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女子ボートレーサーと市役所職員  作者: 池井 けい
第8章 税務課、北見優香(きたみ・ゆうか)
PR
76/110

76 ♡爽香の部屋に侵入者が!編

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【あらまし】(ボートレーサーのサスペンスエピソード)

 九州遠征から帰宅し、束の間の休息を楽しんでいた女子ボートレーサー・速水爽香。買い物帰りの道中、苦手な知人・丹沢に遭遇し、散々絡まれながらも愛しの「コロッケ」を手に帰宅する。

 しかし、自室のドアを開けようとした瞬間、中から不審な物音が――。「誰か、居る!」 パトカー5台が出動する大騒動へと発展し、近所では「だらしないお姉ちゃんの部屋に泥棒が入った」と噂される始末。

 果たして、厳戒態勢のなか突入した警察官が目にした「意外すぎる侵入者」の正体とは?

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【主な登場人物】

速水 爽香 主人公 / 女子ボートレーサー 遠征から帰った翌日、スーパーで丹沢に遭遇。帰宅後、部屋に不審な気配を感じて丹沢や警察を呼ぶ


丹沢純也 爽香の知人(腐れ縁) スーパーで爽香に冷たくされつつも、彼女のピンチに車で駆けつける。爽香とは口喧嘩が絶えないが、実は彼女を心配している様子。


由利源吾 丹沢の知人・協力者 丹沢に呼ばれて現場に加勢する。冷静で物知り。警察用語の解説や「俯瞰の目」の意味を爽香に教える。


茂木数魔 丹沢の知人・協力者 由利と共に現場へ。爽香を心配する。


警察官(精悍な男) 通報を受けて臨場。爽香のファン(埼玉県民)で、彼女がボートレーサーであることを知っている。「俯瞰の目」という言葉を使い、爽香を激励して去る。

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【前書き】

●この小説には多くの数字が出てきます。そこで読者の皆様が読み易いように横書きとなっております

●多人数での会話も多いことから、誰が話しているのか、すぐにわかるよう会話の頭に台本形式で、氏または名を付けて表現しました

●この物語はフィクションです。実在の個人・団体、実際のレースとは一切関係ありません。ボートレーサーと市役所職員をモデルに、フィクションとして制作されたものです

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【01】 スーパーマーケットでバッタリ


爽香「ふわぁ~っ、やっと自分の部屋に戻って来たわ。やっぱり我が家っていいわねぇー」

 爽香が布団から上体を起こし、片手で口を覆い、そして両腕を広げて上に伸ばし、首を回した。

 爽香は、昨夜遅く九州にあるボートレース場から帰宅してそのまま泥のように眠った。

爽香「さてと、コーヒー、コーヒー」

爽香にとってコーヒーを飲むことが、活動へのスイッチオンだった。

食卓の上には昨日もらった日当と交通費が置かれている。

爽香「まず、食料を買わないといけないわね」

 いつもながら、遠征から帰って来たら牛乳と食パン、それに生鮮食品の調達が爽香にとって必須だった。なぜなら遠征に行く前、必ず食料を空っぽにして行くからだ。


 爽香は着替えて、近くのスーパーマーケットへ行った。

爽香「牛乳、牛乳。それとパン」

爽香(なにか浮き浮きするわ。スーパーマーケットでの買い物はストレスを発散させてくれるわね。スーパーマーケットに限らないか。買物はストレス解消の王様ね)


 その時、丹沢も同じスーパーマーケットに来ていた。カートにカゴを載せチョコレート売場で真剣な顔をして商品を見つめていた。

 先に気づいたのは爽香だった。スーパーマーケットの中央の通路を歩いていたときだった。思わずそこで立ち止まり、

爽香(ちぇっ! 日曜日の昼間からこんな嫌な奴に会うとは)

爽香の腕に下げている籠の中には1ℓの牛乳が3本入っていた。

爽香(挨拶する? いや、そんな奴じゃない。無視、無視、それが一番。『君子危うきに』なんちゃらよ)

 爽香が歩き始めた。


丹沢(うむっ! あれは)

