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公爵家のちびっ子愛され令息は、喋るクマさんと無自覚に運命を変えていく 〜ねえねえ、なにか、こまってりゅ?(なお、わるものは勝手に滅びる模様)〜  作者: 由畝 啓
第2部 小公子エルくんのピクニック

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2. ブレニアム・ハウス 2


ブレニアム・ハウスはとても広い。

ピクニックは、医者のテオフィル先生が来るまでお預けになってしまったが、それでもエルの冒険心を満たすには十分だった。


「かーとんきょーと、おさんぽするの」

「ご一緒しますよ、エルお坊ちゃま」


自分の屋敷やタウン・ハウスでは、エルがカートン卿と二人きりで冒険していても、誰も何も言わなかった。

だが、ブレニアム・ハウスは驚くほど広いのだ。

たとえ屋敷の中であっても、エルが迷子になるといけない。

それを心配してか、必ずアルマや侍女が一人、必ずついて回るようになっていた。

エルにとっては少し窮屈だが、まあ良いかとエルはあっさり思い直した。


(あるま、いると、おかしあるの)

『エル坊はお菓子が大好きだからな』


アルマのポケットからは、びっくりするほどたくさんのお菓子が出て来るのだ。

エルがお腹が空いてひもじくて泣きたくなった時に、アルマはお菓子をくれる。ちょっと食べたいな、と思ったエルがねだった時も、小さなお菓子が出て来る。


お菓子だけではない。エルが転んだ時には、すりむいたところを覆うハンカチーフが、エルの喉が渇いた時には水が入った小さな水筒が魔法のように現れるのだ。


「あるま、まほーつかいなの」

「まあ、私がですか? 私はエルお坊ちゃまの乳母ですよ」


少し困ったように、でもどこか嬉しそうに、アルマは言う。

エルは「うん」と頷いた。


()()で、まほーつかいなの。あと、おいしゃさま」


先ほどマドレーヌを頬張ったエルは、ご機嫌で元気一杯だった。

そして、にこにことアルマを見上げて言う。


アルマは小さく笑った。


「お医者さまじゃなくて、看護師ですよ。といっても、ほとんどお仕事をしたことはないですけどね」

「ちがうの?」

「お医者さまはもっと頭が良い方がなるものです」


アルマも賢いのに、と、エルは首を傾げる。

そのアルマが「もっと頭が良い」というのだから、お医者さまとやらは、うんと凄い人なのだろうと、エルは素直に受け取った。


『そうとも限らないんだけどな……まあいいか』


カートン卿が小さくボヤく。

ヤブ医者だなんだと言っているような気がしたが、ごにょごにょとしていたので、エルは深く尋ねるのを止めた。


「じゃあ、ておせんせえも、あたま、いいの?」


きょとんとアルマが目を瞬かせる。

エルはそんなアルマの顔をじっと見上げた。

きちんと、エルは覚えているのだ。ハートフォード公爵家には専属の侍医が居て、それがテオなんたらという名前だった。

少しばかりアルマは考えていたが、ようやくエルが何を言いたいのか理解した。


「テオフィル先生ですね。ええ、優秀な方だと聞いていますよ」


その言い方に、エルは違和感を覚えた。

以前も、似たような話し方をする人がいたのだ。その時、エルはカートン卿に、「聞いている」とは全く関係ない人から聞いた話という意味だ、と教えて貰って、とてもびっくりしたのだった。


