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女子ボートレーサーと市役所職員  作者: 池井 けい
第6章 ボートレーサー、神林流星(かんばやし・りゅうせい)
59/70

59 ▼『ボートレース多摩川』初日~5日目 編

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【あらまし】(ボートレーサーの奮闘記)

 ボートレース多摩川の「オールレディース戦」に出場した新人レーサー・速水爽香は、師匠の里見千鶴や同期の友田千加と同じ配分になり、気合を入れます。

 前検日、爽香は師匠の千鶴から「ターンの練習を積んだようね」と声をかけられます。かつてボート界を甘く見ていた自分を反省した爽香は、市役所の職員から得た「ジャングルジムの登り方」をヒントに、6コースからボートの船尾(お尻)を一気に振って鋭角に回る「尻振りターン」を猛特訓していました。

 千鶴からもその方向性を肯定され、爽香は実戦に挑みます。

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【主な登場人物】

速水はやみ 爽香さやか

属性: 本作の主人公。登録番号等は不明だが、21歳の若手(B2級)。

近況: かつては「生活保護」を受けていた苦労人。以前はプロの世界を甘く見ていたが、現在は心を入れ替え猛練習に励んでいる。

今節のハイライト: 「市役所の人」から得たジャングルジムの登り方のヒントを、ボートの「尻振りターン」に応用。


里見さとみ 千鶴ちづる

属性: 40歳。A1級のトップレーサー。爽香の師匠で、埼玉支部の先輩。

役割: 爽香の精神的・技術的支柱。宿舎で同部屋になり、実戦に基づいた具体的なアドバイス(逆Vの字ターン、2マーク勝負の重要性など)を送る。

性格: 厳しくも温かい。爽香の成長を誰よりも喜んでおり、ポジティブな言葉で愛弟子を鼓舞する。


友田ともだ 千加ちか

属性: 爽香の同期レーサー。

役割: 今節(多摩川オールレディース)に一緒に斡旋されている。本エピソード内での直接の会話シーンはないが、切磋琢磨する存在として名前が挙がっている。


丹沢たんざわ 純也じゅんや

属性: 爽香にターンのヒントを授けた「市役所の人」。

役割: 爽香の回想や思考の中に登場。ジャングルジムの例え話を通じて、爽香に「大外からお尻を振って回る」という新境地を開かせたキーマン。

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【前書き】

●この小説には多くの数字が出てきます。そこで読者の皆様が読み易いように横書きとなっております

●多人数での会話も多いことから、誰が話しているのか、すぐにわかるよう会話の頭に台本形式で、氏または名を付けて表現しました

●この物語はフィクションです。実在の個人・団体、実際のレースとは一切関係ありません。ボートレーサーと市役所職員をモデルに、フィクションとして制作されたものです

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【01】 爽香、6コース勝負


 爽香は『ボートレース多摩川』に来ていた。

オールレディース戦。爽香は久しぶりに師匠の里見千鶴、そして同期の友田千加と一緒に斡旋された。


 前検日。師匠の里見千鶴が爽香に話しかけた。

千鶴「爽香、調子良さそうね」

爽香「ええ、結構いいエンジンを引き当てましたから」

千鶴「それだけじゃなく、随分練習したんでしょう?」

爽香「えっ?」

千鶴「ターンの練習よ。戸田にいた選手たちがみんな言ってたわよ。『爽香が本気出してきた』って」

爽香「……ってことは、今までは酷かったってことですね」

千鶴「まぁね。どこか訓練生気分というか、この世界を甘く見ていた感じはあったわ。もう少し簡単に勝てると思っていたんじゃない?」

爽香「……はい、認めます。甘かったです。勝てない厳しさを思い知らされました」

千鶴「それで、必死に練習したわけ?」

爽香「ええ。もう二度と生活保護のお世話になりたくないですし。それに……ターンのヒントをもらったんです。それを試したくて」

千鶴「ヒント? 誰から?」

爽香「市役所の人です」

千鶴「市役所の人? 公務員の人がボートのターンを教えてくれるの?」

爽香「そういうわけじゃないんですけど。公園のジャングルジムを早く登るコツは『お尻を突き出して大外を一気に回ることだ』って教わって。そこから閃いたんです。6コースなら外のスペースを自由に使える。思い切りボートの尻を振ってターンしたらどうかって」

