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女子ボートレーサーと市役所職員  作者: 池井 けい
第7章 舟券師を探せ! 『戸田』編
70/70

70 ◎『ボートレース戸田』の舟券師(その4)

【08】 舟券師新井の読み


 このレース、新井の読みはこうだった。

新井(G1優勝戦なので賞金が高い。だから選手は出来るだけ内寄りのコースを取りたい。特に1~3号艇は深い進入になる。深い進入は慣れてないのでスタートタイミングが合わない。スタート展示でも1、3号艇はフライング、2号艇はかなり遅れた。本番では、内3艇がスタートを合わせて来るので、全速のスタートが切れない。


 一方ダッシュ勢は、4コースから4号艇が、好スタート、全速力でまくりに行く。1号艇に引っ掛かることなく旋回できれば優勝できる。


 2着には、スロー3艇が速度はないものの、インを閉めて小回りすればなんとか2着か3着に残れる。2着、3着は時の運。1着を当てるより難しい。


 5号艇6号艇は、4号艇がまくりに出るので、その外を回ったのでは膨らみ(遠回り)で勝ち目がない。そこで差しに構えるが1、2、3号艇が内側に居て行き場がない。


 6号艇は地元選手で人気になるが、コース、勝率、モーター(エンジン)が最も悪い。いくら地元選手でもここでは買い目が無い。

 以上の理由から、1着は『4』、2着3着は内側3艇のいずれか。怖いのは、1号艇がフライング覚悟で好スタートを切ることだ。それさえ無ければ……)


 第12レース優勝戦、その瞬間が刻一刻と時が近づいて来ていた。


 16:15、優勝戦が始まった。

 ピットのランプが『始動』→『出走』に変わった。


 6艇が一斉にピットを離れた。

1号艇、2号艇、3号艇が、我先にとある待機水面へと全速力で走って行った。

小回り防止ブイを通過し、第2ターンマークの横で速度を落とした。


新井(しめた! 思ったよりも前で止まったぞ! これは進入が深くなるぞ!)

 新井から離れた席で時子、

時子(1枠は1コースを死守したのね。でも、これって1~3号艇は共倒れ? 4号艇がまくりやすくなったわ……)

 二人の期待が膨らんだ。


 ダッシュ勢3艇が水面一番奥からスタートを始めた。やがてダッシュ勢が、スロー勢3艇に徐々に迫って来た。


実況「枠番通り3対3の態勢で、インコースから1番2番3番4番5番6番です」

実況「スタートしました!」

実況「ほぼ横一線、」

実況「4号艇だけが半艇身出ている!」


新井「おっ!!!」

時子「えっ!!!」

新井(予想通り!)

時子(当たったかも?)


実況「内3艇、進入が深くなった分加速が無いか?」

実況「4号艇がグングン伸びて行く!」


新井(行け行け! もっと行け!)

時子(その調子!)


実況「4号艇0台のトップスタートだ」

実況「1マーク4号艇が鋭くまくる!」


新井「おおおおおーっ!」

新井(いいぞ! お前も俺も1千万だ!)

時子(うそおっ! 本当に来た!!)


