71 ▼神林流星と再会 編
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【あらまし】(ボートレーサーの成長と恋のエピソード)
モーニング開催の「ボートレースからつ」で、若手レーサー・速水爽香は、憧れの先輩・神林流星と再会する。「もっと強くなりたい」と願う爽香に対し、神林が伝えたのは、技術を超えた「楽しむこと」の大切さだった。
「モンキーターンの極意」から「一発切りの覚悟」、そして水中での生存戦略まで。神林の深い助言と、同期・友田千加とのユーモア溢れる励まし合いの中で、爽香の走りは劇的な変化を遂げていく。
勝利と危険が隣り合わせの世界で、一歩先へ踏み出す女子レーサーの成長と恋のエピソード。
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【主な登場人物】
1. 速水爽香
属性: 埼玉支部の若手女子ボートレーサー。
性格: 非常に素直で勉強熱心。少し天然なところがあるが、母のために稼ぎたいという強いハングリー精神を持つ。
2. 神林流星
属性: 爽香の先輩レーサー。卓越した技術と知識を持つ指導者的存在。
性格: 穏やかで懐が深く、ユーモアを交えながら後輩を導く。SG級の技術(一発切りなど)に精通している。
3. 友田千加
属性: 爽香の同期で、同じ埼玉支部の女子レーサー。
性格: 明るくノリが良い。語彙力や発想力に長けており、コピーライター的な才能がある。
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【前書き】
●この小説には多くの数字が出てきます。そこで読者の皆様が読み易いように横書きとなっております
●多人数での会話も多いことから、誰が話しているのか、すぐにわかるよう会話の頭に台本形式で、氏または名を付けて表現しました
●この物語はフィクションです。実在の個人・団体、実際のレースとは一切関係ありません。ボートレーサーと市役所職員をモデルに、フィクションとして制作されたものです
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2013年
●神林流星と再会
ボートレースの開催には、4種類がある。「モーニング」「デイ」「サマータイム」「ナイター」の4つで、ボートレース場によって開始時間は異なってくる。
『ボートレースからつ』は「モーニング」の開催である。
この地で速水爽香は神林流星と再会した。
前検日、モーター抽選会。
神林「久しぶり」
爽香「その節はすみませんでした」
神林「なんだったっけ?」
爽香「浜名湖で失速してしまって」
神林「そうだったっけ?」
爽香「はい」
神林「そんなことしょっちゅうだから忘れちゃったよ」
爽香「お元気ですか?」
神林「もちろん。絶好調さ」
爽香「今節もよろしくお願いします」
爽香が頭を下げた。
神林「こちらこそ」
神林も頭を下げた。
前検日の夜。宿舎で夕食後。
『ボートレースからつ』の宿舎は建築して約40年が経過している。2018年には、新宿舎が竣工する。
二人が売店でばったり会った。
爽香「買い物ですか?」
神林「いや、どんなものが置いてあるかな、と思って下調べ」
爽香「そうでしたか。先輩、またちょっと教えてもらってもいいですか?」
神林「もちろん。私なんかで良かったら」
爽香「前回のチルトについてはとても勉強になりました」
神林「今日は、何について? そうだ、ロビーで話そう」
二人はロビーへと移動した。
爽香「もっと強くなりたいんです!」
神林「……」
爽香「そのためには何を変えたらいいんでしょうか ?」
爽香「ターン? スタート? エンジン整備 ?」
神林「まぁまぁまぁ、落ち着いて」
爽香「でも、早く上手くなって、もっと強くなって、母のためにも稼ぎたいんです」
神林「そんなに焦っても、無理なものは無理ですよ」
爽香「えっ?」
流星「まず、レースで『お金を稼ごう』と必死になるんじゃなくて 、また『お小遣いをもらっちゃった!』と、いうように気軽く考えた方がいいですよ」
爽香「えっ?」
流星「それに『苦しい』と思わず『楽しい』と思うように変えた方が、上達の早道です」
爽香「えっ!」
流星「特に『楽しい』と思うことは絶対条件です」
爽香にとって、意外なことばかりだった。爽香の頭にまったく浮かばない考え方を投げかけられた。
流星「繰り返しになりますが、とにかく『楽しく』です。何事もそうですが、苦しければ続きません。上手い人はみんな、楽しんでるんですよ」
爽香にとって衝撃の言葉だった。
流星「『楽しんでいるんです』『楽しんでいるんです』と2回言うには、文章が長いので、『るんるん』にするといい」
爽香「ルンルン?」
流星「その上でですが、まずターンから取り組まれたらいかがですか?」
