98 ▼『ボートレース若松』(その4)~変態オヤジ~
【13】 ベテラン勢の想い
翌日。
里見千鶴(さとみ・ちづる・50歳)が助川金吾に電話をしていた。
千鶴「助川さん、どう? 志摩さんと速水さんのやる気スイッチは、入った?」
金吾「どうだかなぁ? パワー全開とはいかないが、ちょっとはマシになったかもな」
千鶴「そうよ、いきなり全開はムリよ。でも、ありがとね。こんないやな役を頼んで」
金吾「いいってことよ。どうせ、こっちはいずれ去って行く身だから。若い人には、辞めずに頑張ってもらわないとな。埼玉支部の人間が居なくなっちゃうよ」
千鶴「そうよ。ボートレースには、『地区選手権競走』もあるし、本部では、選手の出身地を基に、各都道府県の代表を集めて『全国ボートレース甲子園』という開催も企画しているらしいから、埼玉支部としても頑張らないとね」
金吾「へぇー『全国ボートレース甲子園』というのが、いつかできるんだ。それは楽しみだな。速水は福島の出身だから、福島県代表で出てもらわないとな」
千鶴「そうなのよ。もっと、もっとうまくなってもらわないと。いえね、以前、あの子に言ったのよ、」
金吾「何を?」
千鶴「『現役として名レーサーになって欲しい』とか『オールマイティな、なんでもできる選手になって欲しい』とか『レース場に行ったら必ず日記を書く』とか、でも、何もやってないみたいなのよ」
金吾「うん、やっているようには見えなかったなぁ」
千鶴「だから、この前、助川さんに『あの二人に、ちょっとお灸を据えてやって』って言ったのよ」
金吾「そう言うことだったのかい」
千鶴「でも、効いたみたいね」
金吾「どうして、そう思うんだい?」
千鶴「だって、志摩さん初勝利したじゃない! そして水神祭もしたんでしょう」
金吾「ああ、でも、お陰でこっちはえらい目にあったけどな」
千鶴「何が、あったの?」
金吾「一緒に、あの寒い夜のプール(水面)に落とされたぜ」
千鶴「良かったじゃないの。若い子と、ただで混浴できたと思えばいいのよ。ソープランドだったら5万円はするわよ」
金吾「冗談じゃない! お陰でこっちは、風邪をひいたよ。ヘックション!」
千鶴「くしゃみのタイミングが良すぎるわ。仮病でしょう?」
金吾「まぁな。そうだ、あの二人の住所って知っているかい?」
千鶴「ええ、知っているわよ」
金吾「そうか、じゃぁ教えてくれないか?」
千鶴「いいわよ。でもどうして?」
金吾「まぁ、せっかく一緒に走る仲になったから、来年は年賀状でも出そうかと思って」
千鶴「そう、ちょっと待ってて。住所録を持ってくるから」
そのあと、金吾は真波と爽香の住所を聞いて、電話を切った。
金吾「まだ、腕が思うように上がらないよ。そうだ、時間が出来たから医者行ってシップでももらってくるかな」
金吾は、出かけて行った。
【14】 『決まり手、まくり差し』
志摩真波は、スマートフォンで、昨日のボートレースの結果を見ていた。自分が初めて1着になったレースを見たかった。
真波「どれどれ」
真波「『ボートレース若松、最終日』と」
真波は、スマートフォンに見入った。
(スマホ画面)
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『12レース、 1着・真波真波、2着・助川金吾、3着・・・』
『決まり手、まくり差し』
『払戻金、3連勝単式6―1―3、21,600円』
『払戻金、2連勝単式6―1、14,610円』
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真波(『決まり手、まくり差し』か。カッコイイわね)
真波は自己満足した。
続いて、真波は、初勝利したレースのリプレイを見た。
真波(A1級勝率6点台の3号艇がトップスタート、1周1マーク、まくりに行く。
その外をわたしが、女性の軽量の伸びを生かし二段まくりに行っている。
助川のオヤジ1号艇が、ガッチリと3号艇赤木を完全ブロック。
3号艇を外側へと誘導し、イン内側を空けた。
それは、まるで女性に「どうぞ」と言わんばかりに、道を空けた紳士のように見えるわ。
「それじゃあ遠慮なく」と言わんばかりに、6号艇のわたしがその空いた道をモンキーターンでまくり差し。
バックストレッチでは先頭に6号艇、その外側を1号艇、内側を2号艇が二番差しで3番手。
道中、3号艇が2号艇を抜き、3番手でゴール。
こうだったんだ。助川のおっちゃんは、わたしにまくり差しをさせたくて、インコースを空けてくれたのかな? それとも、単なる偶然?)
