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公爵家のちびっ子愛され令息は、喋るクマさんと無自覚に運命を変えていく 〜ねえねえ、なにか、こまってりゅ?(なお、わるものは勝手に滅びる模様)〜  作者: 由畝 啓
第2部 小公子エルくんのピクニック

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3. エルくん、町におでかけする 2


エルたちを乗せた馬車は、一時間半ほどで町に到着した。

野原から森、荒野へと車窓の景色が変わり、やがて畑が見え始める。


随分と長い旅だったが、エルは飽きなかった。

同じ馬車に乗っていたロレッタがずっと面白い話をしたり、セラフィーナがエルの話を聞いてくれたり、エルやロレッタ、セラフィーナの素朴な疑問にアルマが答えてくれたりしたのだ。

途中でカートン卿ともお話をする機会があったし、エルはご満悦だった。


「着いたわ!」


馬車が停まる少し前に、ロレッタが嬉しそうに叫ぶ。

ロレッタにとっても、町に来るのは久しぶりだった。


「あれ、なんてかいてるの?」


エルの目に留まったのは、町の入り口に掲げられた看板だ。

古びた木製の看板で、大きな飾り文字が書かれている。

答えたのはロレッタだった。


「カステルム・ベラトルムよ。町の名前なの」

「わあ。ながい、おなまえねえ」


みんなが「町」と言うからエルも「町」と呼んでいたが、ちゃんと名前があるらしい。

少し大人びたエルの口調に、ロレッタとセラフィーナは小さく微笑んだ。


「長いわよねぇ。私も、小さいときは言えなかったわぁ」

「私も言えなかったわよ。難しすぎるんだもの。それに、この近くで町と言えばここくらいしかないから、『町』って言えば伝わるわ」


ブレニアム・ハウスの近くには村があるばかりで、町といえるほど人が多く活気にあふれているのはここだけのようだ。

迷子になっても、「カステルム・ベラトルムはどこですか」と質問しなくて良いらしい。

エルはほっとした。

名前はすぐに覚えたが、正直なところ、エルはきちんと町の名前を発音できる気がしなかった。

それでも、練習した方が良いだろう。言えないよりは言えた方が断然素晴らしい。

なにより、ちゃんと言えたら大人になれた気がする。


「かしゅ、ちゅ、べりゃりゅと」


やはり言えない。

思った以上に言葉を噛んでしまって、エルはむむっと唇を尖らせた。

ロレッタが心臓を撃ち抜かれたように悶えているし、セラフィーナは頬を染めて両手で口元を抑え震えている。

だが、エルは気が付かなかった。


「かしゅりゅて、べりゃとりゅ」


今度は言えた!

自信満々に、エルはアルマを見上げた。

誉めろ、というわけである。

完全にエルの可愛さにやられたロレッタやセラフィーナとは違い、さすがにアルマは落ち着き払っていた。


「上手に言えましたね、エルお坊ちゃま」

「うん! える、ちゃんといえるよ。かしゅりゅて、べりゃりゅと」


どうだ、と言わんばかりに胸を張る。

相変わらず噛んでいるし順番が逆になったりしているが、エルはちゃんと言えたと信じていた。

アルマは変わらずの微笑みのまま、エルの頭を撫でる。


「はい、お上手です」

「えへへへ」


エルはふっくらとした頬を染めて、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

その時、ちょうど馬車が停まった。御者が下りる時に馬車の車体が片側に沈み、扉が開く。

ロレッタは元気よく、セラフィーナはゆっくりと、そしてエルはアルマの手を借りて馬車を降りた。

御者が恭しく告げる。


「お嬢さま方、あっしはこのパブに馬車を停めてお待ちしておりますんで」

「ありがとう。おやつ時くらいには戻るわ」

「へい。お待ちしておりやす」


エルはアルマのスカートをしっかりと握り、カートン卿を抱っこして、きょろきょろと周囲を見渡した。

ロレッタとセラフィーナは慣れたもので、自分の侍女が別の馬車から降りて来たのを確認すると、さっそうと歩き出す。


「今日は護衛が多いのねぇ、ローリーお姉さま」

「そうね。なんだか知らないけれど、お父さまがそうするように仰ったらしいわ」

「見習いの方がいらっしゃるということかしらぁ」


セラフィーナは首を傾げるが、ロレッタもちゃんとした答えを知っているわけではない。

アルマに手を引かれて後を追いながら、エルはしっかりと二人の声を聞いていた。


(かーとんきょ、みならいって、はじめてきしさまになったひと?)