爽香「ありがとうございます。では、モンキーターンについてなんですが」
神林「うん」
爽香「モンキーターンをしているんですが、全然勝てなくて」
神林「そうですか」
爽香「ええ」
神林「モンキーターンをしたからって、必ず良い着順になるとは限らないですよ」
爽香「そうなんだ」
神林「モンキーターンと言ってもその技術は、選手によってピンキリだろうからね」
爽香「そんなもんなんですね」
神林「体操の鉄棒で言えば、みんながみんなアンドリアノフ、後方かかえ込み3回宙返り降りをしたって得点はばらばらだし、フィギュアスケートだって4回転サルコウの得点はみんなばらばらです」
爽香「ごめん。『アンドリュー』も、『サルコウ』もわからないわ」
神林「ごめん、ごめん。フォーゲット・イットで」
爽香「なに?」
神林「ごめん。今の話は忘れて」
爽香「ごめん。それで?」
神林「速水さんのモンキーターンを何回か見たんだけれど」
爽香「えーっ、見てくれているの?」
神林「うん、まぁね」
爽香「えっ、どうして?」
神林「どうしてって? 偶然かな?」
爽香「まっ、いいわ。それで?」
●モンキーターンの技術を磨く
神林「速水さんの捌きを見ていると、ハンドルを切ってから体をボートの外へ出しています」
爽香「ええ、そうよ」
神林「それでも、モンキーターンとしての効果はあるのですが、より小回りするためには、ハンドルを切りながら体を外へ出す」
爽香「そうだったんだ。明日から早速練習します」
神林「うん。それと、モンキーターンのとき、両足はフロアのサイド(船底側面)にしっかかりくっつけているのかな?」
爽香「いいえ、」
神林「ならば、フロアのサイドに着けた方が良いと思うよ」
爽香「そのわけは?」
神林「モンキースタイルになるのに、0.01秒でも早くなるから。モンキースタイルって言葉が悪いけれど、動物のチーターが獲物を追うときに、空中で体が一直線になるようなあんなイメージでしょう」
爽香「そうか。確かに斜め前方から見るとモンキーターンは、体が一直線ね」
神林「チーターの走る体形が地上と平行なのと同じように、ボートも体と水面が平行のときが、一番スピードが出るんだ」
爽香「『モンキーターン』じゃなくて『チーターン』とかって名前にすればかっこいいのにな」
神林「同感です。ターンで起き上がったボートを、0.01秒でも早く水平に戻すことが勝利につながるんだ」
爽香「0.01秒かぁ」
神林「ちょっとやって見せるね」
爽香「お願いします」
神林が、そばの壁に自分の片足の側面を着けて正座し、そこから立ち上がる様子と壁に足を付けないときと2種類をやって見せた。
神林「ちょっとやってみないか?」
爽香「うん、やってみる」
爽香が神林のやったのを真似して立ち上がった。
爽香「ホントだ! 足の側面を壁に着けた方が立つのが早い!」
神林「だろう」
爽香「壁を反動に使うのね」
神林「そうだよ!」
爽香「ありがとう!」
神林「次に呼吸なんだけれど、」
爽香「えっ! 呼吸も関係するの?」
神林「うん、私的には」
爽香「どんな?」
神林「速水さんは、モンキーターンをするとき呼吸は意識してない?」
爽香「全然。いつもと同じように、普通に呼吸しているけれど」
神林「私は、ターンの入り口で呼吸を止め、出口で呼吸を始めるんだ」
爽香「えっ、そうなの?」
神林「うん、常にそうしている」
爽香「それって、全部で何秒間ですか?」
神林「8秒、長くても10秒だね」
爽香「なんのために?」
神林「理由は3つ!」
爽香「みっつ?」
神林「一つ目は、ターンに集中するため」
爽香「集中かぁ」
神林「二つ目は、体が無駄に動かないように」
爽香「体が動くって?」
神林「呼吸すれば、普通お腹が出たりへこんだりとか、肩が上がったり下がったりするだろう?」
爽香「そうね」
神林「すると体の軸や重心が微妙にずれることになる」
爽香「そうね」
神林「それを防ぐのさ」
爽香「そうかぁ~。体幹って大事だものね。先輩にバランスボールやロデオマシーンで鍛えている人が居るわ」
神林「そう、安定感を増すために、私はターンでは呼吸をとめているんだ」
爽香「最後の理由は?」
神林「これが一番大事なんだけれど、ターンには転覆と落水が付きものだろう?」
爽香「はい」
神林「もし、水中に落ちても、そこで息を止めるのではなく、あらかじめ息を止めているから焦らなくて済むんだよ」
爽香「すごい!」
神林「最初のターンなら、長くても10秒もすれば、全艇が通り過ぎるさ」
爽香「そうね。早速明日からやってみる」
神林「うん、試してみて」
爽香「他には?」
神林「他にもテクニックは、色々あるけれど、時間もないし、今日はここまでかな」
爽香「そうですね。ありがとうございました。また今度、時間があるときに教えてください」
神林「うん」
爽香「必ずですよ」
神林「うん」
二人は、各々自分の部屋へと戻って行った。
【03】 友田千加が思う『ターンについて』とは?
