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公爵家のちびっ子愛され令息は、喋るクマさんと無自覚に運命を変えていく 〜ねえねえ、なにか、こまってりゅ?(なお、わるものは勝手に滅びる模様)〜  作者: 由畝 啓
第2部 小公子エルくんのピクニック

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3. エルくん、町におでかけする 3


カステルム・ベラトルムの町はとても賑やかだった。

さすがに都ほどではないが、エルから見れば負けず劣らずである。

人も多いし、お店もいっぱいだ。

店の前に掲げられた看板は色々な格好をしていて、眺めているだけでも楽しかった。


「しゅごーい……」


ぽかんと口を開けて、エルは呆気に取られている。

そんなエルの反応を見て、ロレッタは心底嬉しそうだ。セラフィーナは普段からにこにこしているが、今日は一層にこやかだ。


「ろーりーねえさま、あれなあに?」


エルが指差したのは、少しコミカルなイラストが描かれた看板だった。

棒人間が二人、手を繋いで踊っているように見える。

ロレッタとセラフィーナはエルのむちむちした指の先を見た。


「雑貨屋さんよ。でも、鞄が多いわね。籐籠も売っているわ。他のところよりもお洒落な──可愛いものがたくさんあるの」

「ふうん。える、あれ、すき」


エルが気に入ったのは看板だ。少し剽軽(ひょうきん)な見た目で、ロレッタとセラフィーナの趣味には合わない。だが、格好良いものが好きなフェリクスよりは少し、分かる気がした。


「そう。エルくんは、ああいうのが好きなのねぇ」


セラフィーナが、可もなく不可もなくな相槌を打つ。エルは素直に「うん」と頷くが、正直、食器やら鍋やらに興味は引かれないのだ。

すぐに、エルは他のものに視線を奪われた。


「あ、とけー、いっぱい!」


今度は、他の家と比べて一際大きい建物だ。濃緑が目立つ壁に、大きなガラス窓が特徴的である。

ガラス窓に面するように飾り棚が置いてあり、大小さまざまな時計が並べられていた。

セラフィーナが笑う。


「そうね、あそこは時計屋さんなのよぉ。壊れた時計も、直してくれるわぁ」

「しゅごいのー!」


エルは目をきらきらと輝かせて、カートン卿をぎゅっと抱き締め、ぴょこぴょこと跳ねた。

時計屋さんは絵本にも出て来た。アナグマの気難しい店主が、主人公が大切にしていた時計を直してくれるのだ。怖いけれど、優しい時計屋さんだ。


「える、とけいほしい」

「えっ?」


時計が必要というわけでも、本当に時計が欲しいというわけでもなく、純粋に、時計を修理して貰って、その場面をまじまじと眺めたいだけなのだが。

エルは、絵本でアナグマの店主が時計を解体する場面がとても好きで、飽きることなくそのページを眺めていたものだ。


(エル坊、時計が欲しいんじゃなくて、時計の中身を見たいんじゃないのか? たぶん、みんな勘違いしてるぞ)


他の誰よりもエルを理解しているカートン卿が、静かに突っ込みを入れる。

エルは、はっとした。

確かにエルは時計が欲しいわけではない。

だから、ロレッタやセラフィーナが口を開く前に、エルは改めて言い直した。


「える、とけーやさん、なりたい」

「ええっ!?」


時計屋さんになれば、アナグマの店主みたいに時計を分解できる。

そう思ってのことだったが、ロレッタやセラフィーナ、そしてもちろんアルマにとっても、エルの発言は青天の霹靂だった。


「え……エルくん、時計屋さんになりたいの?」


ロレッタが狼狽すれば、セラフィーナも控えめに口を挟む。


「時計屋さんは、大変だと思うわよぉ」


エルはきょとんとした。


「たいへん?」


だって、時計の中身を見るだけなのだ。楽しそうではないか!

ロレッタとセラフィーナは、どこか必死になる。

本気でエルが時計屋になると思っているわけではないだろう。だが、エルであればどんな困難も現実にしてしまうのではないかと──そんな気がしてならなかった。


「そうよ! 時計屋さんは、毎日ずーっと暗い場所で、時計とにらめっこしないといけないのよ」

「ローリーお姉さまの言う通りよぉ。なかなかお外には出られないでしょうし、冒険にも行けなくなっちゃうわぁ」


エルは愕然とする。

ロレッタの言葉よりも、セラフィーナの言ったことの方が衝撃だった。


「ぼーけん、いけないの?」


それは一大事だ。

エルは冒険をしたいのだから。

それに、外に出られないとなると、困っている人を探して助けることもできない。修道士ジェイとの約束も、果たせなくなる。


困った、というエルの表情に目敏く気が付き、ロレッタは勢い込んだ。


「そうよ、冒険にも行けなくなっちゃうわ。気になるなら、あとで立ち寄ってみましょう」


ロレッタの言葉を引き受けて、カートン卿もエルに囁く。


『時計屋に寄ったら、修理しているところも見られるかもしれないぞ』


エルは一瞬にして顔を輝かせる。

元々エルが気になっているのは時計の中身であって、本当に時計屋さんになりたいかと言われると少し違う気がした。

お店に行けば修理しているところを見られる──つまり、アナグマの店主が時計をバラバラにして、まずくなっているところを直して組み立て直す、そんな場面を間近にできるかもしれない。