実況「4号艇、きっちり膨らむことなく旋回した」

実況「他5艇を完全に引き離す!」


新井「はははははっ、実況ナイス!」

時子「ふふふふふ、この実況録音したい!」


実況「2番手争い、第2ターンマーク、」

実況「握って回った1号艇、」

実況「小回りするのは6号艇、」

実況「中を割って3号艇!」

実況「まさに、三つ巴」


新井「うわっ!!! 大混戦だ~」

時子「え~~~っ、やめてぇ~~~」


実況「さぁー、何が来るかわからない、」

実況「誰が来るのかわからない、」

実況「そのまま3艇並走状態で2周目に入った」


新井「1号艇、行けぇ~~~!!! たのむーっ!!!」

時子「『1』よ『1』、『1』!!!」


実況「外が伸びる!」

実況「1号艇がわずかにリード、」

実況「内2艇は接戦だ!」


新井「『1』、うまく回れ!」

時子「そのまま回って!」


実況「1番、そのまま2番手でターン」

実況「最内さいうち6番、潜り込んで小回りターン」

実況「「その外を3番が回る」


実況「2周目バックストレッチ、先頭4番」

実況「2番手1番」

実況「3番手は、内に6号艇、外に3号艇。並走状態!」

新井「やめてくれー、『6』は買ってないぞ!」

時子「あらっ? 『4』→『1』→『6』なんて買ってないわよね?」

 時子は舟券を見直した。

 舟券には『4』→『1』→『3』と印字されていた。


実況「2周2マーク、」

実況「1番手は4番、2番手は1番」

実況「入り乱れるのは3番手の攻防、」

実況「6号艇が抑えて先に回る」

実況「内側差して行くのが3号艇」

実況「しかし、わずかに届かない」


新井「えーっ、なんだよー!?」

時子「『6』?」


実況「残り1周。レースは最終周回に入っています」

 全艇が3周目第1ターンマークを回った。

実況「3周目第1ターンマークを回って、」

実況「トップはまくり炸裂4号艇」

実況「2番手には、イン残した1号艇」

実況「そして競り合い続く3番手争いは、」

実況「6号艇が一歩手前か?」

実況「その背中を3号艇が必死に追いかける」


新井「まだ、わからないぞ。3号艇の方が伸びも腕もひとつ上だからな!」

時子「お願い! 3号艇が6号艇を抜いて!」


実況「もう1回最後のターンが残っている」

実況「「3番手に残るのは、6号艇か3号艇か?」


新井「頼むうーーー!」

時子「お願い!!!」


実況「ラストターンマーク、」

実況「トップ4番が優勝に向けて旋回する」

実況「少し距離を開けて2番がターン、」

実況「そして3番手は、」


新井「……」

時子「……」


実況「先に6番が回り、内を3番が差しに行ったー!」

新井「……」

時子「……」


実況「しかし、3番届かない。6番が先にゴール」

新井「……」

時子「……」


 購入した舟券が外れた。45万円が消えた。


 特別観覧席に居た客もバラバラに帰り始め、10分もするとほとんど客が居なくなった。まだ座席に着いているのは新井と時子だけになった。


 時子が新井の席まで行き、隣に腰掛けた。

時子「まだ終わってないからね。次があるわよ。ふふふふふ」

 そう言って、新井の手を握った。

新井「子供を慰める母親みたいですね」

時子「そうよ、私は母親。子供が落ち込んでいたら元気づけるのが親の役目でしょう」

新井「……」

時子「まだ5万円あるじゃない」

新井「……」

時子「次頑張りましょう!」

 時子は新井の手を一層ギュッと強く握って帰って行った。


 この年、竹林時子から交通遺児関連団体への寄付は無かった。だが、新井と時子との信頼関係は続いた。そして翌年は、以前のようにコツコツと配当金を貯めて行ったのだった。

 この時、時子45歳、新井29歳。


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【現在に戻る】

 時子50歳、新井34歳。

時子(やったわ! 100万円の儲け! ふふふふふ。笑いが止まらない)

 残りのレースがあるにも関わらず時子は、

時子「お先に」

 周りにそう言うと出口へと歩いて行った。

 その時子を新井が追いかけて行った。

 出口で、

時子「取ったわよ!」

新井「そうですか」

 時子が新井の耳元で、

時子「儲けが100万円」

 時子が小さくささやいた。

新井「良かったぁ」

 新井が小さくつぶやいた。

時子「食事しよう!」

新井「あ、あっ、はい」

時子「少し後ろをついて来て」

新井「はい」


 二人は10分ほど歩き、駐車場に停めた時子の車に乗った。高級車だった。

新井「すごい車に乗ってますね」

時子「見栄よ。いい車に乗ってないと、建築を発注する側も心配になるでしょう」

新井「へえーっ、そう言うもんなんですか?」

時子「そういうもんよ。でも、大きくて運転しにくいから好きじゃないのよ。競艇のボートぐらいでちょうどいいのに」

新井「ははははは」

時子「エンジンは自分で直せないけれどね」

新井「ははははは」

時子「ちょっと遠いけれど、デパートのレストランでいい?」

新井「お任せします」

 時子はデパートに向かって車を走らせた。


 新井がボートレースの話をし始めた。

新井「社長は、『4』の頭で何を買ったんですか?」

時子「3連単、全通り買ったわよ」

新井「えっ、すごい! 見送るつもりは無かったんですか?」

時子「全然!」

新井「どうして?」

時子「それは、もちろん当たると思ったからよ」

新井「ハズレることだってありますよね」

時子「そう考えたら舟券なんて買えないわよ」

新井「なるほど、名言ですね」


時子「『ハズレる』と思ってる人は、死ぬまで単純に毎回レースを見てればいいわ。でもそれじゃつまらないでしょ。ただ見るだけならサッカーもあるし、ドラマもあるし、そっちの方が面白いんじゃない」