千鶴「なるほど、それで振り込み(ターン初動)の練習を……」

爽香「はい。一気に尻を振るスピードとタイミングを叩き込みました。時にはあえて外に膨らませる練習も」

千鶴「いい着眼点よ。とにかく『尻振り』は素早く、かつボートを暴れさせないこと。それに尽きるわ。明日からの実戦、楽しみにしてるわよ」

爽香「はい、頑張ります!」



【02】 初日

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多摩川 初日 7レース 予選 オールレディース


 1号艇 里見千鶴 40歳 A1級 勝率6.23 モーター◎ 

 2号艇 定方久乃 46歳 B1級 勝率4.58 モーター△ 

 3号艇 時川舞衣 29歳 B1級 勝率3.66 モーター- 

 4号艇 橋北佳枝 44歳 B1級 勝率4.52 モーター× 

 5号艇 登坂みち 46歳 B1級 勝率3.53 モーター- 

 6号艇 速水爽香 21歳 B2級 勝率2.78 モーター○ 

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 爽香は第7レースの1回乗りだった。

爽香(1コースに師匠が居る、このメンバーで師匠は格上だ)

爽香(師匠にいい所を見せたいな)

爽香(師匠がイン逃げ、私がまくり差し)

爽香(メンバーはベテラン揃いだけれど、私は丹沢さんが失恋させられた『尻振りターン』で臨むわ!)


 第7レース 予選、その瞬間が刻一刻と時が近づいて来ていた。


 13:46、第7レース予選が始まった。

 ピットのランプが『始動』→『出走』に変わった。


 6艇が一斉にピットを離れた。

 1号艇、2号艇、3号艇、内3艇が待機水面へと全速力で走って行った。

 4号艇、5号艇は他艇に合わせながら走り出した。

 そして爽香は、マイペースで舟を水面へと出して行った。


爽香(6コースの良い所は、ピット離れ(ピットを出る速さ)を気にしなくていい所。その分リラックスして待機出来るわ)

爽香(私はこの時間が好き。日本全国24か所のボートレース場の景色を水上から眺めることが出来る。なんて贅沢なんだろう)

 爽香は、ゆっくり、ゆったり、待機水面を大きく回った。


 ピットを出てスタートまで約100秒ある。爽香にとっての観光時間だ。周りの木立をを見ながら心を落ち着かせた。


 ピットを出て85秒が経過。残り15秒。

 スタート水面の最後方、大外ダッシュ位置に艇を据えた。

 スタートまで、残り12秒。初動開始。レバーを握り込み、グングンと加速する。

 5、4、3、2、1……スタート!


爽香(ほぼ全力でスタートが切れた!)

実況「スローが3艇、ダッシュが3艇、インコースから1番2番3番4番5番6番です」実況「スタートしました! トップスタートは6号艇の速水」

実況「3番、4番、5番がへこんだスタート」

実況「第1マーク、6号艇の速水がまくりを狙うが、内2艇までは届かないか!」

爽香(2番と3番の間……あそこだ!)

 差し場を見定めた瞬間、爽香は思い切りハンドルを切った。

 限界まで体を外に投げ出す。

爽香(これぞ『尻振り!』)


実況「1号艇・里見が逃げる! 2号艇が続く! おっと、6号艇のまくり差しが入った! 3番手は速水!」


 しかし、バックストレッチで内から艇が伸びてくる。

爽香(うまく行った……はず!)