 丹沢がスーパーマーケットの通路から自分の方を見ている爽香に気づいたが、爽香が歩き始めていた。

丹沢「おーい」

 丹沢がカートを押して爽香を追いかけた。爽香が逃げるように他の売り場へ歩いて行った。しかし、丹沢に追い付かれてしまった。

丹沢「おはよう!」

爽香「おはようございます」

丹沢「今、逃げなかった?」

爽香「そおう?」

丹沢「なにか、私から逃げているような気がして、」

爽香「気のせいよ」

丹沢「なら、いいんだが。ひょっとして嫌われているのかなと思ってさ」

爽香「気のせいよ。じゃぁね」


爽香は丹沢を振り払いたかった。

丹沢「えっ! もぉう? 久しぶりに会ったのに」

爽香「特に話すこともないし、じゃあね」

丹沢「ちょっ、ちょっ、ちょっ。やっぱり私のことが嫌いなんだろう?」

爽香「そんなことないって、ただ、早く帰って食事しようかなと思っただけよ」

丹沢「なんか冷たいな。食事ぐらいなら奢るから、どう? そのへんで?」

爽香「結構です。なにか言われそうだから結構だわ」

丹沢「そうか。これ以上言うとパワハラになりそうだからやめるよ」

爽香「そうね」


丹沢「でも、何かあったらいつでも電話して。いつでも速水さんのこと心配しているんだから」

爽香「大丈夫。もうひとりで生きていけるし、丹沢さんに頼らなくても生活できるから」

丹沢「そっか。それならいいけれど、ちょっと寂しいな」

爽香「何が?」

丹沢「頼られないというのも」

爽香「そうかしら?」

丹沢「まぁ、何かあったら電話して」

爽香「大丈夫、絶対に電話しないから」

丹沢「……」

 返す言葉がなかった。

爽香「さて、買物して帰るから、じゃぁね」

丹沢「うん」


 爽香はさっさと別の売り場へと歩いて行った。

丹沢(『絶対に電話しないから』か。ちょっとこたえるな)

爽香(ちょっと言い過ぎたかしら? でも何か気分がのらなかったのよね。はっきりした理由があるわけじゃないのに)

 その後も、爽香は適当に品物を買い物かごに入れて行った。そして最後に総菜売り場に着いた。

爽香(あれっ?)

 爽香の目が揚げたてのコロッケに止まった。

爽香(おいしそう!)

 爽香にとって、いつも見ているはずのコロッケなのに、今日は特においしそうに目に映った。

爽香(なんでだろう? こんなにおいしそうに見えるのは?)

爽香(すっごくお腹が空いているから? それもあるかも知れないけれど、それだけ?)

爽香(お腹が空いていたからから丹沢さんに対して、あんなに冷たくしちゃったのかな?)

爽香(私って、そんなに単純?)

爽香(とにかく、コロッケ! 何はともあれコロッケ。今のあたしにとって、コロッケがすべてよ)

 爽香がコロッケを3個、フードパックに入れた。

爽香(うん? 待って)

 爽香がコロッケを1個、売場に戻した。そしてレジへと向かった。レジを済ませると帰り道でコロッケを食べながら

爽香「おいひぃ~、しあわせ」

 ひとり呟きながら、周りの目も気にせずにほおばった。


【02】 部屋に不審者が!


 やがて、爽香の住むハッピーハイツ203号室にたどり着いた。

爽香「あーおいしかった」

 すでにコロッケ1個を平らげていた。

 爽香が財布からドアの鍵を取り出し、鍵穴に差したときだった。

「カラン~」

 部屋の中から食卓の上に置いてあるミカンの缶が床に落ちる音がした。

爽香(えっ!!!)

 爽香は急いで鍵を抜くと反射的に息を殺して、階下へ降りて行った。そして少し離れた電柱の陰に身を潜めた。

爽香(うそ! 誰か居る)

 そう確信した。

爽香(誰? 誰よ?)

爽香の体が少し震えた。

爽香(私以外に誰も鍵は持っていない。鍵も閉めて出てきた。じゃあ、ベランダの窓から?)

 爽香は道路を歩き、反対側のベランダが見える所で、一瞬だけ首を真横に向け歩き続けた。

爽香(窓が開いている)

爽香の部屋の窓が少し開いていて、遮光カーテンの裏側が見えていた。

爽香(あそこから入ったんだわ)

 爽香は確信した。

爽香(でも、こんな昼間にどうやって登ったんだろう?)

