66 ◎舟券師を探せ!(後編)
【04】 舟券師現る!
翌週、土曜日。
由利は再び戸田の特観席にいた。
第10レース終了後、富田の元に一人の男性が歩み寄るのが見えた。
彼こそが戸田を拠点に稼ぐ舟券師、新井英児(あらい・えいじ34歳)だった。
新井「今節は『野辺浩子』を見ています」
出場選手の一人を挙げた。
富田「ありがとう。じゃあ」
新井は中肉中背、伸びた髪が印象的な男だった。富田と10秒ほど言葉を交わすと、すぐに出口へ向かった。
由利の横を新井が通り過ぎる。その手には舟券が数枚握られていた。由利は数字を盗み見ようとしたが、固く握りしめられていて叶わなかった。
由利は富田の元へ駆け寄った。
由利「……今の人が?」
富田「うん」
短く頷く。出口を振り返ったが、もう新井の姿はなかった。
由利「私もこれで失礼します。今日はありがとうございました」
富田「そうだ、よろしければこれをどうぞ」
富田はポケットから一冊の文庫本を取り出した。タイトルは『ギャンブラーと女たち』。
由利「私に?」
富田「ええ。これ、お持ちですか? 私が書いた本ですが、まったく売れませんでした。ははははは。」
由利(随分謙遜して言っているんだろうな。官能小説以外にもギャンブルの本を書いていたんだ?)
由利「いいえ、持っていません」
富田「それは、ちょうどよかった。舟券師の参考になるといいのですが」
由利「ありがとうございます。先生にお会いしたいい記念になります」
富田「私は一切サインをしない主義なので、すみませんがこのままで」
由利「わかりました。では頂戴して帰ります」
由利は出口へと向かった。
【05】 富田の著書『ギャンブラーと女たち』
その夜、由利は早速『ギャンブラーと女たち』を開いた。
一行目――「ギャンブルのなかでもっともプロの多いのが競艇である」
由利(やっぱりそうか! 私の知識は正しかったんだ。競馬や競輪よりプロが多いのか)
読み進めると、競馬は動物が相手であり、競輪やオートレースはハンデ制度があるため推理が複雑だが、競艇は6枠で当てやすいからだ、という理由が記されていた。
小説は一人の舟券師を通して、その買い方や生活ぶりを描いたものだった。
由利(面白い……。定職を持たず、ボート一本で生きる。まさに憧れの生活だ。もし自分もそうなれたら、市役所を辞めるかな。……いや、間違いなく辞めるな)
由利はほくそ笑みながら、富田やあの新井ともっと深く話したいという願望を募らせていった。
翌日、日曜日。
富田「今度、ここで会うことがありましたら、特別あなただけに、私が舟券師から聞いたことを少しずつお話ししましょうか?」
由利「本当ですか! ぜひお願いします」
由利が最高の笑みを見せた。富田もその表情を見て嬉しそうにした。
富田「その代わり、条件が一つあります」
由利「何でしょうか?」
富田「私に会うときは、必ず私の著書を手に持っていること。そして、その本は毎回変えること。さらに、すでに読み終えていなければなりません」
由利「はい、承知しました」
富田「そして、読み終えた感想を聞きたいのです」
由利「わたしなんかの感想で良いのですか?」
富田「はい、結構です」
由利「新刊でなく、古本でもよろしいですか?」
富田「そんなに新刊本は出していませんから、古本で、もちろん結構ですよ」
由利「それなら、先生の本、全部制覇するつもりで読みまくります!」
富田「ははははは。それは、頼もしい」
由利「先生の本は、面白いので、読みやすいです」
富田「そして、面白かった時よりも、むしろつまらなかった時は、はっきりと『つまらない』と、言って欲しいのです」
由利「えっ、いいんですか?」
富田「ファンレターは良いことしか書いてありませんから、悪い意見はなかなか私の耳に届かないのですよ」
由利「そうかも知れませんね」
富田「せっかく、あなたと知り合えたのですから、私の書いた本で、どこがつまらないのか、アドバイスをいただきたいのです」
由利「はい」
富田「なかなか、そういうことを言ってくれる人がいないんですよ」
由利「……わかりました。喜んでお引き受けします」
富田「では、よろしく頼みますよ」
由利にとって今後、富田から舟券師について聞けるとは夢のような話だった。なぜなら舟券師について話すのはタブーとされているからである。
富田がそのタブーを犯してまで由利に話す気になったのには、ある理由が隠されていた……
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【後書き】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、由利が憧れの「舟券師」への手がかりを求めて、型破りな小説家・富田竹夫に接触するエピソードでした。
税務課の笹倉麗子さんとの「職務上知り得た秘密」を巡る丁々発止のやり取りから一転、古本屋でのドタバタ、そして憧れの作家との緊迫(?)のクイズ対決……。由利の必死さが空回りしつつも、どこか憎めないキャラクターが伝わっていれば幸いです。
作中に登場した富田竹夫の著書タイトルは、かつての昭和・平成の官能小説やギャンブル小説へのオマージュを込めて並べてみました。「温まった乳房」を「温かい乳房」と言い間違える絶体絶命(?)のシーンは、書きながら私自身も手に汗握る思いでした。
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【ポイント応援のお願い】
お読みいただきありがとうございました。 市役所職員と小説家、そして孤独な舟券師。交わるはずのなかった点と点が、ボートレース場を舞台に繋がり始めました。
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今後とも「女子ボートレーサーと市役所職員」をよろしくお願いいたします。
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