59 ▼『ボートレース多摩川』初日~5日目 編
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【あらまし】(ボートレーサーの奮闘記)
ボートレース多摩川の「オールレディース戦」に出場した新人レーサー・速水爽香は、師匠の里見千鶴や同期の友田千加と同じ配分になり、気合を入れます。
前検日、爽香は師匠の千鶴から「ターンの練習を積んだようね」と声をかけられます。かつてボート界を甘く見ていた自分を反省した爽香は、市役所の職員から得た「ジャングルジムの登り方」をヒントに、6コースからボートの船尾(お尻)を一気に振って鋭角に回る「尻振りターン」を猛特訓していました。
千鶴からもその方向性を肯定され、爽香は実戦に挑みます。
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【主な登場人物】
●速水 爽香
属性: 本作の主人公。登録番号等は不明だが、21歳の若手(B2級)。
近況: かつては「生活保護」を受けていた苦労人。以前はプロの世界を甘く見ていたが、現在は心を入れ替え猛練習に励んでいる。
今節のハイライト: 「市役所の人」から得たジャングルジムの登り方のヒントを、ボートの「尻振りターン」に応用。
●里見 千鶴
属性: 40歳。A1級のトップレーサー。爽香の師匠で、埼玉支部の先輩。
役割: 爽香の精神的・技術的支柱。宿舎で同部屋になり、実戦に基づいた具体的なアドバイス(逆Vの字ターン、2マーク勝負の重要性など)を送る。
性格: 厳しくも温かい。爽香の成長を誰よりも喜んでおり、ポジティブな言葉で愛弟子を鼓舞する。
●友田 千加
属性: 爽香の同期レーサー。
役割: 今節(多摩川オールレディース)に一緒に斡旋されている。本エピソード内での直接の会話シーンはないが、切磋琢磨する存在として名前が挙がっている。
丹沢 純也
属性: 爽香にターンのヒントを授けた「市役所の人」。
役割: 爽香の回想や思考の中に登場。ジャングルジムの例え話を通じて、爽香に「大外からお尻を振って回る」という新境地を開かせたキーマン。
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【前書き】
●この小説には多くの数字が出てきます。そこで読者の皆様が読み易いように横書きとなっております
●多人数での会話も多いことから、誰が話しているのか、すぐにわかるよう会話の頭に台本形式で、氏または名を付けて表現しました
●この物語はフィクションです。実在の個人・団体、実際のレースとは一切関係ありません。ボートレーサーと市役所職員をモデルに、フィクションとして制作されたものです
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【01】 爽香、6コース勝負
爽香は『ボートレース多摩川』に来ていた。
オールレディース戦。爽香は久しぶりに師匠の里見千鶴、そして同期の友田千加と一緒に斡旋された。
前検日。師匠の里見千鶴が爽香に話しかけた。
千鶴「爽香、調子良さそうね」
爽香「ええ、結構いいエンジンを引き当てましたから」
千鶴「それだけじゃなく、随分練習したんでしょう?」
爽香「えっ?」
千鶴「ターンの練習よ。戸田にいた選手たちがみんな言ってたわよ。『爽香が本気出してきた』って」
爽香「……ってことは、今までは酷かったってことですね」
千鶴「まぁね。どこか訓練生気分というか、この世界を甘く見ていた感じはあったわ。もう少し簡単に勝てると思っていたんじゃない?」
爽香「……はい、認めます。甘かったです。勝てない厳しさを思い知らされました」
千鶴「それで、必死に練習したわけ?」
爽香「ええ。もう二度と生活保護のお世話になりたくないですし。それに……ターンのヒントをもらったんです。それを試したくて」
千鶴「ヒント? 誰から?」
爽香「市役所の人です」
千鶴「市役所の人? 公務員の人がボートのターンを教えてくれるの?」
爽香「そういうわけじゃないんですけど。公園のジャングルジムを早く登るコツは『お尻を突き出して大外を一気に回ることだ』って教わって。そこから閃いたんです。6コースなら外のスペースを自由に使える。思い切りボートの尻を振ってターンしたらどうかって」
千鶴「なるほど、それで振り込み(ターン初動)の練習を……」
爽香「はい。一気に尻を振るスピードとタイミングを叩き込みました。時にはあえて外に膨らませる練習も」
千鶴「いい着眼点よ。とにかく『尻振り』は素早く、かつボートを暴れさせないこと。それに尽きるわ。明日からの実戦、楽しみにしてるわよ」
爽香「はい、頑張ります!」
【02】 初日
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多摩川 初日 7レース 予選 オールレディース
1号艇 里見千鶴 40歳 A1級 勝率6.23 モーター◎
2号艇 定方久乃 46歳 B1級 勝率4.58 モーター△
3号艇 時川舞衣 29歳 B1級 勝率3.66 モーター-
4号艇 橋北佳枝 44歳 B1級 勝率4.52 モーター×
5号艇 登坂みち 46歳 B1級 勝率3.53 モーター-
6号艇 速水爽香 21歳 B2級 勝率2.78 モーター○
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爽香は第7レースの1回乗りだった。
爽香(1コースに師匠が居る、このメンバーで師匠は格上だ)
爽香(師匠にいい所を見せたいな)
爽香(師匠がイン逃げ、私がまくり差し)
爽香(メンバーはベテラン揃いだけれど、私は丹沢さんが失恋させられた『尻振りターン』で臨むわ!)
