52 ♡電子レンジとしらす(前編)
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【あらまし】(爆笑トーク・ボートレーサーと恋の話)
ボートレーサー養成所の同期である速水爽香と志摩真波。真波の部屋でリプレイ映像を見ていた二人は、爽香がレース中に転覆させてしまった先輩選手・神林龍星の話題になる。
神林の優しさに触れ、密かに彼を想う爽香に対し、真波は「形のない愛や信用は信じない」と一蹴する。
勝負の世界で生きる二人が、電子レンジと恋愛の共通点を見出し、やがて「次は業界外の男性と飲みましょう」と盛り上がる二人。爆笑の夜へと加速する爽快なガールズトーク・エピソード。
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【主な登場人物】
●速水 爽香(はやみ・さやか・21歳)
職業: ボートレーサー。
状況: 自宅にはテレビもパソコンもない賃貸暮らし。休日、志摩真波の部屋に遊びに行く。
性格: 素直で感性豊か。電子レンジの仕組みに感動したり、相手の言葉を深く受け止めたりする。
人間関係: *志摩真波は養成所時代の同期で親友。
神林龍星: レース中にケガをさせてしまった先輩。彼の言葉に救われ、密かに「片想い」を抱いている。
●志摩 真波(しま・まなみ・27歳 )
職業: ボートレーサー(爽香と同期)。
状況: 埼玉県内の高級マンションにひとり暮らし。
性格: サバサバしており、現実的。当初は「目に見えない愛や信用は信じない」という主義だったが、爽香の「電子レンジ(電磁波)も目に見えない」という指摘に爆笑し、考えを改める柔軟さがある。
恋愛観: 次回は「ボート業界以外の人(海から釣る魚、あるいはシラス)」との恋愛に挑戦しようとしている。
●神林 龍星(かんばやし・りゅうせい / 28歳)
職業: ボートレーサー(静岡支部、爽香の8期先輩)。
状況: 浜名湖のレースで爽香のターンに巻き込まれ、負傷して途中帰郷した。
人物像: 爽香にアドバイスを送り、自分がケガをした際も「失敗を後悔しないで」と励ます非常に器の大きい人物。爽香や真波からは「キリスト様みたい(髭の容姿も含め)」と評される。
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【前書き】
●この小説には多くの数字が出てきます。そこで読者の皆様が読み易いように横書きとなっております
●多人数での会話も多いことから、誰が話しているのか、すぐにわかるよう会話の頭に台本形式で、氏または名を付けて表現しました
●この物語はフィクションです。実在の個人・団体、実際のレースとは一切関係ありません。ボートレーサーと市役所職員をモデルに、フィクションとして制作されたものです
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【01】 電子レンジ
速水爽香は、ボートレーサー養成所の同期で、苦楽を共にした志摩真波(しま・まなみ、26歳)のマンションへ遊びに行った。真波は、埼玉県内にある少し高級なマンションでひとり暮らしをしている。同じ県内とはいえ、爽香の賃貸住宅からは移動に2時間近くかかる。爽香は道中のコンビニで、二人分のおにぎりを買ってから向かった。
志摩真波の部屋。
爽香「おにぎり買ってきたけど、食べる?」
真波「あ、助かる。うん、なにがあるの?」
爽香「鮭にツナマヨ、焼肉、あとオムライス」
真波「じゃあ、まずはオムライスをもらうわ」
爽香「はい」
爽香はパッケージを手渡した。
真波「私、電子レンジで温めるけど、爽香のもやる?」
爽香「あ、お願い。オムライスは温めた方が絶対おいしいわよね」
真波「うん」
真波は電子レンジのつまみを『30秒』に合わせ、オムライスのおにぎり2個を温め始めた。
爽香「電子レンジって不思議よね。食べたいものを中に入れて、つまみを回すだけで熱々になっちゃうんだもの」
真波「すごいパワーの持ち主よね。電磁波の力よ」
爽香「『目に見えない光線』がおにぎりを刺激するわけね」
真波「いい表現。ロマンチックじゃない」