実況「注目は3番手争い、最内を通った4号艇が半艇身差まで追い上げてくる!」

爽香(えっ、なんで!? 油断した!)

 第2ターンマーク。内有利に旋回した4号艇に差し返され、爽香は4番手へと後退した。

爽香(まずい! 賞金圏外!)

 結局、爽香はそのまま4着でゴールした。


【03】 その日(初日)の夜、選手宿舎


 爽香は、同じ埼玉支部と言うことで、師匠里見千鶴と同部屋に割り振られていた。

千鶴「どうだった、今日のレースは?」

爽香「3着どころを抜かれたのが悔しくて」

千鶴「そうね。でも、枠番(6枠)より上の着順なら上等よ。しかも二つも上でしょう」

爽香「そうですね。そう言っていただき、ありがとうございます」

千鶴「ターンはうまく行った?」

爽香「以前よりは、鋭角に回れたかな? と思ってます」

千鶴「そうね。展開にもよるけれど、少し出ていれば『Vの字』で、少し下がっていたら『数字の7』で。とにかくカクを出して回ることよ!」

爽香「はい!」

千鶴「それと、6コース選手は2マーク勝負! 今日はそこで逆転されたでしょ? 外枠になるほど2マークが重要になるからね」

爽香「はい!」

千鶴「でも、まくり差しのコース判断は良かったし、バウ(船首)の方向転換は間違いなく速くなってる。明日も楽しみだわ!」

爽香「はい!」


2日目。

 4着、4着。


3日目。

 3着。


4日目。

 4着、3着。


【04】 その日(4日目)の夜、選手宿舎


千鶴「爽香、すごいね! ここまでずうっと3着、4着で来てるじゃない!」

爽香「ありがとうございます」

千鶴「4日間見たけど、ターンの初動位置が安定してないわね」

爽香「そうなんです。行き過ぎたり、手前過ぎたり、」

千鶴「レース場ごとに初動位置を決めて、切込みはターンマークギリギリを狙うのがポイントよ!」

爽香「明日も試してみます」

千鶴「結果はともかく、とにかくターンマークをすかすめて回る。習慣づけるのよ」

爽香「はい」


【05】 5日目


 前半戦、第3レースは5着。

 スタートが横並びで1マークに行った時は、すでに他艇がターンの態勢。爽香はやむなく『数字の7』でターンした。

 レースを終えて、

爽香(横並びのスタートじゃ上位は無理か)

爽香(5着なら最低限『良し』と、しときましょう)

 爽香は気持ちを切り替え次のレースに臨むことにした。


 後半戦、第9レース。

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多摩川 5日目 9レース 予選 オールレディース


 1号艇 山合友海 27歳 A2級 勝率5.71 モーター× 464333

 2号艇 保田夕紀 48歳 B1級 勝率5.31 モーター◎ 125443

 3号艇 古旗千尋 32歳 B1級 勝率5.18 モーター- 356224

 4号艇 渡来千代 49歳 A2級 勝率5.69 モーター△ 414265

 5号艇 神野紀久 51歳 B1級 勝率3.46 モーター- 513445

 6号艇 速水爽香 21歳 B2級 勝率2.78 モーター○ 444343

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爽香(前半戦は、横一線のスタートで何も出来なかった)

爽香(この後半戦では、スタートをもう少し踏み込んでみよう。そうしないと3着以内は無理だわ)


 14:44、第9レース予選が始まった。

 スタート100秒前。

 ピットのランプが『始動』→『出走』に変わった。


 速水はピットを出て、いつものように外の景色を見ながら水面の淵をゆっくりと走った。

爽香(いい天気だわ。風も無いみたい)

 爽香は、ボートをゆっくりと走らせることにより、風の強さを測っていた。

爽香(気持ちは『無』の心境で。でもスタートだけは気を付けよう)

 爽香は、あらかじめ第1ターンマークの展開を予想しなかった。展開を決めつけてしまうと、予想と違った時の対応が出来ないからだ。また、予想通りの展開になるはずが無いことを悟って来たからだった。


 ピットを出て85秒が経過。残り15秒。

スタート水面一番奥に爽香は艇を着けた。

 スタートまで、残り12秒。初動開始。そこから爽香はグングンスピードを上げて行った。

 5秒前、3秒、2秒、1秒、スタート!!