爽香の宿舎部屋。
一緒に斡旋された埼玉支部で同期の友田千加が爽香を出迎えた。
千加「おっ、戻って来たね」
爽香「うん」
千加「ロビーで、神林さんと話していたでしょう?」
爽香「うん」
千加「チラッと見て部屋に戻ってきたの」
爽香「そうだったんだ。一緒に神林さんの話を聞けば良かったのに」
千加「邪魔しちゃいけないと思って。どんな話をしていたの?」
爽香「モンキーターンについて、教わっていたのよ」
千加「そうだったんだ。神林さんなら色々と丁寧に教えてくれそうね」
爽香「うん。とても勉強になったわ」
千加「どんなことを言ってたの?」
爽香は、神林から教えてもらったことを事細かにすべて千加に伝えた。
千加「すごーい。そんなことを教えてくれたんだ。それを私にまで言っちゃっていいの? 爽香にだけ教えたんじゃないの?」
爽香「そうかなぁ。でも千加とはなんでも情報を共有しないとね。同期だもん」
千加「やっぱり、なんでも話せるのは同期よね」
爽香「うん」
千加「私もモンキーターンというか『ターン』について思っていることがあるのよ」
爽香「えーっ、そうなんだ。ねぇ、それ、聞かせてよ」
千加「もちろんいいわよ。私、思いついたことはノートに書き留めるようにしているの」
爽香「いいことだわ」
千加「ちょっと待っていて。今、書き留めたノートを持って来るから」
爽香「うん」
千加がトランクの中からノートを一冊持ってきた。そして、該当するページを広げて爽香に手渡した。
千加「ここよ。いろいろ考えに考え抜いて、苦労したことが書いてあるわ」
爽香がノートに目を落とした。ノート左側ページに大きく『ターンについて』と題名がページに大きく書かれてあった。
千加「めくってみて」
爽香がページをめくった。同じく左側のページに大きな文字で文章が書かれてあった。
爽香が目を通した。そして、大笑いした。
爽香「ははははは」
笑い転げた。
千加のノートには『30歳はお肌の曲がり角、ターンは順位の曲がり角』と、書かれてあった。
爽香「ははははは」笑いが止まらなかった。
千加「そんなにウケた?」
爽香「うん。最高!」
千加「良かった」
爽香「あなた、天才!」
千加「ありがとう!」
爽香「ボートレーサーより、コピーライターになった方が良かったんじゃない?」
千加「そうかも。ボートレーサーをクビになったら考えるわ」
爽香「他にもこういうキャッチコピーみたいなものがあるの?」
千加「そうね、あるわよ。その前に、この前テレビで古い映画をやっていたのよ」
爽香「なんという映画?」
千加「タイトルは『007(ゼロゼロセブン)は殺しの番号』というタイトル。イギリスの秘密諜報部員で『007』と呼ばれている男が、悪者をやっつけるストーリーなの」
爽香「いつ頃の映画?」
千加「50年以上も前ね」
爽香「随分古い映画ね」
千加「うん。男性が本当に素敵で、女性はとても魅力的なの。その二人の会話がすごく粋なのよ。今見ても、全然見劣りしなかったわ」
爽香「今度、機会があったら見てみるわ」
千加「その『007は殺しの番号』に掛けて作ったフライングについてのコピーなんだけれど、
爽香「うん、」
千加『007(ゼロゼロセブン)』は殺しの番号、『+07(プラスゼロナナ)』帰郷の番号』ってね」
爽香「ははははは」
爽香が、また笑い転げた。転げて回った。
ボートレースで、プラス(+)コンマ05以上は、一発で即日帰郷となる。
千加「同じくフライングをして落ち込んだ時に思い出すキャッチコピーなんだけど、」
爽香「何?」
千加「カルビーかっぱえびせんのキャッチコピーで『やめられない、とまらない』」
爽香「ぐははははは」
千加「同じくフライングをした時のキャッチコピーで、JR東海の『そうだ 京都、行こう』をもじって『そうだ、碧南(訓練所)に行こう!』
爽香「ははははは」
千加「8月はお盆開催で、地元の先輩方とレースをするじゃない?」
爽香「うん、あるある」
千加「レース中は地元の先輩ばかりだから、ちょっと気を使うよね」
爽香「うん、わかるわ」
千加「その時のキャッチコピーで、金鳥蚊取り線香の『金鳥の夏、日本の夏』をもじって『緊張の夏、2分の夏』」
爽香「うまい!」