そう思うと、この上なくわくわくした。


「うん! あとで、いくの!」


嬉々としてそう告げたエルを見て、ロレッタもセラフィーナも顔を見合わせてほっとする。

そんな三人の様子を、アルマを筆頭とした侍女たちは微笑ましく眺めていた。


「それじゃあ、まずはカフェに行きましょう」


ロレッタがお姉さん風を吹かせて言う。セラフィーナとエルは、ロレッタを先頭にして歩き始めた。

侍女がその近くに陣取り、少し離れた場所では護衛が付かず離れずの距離を保っている。


『うーん……厳重だな。何かあったようだが──』

(なにが?)

『いや、なんでもない。お菓子、楽しみだな、エル坊』

(うん!)


カートン卿の黒い宝石のような目が、きらりと不思議な光を放った。

エルに告げる気は全くない。だが、カートン卿は常にエルの近くに居る相棒として──気分は保護者なのだが──エルの安全に気を配らなければならない。

世界の善性しか知らない、無邪気なエルを守るためには、時折嘘も必要なのだ。

そして、そのためにはあらゆることを把握しておきたい。


『この辺りには色々な動物がいるからな。都よりは動きやすくて良かった』


幸いにも、カートン卿の呟きは、ロレッタの「ここよ!」という歓声に掻き消された。

エルはセラフィーナと、手を取り合って喜んでいる。


目の前には、水色の可愛らしいお店があった。金色の文字があしらわれ、ガラス窓には品良く広告文字が書かれている。

看板にはお茶の時間を楽しむ人々の姿が美しいタッチで描かれていた。


エルは「ほええ」と言いながら、上を向く。

店舗の二階部分と三階部分は居住用らしく、白壁で少し大きめの窓がついていた。

向かって左側、二階の窓にかかったカーテンが、不自然に揺れる。


「──?」


思わずエルは思わず首を傾げた。

一瞬だけ見えた隙間から、人がこちらを見下ろしているような気がした。



◇◆◇◆◇



マドレーヌ、フィナンシェ、ピンクと白の縞模様のココナッツアイス、マシュマロ、マカロン。

動物を(かたど)ったゼリー菓子に、チョコレートの載ったマフィン、白と黄色とオレンジのキャンディコーン。


色とりどりの様々なお菓子を前に、エルはきらっきらの顔だった。

セラフィーナもそわそわとしているし、ロレッタも喜びを隠しきれていない。

カートン卿は、今はエルの隣に椅子を用意して貰い、そこにちょこなんと座っている。


「ここのお菓子職人は、アーテム王国でお菓子作りを学んで来たんですって。だから、都でもなかなか食べられないお菓子を、ここでは食べられるのよ」


自分の店ではないのだが、ロレッタは自分のことのように得意げだ。

セラフィーナはうずうずとして、エルは待ちきれないとロレッタに尋ねた。


「ろーりーねえさま、いちばん、どおれ?」

「一番は、そうねえ。きっとみんな、違うものが好きだから、エルくんは自分の好きなものを見つけるのよ。そうしたら、次に来た時、好きなものをまた食べられるでしょう?」

「うん!」


確かにロレッタの提案は理に適っている。

納得したが、同時にエルは、ロレッタやセラフィーナがどのお菓子を一番好きだと思っているのかも気になった。


「ろーりーねえさま、すきなのは?」


今度は、ロレッタも正確にエルの言いたいことを理解する。少し考えて、「私はこれかしら」とマフィンを指差した。


「ここのマフィンは絶品なのよ。えっと──絶品って、とても美味しいという意味なの。上にチョコレートが載っているだけでなくて、中にもチョコレートが入っているの」

「しゅごいのねえ」


美味しそうなお菓子を前に、エルの口はよだれでいっぱいだ。ごくりと唾を飲み込む。

今度は、エルはセラフィーナに顔を向けた。


「せふぃねえさまは?」

「私はそうねえ、マカロンが好きだわぁ」


これよ、と、セラフィーナはエルの近くにある、パステルカラーの菓子を指差す。


「さくさく食べられて、とっても美味しいのぉ。どれだけでも食べれるわぁ。晩ご飯を食べられなくなったら困るから、気を付けないといけないくらい」

「わあ、きれいねえ」


まるでお菓子とは思えない。

エルは両手でふくふくの頬っぺたを包んだ。

どれから食べようかと、考えるだけで楽しい。

そんな末の弟を優しく見つめ、ロレッタは優しく尋ねた。


「エルくん、どれを最初に食べてみる?」


ロレッタとセラフィーナは、自分も直ぐに食べたいだろうに、エルを待ってくれている。

エルは熟考に熟考を重ねた末、テーブルの真ん中を指差した。





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