爽香「やっぱり電子レンジってすごいわ」
真波「へぇ、そんなことに感心するんだ。私なんて、もう当たり前だと思って何も感じないわ。調理は電子レンジに任せっきりよ」
爽香「電子レンジは、真波に信頼されているのね」
真波「そう。『目に見えない光線』って、裏切らないからとても信頼できるのよ」
爽香「そうなんだ」
真波「便利で助かるわ」
【02】 本当にいい人
二人はおにぎりを頬張りながら、パソコンと大型テレビを繋ぎ、全国のボートレースのリプレイを見ることにした。
爽香の部屋にはテレビもパソコンもない。そのため、真波の部屋の大画面でレースを振り返ることは、二人にとって非常に有意義な勉強会でもあった。
爽香「ちょっと、パソコン貸してね」
真波「どうぞ」
爽香は、浜名湖での開催中に自分がケガをさせてしまった選手を検索し始めた。
『ボートレースオフィシャルウェブサイト』の検索ページに名字を入力する。
大きなテレビ画面に、選手の顔写真が小さく映し出された。その写真をクリックすると、さらに詳細なデータが表示される。
真波「ずいぶんヒゲが伸びている選手ね」
爽香「うん」
真波「キリスト様みたい」
爽香「やっぱり、そう思う?」
真波「どこの支部に所属している人?」
爽香「支部は静岡って書いてあるわ」
真波「本当だ。登録期と生年月日も載っているわよ」
爽香「8期上の先輩で、28歳ね」
真波「ねぇ、爽香はどうしてこの人のレースを見ようとしているの?」
爽香「……いい人だから」
真波「なんで、いい人だってわかったの?」
爽香「今回の浜名湖で、私、この人にケガをさせちゃったのよ」
真波「そうなの? 知らなかった。大きなケガ?」
爽香「結構……。途中帰郷したくらいだから」
真波「そのレース、見てもいい?」
爽香「うん。私も気になっていたから、ちゃんと見ようと思って」
画面には、爽香が神林龍星を負傷させたレースが映し出された。
爽香「真波は『チルト3』で走ったことある?」
真波「練習ではあるけれど、実戦ではないわね」
爽香「このレース、私が『チルト3』で5コースに入ったの」
真波「『チルト3』だと、ターンが膨らみやすくなるんじゃない?」
爽香「やっぱり、そうなんだ……、膨らむところを、逆に内側にハンドルを切ったのよ……」
画面では、6艇がスタートラインを通過する様子が映っていた。
爽香「ここまでは良かったんだけどなぁ」
真波「うん、悪くないわよ」
続く1マークの攻防。爽香が鋭角にターンしようとハンドルを切ったが、ボートが耐えきれずに転覆した。そこへ後方から来た神林龍星が激突し、体を回転させながら水面へと放り出された。
爽香「うわっ! ひどい!」
真波「かなり強く打ったんじゃない? 打撲かな」
爽香「そうよね……」
真波「骨が折れてなければいいけれど」
爽香は痛ましそうに顔を歪めた。勢いよく投げ出された場合、たとえ水面であっても「コンクリートに叩きつけられたような衝撃」を受けると言われている。
真波「でも、勝負の世界だから仕方ないじゃない。悲しんだところで、すぐに治るわけでもないし」
爽香「それは分かってるんだけど……、私が下手だったから」
真波「そんなの気にしていたら、この商売やってられないわよ」
爽香「それはそうだけれど」
爽香は語り始めた、神林から「浜名湖は広いからチルト3でもいいんじゃないか」とアドバイスを受けたこと。そして救助艇の上で、彼は苦痛に顔を歪めながらも「失敗を後悔しないで。失敗だけが上手くなる唯一の手段だから」と笑ってくれたことを。
真波「本当にいい人ね」
爽香「うん」
真波「爽香、その人のことが好きになったんじゃない?」
爽香「えっ……。あっ、そうか。……そうかもね」
真波「それ以外に、何か話してないの?」
爽香「それだけよ。本当にそれだけ」
真波「そうなんだ」
爽香「うん」
真波「もし本当に好きになったら、自分から声をかけてみるの?」
爽香「ううん、しないわ」
爽香は即座に首を振った。
【03】 目に見えないものは信じない
真波「どうして? お見舞いくらい行けばいいじゃない」
爽香「そんな旅費もないし……」
真波「それだけ?」
爽香「それに、私が勝手に想っているだけだから」
真波「それでいいの?」
爽香「片想いがいいのよ」