千加「もうひとつおまけで、しゃべってもいい?」
爽香「もちろん!」
千加「いいモーターに当たった時のキャッチコピーで、イナバ物置の『やっぱりイナバ、100人乗っても大丈夫!』をもじって『やっぱりいいモーター、100人乗っても大丈夫!』」
爽香「ははははは、傑作!」
【04】 モンキーターンのハンドルさばき
開催3日目。夜、選手宿舎。
神林はひとりロビーの椅子に座っていた。
神林(ここに自分が居るってことは、何かを期待しているのかなぁ)
そう思いながら、神林は座っていた。
神林(なんなんだろう、この感情は? 妹分? 師匠と弟子? 教官と生徒? まぁ、なんでもいいや)
そんなときに、爽香と千加がロビーに現れた。
千加「やっぱり居たじゃない」
爽香「ほんとだ」
爽香の顔がゆるんだ。
爽香
心の中で、微笑んだ。爽香と千加の二人が、神林の方へ近づいて行った。
爽香「ちょっと、話をしてもいいですか?」
神林「もちろん」
千加「私は部屋に戻るわ」
爽香「一緒に居て。いいですよね、神林さん?」
神林「はい。一緒にどうぞ」
千加「じゃぁ、お邪魔するわ」
爽香「『お邪魔』なんて、とんでもない。ねえ?」
爽香が神林に同意を求めた。
神林「どうぞおかけください」
爽香「はい」
爽香と千加が腰を下ろした。
神林「どうですか? お二人の今節の調子は?」
爽香「いつもと一緒。みんなのお尻を追いかけて走っているだけです」
千加「私も同じ」
爽香「この前、神林さんに教えていただいたことを試しているんですけれど、なかなかうまくいかなくて」
神林「それは当然です。そんなすぐにうまく行くわけがありません」
爽香「でも、スムーズにできるよう頑張ります」
神林「昨日、今日と見ていて思ったのですが、最初のターンのときハンドルは、どのように回していますか?」
爽香がハンドルを回して見せた。
神林「少しずつ『送りハンドル』をしていますか?」
爽香「はい、養成所で教わった通りやっていますが」
神林「さすが、真面目で優秀な生徒だったんでしょうね」
爽香「泣きながら毎日一生懸命やったんですが、卒業の時の成績は最下位でした。ふふふ」
神林「入所しても約半数が脱落しますから卒業できただけでもすごいですよ」
爽香「自室で勉強する時は、おさつと同じ大きさの紙を切り、そこに『1億円』と書いて机の上に置いたんです」
神林「それって、何かのお守り?」
爽香「ハングリー精神です。『1億円を掴むまではやめないぞ!』という意思を手書きのおさつに表したものです」
神林「効果はありましたか?」
爽香「効果絶大でした! 貧乏人には効きますよ」
神林「ははははは。私もこれからやってみよう」
爽香「ええ、勧めますよ」
千加「でも、神林さんは、すでにお金持ちだから効かないんじゃない?」
神林「いえいえ、私は小銭しか持ってないですよ」
千加「ホントかなぁ?」
神林「ところで話をさっきのハンドルに戻して、」
爽香「はい」
神林「衝撃的な話かも知れませんが、『送りハンドル』では、勝てないですよ」
爽香「えっ!」
千加「えっ!」
神林「一発でハンドルを回さないと」
爽香「……」
千加「……」
二人がきょとんとした。
神林「ハンドルは一回で一気に一周回すんです」
爽香「うそでしょう?」
神林「本当です。SG(最も高額賞金のレース開催)に出場するような選手は『一発切り』をしています」
千加「『一発切り』?」
神林「ハンドルを一回で回すことです」
爽香「『送りハンドル』じゃダメなんだ」
神林「レースは、時間との勝負ですからね」
爽香「そうなんだ」
千加「じゃぁ、私達はいつまで経っても勝てないわけだ」
神林「そうだと思います」
爽香「一気に回すって、どのくらい回すんですか?」
神林が右手でハンドルの下を持ち、左に360度回す仕草をした。
爽香「えっ、そんなに?」
神林「はい、360度以上。時計の文字盤に例えて言うなら、60分か70分回します」
爽香「70分!」
千加「そんな一気にハンドルを回したら転覆しませんか?」
神林「します。だから練習と度胸が必要です」
千加「怖いなぁ」
爽香「それに転覆なんて、あたしの舟券を買っている人に悪いし」
千加「誰もあなたの舟券なんか買ってないわよ」
神林「ははははは」