『ああ、そうだな。騎士にはまだなってない奴らのことだ』

(ふうん。そーいえば、へーたいさんときしさま、ちがうの?)

『違うぞ。騎士は昔ながらの職業で、剣を使う。兵隊は最近できて、国のために海外で戦うんだ』

(うーん。よくわかんないや)


エルには、騎士と兵隊の違いはまだ難しい。

絵本はたくさん読むし、カートン卿やアルマ、グレンから色々な話を聞いているが、エルの世界はまだ狭かった。


『そのうち分かるから、焦らなくても良いさ』

(うー)


そういわれると、ちょっとつまらない。エルはわずかにピンク色の口火路を尖らせるが、敏感にカートン卿の声の調子を感じ取っていた。これ以上、詳しい話は聞かない方が良い時の口調だ。

それに、今のエルには他に楽しいことがたくさん待ち受けている。


町は遠い。馬車で一時間半もかかるのだから、そんなに頻繁には来られない。

今日せっかく来たのだから、たくさん遊ばなければもったいない。


「ろーりーねえさま、どこいくの?」


エルはあっさりとカートン卿にした質問を忘れて、わくわくと前を歩くロレッタに尋ねた。

ロレッタは振り返って、エルが自分に追いつくのを待ってくれる。そして、ロレッタは少し悪戯っぽく笑った。


「エルくん、たくさん馬車に乗ってお腹が空いたんじゃない?」

「おなか?」


空いたといえば空いたし、まだ元気といえば元気だ。

だが、こういう話し方をする時のロレッタは、とびきり素敵なことを用意してくれている。

短い付き合いだがしっかりと理解したエルは、アルマの手を繋ぎカートン卿を抱えたまま、ぴょこんと跳ねた──何度も言うが、足は地面から離れていない。ご愛敬である。


「ごはん!」

「ご飯じゃなくて、お菓子でも良いかしら?」

「おかし!」


ご飯はもちろん好きだが、お菓子も大好きだ。

エルは喜びを全身で表す。ロレッタも嬉しそうに続けた。


「私とセフィが大好きなカフェがあるの。そこのマドレーヌとフィナンシェが絶品──すごく美味しいんだから」

「えるも、まどりぇーぬ、すきなの」


ずっとエルが住んでいたお屋敷でも、料理人が時々マドレーヌを作ってくれた。

たっぷりのバターを使ったマドレーヌは、エルのお気に入りの一つだ。

ロレッタは「それは良かった」と嬉しそうに言った。


「きっとエルくんも気に入ると思うわ。そこでお菓子を食べてお茶をしたら、買い物に行くわよ」

「おかいもの?」


エルはきょとんとする。

普段は、行商人が屋敷に来て必要なものを買う。だから、町で買い物をするなどエルは想像もしたことがなかった。


「そうよ。服とか靴とか宝石とかは屋敷で買うけれど、この町には工芸品があるの」

「こーげーひん?」


今日は初めて聞く言葉がたくさん出て来る。

エルは首を傾げた。


「キルトとか、蝋燭とか、可愛いガラスの瓶とか、ここでしか手に入らないものがたくさんあるの」

「エルくんは、気になるものあるぅ?」


セラフィーナがエルに尋ねる。エルは少し考えた。

どれも気になるけれど、正直これまであまり見たことのないものばかりだ。

キルトも蝋燭もガラスの瓶も知っているが、工芸品と言われているものは見たことがない。

自分が知っているものと、なにか違うのだろうか。

エルなりに真剣に考えた結果、導き出された答えはとてもシンプルだった。


「ぜんぶ!」

「全部!?」


ロレッタがびっくりする。まさか、エルが全てに興味を持つとは思わなかったのだろう。

一方のセラフィーナは、嬉しそうに笑った。


「それなら、一つずつ見て回りましょうねぇ」