「あるま、しらないひと?」

「そうですね。会ったことはありません」


エルの敏い質問にも驚くことなく、アルマは静かに頷く。

ふうん、と頷くエルに、アルマは微笑みかけた。


「大陸にお勉強に行かれていたそうですよ。そこで、『神の病』について研究をされていたそうです」

「えるの、おびょーき!」


知っている単語が出て来て、エルはびっくりした。

どことなく、カートン卿も驚いている気配がする。

アルマはそっとエルの柔らかな髪を撫でる。くすぐったくて、エルは首を竦めた。


「そうです。エルお坊ちゃまがお生まれになってすぐ、『神の病』に掛かれたと分かって、旦那さまがご高名な先生を探したところ、テオフィル先生を見つけられたそうですよ」

「ておせんせえ、えるのおびょーき、なおしたの?」

「静養──静かで自然の多いところに居た方が良いと、仰ったそうですね」


確かに、エルが居たお屋敷は緑が多かった。

ただ、一つ不思議なことがある。エルは首を傾げて、アルマのスカートの裾を引っ張った。


「ここも、おはな、いっぱいあるよ」


花だけではない。草も森も、たくさんある。

決してエルの居た場所よりも自然が少ないわけではない。


「そうですね。ただ、ここの方が都に近いですし、人も多いですから」

「ひと、いっぱいだと、だめなの?」

「駄目、というわけではないのでしょうが──少ない方が良いとのことだったようですね」


むう、とエルは唇を尖らせる。抱えたカートン卿の頭に顎を埋めて考えるが、今一つピンとこなかった。

そんなエルを微笑ましげに見つめて、アルマが尋ねる。


「エルお坊ちゃま、お部屋にお戻りになりますか?」


エルが足を止めたから、散歩を止めるのかと思ったのだろう。

だが、あいにくとエルはまだ飽きてはいなかった。少々他の事に気を取られたが、まだ屋敷の全てを堪能できていない。エルの冒険心は、まだ満たされていなかった。


「おさんぽする!」


意気揚々と、エルは廊下を歩き始める。

まだ少し危なっかしい歩き方を優しく見つめながら、アルマがその後を追う。

そんなちびっ子の姿を時折、遠目から使用人たちが優しく見守っていた。



☆☆☆☆☆



セラフィーナとロレッタは、ロレッタの部屋で膝を突き合わせていた。


「セフィ、どうだった? お母さま、布を貸してくれるって仰ってた?」


二人は、可愛くて大好きなエルくんをびっくりさせて喜ばせるために、秘密の計画を立てている。

それが、題して『みんなで楽しくピクニックをしよう! 大作戦』だ。

セラフィーナは少し、可愛くない名前だなと思ったが、はしゃいでいるロレッタには言い出せなかった。

それに、内容が良ければ名前なんてなんでも良いのだ。一番大切なことは、エルくんがとても喜んでくれて、あの可愛らしい顔をきらきらに輝かせてくれることなのだから。


だが、早くも二人の計画には暗雲が垂れ込み始めていた。


「それが──」


言い出しづらそうに、セラフィーナは口籠る。

ロレッタはこれから待っているだろう楽しみに輝かせた顔を、小さく傾げた。


「セフィ? どうしたの?」


楽しさや喜びを全面に表すロレッタの顔つきはエルに良く似ている。

やっぱり姉弟なのだなと現実逃避のようなことを考えながら、セラフィーナはわずかに視線を落とした。


「その、お母さまにお願いしたのだけれど」


きっとこれから自分が話す内容はロレッタをがっかりさせるに違いない。

分かるからこそ、セラフィーナは言い出しづらかった。


ロレッタは、セラフィーナの態度に思うところがあったのか、黙って真っ直ぐな視線を向けている。

本当は、セラフィーナも黙っていたかった。

少し気弱なところがあるセラフィーナは、人と対立することが苦手だ。

自分は直接関係がなくても、他の人たちが喧嘩しているととても不安になる。居心地が悪くて、逃げ出したくなる。


フェリクスとロレッタが出会う度に喧嘩するのも、セラフィーナは怖かった。

だが、エルが来てからというもの、フェリクスの纏う雰囲気が柔らかくなった。

そして、ロレッタとの口喧嘩も減った。

小さい時のフェリクス兄さまが戻って来たようで、セラフィーナは嬉しかった。


執事のデニスが「フェリクスお坊ちゃまも成長なされたようで」と言っていたのを聞いて、フェリクスお兄さまは大人になられたんだわ、とセラフィーナは思ったのだ。

だから、自分も少しは大人に──淑女にならねばと決意したのだが。


しょんぼりと、セラフィーナは肩を落とす。

その仕草が、お菓子を落とした時のエルそっくりだとロレッタが思っているとは気が付かない。

ロレッタは奇声を発しないように、慌てて片手で口を押えた。体がふるふると震える。


「お母さまが、しばらくピクニックはだめだって」

「え?」


無言でセラフィーナの可愛らしさに身悶えていたロレッタは、目を丸くして固まった。

あまりにも予想外だった。

だって、母ソフィアは誰よりもピクニックが好きだったはずなのだ。


「なんで?」


セラフィーナに訊いても意味がないと分かりながらも、そんな言葉が零れ出る。

ひと先ずはロレッタが悲しみに沈まなかったことに安堵しながらも、セラフィーナは律儀に、自分が母から言われたことをそっくりそのまま伝えた。


「なんか狼が出たって、言ってたわ」

「おおかみ?」


ハートフォード公爵領に? 狼?

これまで一度も実物を見たことのない、あの?


「本当に?」


ロレッタはまじまじとセラフィーナを見つめる。

セラフィーナもまた、信じられないような信じられるような、という表情を浮かべていた。


「だって、狼って絶滅したのじゃなかった?」


素直な疑問をロレッタは口にする。

少なくとも、スペロ王国ではもう野生の狼は居ないはずだ。

動物園には居たと思うが、近隣にそのような場所はない。

じっくりと考えて、ロレッタは間違いないと確信し頷いた。


「先生は確かに、そう仰っていたと思うわ」


先生とは、ロレッタとセラフィーナの家庭教師だ。

生物学の授業で、確かに家庭教師はそう話していた。

スペロ王国の動物園に居るハイイロオオカミは、遥か北の国から連れて来られたとも言っていた。セラフィーナもロレッタも、物語の中でしか狼を見たことがない。だから、いつかはぜひ狼の実物を見たいと言い会った記憶がある。


「そうよね、ロレッタお姉さま。私もそんな風に覚えているわ」


それならば答えは一つしかない。

二人の姉妹は、同時に同じ結論に達した。


「動物園から逃げて来たんだわ」

「そうよね。それしか考えられないわ」


仲良く姉妹は手を取り合う。

その時、何の前触れもなく扉が開いた。

ロレッタとセラフィーナがびっくりして振り返ると、そこにはアルマとエルが居る。

自分と同じ大きさのカートン卿を抱っこしたエルは、印象的な青い目をぱちくりとさせて、ロレッタとセラフィーナを見つめていた。


「にげてきたの?」


何か逃げて来たの、とエルは興味津々に尋ねる。

ロレッタとセラフィーナは顔を見合わせ、エルに抱っこされたカートン卿は、どことなく頭を抱えているように見えた。



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