爽香(いい感じ!)

 爽香は、そう思った。

 爽香は、70mほど走った所で左を見た。

爽香(ぎょっ!!! 誰も居ない!!!)

爽香(えっ、《フライングを》またやっちゃった!)

爽香(もう、やっちゃったものは仕方ない。それでも左へ斜行していくだけよ!)

 爽香の艇が、5号艇、4号艇、3号艇の鼻先を進んで行った。

 そこまで行くと、2号艇、1号艇が来ていて、爽香の艇は半艇身しか出ていなかった。

爽香(ここで切り返しだ!!!)

 爽香が3号艇と2号艇の間を割って、差しに行った。差すには充分すぎる隙間があった。

爽香(V字よ!)

 爽香がハンドルを切った。転覆しないよう、重心を艇の外側左まで移した。

爽香(踏ん張れ!)

 爽香がボートに言い聞かせた。

 なんとかボートが持ちこたえた。


 バックストレッチ、早くも独走状態に入った。

爽香(フライングは?)

 爽香が、前方の『スタート表示灯』を確認した。

爽香(もし私がフライングをしていたら『6』の数字がつくはず)

 スタート表示灯に『スタート正常』のランプが灯った。

爽香(ほっ!)

 爽香の艇が先頭で第2ターンマークに差し掛かった。

爽香(えっ、もう2マーク?)

 爽香がビックリするほど早く第2ターンマークが目の前左方に見えた。

 爽香は落ち着いて、いつもの練習通りに旋回した。


 それから約90秒後。

爽香は1着でゴールインした。

爽香(嘘みたい。私が1着なんて)

 爽香が改めて後ろを振り返った。確かに、後ろに5艇が走っていた。

爽香(夢じゃない、現実なんだ)

爽香(ラッキーだったわ。私のスタートがタッチスタート《『00』のスタート》だったのか、それとも他5艇のスタートが遅かったのか? どっちだろう?)

 爽香はピットに戻って、スリット写真《スタートの瞬間映像》を見た。

爽香(私が『05』で、他艇は『25』か。追い風だったら危なかったわ。無風で良かった!)


【06】 その日(5日目)の夜、選手宿舎。


千鶴「やったわね! 1着おめでとう!」

爽香「ありがとうございます」

 爽香が、師匠千鶴に一礼した。

千鶴「1着を取ると、表情が全然違うわね。すごい生き生きとしてるわよ」

爽香「ははははは、そうですか? ついに私も開花したのかも。へへへへへ、大器晩成と言うんですかね」

千鶴「そうね、遅咲きでも早咲きでもいいから、とにかく無事故無違反で、少しずつでいいから勝率を上げて行って欲しいわ」

爽香「はい、大丈夫です。任せてください!」

千鶴「明日も期待してるからね」

爽香「はい!」

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【後書き】

 最後までお読みいただきありがとうございます! ついに爽香がやりました!6コースからの快勝、手に汗握る展開でしたね。

「市役所の人」のアドバイス(ジャングルジム登り)が、まさかこんな形で実を結ぶとは……。師匠の千鶴さんに「大器晩成」なんて調子に乗ってしまう爽香ですが、ようやくプロとしての階段を一段登ったような気がします。

 次回、シリーズ最終日の爽香はどんな走りを見せてくれるのか。 引き続き応援よろしくお願いいたします!

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【作者よりお願い】

「爽香、よくやった!」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや広告下の評価(☆☆☆☆☆)で応援いただけると執筆の励みになります。

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