【05】 転覆したときは……
爽香「そっか。転覆するのなら人気のない今の内ね」
千加「そうよ。A級に上がって1コース取ったら、転覆なんかできないわよ」
爽香「いつか、そんな悩みを持ってみたいわ」
神林「ははははは。ただ、モンキーターンをするにあたってひとつだけ注意があります」
爽香「なんですか?」
神林「転覆するのは仕方ないのですが、落水(体だけが落ちること)はしないでくださいね」
爽香「そうね」
千加「肝に銘じておきます」
神林「もちろんお二方ともご存知でしょうが、ボートは他艇のプロペラから守る盾ですからね」
千加「ということは、ボートが盾で、プロペラが矛ってことね」
神林「そう、プロペラは攻めですから矛、つまり刀です」
爽香「片手ハンドルで、手を離されないかしら?」
神林「ハンドルは命綱ですからね。倒れながらもなんとか両手で持つよう試みてください」
千加「モンキーターンは命がけね」
神林「そうです。勝利と危険は隣り合わせですからね」
千加「まさに『水上の格闘技』よね」
神林「『命を落とす』という言葉がありますが、なぜ『命』は『落とす』という言葉を使うんだろうと考えたことがあります。その結果、『ボートから落ちると危険だから』かな? とふと思ったのです。だから、お二方とも充分に気をつけてくださいね」
爽香「はい。最優先で気を付けます」
神林「かと言って、過度に緊張してボートの上で体が固まってもらってもダメです。ボートの上では、スムーズに動き、ボートの下では固まって居てください」
千加「真逆なんですね」
爽香「難しいな。私バカだから逆に、ボートの上で体が固まり、水中でバタバタしちゃいそう」
神林「ははははは。水中で動いたら他のボートのプロペラに巻き込まれますよ」
爽香「いやーっ! 想像しただけでもイヤ。血を見たくないわ」
神林「そう、それなんです! 血です、血!」
爽香「どうしたの? 急に」
神林「そう、速水さんは血になるんですよ」
爽香「えっ? どうしたの? 神林さん頭がおかしくなったんじゃない?」
神林「血ですよ、血」
爽香「あの赤い血でしょう?」
千加「緑の血とか、黄色い血なんてないでしょう?」
爽香「ホラー映画やゲームで見たことがある」
神林「ははははは」
神林「血は、体内ではサラサラ動いていた方が良いですよね」
千加「ええ。ドロドロだと、血管が詰まって危険だわ」
神林「でも血がいったん体外に出たら固まりますよね」
爽香「そうか!」
神林「そうですよ」
爽香「神林さんて、頭がいいのね」
神林「普通だと思いますけれど」
千加「ははははは」
爽香「ボートの外に出たら、血液のように固まればいいのね」
神林「はい」
爽香「覚えたわ。そうします!」
それからの爽香のレース結果は、転覆、2着、3着、2着と見違えるような好成績となった。その後、爽香と神林が宿舎内で会う機会はなく、爽香と千加は『ボートレース唐津』を後にした。
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【後書き】
今回のエピソードはいかがでしたか? ついに爽香が神林流星と再会し、技術的なアドバイスを受ける重要なシーンでした。
神林さんの理論、ちょっと独特ですが説得力がありますよね。「ボートの上ではサラサラと、外に放り出されたら血のように固まれ」という言葉、私自身も書きながら「なるほどな」と思ってしまいました。
そして、同期の千加ちゃん! 彼女のキャッチコピーのセンス、個人的に気に入っています。「緊張の夏、2分の夏」……ボートレーサーのプレッシャーが伝わる名句(?)ですね。
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【作者よりお願い】
最後までお読みいただきありがとうございます! 神林との再会、そして爽香の成長を応援したいと思っていただけましたら、ぜひ下の評価欄から「ポイント」や「ブックマーク」での応援をお願いします。
読者の皆様の評価が、爽香のターンをさらに鋭くする何よりの原動力になります!
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