【15】 ボートレースとSNS
続いて、真波はSNSを見た。
真波「あれっ?」
(スマホ画面)
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SNS『助川金吾は、八百長じゃねーの?』
SNS『ベテランのうまい選手なのに、わざと第1レースまで落ちてる』
SNS『同じ埼玉県の女子レーサーを勝たせた』
SNS『きっと親戚に、真波から流しで舟券を買わせているぞ』
SNS『絶対に、怪しい』
SNS『若い女子レーサーに狂った中年の星』
SNS『助川金吾は、変態オヤジ』
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真波「ひどい!」
真波(助川のおっちゃん、落ち込んでいるだろうな)
真波(ちょっと電話してみようかな?)
埼玉支部の連絡網を見ながら真波は助川に電話した。
【16】 助川は、変態オヤジ?
助川「もしもし」
助川が電話に出た。
真波「あっ、真波です。助川さんですか?」
助川「はい」
真波「お疲れ様でした。前節は、色々お世話になりました」
真波は携帯電話を持ちながら頭を下げた。
助川「真波さんこそお疲れ様でした」
真波「あれっ? 関西弁じゃないの?」
助川「関西弁と関東弁を使い分けているんだよ。バイリンガルってやつだな」
真波「えっ、どうして?」
助川「まぁ、こういう商売だから関西の人間とのかかわりも多いだろう?」
真波「ええ、そうですね」
助川「それで自然と関西弁を覚えたんだ」
真波「大阪支部や兵庫支部の選手と話すときは、関西弁の方がノリがいいだろう?」
真波「確かに」
助川「それと年齢を重ねるにつれて、後輩を注意したり怒ったりすることが多くなってな」
真波「はい」
助川「そういう時は、関東弁より関西弁の方が当たりが柔らかいんだよ」
真波「そうですね、関東弁はきついですものね」
助川「それで、あんた方には関西弁を使ったのさ」
真波「お気遣いありがとうございます」
助川「そんな礼を言われるほどのことじゃないさ」
真波「ところで、SNSご覧になりましたか?」
助川「はい、『変態の助川』です」
真波「そう言うということは、見たってことですか?」
助川「いえ、見てはいないけど」
真波「じゃぁ、なぜ、ご存知なんですか?」
助川「そんな、敬語は使わなくていいよ。肩が凝るから」
真波「はい、じゃあそうします」
助川「うん、こっちもそうしないとしゃべりにくいからな。ははははは」
真波「はい」
助川「この電話のほんのちょっと前に、モーターボート競走会の審判部から電話があってよー」
真波「えっ、そうなの?」
助川「ああ、こっちも突然でビックリしたよ。ワシ、なんか悪い事でもしたのかな、と思って」
真波「そうなんだ。で、審判部は、なんて言ってたの?」
助川「『今節、成績も良くないし、元気がなかったようですが、何かありましたか?』って、聞かれたよ」
真波「それで、なんて答えたの?」
助川「『初日に寝違えて、右腕が上がらないのと、首が思うように回らなかった』って、ね」
真波「そうだったんだ。全然知らなかった。だから水神祭で、腕を引っ張った時、痛がってたのね」
助川「そうよ。お前ら、手加減しないんだもの」
真波「ははははは。だって、オヤジが寝違えたなんて知らなかったもん」
助川「そんなこと、言うべきことじゃないからな」
真波「そうなんだ」
助川「言ったところで誰も助けてくれちゃぁくれない。かえって相手に気を遣わせるだけよ」
真波「うん」
助川「アスリートで、調子がいい選手なんて、ひとりも居ないよ。みんな毎日、どこかしら調子が悪いものさ。ただ、言わないだけさ」
真波「そうか。そう言えば、この前の開催の四日目の朝、計量の後におっちゃん、そう言ってたっけ。すっかり忘れていたわ」
助川「今後、そうすればいいよ」
真波「それで、オヤジが『寝違えた』と言ったら、モーターボート競走会の審判部は、なんと言ったの?」
助川「別に何も言ってないよ。だから、こっちから言ったんだ。『医者にも行ったから、なんだったら、本当かどうか医者に聞いてもらっても結構です』って。医者の名前と電話番号を教えておいた」
真波「医者に行くほど、痛いんだ?」
助川「いやぁ、湿布を手に入れるのに、薬屋より医者の方が安いかな、と思っただけさ」
真波「本当かな? 強がりなんだから」
助川「俺から審判部に『お客様は大切なお金を賭けています。もし、わざと負けるようなレースがあったら、それはお客様への大変な裏切り行為です。私を初め、選手はそんなこと絶対にできません。それに、選手は一円でも多く賞金を稼ぎたいと思って、毎日のレースは真剣勝負です。手を抜くなんてことは絶対にありません』って、言ったよ」