爽香(それどころじゃないわ。食卓の上に置いた日当と交通費が盗まれる!)

爽香(警察よね、警察。警察を呼ばないと。うん、待って)

爽香(そうだ、あいつの方が早く来てくれるかも?)

 爽香は携帯電話を取り出しタップした。画面に玉ネギの写真と「タマネギ」の文字が出た。


 丹沢の携帯電話が鳴った。

 丹沢が携帯電話を取り出すとそこに、ミズスマシがボートを操縦しているイラストと『Ms.スマシ』の文字が浮き出た。

丹沢「可愛い奴だ。『絶対に電話しないから』とか言って、やっぱり話したかったんだな」

ニヤニヤしながら丹沢が電話に出た。

爽香「ねぇ、すぐウチに来て!」

丹沢「やっぱり、私のことが好きだったんだ」

爽香「なに、バカなこと言ってんのよ!」

丹沢「バカだと!」

爽香「バカよ!」

丹沢「だって、さっき『絶対に電話しないから』って言ったじゃないか。あれは嘘だったのか?」

爽香「いいからとにかくすぐ来て!」

丹沢「随分急だな。そんなに会いたいのかい?」

爽香「泥棒よ、部屋に泥棒が居るの」

丹沢「えっ! 捕まっちゃったのか!」

爽香「う、ううん。大丈夫。私は部屋の近くの電柱に隠れているから。でも泥棒が部屋の中に居るの」

丹沢「わかった、今すぐ行く。車で行くから。絶対に部屋に近づくなよ!」

爽香「うん」

 丹沢はすぐに車で爽香の家へと向かった。


【03】 警察の業界用語


 5分後、二人は電柱の陰で会った。

丹沢「由利さんと茂木さんにも来るように伝えたよ。こういうことは、人数が多いほどいいからね」

爽香「そうなんだ」

丹沢「『のび』の動きは?」

爽香「『のび』?」

丹沢「『泥棒』のことだよ」

爽香「なんで『のび』って言うの?」

丹沢「『忍び』から来ていると聞いたけれど」

爽香「それ、警察官が使う言葉なの?」

丹沢「うん。周りに気づかれないで忍び込むからだろう」

爽香「他にも何かある?」

丹沢「『豆泥棒』なんてのもある」

爽香「『豆泥棒』って『泥棒』の言葉が入っているじゃない?」

丹沢「でも『泥棒』の意味じゃないんだ」

爽香「じゃぁ、なに?」

丹沢「『豆』を盗む人さ」

爽香「じゃぁ、『豆』ってなに?」

丹沢「私の口からは、言えないな。由利さんが来たら聞いてみてよ」

爽香「まっ! そう言うのって嫌われるわよ」

丹沢「私は好きだよ、速水さんのこと」

爽香「こんなときに何言ってんのよ」

丹沢「そうだ『こんなとき』にだった。『のび』は、まだ部屋の中に居るのか?」

爽香「おそらくは。私がスーパーから帰って来て、ドアを開けようと鍵を鍵穴に差し込んだら、中からミカンの缶が落ちる音がしたのよ」

丹沢「ミカーン、カンカラカンってか?」

爽香「よくこんなときに、そういうバカなことが言えるわね」

丹沢「本当に怒りっぽいんだから」

爽香「それからずっと見張っているんだけれど、誰か出てきた気配はないのよ」

丹沢「そうか」

爽香「『のび』は、ベランダから入ったのかも知れない。そしてベランダの方もたまに見ているんだけれど、そこから出たとしてもこの道路へ来るはずだから。でも誰も見てないわ」

