「ええ。もちろんです」
店主の目がきらりと光る。
ロレッタやセラフィーナ、エルの着ている服やお付きの者の人数、立ち居振る舞いから、貴族であることは最初から分かっていたのだろう。
そして、この街に来る貴族の子供は限られる。つまり、領主であるハートフォード公爵家の子息だ。
「ブレニアム・ハウスにお届けすれば宜しいでしょうか」
「ええ、お願いします」
アルマは穏やかに答えた。そして、腕の中のエルに尋ねる。
「エルお坊ちゃま、どれをお屋敷まで持って来て貰うか、選べますか?」
「んー……」
エルは小さく唇を突き出して考えこんだ。
「ぜんぶ、だめ?」
箱の中の動物はみんな、仲が良さそうに見える。
ばらばらに引き離すのは、可哀そうな気がした。
「さすがにこれ全部は多すぎますよ、エルお坊ちゃま」
アルマが窘める。
ハートフォード公爵夫妻はエルに甘いが、さすがに良い顔をしないだろう。
優しさと甘やかしは別問題である。絵本ならば教養のためと言い訳も立つが、人形は年を重ねると飽きることも多い。
だが、エルは少しばかり不服だ。
見かねたカートン卿が、こっそりとエルの腕の中から囁く。
『エル坊、エル坊。ここでエル坊が全部買ったらな、後から来た他の子供が、買えないかもしれないだろう』
(かえない?)
カートン卿の指摘は、エルには予想外だった。
まあるい目をぱちくりとさせて、抱えたカートン卿の顔を覗き込む。
「エルお坊ちゃま?」
エルを抱っこしているアルマが、いち早く気が付いて不思議そうな顔をする。
だが、エルはカートン卿とお話をしているのだ。
「あるま、ちょっとまつの」
「? はい、わかりました」
エルが何をしているのか分からないが、アルマは素直に従った。
不思議そうな表情をしながらも、黙ってエルを待ってくれている。
(ほかのこ、かえない?)
『そうだ。エル坊と違って、街の子供たちはそんなにお金がないからな。欲しくても、すぐには買えない。ずっと欲しいなと思って、頑張って働いてお金を貯めるんだ。それから、買いに来る』
(むむ)
お金の大切さは、エルも教えて貰っているから知っている。
そして、エルはスペロ王国の中でもお金持ちの家の子で──自由になるお金も、他の子どもたちと比べたら多いそうなのだ。
だが、動物の小さなお人形を買うのも難しい子がいるとは、すぐには想像が付かなかった。
(おにんぎょ、かえないの?)
『そうだ。そんなに安い買い物じゃあないからな。欲しいなと思いながら頑張ってお金を稼いで、ようやく来たと思ったら全部なくなっている。エル坊だったら、悲しいだろう?』
つまり、たくさん我慢して待って、ようやく来たら欲しいものが全てなくなっているということだ。
それは確かに悲しい。
エルの小さな胸は、張り裂けそうになった。
ふえ、と顔が泣きそうに歪む。
それを見て慌てたのは、ロレッタとセラフィーナだった。
「エルくん!? そんなに全部欲しいの!?」
ロレッタがびっくりして言えば、セラフィーナはおろおろと両手の指先を合わせる。
「そ、それなら、買っちゃっても、良いんじゃないかしらぁ……」
しかし、アルマはさすがにエルを幼いころから育てて来ただけあった。
悲しげな表情に少し胸は痛むが、駄目なものは駄目だと言わなければならない。
「エルお坊ちゃま」
どうにか宥めて説得しようとするが、エルは先に口を開く。
別に、エルは全部買えないことが悲しいのではなかった。
欲しいのに、頑張って我慢して、次に来た時に欲しいものがなかった──そうなった時の街の子供はどう思うだろうか。自分のことのように想像してしまっただけだ。
良くも悪くも、エルは想像力が逞しかった。
「あのね、える、うさぎしゃんと、くましゃんと、わんちゃんほしいの」
まずは、動物の中でも一番欲しいと思ったものを指差す。
一匹だけだと、連れ帰るにしても寂しいだろうと思ったのだ。
今まさにエルを窘めようと思っていたアルマは、きょとんとした。
どうやら幼い主は、「ちょっとまつの」と言った後、自分なりに心を整理したようだった。
幼い子供にはあり得ないほどの、自制心だ。
アルマは感動した。
「エルお坊ちゃま──! 大人になられましたね」
感無量である。
もっとも、エルはまだアルマにしっかりと抱っこされたままだが。
それでもエルは、アルマにも大人になったと言われて誇らしかった。
そうなのだ。
エルは見知らぬ子供にも優しいのだ。
困っている人は助けると修道士のジェイと約束したし、それはつまり、悲しい気持ちにさせないということでもある。
きっと、エルが全部のお人形を買わないことで、幸せになる子がどこかにいる。
エルはとても良いことをした。
先ほど泣きそうになっていたのはどこへやら、エルはご満悦であった。
「うさぎさんと、くまさんと、わんちゃんで宜しいですか?」
「──あと、ねこさんもいい?」
恐る恐るエルは尋ねる。
三匹も欲しいと言ったので、四匹目も欲しいと言って良いのか、少し不安だった。
アルマは破顔一笑する。
「もちろんですよ」
エルがご機嫌になったことに、ロレッタとセラフィーナは安心したようだ。
ようやくエルから離れて、各々が気になったものを買いたいと、それぞれの付添人に言っている。
ロレッタはオルゴール、セラフィーナはドールハウスに興味があるらしい。
一つ一つはそれほど大きくないが、合わせるとそれなりの大きさになる。
てきぱきと、アルマたちは店主と交渉し、エルはその時間少し暇であった。
(いろいろ、ある。ふぃるにいさま、あれすきそう)
エルが指差したのは、玩具のピストルだった。
『確かになあ』
カートン卿も頷く。
『エル坊は好きか?』
(ぴすとる? える、せんちょーのおぼうしがいい)
『お、おお……ドクロのマークがついてる奴か』
(かっこいい)
『そ、そうか。困ってる人を助けるっていうのとは、だいぶ真逆だと思うが……』
やはりエルの好みは良く分からない。
カートン卿が頭を抱えた時、エルの無垢な目は、少し不思議なものを見つけた。