「うん」

「エルくん、偉いわね。フェリクスなんて、私が幾ら誘っても『そんなものは興味ない!』とか『男は剣があれば十分だ』とか、挙句の果てには『海賊船の船長が被る帽子はないのか?』なんて言い出したのよ」


ロレッタは幼いころの(フェリクス)を思い出して、口をへの字に曲げる。

エルはきょとんとしたが、セラフィーナは面白そうに笑っているし、腕の中のカートン卿も生真面目に頷いていた。


『確かに、あいつならそういうだろうな』

(ふぃるにいさま? かいぞく、なりたかったの?)


フェリクスは騎士を目指すと言っていたはずだ。

エルの賢い小さな頭は、都の屋敷でロレッタが話していたことをすぐに思い出した。

だが、カートン卿にはフェリクスの気持ちが少しわかるらしい。


『男のロマンってやつだ。エル坊は分からないかな?』


もちろん、エルも武の公爵家ハートフォードの子供だ。

男のロマンは分かる。それでも、エルのロマンは少し、フェリクスとは違うところにあった。


(える、かいぞくせんのせんちょーさんじゃなくて、かいぞくおうになりたい)

『か、海賊王? それはまた大きく出たな……』


カートン卿が唖然としている。だが、エルは(そうなの)と言って譲らない。

本当は、海賊王よりももっと格好いい()()になりたいのだが、まだ何が良いのか分からないのだ。

それでも、焦らなくて良いとエルは思っている。


だって、エルの人生は長い。


カートン卿が、教えてくれたのだから。




☆☆☆☆☆



カロライナ夫人(マダム・カロライナ)は、自室で受け取った手紙を読んでいた。

封筒には、小切手が同封されている。庶民にとっては大金が記されたそれを、夫人は慎重に折り畳み、床下に隠した。


彼女の住居は都の半郊外の、比較的高級とされる地域にある。

高級と言っても、庶民にとって──という注釈が付くが、女一人暮らしとしては十分な場所だった。

高い煉瓦塀に囲まれた庭、着替え室として使えるほどの広さがあるクローゼット。戸棚を置くこともできる。台所も付いていて、洗濯用のお湯も沸かせた。

ただ、地下にある台所は薄暗く、奥の貯蔵庫にはほとんど食料がない。最近はどこも物価が高く、カロライナ夫人も清貧を余儀なくされた。


「ありがたいこと。これでしばらくは保つわ。あとは、調査をすれば良いだけなのだけれど」


頭が痛いと、カロライナ夫人は眉間に皺を寄せる。

彼女にしては、珍しい反応だった。

これまでも数多、難しそうな仕事を頼まれて来たが、今回はその中でも群を抜いている。


『ヒューゴ・デッカーが捕縛された時に、調査に介入した者が居る──その人物を特定すること』


子供を誘拐したとして、ハートフォード公爵領で逮捕された男だ。

確かに、一大ニュースとして当時は新聞にも大きく取り上げられた。

ヒューゴ・デッカーに対する世間の批判は大きく、世論は判決にも影響したと言われている──もっとも、裁判所は認めないだろうが。


「私も一応、一般人なのですけれど──ジョエルさまは、私が凄腕の私立探偵かなにかだと思われているのではないでしょうか」


無意識に溜息が出る。

それでも、すでに前金は支払われた。

そして、貯蔵庫の食料は底をついている。


仕方がないと、カロライナ夫人は立ち上がった。

クローゼットを開けて、外出用の服に着替えると家を出る。


彼女が向かう先は、都の中心部──裁判所だった。



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