丹沢「警察は呼んだ?」

爽香「まだ。最初にあなたを呼んだのよ」

丹沢「どうして?」

爽香「あなたなら『のび』に刺されて死んでもいいと思ったからよ」

丹沢「そんなことだろうと思ったよ」

爽香「ウソよ、ウソ」

丹沢「本当は好きなんだろう?」

爽香「あり得ないわ」

丹沢「そうか」

爽香「あなたが一番早く来てくれると思ったからよ」

丹沢「ふむふむ、そうだな。納得」

爽香「警察も呼んだ方がいい?」

丹沢「うん」

 爽香が110番した。そして、事情を話した。電話を切ると、

爽香「警察が来てくれるって」

丹沢「そうか、良かった」


【04】 犯人はベランダから侵入


 爽香の家の近くの電柱の陰に、由利と茂木がやって来た。

由利「どうだい?」

丹沢が現在の様子を伝えた。茂木も隣で聞いていた。

茂木「えらい目に遭っているね」

爽香「うん」

茂木「心当たりはないの?」

爽香「まったくないわ」

茂木「とにかく捕まえてとっちめてやりたいな」

爽香「うん」


 しばらくしてパトカーが1台やってきた。それを見つけて爽香と丹沢がパトカーに駆け寄った。

 警察官がパトカーから降りて来て、

警官「通報されたのは、あなたですか?」

爽香「はい」

警官「で、泥棒は、まだ中に居るの?」

爽香「恐らくは。ずうっとここで見張っていたのですが、誰も出てきていませんから」

警官「そう。部屋はどこ?」

爽香「2階の一番奥です」

警官「こちらの方は?」

 警察官が丹沢の方を手のひらで指した。

爽香「ただの友達です。家が近いので、怖かったから呼んだんです」

丹沢(『ただの』は要らないだろ!)

警官「『ただの』ねぇ~。ふ~ん。で、どうして中に泥棒が居るとわかったの?」

爽香「スーパーから帰ってドアを開けようとしたら、中でミカンの缶が落ちる音がしたんです」

丹沢(『ミカーン、カンカラカン』ってね)

警官「ミカンの缶はどこに置いてあったの?」

爽香「食卓の上です。そうだ、そこには、お金も置いてありました」

警官「いくらぐらい?」

爽香「4万円ぐらい」

丹沢(えっ! そんなに!)

警官「今、ドアのカギはかかっているの?」

爽香「はい、かかったままです」

警官「ベランダはある?」

爽香「はい、ベランダの窓が少し開いてるので、そこから入ったんだと思います」

警官「窓を開けたまま出かけたの?」

爽香「そこが、記憶にないんです。いつから開いていたのか、それとも閉めてあったのか?」

警官「『記憶にない』?」

丹沢(お前はアルツハイマーか!)

爽香「はい」

警官「戸締りはしてないのかな?」

爽香「すみません」

警官「わかりました。ちょっと、ベランダ側を見てきます」

 パトカーの助手席に座っていたもうひとりの警察官も降りて来て、二人でベランダを見に行った。


爽香「あの警官、なんで『ただのねぇ~』なんて繰り返すんだろう?」

丹沢「だって、おかしいでしょ。『友達です』だけでいいのに、わざわざ『ただの』をつけるんだもん」

爽香「だって、本当でしょ。恋人でもないし、同棲でもしていると思われたら嫌じゃない?」

丹沢「まぁ、気持ちはわかるけれど、この状況で、警察官にとっては、そんなことどうでもいいんじゃないの」

爽香「そう言う意味の繰り返しだった訳?」

丹沢「だと思うけどな」

爽香「まぁいいわ。許してあげよう」

丹沢「そんなことで怒っているの?」

爽香「まぁね」

丹沢「そんなことを警察官に言ったらピストルで撃たれるよ。ははははは」

爽香「その前に警察官のピストルを奪ってあなたを撃ち殺すからね」

丹沢「ははははは、面白いお嬢さんだ」


 由利と茂木が二人に近づいてきて、

由利「また、何か揉めているのかい?」

爽香「そうよ」

丹沢「この女性が警察官からピストルを奪って、私を殺すと言っているんだ」

由利「それはいいアイデアだ。やった方がいいよ」

爽香「でしょう?」

茂木「随分怖い話ですね」


【05】 被害者は、いい加減なお姉ちゃん?