第7レース 予選、その瞬間が刻一刻と時が近づいて来ていた。
13:46、第7レース予選が始まった。
ピットのランプが『始動』→『出走』に変わった。
6艇が一斉にピットを離れた。
1号艇、2号艇、3号艇、内3艇が待機水面へと全速力で走って行った。
4号艇、5号艇は他艇に合わせながら走り出した。
そして爽香は、マイペースで舟を水面へと出して行った。
爽香(6コースの良い所は、ピット離れ(ピットを出る速さ)を気にしなくていい所。その分リラックスして待機出来るわ)
爽香(私はこの時間が好き。日本全国24か所のボートレース場の景色を水上から眺めることが出来る。なんて贅沢なんだろう)
爽香は、ゆっくり、ゆったり、待機水面を大きく回った。
ピットを出てスタートまで約100秒ある。爽香にとっての観光時間だ。周りの木立をを見ながら心を落ち着かせた。
ピットを出て85秒が経過。残り15秒。
スタート水面の最後方、大外ダッシュ位置に艇を据えた。
スタートまで、残り12秒。初動開始。レバーを握り込み、グングンと加速する。
5、4、3、2、1……スタート!
爽香(ほぼ全力でスタートが切れた!)
実況「スローが3艇、ダッシュが3艇、インコースから1番2番3番4番5番6番です」実況「スタートしました! トップスタートは6号艇の速水」
実況「3番、4番、5番がへこんだスタート」
実況「第1マーク、6号艇の速水がまくりを狙うが、内2艇までは届かないか!」
爽香(2番と3番の間……あそこだ!)
差し場を見定めた瞬間、爽香は思い切りハンドルを切った。
限界まで体を外に投げ出す。
爽香(これぞ『尻振り!』)
実況「1号艇・里見が逃げる! 2号艇が続く! おっと、6号艇のまくり差しが入った! 3番手は速水!」
しかし、バックストレッチで内から艇が伸びてくる。
爽香(うまく行った……はず!)
実況「注目は3番手争い、最内を通った4号艇が半艇身差まで追い上げてくる!」
爽香(えっ、なんで!? 油断した!)
第2ターンマーク。内有利に旋回した4号艇に差し返され、爽香は4番手へと後退した。
爽香(まずい! 賞金圏外!)
結局、爽香はそのまま4着でゴールした。
【03】 その日(初日)の夜、選手宿舎
爽香は、同じ埼玉支部と言うことで、師匠里見千鶴と同部屋に割り振られていた。
千鶴「どうだった、今日のレースは?」
爽香「3着どころを抜かれたのが悔しくて」
千鶴「そうね。でも、枠番(6枠)より上の着順なら上等よ。しかも二つも上でしょう」
爽香「そうですね。そう言っていただき、ありがとうございます」
千鶴「ターンはうまく行った?」
爽香「以前よりは、鋭角に回れたかな? と思ってます」
千鶴「そうね。展開にもよるけれど、少し出ていれば『Vの字』で、少し下がっていたら『数字の7』で。とにかく角を出して回ることよ!」
爽香「はい!」
千鶴「それと、6コース選手は2マーク勝負! 今日はそこで逆転されたでしょ? 外枠になるほど2マークが重要になるからね」
爽香「はい!」
千鶴「でも、まくり差しのコース判断は良かったし、バウ(船首)の方向転換は間違いなく速くなってる。明日も楽しみだわ!」
爽香「はい!」
2日目。
4着、4着。
3日目。
3着。
4日目。
4着、3着。
【04】 その日(4日目)の夜、選手宿舎
千鶴「爽香、すごいね! ここまでずうっと3着、4着で来てるじゃない!」
爽香「ありがとうございます」
千鶴「4日間見たけど、ターンの初動位置が安定してないわね」
爽香「そうなんです。行き過ぎたり、手前過ぎたり、」
千鶴「レース場ごとに初動位置を決めて、切込みはターンマークギリギリを狙うのがポイントよ!」
爽香「明日も試してみます」
千鶴「結果はともかく、とにかくターンマークをすかすめて回る。習慣づけるのよ」
爽香「はい」
【05】 5日目
前半戦、第3レースは5着。
スタートが横並びで1マークに行った時は、すでに他艇がターンの態勢。爽香はやむなく『数字の7』でターンした。
レースを終えて、
爽香(横並びのスタートじゃ上位は無理か)
爽香(5着なら最低限『良し』と、しときましょう)
爽香は気持ちを切り替え次のレースに臨むことにした。
後半戦、第9レース。
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多摩川 5日目 9レース 予選 オールレディース
1号艇 山合友海 27歳 A2級 勝率5.71 モーター× 464333
2号艇 保田夕紀 48歳 B1級 勝率5.31 モーター◎ 125443
3号艇 古旗千尋 32歳 B1級 勝率5.18 モーター- 356224
4号艇 渡来千代 49歳 A2級 勝率5.69 モーター△ 414265
5号艇 神野紀久 51歳 B1級 勝率3.46 モーター- 513445
6号艇 速水爽香 21歳 B2級 勝率2.78 モーター○ 444343