新井「サッカーとドラマですか? サッカーと野球でなくて?」

時子「ふふふふふ。それでもいいけど」

新井「いいんだ?」

時子「じゃぁ、どれを選ぶか? と言ったら、一番エキサイティングな物を選ぶ訳よ」

新井「『エキサイティング』?」

時子「サッカーもワールドカップとか、ドラマなら韓国ドラマの優秀な作品とか」

新井「ええ、」

時子「ボートレースはただ見ているだけなら、平凡なドラマで終わりよ。でもその平凡なドラマでも、お金を賭けることによって、スリリングでハラハラドキドキする映像に一瞬にして変わるのよ」

新井「すごい! またまた名言ですね」

 新井が感心して頷いた。


時子「もし、もしもよ、」

新井「はい?」

時子「ボートレースが舟券を売らずに、ただ見るだけのスポーツだったら、新井さんは、今日までずうっと見続けて来たかしら?」

新井「えっ、急に質問?」

時子「急で困ったのなら、来年まで答えを待ちましょうか?」

新井「ははははは、プロポーズじゃないんだから」

時子「じゃぁ、答えは?」


新井「ボートレースじゃなくて、YouTubeで漫才を見ていたでしょね」

時子「ははははは。漫才ね。そういうジャンルが好きなのね」

新井「気楽ですからね」

時子「『気楽』ね。じゃぁ、舟券師は『気楽』じゃないのね?」

新井「『必死』ですよ! 生活がかかってますからね」

時子「わかるわ」


新井「社長は『100万円儲かった』って、いくら買ったんですか?」

時子「今、寄付金積立金が30万円利益があるでしょう。そこから20万円。それと自分のお小遣いから20万円。合わせて40万円」

新井「すごいなぁ。で、どんな買い方をしたんですか?」

時子「『4』の頭で、3連単全通り」

新井「じゃぁ、20通り全部?」

時子「そう、全部。抜け目が来たら悔しいから」

新井「度胸ありますね」

時子「女は度胸よ!」

新井「それって、『男は度胸』って言うんじゃないですか?」


時子「それは、昔の話。今は、女こそ度胸が無いと生きて行けないのよ」

新井「えーっ、そうなんですか?」

時子「私、建設会社の社長をやってるでしょう、」

新井「はい」

時子「建設会社の社長なんて、みんな男でしょう」

新井「ええ」

時子「だから、女だと馬鹿にされるのよ」

新井「なるほど」


時子「だから、入札とかJV(共同)で工事する時、思い切って果敢に行くのよ」

新井「『思い切って』とは?」

時子「目を細くして鋭く相手を睨みつけ、唇を『への字』に結んで隙を見せないようにしてるの」


新井「それって疲れませんか?」

時子「疲れないけれど、お化粧が崩れるわね」

新井「ははははは。ウケるー」

時子「お化粧代がかかって大変よぉ」

新井「ははははは」

時子「だからね、」

新井「はい?」

時子「女子のボートレーサーも大変だと思うのよ」

新井「……」

時子「私と同じ、男世界に女が挑む訳でしょう?」

新井「そうですね」


時子「女子だけのレースは別として、『SG』競争や『G1』競争で、女性が優勝したことは無いでしょう?」

新井「『SG』はゼロ、『G1』では2人ですかね?」

 この会話の時の人数である。

時子「それだけ女性は強い意志で臨まないと、とてもじゃないけれど男性には勝てないわ」

新井「社長も、女子レーサーも、そして私も、食べていくって本当に大変ですよね」

時子「そう、大変よ。だから、そうねぇ、これからとんかつなんてどう?」

新井「いいですね!」

 二つ返事でOKした。

時子「とんかつ食べて、トントン拍子で勝つのよ!」

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【後書き】

 67話から70話までお読みいただきありがとうございます!

 今回は、ボートレース場に現れた「謎の舟券師」新井と、豪快な女性社長・時子の秘められた過去を描きました。

 単なるギャンブルの勝ち負けではなく、同じ悲しみを背負った二人が「交通遺児への寄付」という目的のためにタッグを組んでいる姿は親子のような、あるいは戦友のような不思議な絆があります。

時子「外れることを考えたら舟券なんて買えないわよ」

時子「平凡なドラマ(レース)でも、お金を賭けることによって、スリリングでハラハラドキドキする映像に一瞬にして変わるのよ」

 時子の言葉には、ハッとさせられます。

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【ポイント応援のお願い】

 ご一読ありがとうございます。

『ボートレース戸田』を舞台に、プロの眼光と勝負の明暗を描きました。 ギアケース交換の気配を察知する新井の相馬眼、そしてそれを信じ切る時子の度胸。単なるギャンブルを超えた、二人の「人生の戦い」を感じていただけたでしょうか?

 もし今回のエピソードを気に入っていただけましたら、 ページ下の**「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」**にしていただけると、執筆の励みになります! ブックマーク、ご感想もお待ちしております。

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