真波「そう、私も、逃げてて必死だったわ。おっちゃんに捕まるかと思って」
助川「俺のことをストーカーだと思ってんだろう?」
真波「ははははは。そうね、ストーカーと言うより、スケベオヤジね」
助川「そりゃ、いいや」
真波「ははははは」
助川「私から逃げきるなんて、あんたも大したもんだよ。ははははは」
真波「審判部は、それに対して、なにか言ってた?」
助川「『早く治して、またいいレース見せてくださいね』って」
真波「そうか、おっちゃん良かったね!」
助川「これが普通じゃないのかな?」
真波「だって、SNSでは、あんなに騒いでいるよ」
助川「私はそう言うのをいっさい見ないし、気にもしない。勝っても負けても、なにかしら言われるのがこの世界だよ。人間、買った舟券がハズれれば、なんか言いたくもなるさ。あんなのを気にしちゃダメだよ」
真波「舟券は、赤木さんとオヤジで売れてたもんね」
助川「だろうな。SNSなんて、どうせハズレた腹いせだろう?」
真波「そうなんだ。また、おっちゃんに教えられちゃったな」
助川「とにかく、志摩さんと速水さんに、早く立派なレーサーになってもらいたいな。里見のばあさんにも頼まれているし、里見さん、心配してたよ」
真波「えーっ、そうなんだ。里見先輩、心配してくれているんだ」
助川「当たり前だよ、同じ仲間じゃないか。心配するのは当然さ」
真波「でも、賞金稼ぎにとっては、ライバルでもあるんだよ」
助川「『仲間は仲間。勝負は勝負』」
真波「そうだね、その言葉に尽きるね。おっちゃん、ありがとう。なんか、明日から生き方が変わりそう。電話切るね」
助川「ああ」
二人が電話を切った。
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【後書き】
読者の皆様、今回も最後までお読みいただきありがとうございました!
ついに、ついにやりました……!
志摩真波選手、待望の初勝利&水神祭です!
デビューから約2年、ゴンロク(5着・6着)続きで引退の危機さえ頭をよぎっていた真波が、大外6コースから見事な「まくり差し」を決めてくれました。
いつもは「目に見えないものは信じない」なんて言っていた彼女が、今回は1マークの「ブレイクライン」で果敢に内へ切り込んでいく姿には、執筆しながら思わず胸が熱くなりました。
そして、今節の陰の主役とも言えるのが、埼玉支部の頼れる大先輩・助川金吾選手(53歳)です。 最初は「うるさいクソオヤジ」なんて爽香たちに煙たがられていましたが、実は誰よりも熱く、そして不器用な優しさで後輩たちを導いてくれる素晴らしいベテランレーサーでした。
初日に寝違えて首が回らないという満身創痍の状態(まさに首が回らない!)でありながら、レースでも、そしてまさかの夜の水神祭でも、文字通り「体を張って」真波の初勝利を演出してくれましたね。 (審判部からの電話や、SNSでの「変態オヤジ」呼ばわりにはクスッとさせられましたが、助川さんのプロ根性と『仲間は仲間、勝負は勝負』という言葉には本当に重みがありました)
波の初勝利を祝う丹沢さん、由利さん、茂木さんの『ボジョレー会』の、相変わらず息の合った(?)トリガミトークやギャンブル論も、楽しんでいただけていれば幸いです。
由利さん、次回の飲み会10回分の奢り、頑張ってください……!
さて、真波が大きな一歩を踏み出した一方で、同期の速水爽香も負けてはいられません。助川さんからのお灸と、真波の快挙に刺激を受けた爽香が、これからどう変わっていくのか――。
ベテラン勢の想いを受け継ぎ、二人の「やる気スイッチ」がここからどう加速していくのか、ぜひ温かく見守っていただけると嬉しいです!
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【作者よりお願い】
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに志摩選手が念願の初勝利!「まくり差し」の興奮と、まさかの水神祭、そして助川先輩の熱いプロ根性が詰まったエピソードとなりました。
もし「真波、初勝利おめでとう!」「助川オヤジ、不器用だけど格好いい!」と思ってくださったら、ぜひ作品への応援をお願いいたします。
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次回のエピソードもどうぞお楽しみに!
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