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爽香(前半戦は、横一線のスタートで何も出来なかった)
爽香(この後半戦では、スタートをもう少し踏み込んでみよう。そうしないと3着以内は無理だわ)
14:44、第9レース予選が始まった。
スタート100秒前。
ピットのランプが『始動』→『出走』に変わった。
速水はピットを出て、いつものように外の景色を見ながら水面の淵をゆっくりと走った。
爽香(いい天気だわ。風も無いみたい)
爽香は、ボートをゆっくりと走らせることにより、風の強さを測っていた。
爽香(気持ちは『無』の心境で。でもスタートだけは気を付けよう)
爽香は、あらかじめ第1ターンマークの展開を予想しなかった。展開を決めつけてしまうと、予想と違った時の対応が出来ないからだ。また、予想通りの展開になるはずが無いことを悟って来たからだった。
ピットを出て85秒が経過。残り15秒。
スタート水面一番奥に爽香は艇を着けた。
スタートまで、残り12秒。初動開始。そこから爽香はグングンスピードを上げて行った。
5秒前、3秒、2秒、1秒、スタート!!
爽香(いい感じ!)
爽香は、そう思った。
爽香は、70mほど走った所で左を見た。
爽香(ぎょっ!!! 誰も居ない!!!)
爽香(えっ、《フライングを》またやっちゃった!)
爽香(もう、やっちゃったものは仕方ない。それでも左へ斜行していくだけよ!)
爽香の艇が、5号艇、4号艇、3号艇の鼻先を進んで行った。
そこまで行くと、2号艇、1号艇が来ていて、爽香の艇は半艇身しか出ていなかった。
爽香(ここで切り返しだ!!!)
爽香が3号艇と2号艇の間を割って、差しに行った。差すには充分すぎる隙間があった。
爽香(V字よ!)
爽香がハンドルを切った。転覆しないよう、重心を艇の外側左まで移した。
爽香(踏ん張れ!)
爽香がボートに言い聞かせた。
なんとかボートが持ちこたえた。
バックストレッチ、早くも独走状態に入った。
爽香(フライングは?)
爽香が、前方の『スタート表示灯』を確認した。
爽香(もし私がフライングをしていたら『6』の数字がつくはず)
スタート表示灯に『スタート正常』のランプが灯った。
爽香(ほっ!)
爽香の艇が先頭で第2ターンマークに差し掛かった。
爽香(えっ、もう2マーク?)
爽香がビックリするほど早く第2ターンマークが目の前左方に見えた。
爽香は落ち着いて、いつもの練習通りに旋回した。
それから約90秒後。
爽香は1着でゴールインした。
爽香(嘘みたい。私が1着なんて)
爽香が改めて後ろを振り返った。確かに、後ろに5艇が走っていた。
爽香(夢じゃない、現実なんだ)
爽香(ラッキーだったわ。私のスタートがタッチスタート《『00』のスタート》だったのか、それとも他5艇のスタートが遅かったのか? どっちだろう?)
爽香はピットに戻って、スリット写真《スタートの瞬間映像》を見た。
爽香(私が『05』で、他艇は『25』か。追い風だったら危なかったわ。無風で良かった!)
【06】 その日(5日目)の夜、選手宿舎。
千鶴「やったわね! 1着おめでとう!」
爽香「ありがとうございます」
爽香が、師匠千鶴に一礼した。
千鶴「1着を取ると、表情が全然違うわね。すごい生き生きとしてるわよ」
爽香「ははははは、そうですか? ついに私も開花したのかも。へへへへへ、大器晩成と言うんですかね」
千鶴「そうね、遅咲きでも早咲きでもいいから、とにかく無事故無違反で、少しずつでいいから勝率を上げて行って欲しいわ」
爽香「はい、大丈夫です。任せてください!」
千鶴「明日も期待してるからね」
爽香「はい!」
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【後書き】
最後までお読みいただきありがとうございます! ついに爽香がやりました!6コースからの快勝、手に汗握る展開でしたね。
「市役所の人」のアドバイス(ジャングルジム登り)が、まさかこんな形で実を結ぶとは……。師匠の千鶴さんに「大器晩成」なんて調子に乗ってしまう爽香ですが、ようやくプロとしての階段を一段登ったような気がします。
次回、シリーズ最終日の爽香はどんな走りを見せてくれるのか。 引き続き応援よろしくお願いいたします!
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【作者よりお願い】
「爽香、よくやった!」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや広告下の評価(☆☆☆☆☆)で応援いただけると執筆の励みになります。
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