 少ししてパトカーが次々とやって来た。4台の応援が来て、最初のを含めてパトカーは合計5台となった。それを見てか通行人も足を止め、近所の人も続々と外へ出てきた。

 野次馬のひとりが由利に声を掛けた。


A「何かあったんですか?」

由利「あそこの2階の奥の部屋に、泥棒が入っているらしいんです」

 由利が、爽香の住むハッピーハイツの建物を指さして言った。すると、それが次から次へと広がり、あちこちで

B「あそこに泥棒が入っているらしい」

C「泥棒が居るんだって」

D「その内、警官が突入するんじゃない」

 と、情報と推測がささやかれた。

 警察官、合計10人がハッピーハイツを取り囲むように位置した。

 続々と集まった野次馬たちが、

E「住んでいる人は、大丈夫なのかねぇ」

F「泥棒に入られるくらいだから、いい加減な人が住んでいるんだろう」

G「なんかだらしのないお姉ちゃんが住んでいるらしいよ」

H「そうか、お姉ちゃんなんだ」

G「しょっちゅう出かけていて、ほとんど帰らないらしい」

H「ひでぇな、それは。それじゃ泥棒に狙われる訳だ」

 野次馬の中には、ハッピーハイツの住人も何人か混ざっていた。野次馬たちが、そう話している最前列に、爽香、丹沢、由利、茂木の4人は立っていた。4人とも聞こえていながら聞こえないフリをした。

F「その部屋のお姉ちゃんっていうのは、水商売なのかい?」

G「風俗じゃないの?」

H「いずれにせよ、まともじゃないな」


 そんな所に、最初に来た警察官が爽香を見つけて近づいてきた。

警官「ここに居ましたか。ちょっと部屋のことで聞きたいことがありまして、」

 警察官が爽香を別の方向へと連れて行った。爽香は両手のひらを伸ばし、両方のこめかみに当て、顔を隠すように歩いて行った。

F「あの子が住人か」

H「やっぱり、まともじゃなさそうだな」

丹沢「ははははは」

 聞いていて、つい笑ってしまった。


 爽香は呼びに来た警察官とパトカーに乗っていた。二人は後部座席で、

警官「部屋の鍵はお持ちですか?」

爽香「はい」

 爽香が財布の中から鍵を取り出した。

警官「しばらくの間、預かってもよろしいですか?」

爽香「はい」

警官「確認ですが、今、ドアの鍵はかかっているんですね」

爽香「はい、そのはずです。中の犯人が開けない限りは」

警官「わかりました。ありがとう。それでここになんですが、」

警察官がA4サイズの白紙が挟まれたバインダーを取り出した。

警官「部屋の見取図を書いていただけますか?」

爽香「はい。いよいよ突入ですか?」

警官「状況によっては」

爽香「ですよね」

 爽香が白紙に部屋の見取図を書き始めた。


【06】 犯人は誰!


 それから30分後、警察官が続々と階段を上り、203号室爽香の部屋の前に集まってきた。このことにともない、規制線が張られ、見物していた住民、通行人がハッピーハイツからより遠くに押し下げられた。