真波「そうなの?」
爽香「誰にも秘密なら、誰も傷つかないでしょう」
真波「なるほどね」
爽香「逆に、真波は好きな人いないの?」
真波「私、『愛』とか『信用』とか、目に見えないものは信じない主義なの」
真波はきっぱりと言い切った。
爽香「どうして?」
真波「愛なんて、本当かどうかわからないじゃない」
爽香「相手から『愛している』と言われても?」
真波「口では甘いこと言っても、裏で何してるか分からないじゃない。そういう人に限って二股をかけていたり、浮気や不倫をしていたり。まったく信用できないわ」
爽香「でも、電磁波は見えないのに、電子レンジは熱々になると信じて使っているんでしょう?」
真波「ふふふ……あはははは!」
真波は腹を抱えて笑い転げた。
真波「ははははは!」
床を転がりながら笑いが止まらない。
爽香「そんなにおかしかった?」
真波は立ち上がり、笑い涙を溜めたまま、
真波「そうよね。ずっと見えない電磁波を信じて電子レンジを愛用しているのに、人の愛は信じられないなんて、今の今まで気づかなかったわ」
爽香「そうよ」
真波「鋭い指摘ね」
爽香「Wi-Fiだって、非接触体温計だって、目に見えない力が働いているのよ」
真波「その一言で、私、覚醒したかも」
爽香「本当?」
真波「人を信じて、恋してみようかな」
爽香「そうよ。恋愛も電子レンジも同じよ」
真波「あはは、そうよね。恋は電子レンジね!」
爽香「そう、恋は電子レンジ!」
真波「一度だけ、一度だけチャレンジしてみようかしら?」
爽香「どんな人がいいの?」
真波「そうねぇ……」
爽香「やっぱり、同じボートレーサー?」
真波「レーサー同士の結婚って確かに多いわよね」
爽香「そう。あたしたちが知らぬ間に次々と結婚していくのよ」
真波「でも、私はできれば別の世界の人と付き合ってみたいな」
爽香「どうして?」
真波「もちろんレーサー同士もいいわよ。仕事の理解もあるし、話題も共通で、何より収入もいい。でもね、どうせ男を釣るのなら、釣り堀じゃなくて大海原から釣ってみたいのよ」
爽香「海から飛び跳ねるマグロをね」
真波「う、ううん。そんな大きくて元気な魚じゃなくていいの」
爽香「えっ、そうなの?」
真波「そんな元気な魚は、釣り上げるだけで疲れちゃうわ。学生時代に読んだヘミングウェイの『老人と海』だけでお腹いっぱい!」
爽香「意外だわ。じゃあ、どんな?」
真波「シラスでいいのよ、シラスで。同じ業界の人でさえなければ」
爽香「死にかけているようなシラスなら、2匹心当たりがあるわ」
真波「ははは、死にかけているんだ?」
爽香「ええ。もう、すでに目は死んでるわね」
真波「じゃあ今度、その死にかけたシラス2匹を誘って、4人で飲みに行きましょうよ」
爽香「多分、誘えばすぐ来ると思うよ。シラスだから」
真波「私はシラスがいいのよ。たくさんのシラスをガブッといってみたいわ」
爽香「一気にガブッとね……。食欲はあるのね」
真波「踊り食いもいいわね」
爽香「踊り食い? あはははは!」
真波「はははは! ちょっと、言い過ぎちゃった」
爽香「あはははは!」
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【後書き】
今回は志摩真波のマンションでの一コマでした。 コンビニおにぎりを温めながらの「目に見えない光線(電磁波)」の話から、まさかの「恋愛観」にまで発展してしまった二人。爽香の「恋は電子レンジ!」という名言(?)には、書いている私も思わず笑ってしまいました。
それにしても、真波の言う「海からシラスを釣りたい」という例え……。大物を狙うのかと思いきや、まさかのシラス。爽香が心当たりがあるという「目が死んでいるシラス」たちの正体も気になるところですが、果たして4人での飲み会は実現するのでしょうか?
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【作者よりお願い】
真波と爽香、二人の掛け合いが面白かった!と思っていただけたら、ぜひ下の「☆☆☆☆☆」から評価をお願いします!
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