 ひとりの警官が何やら合図した。それと同時に、別の警察官が鍵を開けドアを開けドアの陰に下がった。別の警察官2名はサスマタを持って部屋に飛び込んだ。

「カァー」

 カラスが声を上げた。

 警察官の目にカラスが映った。

警官「うむ?」

 警察官が一斉に部屋の中に入って行った。

「バタバタバタ」

 カラスがすごい勢いで暴れ出した。


 警察官が部屋を見渡した。カラスは一羽しか居なかった。

 ひとりがサスマタで窓のカーテンを開け、もうひとりがサスマタでカラスを窓の方へ追いやった。

遮光カーテンを開けたことにより、光が入る方向へとカラスが飛び、窓からカラスが逃げて行った。


 集まった警察官の顔に安堵の色が広がった。

警官「カラスで良かったよ」

 別の警官が無線で本部に連絡していた。

警官「カラスでした」

警官「・・・」

警官「了解」

 無事に解決した。警察官が次々と階段を下りて行った。


 爽香はパトカーの中に居た。無線の声が聞こえて来た。

無線「『屋根付き(空き巣)』ではなく、カラス」

 爽香の耳にその言葉が聞こえた。

 パトカーに居た警察官が爽香に言った。

警官「空き巣ではなく、カラスでした」

爽香「カラス?」

警官「窓から入ったんじゃないですか?」

爽香「窓から?」


 そこに別の警察官が戻ってきた。

警官「カラスでした」

爽香「窓が開いていたんですか?」

警官「ええ、窓は空いていました。カーテンは閉まっていましたけれど」

爽香「そうか、窓は空いていたかも?」

警官「もう大丈夫ですよ。カラスも逃げたし。トイレも浴室もすべて見ましたから」

爽香「ありがとうございます」

 頭を下げた。


警官「カラスで良かったですよ」

爽香「ええ、そうですね」

 そこに、また無線が入った。

 警察官が受け答えして、それが終わると、

警官「じゃぁ、部屋に戻ってください。部屋の中を確認していただき、何もなければ鍵を返しますから」

爽香「わかりました」

 爽香がパトカーから降り、部屋へと向かった。


 爽香が部屋に入ると、ひとりの警察官が爽香に部屋の鍵を渡した。

警官「鍵をお返しします。土足で入ったので床が汚れています」

 爽香が床に目をやるとうっすら泥が着いていた。

爽香「大丈夫です。拭いておきますから。いろいろとお世話になりました」

警官「これで安心して寝られますね」

爽香「はい。あなた方皆様のお陰様です」

警官「カラスもあなたのファンだったのかも」

爽香「えっ?」

警官「ほかの者は気づかなかったようですが、私はあなたのことを存じていますよ」

爽香「……」

 爽香は目を丸くした。


警官「あなたは埼玉県が誇る女子レーサーです。いつか絶対にSG(最高クラスのボートレース)を取ってくださいね」

爽香「無理ですよ」

警官「無理だからやるんですよ。私らだって無理だと思ってもやらなければならないときがあります」

爽香「そうですよね。突入するのも、そのひとつですよね」

警官「だからあなたも1マーク、全速で握ってください」

爽香「あれって危険なんですよ」

警官「我々は、すべての危険を排除した上で突入しています」

爽香「そうか!」

警官「訓練に訓練を重ね、むやみに突入しているわけではありません」

爽香「そうですよね。参考になります」

警官「ではこれで」

爽香「本当にありがとうございました」

 再度頭を深々と下げた。

警官「カラスも私も、ずうっとあなたを俯瞰ふかんの目で見ていますから」

 そう言うと警察官は振り返ることなく部屋を出て行った。


【07】 『俯瞰ふかんの目』、意味は?


 入れ替わるように、丹沢、由利、茂木が部屋に入って来た。

丹沢「大丈夫か?」

爽香「大丈夫よ」

丹沢「泥棒じゃなかったんだって?」

爽香「そうよ」

丹沢「カラスだったんだって?」

爽香「そうよ、どうしてそれを知っているの?」

丹沢「もう町中の噂だよ」

爽香「えーっ」

丹沢「風俗のまともじゃないお姉ちゃんだからカラスに狙われたんだって、言ってたぞ」

爽香「大きなお世話よ!」

茂木「『風俗嬢だからカラスの行水か?』って言ってましたよ」

丹沢「まぁ、噂なんてそんなものさ。だいたい風俗の人に失礼だよな」

由利「そうそう、気にすることはないさ」

爽香「気にしてないわよ!」

丹沢「ならいいんだが、速水さん気にするタイプだから」


爽香「大丈夫。それより『ふかんのめ』ってどういう意味?」

丹沢「『ふかん』? 『ちかんの目』じゃないのか?」

爽香「ううん。確かに『ふかんのめ』って言ってたわ」

由利「『俯瞰の目』って言葉は確かにありますよ」

爽香「ほら、やっぱりあるじゃない。まったく教養がないんだから。『ちかん(痴漢)』は、あなたでしょ!」

丹沢「そうかも。ははははは」

丹沢(元気そうで良かった)

爽香「で、由利さん、『ふかんのめ』ってどういう意味?」

由利「『高いところから見下ろすように物事を見る』ってことですかね」

爽香「なーるほど。だからカラスなのね」

丹沢「いつもながら由利さんは教養があるなぁ。いつ教養を身につけたんだい?」

由利「今日よう(教養)」

丹沢「ははははは」

爽香「よくこんなときに、そんなアホナなことが言えるわね」

丹沢「こんなときだからこそ言うんだよ。まぁ、落ち着けって」

由利「他にも、そこから、『広い視野で、客観的な視点で、物事を見る』という意味で使います」


爽香「そうなんだ。やっぱりあの人素敵だわ」

 爽香は精悍な警官の顔を浮かべながら呟いた。

丹沢「何をブツブツ言ってるんだ」

茂木「何かあったんですか?」

爽香「さっきの警察官がね、」

茂木「ええ、」

爽香「『いつか絶対にSGを取ってくださいね』って言ってくれたのよ」

丹沢「そんなの取れる訳ないだろう。男子だって無理なのに」

爽香「そうよね、私も『無理』って言ったんだけど。そしたら、『カラスも私も、ずうっとあなたを俯瞰ふかんの目で見ていますから』って」

茂木「頭のいい警察官ですね。でも、ちょっと妬けるなぁ」

丹沢「その警官、頭がいいんじゃなくて『広い視野で、客観的に』覗きをしたいだけだろ」

由利「丹沢さんこそ妬いているんじゃないのか?」

丹沢「妬く訳ないだろ。元々好きでもない女性に」

由利「そうかなぁ? さっきまで随分心配していたのに」

丹沢「速水さんを心配していたんじゃないよ。食卓の上に置かれた日当と交通費が盗まれてないか心配しただけさ」

由利「まぁいいや」


爽香「あっ、失敗した!」

由利「何を?」

爽香「さっきの警察官のケータイの電話番号聞いておくんだった」

丹沢「なんで」

茂木「警察官に一目惚れですか?」

爽香「まぁね。私、犯人の顔を思い出したわ」

茂木「犯人の顔?」

由利「相手はカラスだろう?」

爽香「この前ね、」

茂木「うん」

由利「うん」

爽香「窓から外を見たら、カラスがベランダの手すりに止まっていたのよ」

茂木「うん」

由利「うん」

爽香「なんだか不気味だから、私、窓を開けると同時に『ワッ!』って脅かしたの」

茂木「うん」

由利「うん」

爽香「そうしたら、カラスも相当びっくりしたんでしょうね。手すりからズルッと滑って下へ落ちて、途中から飛び始めたのよ」

丹沢「ははははは」

茂木「ははははは」

由利「ははははは」


爽香「それから1か月間ぐらい、そのカラス、ウチに来て網戸を突っつくのよ」

茂木「それ、手すりから滑ったカラスですか?」

爽香「そうよ。だってそのカラスの顔、覚えているもの」

由利「復讐ってやつか?」

丹沢「そうか。じゃぁやっぱりカッコいい警察官のケータイに電話して全国指名手配しないとな」

由利「似顔絵を描いてか?」

丹沢「ははははは」

茂木「ははははは」

爽香「もう、バカにして。みんな帰って、帰って!」

丹沢「わかった、帰るよ」

 3人が帰って行った。


 爽香は3人が帰ってから、ふと思い出した。

爽香「丹沢さんの言ってた『豆泥棒』の『豆』ってなんだろう?」

 爽香がケータイで調べ始めた。

爽香「『豆泥棒』とは、」

爽香「『性犯罪』のことか。うん? なんで『性犯罪』なの?」

爽香「『豆』の意味は? 『クリトリス』!』

爽香「まったくもう、あいつめ! 変態公務員!」

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【後書き】

 最後までお読みいただきありがとうございます! シリアスな展開かと思いきや、まさかの「犯人はカラス」という結末でした。爽香のうっかり(窓の閉め忘れ)が招いた大騒動でしたが、野次馬の勝手な噂話にはヒヤヒヤしましたね……。

 そして、登場した警察官の「俯瞰の目」という言葉。ボートレースの世界でも大切になりそうなキーワードが出てきました。果たして爽香は、この言葉を胸にSGの舞台へ近づけるのでしょうか?

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【作者よりお願い】

 最後まで読んでいただきありがとうございます! 絶体絶命のピンチかと思いきや、爽香らしい(?)結末になりました。 少しでも「ふふっ」と笑っていただけましたら、ページ下部の評価欄よりポイントを入れていただけますと嬉しいです!

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